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幻想剣客伝〜星之産声〜  作者: コウヤ
道行く者たち
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道行く者たち 質

ひたむきに己を律する仏道だけに、寺内は読経の声以外に耳障りな音は無く、夕餉の時刻を過ぎれば妖怪や人間たちは各々の寝床へ戻っていく。


心尽くしの薬膳を味わった刀哉は熱い茶でホッと一息吐き、目の前に座る毘沙門天の代理を眺めていた。


幻想郷ゆえそんなところだろうとは思っていたが、悪鬼羅刹をも屈服させる軍神がかような女子に代理を任せる辺りが面白い。


また、従者らしきナズーリンが主に対して一切忌憚なく喋る様を見ていると、妙な微笑ましさすら覚えた。


が、決して馬鹿にしているわけではないところが、二人の信頼を表しているのだろう。聖も同じ考えのようで、先程からにこやかに仏前に供え終えた甘味を摘んでいる。


一輪は何やら雲山と話し込んでいるらしく、刀哉と視線が重なったとき、微かに頬を緩めた。雲山は相変わらずの形相で一向に考えが読み取れない。あれの何処が人を気に入ったというのだろう。


 ふと居間の柱に掛けられた振り子時計に視線をやると、既に時刻は午後八時を回っていた。付き添いで来たつもりが一番長居をしてしまったことを聖に詫びると、彼女は静かに首を横に振る。


「来る者拒まず。それが私達の流儀です。たとえそれが、どれほどの罪人であろうとも。て、誤解なさらないで。貴方のことではありませんよ?」


 言い繕う聖に彼は自嘲じみた笑みを浮かべた。


「気にすることはない。俺とて人の子。他者の命を奪えば心は痛むし悪夢も見る。現に、外の世界に居た頃に殺めた連中と地獄で対峙したこともある。彼らの怨嗟は並大抵ではなかった。それだけの罪業を背負っているのだと自覚もした。だが、俺は決してこの道を降りるつもりはない。貴僧らは法で語り、俺は剣で語る。人は時に大切なものを守るため、刀を取らねばならぬときがある。例えば、今まさに俺達を覗いている、曲者を成敗するときなど!」


 彼は突然立ち上がると白刃から託された桜一文字を抜き払い、部屋と縁側を隔てる障子に向かって投擲した。真っ直ぐに障子を突き破った刃に曲者は小さな悲鳴をあげ、腰を抜かした隙にその細い首筋に鞘に収められたままの神刀が触れる。聖が蝋燭を手に外の暗がりを照らすと、どうやら曲者に見覚えがあるらしく、あるいは呆れたように目を細めた。


「誰かと思えば、神霊廟の尸解仙しかいせん。確か、物部もののべといいましたね?」


「くっ! よもや我の気配に感づくとは……」


 物部と呼ばれた曲者は袖で刀哉の得物を弾き、軽やかに跳躍して間合いを空け、呪符と思しき札と土焼きの皿を構えた。


 白い着物は一見すると公家のようであるが、どちらかといえば道士といった風であり、白銀の頭に乗った烏帽子がそれなりの家柄であることを示している。命蓮寺側と浅からぬ因縁があることは察したものの、果たして目の前で自信満々に無い胸を張る物部とやらが何者なのか、刀哉には見当もつかなかった。そんな彼の疑念など一切気にせず、道士は指先を刀哉の眉間に向けた。


「我こそは神霊廟が道士にして尸解仙、物部布都! そこな剣客、先ほどはつい油断をして不覚を取ったが、今度はそうはいかぬぞ! 我自らが出張ってきたからには、命蓮寺が如何様な刺客を雇おうとも物の数ではない! 覚悟!」


 問答無用とはこのことか。布都は刀哉に向かって無数の皿を投げつけ、貼り付けられた呪符から紅蓮の炎が燃え盛り、彼に迫る。


 咄嗟に一輪が間に割って入ろうとしたが、聖がそれを制した。


「この理不尽もまた彼にとって修行のはず。それに、手出しする必要も無いみたい」


 青白い閃光が何度か煌めくと、炎を纏った皿は全て両断され、呪符に込められていた力も霧散した。月光の下、淡い霊気が刃から溢れだし、遂に鞘から抜き払われた古の神刀を握る彼の眼光が布都の身魂を寒がらしめた。


「かような狼藉を働くとは言語道断。言葉でなく己の技で語ろうというのならば是非もない。いざ尋常に、語り合おうぞ」


「わ、我に挑もうなど笑止千万! よかろう! お主も一角の武士ならば名乗ってみせよ!」


「我こそは――」


「だまらっしゃい! この不心得者!」


 刀哉が堂々と名乗りをあげようとした矢先、地に突き立った桜一文字から聞き慣れた声が怒号となって境内に響き渡った。紛うことなき白刃の声色に刀哉はさらに事態がややこしくなると辟易し、布都をはじめとした一同の視線が小太刀に釘付けになる。


「なんと面妖な! 刀が喋りおったぞ! さては魑魅魍魎の類か!」


「誰が魑魅魍魎か! せめて付喪神と言え! ええい、控えい! 控えおろう! こちらにおわす御方をどなたと心得る! 恐れ多くも刀神、経津主大神を御身に宿し、神刀布都御魂剣の担い手、刀哉様であらせられるぞ!」


「わっはっは! たわけたことを吐かすでない! 布都御魂剣は我ら物部の氏神であらせられるのだぞ。偽りを申すと閻魔に舌を切られるぞ」


「ななな、何たる無礼! 殿ぉ! なんとか言ってやって下さいませ!」


 今頃白刃の肉体は城の一室でぎゃあぎゃあと騒ぎたて、彼女の魂である小太刀も動き出しそうな勢いであるが、刀哉は呆れと気苦労で何もかも忘れて酒に溺れてしまいたい気分であった。


 胃が痛む。布都も布都だが、白刃も白刃だ。本人がこの場にいないので安堵していた矢先、何故に彼女が小太刀を預けてきたのかようやく理解できた。言ってしまえば監視だ。刀哉を、ではなく、彼に歯向かう未知の相手に対して。が、己の愛刀が物部の大事であるならば話が早い。


 論よりも証拠とは古人が遺した名言であろう。


 刀哉はおもむろに神刀を抜き、その切っ先を布都に向ける。


「物部とやら。この刃に見覚えはあるか? かつて俺が外の世界に在りし頃、今際の際に刀神が俺に授けてくれた古の太刀だ」


 初めは訝しげに刃を凝視していた布都であったが、一端の道士だけあって霊力や妖力の類には敏感らしく、徐々に顔色が青ざめ、先ほどの威勢は落日の如く落ち込んでいった。


「そ、そ、それは紛うことなき……か、返せー! 我ら物部の家宝を返せー!」


 呪符も皿も使うことを忘れ、必死に迫ってくる布都の後頭部を神刀の鞘が強打して彼女は気を失った。崩れ落ちる布都を両手で受け止め、静かに事の成り行きを見守っていた聖に振り返る。


「お騒がせ致した。すまぬが聖殿、此奴の処遇は如何に?」


「本当なら当寺にて預かり、神霊廟に送り返すところですが、どうやら彼女もまた貴方に要件があるようですし、そちらにお任せ致しますわ」


「左様か。では白刃、迎えを寄越してくれ。このまま抱えて帰るわけにもいかん」


「ははっ! 承知致しました」


 やがて人里から一騎の武者が門前まで訪れ、気絶した布都を馬の鞍に載せて命蓮寺の面々に暇乞いを済ませた。


「馳走になった。また後日、改めて」


「なんのおもてなしも出来ず、残念です。次は是非とも説法の一つでもお聞き下さい」


 命蓮寺一同に見送られた刀哉は、馬の手綱を引いて夜道を歩いた。


 人里に近いだけあってすぐに広大な田んぼが広がり、遠くに人里の明かりが見える。その奥の山に聳える、我が家というには少々大きな美剣城に苦笑した。寺子屋の離れを間借りしていたのが嘘のようだ。わらしべ長者というお伽話があるが、ここまでではないだろう。立身出世などまるで眼中に無かった己が、今となっては城の主。


 帰りを待つ家族もいる。外から流れてきた一介の剣客には、勿体無い幸運であろう。それにしても、と彼は鞍の上で昏倒している道士に目を向けた。命蓮寺の連中は神霊廟の者だと言っていた。


 布都が目覚めた際に問いたださねばならない。


 一体全体何故に己を襲ったのか、また神霊廟とは何なのか、考えれば考える程この先に難儀が待っていることが想像出来た。


 いい加減に静かで安定した生活を送りたい。


 刺激があるのは良いことだが、かといって季節が変わる度に何かしらの事件に巻き込まれるのは勘弁願いたかった。


 まるで同情するように馬が鼻を寄せてきた。

 栗毛の鬣を優しく撫で、彼の優しさに微笑みで応える。

 正門をくぐってすぐの場所にある厩に馬を休ませ、布都を抱えて城内へ入ると、すぐに白刃が飛んできた。


「殿ぉ! おかえりなさいませ! 其奴が此度の捕虜で御座いますな? 早速牢へ放り込みましょうぞ」


「待て待て、落ち着け。部屋を一つ用意してくれ。そこに寝かせ、見張りを付ければ良い。くれぐれも丁重にな。これ以上話が拗れてはかなわん」


「むぅ、殿のご意向なれば」


 すごすごと引き下がった白刃が女中に部屋を用意させ、布都を寝かしつけてから居間へ移り、縁側に腰を下ろして湯のみに酒を注いで呷る。


 今日は疲れ果てた。酒の一つも飲みたくなる。


 しばらくすると肴を皿に載せた白刃が隣へ座った。


「お疲れのご様子で御座いますね? もうお休みになられては?」


「もう少し飲みたい。今日はとことん酔いたい気分だ。付き合え」


「御意。小魚とそら豆を炒ってみました。お口に合えば良いのですが」


「ほう、料理の腕は少しは上がったか?」


「うっ……た、鍛錬の途中で御座います故、いずれ至高の料理を味わって頂きまする。して、命蓮寺は如何で御座いましたか?」


「やはり霊夢の妬みばかりであった。お前も小太刀を通して見ていたのだろう? この食わせ者め」


 白刃の眉間を指で突き、桜一文字を彼女へ返した。


 白濁とした酒を一息に飲み干し、小魚を頭から齧り、その間に白刃が空の湯のみに酌をする。ほろ酔い気分になると肩に掛かっていた疲れも忘れ、一風呂浴びた彼は寝床へ就く。


「物部はどうなっている?」


「見張りによりますれば、未だ目覚めずと。しかし殿、諸々の情報を聞き出した後は如何なさいますか?」


「神霊廟とやらに返せば良い。あるいは向こうから出向いてくるかもしれない。どちらにしても、いつもながら、面倒なことになりそうだ……苦労が絶えぬ」


「これはしたり。殿が愚痴を吐いておいでで御座る」


「たまには吐きたくもなる。悪いか?」


「いえ、嬉しゅうございます。拙者は殿の家臣であり、恐れ多くも妻で御座います。故に、殿の強きところも、弱きところも、全て愛おしいのです。どうぞこれからも、拙者を殿の捌け口にしてくだされ」


「……腹の子に悪くないならば、な」


 蝋燭の灯りを吹き消した彼は、静かに白刃を求め、抱いた。



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