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幻想剣客伝〜星之産声〜  作者: コウヤ
道行く者たち
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道行く者たち 肆

鳥居を象った城門を抜け、堀に架かった橋を歩く。


 その気になれば霊力で一息に跳躍することもできるが、彼は以前と変わらず、地に足をつけて徒歩に勤しむことに拘った。


 もはや執着と言ってもいい。半神といえども自らを人の子とし、頑なにそれを貫き通した彼の根は微塵も変わっていない。


 霊夢からすれば単なる頑固者に映ったであろうし、早苗からすれば人であろうとする彼の姿に共感を覚えたことだろう。


 無論霊夢とて地を歩くこともあるし、妖怪ではない彼女も空を飛ぶには霊力を消費するので一概に楽とも言えないが、それでも彼の拘りを理解するには少々苦しかった。何故かと聞けば毎回同じ答えが返ってくるので問う気も起こらない。何よりも彼女が不思議でたまらないのが、彼が己に課して止まない自己鍛錬だ。


 幻想郷にもそういう連中は幾らかいる。身近な例で言えば魔理沙がそれだ。ただの人間が魔法使い並の腕を磨くまでにどれほどの苦労と努力を重ねてきたか。あっけらかんとしつつも陰で涙ぐましい修練を重ねていることは霊夢も承知しており、修行ほど面倒なものはないと考えている霊夢からすれば、物好きにも見えたし、眩しくもあった。その意味において彼と魔理沙は同類だった。


 違う点があるとすれば、魔理沙は修行のために他者を省みず、彼は修行のために己を省みないことか。大図書館に度々忍び込んでは古今の魔導書を拝借していく魔理沙は盗人猛々しいまでに手段を選ばない。借りたものは死んだら返すというが、果たして死ぬまでに完全な魔法使いとなったら何時のことになるのやら。


 対して彼は誰に憚ることもなく、孤独なまでに自身を追い詰めていくように見えた。生きる内には様々な苦難が付き物で、大抵は、誠に腹立たしいことに運命だとか宿業だとか、ともかくも人智を超えた天の所業が多い。されど彼は自らの手で己に百難を与えようとしている。かつて神社に居た頃、彼が言った台詞が脳裏に過った。


 ――惰性に流れる生き方など御免被る。俺は無駄に生きるくらいならば桜の如く潔く散るような人生を選ぶ……。


 遠い昔のように思え、それでいて、すぐ近くに彼の背中が凛と背筋を伸ばしている。家族を得て、幻想郷に居場所を見つけてからも、彼の根っこは何一つとして変わっていない。


生き場所を見つけ、死に場所を探す旅路。神として崇められることもなく、人として無為に生きることも出来ず、どこまでも清廉で潔白で馬鹿正直な生き方しか出来ない不器用者。お人好しのようでいて、その実は、瞳に誰も映してはいない孤高な異端児。


一度決めたら梃子でも動かない。


 その芯は非常に固く、それでいて、脆い。


 迷い、悩み、苦しみ、答えなど見いだせる保証が無い迷宮に嬉々として飛び込んでいく危うさは、傍から見ていて呆れる。


 だからこそ……彼は自身が気づかぬうちに多くの者たちを惹きつけた。人は無い物ねだりである。大抵の人間も妖怪も我欲に走り、他者の足を引っ張る。あるいは己を棚に上げて他を見下す。


 そのくせ、心に抱く理想像は誰からも慕われるような聖人君子を描く。憧れる。恋焦がれる。そうありたいと願う。


 されどそれは茨の道。歩めば知らず知らずのうちに破滅へ向かって進む。十中八九身を滅ぼす道を歩むよりも、安寧な道を選んでしまうのが人の情であろう。誰しも自分の人生や命が第一なのだから。


 故に、自覚は無くとも確固たる意思で実直な生き方を貫く彼の背が息を呑むほどに大きく見え、彼を慕う者たちはその背中に自らの幻想を託して追随する。


 謎多き紫の畏怖、誇り高きレミリアの威厳、並ぶものなき鬼の武勇、森羅万象を司る神々の後光。いずれも他者を屈服させ、魅了する力を備えている。だが彼の場合は違う。


 雲の上のような遠い存在ではなく、覚悟さえ決めれば誰しも歩むことが出来る姿。自らの破滅や苦難など物ともしない決意。死を恐れぬ勇気。剣の極地を目指す志。笑い、悩み、時に涙を流す人の業。


 神々しくも人として己の道を貫く彼の生き方こそが、あるいは外の人間たちが忘れ去った幻想であったのかもしれない。


 思わず霊夢の口から嘲笑いが零れた。


 今迄こんなにも他者のことが気になったことがあっただろうか。


 認めたくはないが、ひょっとすると博霊霊夢という一個の人間もまた、知らぬうちに彼の生き方に魅了されてしまったのか。


 馬鹿らしいと一蹴したくても、結局、今も彼と並んで田に囲まれた田舎道を歩いている。先に飛んで行こうとは思えなかった。


 早苗は早苗で、同じ外来人である彼のことが以前から御執心の様子。こと彼の結婚生活に興味津々らしく、遠慮がちに、されど気になったことを率直に他愛のない会話の中に盛り込んでいた。


「あの……刀哉さんは、本当に結婚、したんですよね……?」


「うむ。した」


「告白はどっちからだったんですか!? なんて言ったんですか!」


 年頃の少女らしく色恋沙汰になると妙に声が上ずり、刀哉の袖を掴んで顔を覗きこんでくる彼女の綺羅びやかな視線に困惑しつつ、彼は律儀に答えていく。


「告白かどうかは知らないが、俺に嫁げと言った」


「うわぁ、積極的……だけど刀哉さんらしいかも。真っ直ぐ見つめられてそんな風に言われたら、断れないです」


 仄かに朱に染まった頬を両手で抑える早苗は、めくるめく甘酸っぱいシーンを想像していたことだろう。そこで彼女はハッと何かに思い至り、さらに顔を赤くする。


「ひょっとして……もう、しちゃったんですか?」


「む? 何をだ?」


「で、ですから……アレですよ、アレ。夫婦の営みというか」


 歯がゆい質問の意図を察した刀哉は苦い顔を浮かべた。


「早苗、はしたないことを聞くでない」


「ごめんなさい。でも気になるから」


 すると彼は指先で頬を掻き、無言で頷いた。


「どんな感じなんだろう……?」


 か細い声で呟いた早苗が花園を思い浮かべていたとき、


「大したことはない。ただ――」


「ただ?」


「死ぬほど腰が疲れた」


「あんたたち、いい加減にしなさいよ、もぉ!」


 夢もロマンもない感想に言葉を失った早苗に代わって、今の今まで聞き耳を立てていた霊夢が恥ずかしげに怒鳴った。


 拳を固め、ズンズンと先を行く霊夢の背を前にして、刀哉は咳払いをしつつ早苗に問う。


「ときに、何故に早苗まで命蓮寺に? やはり家が神社だからか?」


「ええ。神奈子様と諏訪子様に、様子を見てこいと言われました。人間だけじゃなく、妖怪まで信仰させるなんて恐るべき人たちです」


「だが相手は僧侶なのだろう? そう物騒な連中とは思えないが」


「甘いです! 羊羹にお砂糖をかけたくらい甘いです! この幻想郷では常識に囚われてはいけないのです。僧侶といっても、寺には妖怪がたくさんいるんですから、油断は禁物ですよ?」


 成る程幻想郷は常識外の連中ばかりなので彼女の言も分からなくはないが、先入観というのは時に恐ろしいもので、どうにも彼には命蓮寺に危機感を抱けない。むしろ砂糖をかけた羊羹の甘ったるさを想像して胸が重たくなった。


 さて、件の命蓮寺は人里から然程離れてはいない。


 農夫から聞いた話によると、以前に空を飛ぶ宝船が飛来し、それが今の命蓮寺となったという。まさかと一笑に付したいところだったが、今しがた常識に囚われてはいけないと言われたばかり。


 黄泉の国にまで足を運んだこともあり、船が飛んだところで不思議ではないと妙に納得してしまった。我ながら随分と幻想郷に馴染んできたものだと、妙に釈然としない面持ちでいる間にも人里から離れ、気づけば周囲には野山に棲まう妖怪たちが行列を成していた。


 視線の先には『命蓮寺』の看板が掲げられた門構えがあり、その奥に元が船だったとは思えない程に立派な本堂が佇んでいた。

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