第七話 - 斬撃の雨
転職から数日は経っていた。
アイリスはあまり顔も合わせてくれない。
あの、「ドラゴン肉事件」をきっかけにアイリスが心を開くのを期待してみたものの、相変わらずぶっきらぼうだった。
全く、反省してないらしい。ちくしょう。
それとも、本当に俺を単に”カード”として使う気なのか?
だが別の問題も今は深刻になり始めていた。
生徒に俺に関する情報は一切公開されていない――はずだった。
「おい、見ろよ。科学陣営の悪魔だぜ?」
「やめとけ。あいつ、スマトルア要塞を単独で壊滅させたってよ」
「ていうか、まじで生体兵器なわけ?」
「おーい! 化け物ー!」
……で? なんなんだ、この野郎どもは。
バリバリに俺の情報が漏れてるだろ! これ!
「見て。あの外道。私達と同じ服装なんかしてるわよ」
「ねぇ、その噂本当なの? 本当に生体兵器?」
「えぇ、既に一人の女生徒が暴行に遭ったそうよ」
「うわぁ、最悪」
違うな。俺は任務外での暴力は「基本的」に振るわない。
それなのに、女生徒に暴行って……。あまりにも酷い噂だな、おい。
群がってヒソヒソしていた女子集団と目が合う。
「「「……ひっ!」」」
避けられた。
群がってゲラゲラ笑っていた男子諸君にも目を配る。
「「「あん?」」」
威嚇された。
しかし、誰だ。誰が俺の情報を流した。この情報は明日に公表されるはずだ。
しばらく窓際に寄りかかり、考える。
「やぁ、君がレイン・サイフラ君かい?」
不意に目の前で声がした。顔をあげる。
まぁ、あれだ。イケメンがいた。
………ちなみに言っとくが男が好きってわけではない。
「そうだ。俺、何か問題起こしたか?」
「そんなまさか。僕はラウンズのアイレック・シルドだ。君のスケジュールを渡しに来たんだよ」
そう言うと、金髪の少年は笑顔を浮かべてスケジュール表を俺に手渡す。
魔術師の身体は皆、共通して細い。しかし、彼の身体には鍛えられた跡がある。
筋肉マニアか何かだろうか。
ちなみに「ラウンズ」というの生徒の自治組織のトップであり、科学陣営的にいうと「生徒会」に似たものだろう。ラウンズというのは円卓の騎士から取ってきたものだと推測できる。
「僕と同じコースがいくつかあったよ。それよりも、どうしてここにいるんだい? 今日はまだ授業無しだろ? 探すのに苦労したよ」
イケメンは爽やかに金髪を掻き上げる。なにか話すたびに「Fresh!」なサッパリした感じの何かが彼から飛び出してきていた。
気のせいだろうか? 彼の周りにはバラが囲んでいるような雰囲気だ。
また、アイリスの金髪とは違い、彼の金髪は全体的にもっと濃くした感じである。
襟のエンブレムには、一頭のライオンと双頭の蛇が向き合っているようなデザインが施されていた。
シルド家。ブレシア貴族の中でも強い権力を持った家の一つ。一家当主――アルーサ・シルドは、その明快な頭脳と知識で帝都防衛にも力を貸しているという。
ちなみに、女と酒が大好きな家系とも知られている。
まぁ。帝都防衛に関しては、俺にあっさりと侵入されたが。
「暇だから散歩でも、と思ったんだけど……。なんだか俺の素性が噂レベルだけど、バレているみたいでさ」
アイレックは一瞬だけ黙るが、すぐに状況を飲み込んだ。
「これは……おかしいな。まだ、公表もしてないんだけど。何かした?」
「何か、って聞かれてもな………」
考える。考えたが、ひとつしか心当りがない。
「えー、茶髪の女子生徒を少し脅してから逃げてきたんだけど」
「へ? 脅した?」
「あぁ。ここに来る前の戦闘で、あいつを一撃で気絶させたからな。なんか生体兵器だって大声で叫ぶもんだからさ。あ、もしかしてそいつのせいか」
「戦闘って、アイリスさんと一緒にいた子?」
「あぁ、その娘だな。結構、アイリスと関係が悪そうだった子」
アイレックは口をポカンと開けている。
そんなにヤバイのか?
「あの子ね。イルーナ・セイリアって子なんだけど。あの子は、少し気を付けた方がいいよ」
「え? なんで?」
「イルーナは……なんていうか。とりあえず、報復には気をつけた方がいい」
アイレックは苦笑いを浮かべると、俺の肩をポンポン叩く。
ちょっと不安になってきた。さすがに脅かしたりすのはまずったかな?
「でもそんなに強くもないし。アイリスのような強い魔力もなかったし……。報復ってどうやって——」
「あ………」
アイレックが俺を見つめる。いや、その後ろを見つめていた。
何か、禍々しい空気を背後から感じる。
「誰が……、だ、誰が! アイリス以下!!??」
割りと本気でビクッと来た。恐る恐る、後ろを振り返る。
そうか、この茶髪の少女がイルーナ・セイリアね。オーケー。
あれ? 怒ってる?
「レイン・サイフラだとか言ったわよね? え?」
「そうです! 覚えていただき光栄です!」
よくわからないが、気迫で押された。アイレックに助け舟を期待するも、口笛を吹いて知らんぷりしやがっていた。
とりあえず、警戒レベルを一段階上げる。
「そう? そうよね。忘れるわけないわ。この外道!」
「はい!」
なぜだ。なぜ、俺は肯定している?
それより、さっきは泣いてたじゃないか! 全く雰因気が違う。
「いい? アイリスなんてね。私が指先一本でも動かせば倒せるようなクズなの。わかった?」
「それは、ないんじゃ――ぐふぁっ!」
殴られた。あまり痛くない。でも舌を噛んだので理不尽だ。
イルーナはブルブル真っ赤にしていた顔を落ち着かせると、いきなりニヤッと笑う。
「いいわ。度胸だけは褒めてあげる。護衛 ライル・カンザキ!」
少女が声を上げると、一人の少年が彼女の背後から出てくる。
銀髪に少しクセ毛だが、鋭いルビーの目に、アイレック程ではないが丈夫な物腰も備えている。
彼は俺の前まで近づくと剣に手をかける。
「こいつにお仕置きすればいいんだよな? 嬢さま?」
「ええ、そうよ。セイリア家の力を、強さを教えてあげて」
少し待て。え? ここで? 廊下で戦うの?
ていうか人に報復を頼んでいいの? なにそれ? かっこわるくない?
いや。そもそも、任務でも命令でもないのに、俺は戦っていいのか?
アイリスからも暴力的な「お し お き」されたりはしないだろうか。
そんな事を考えている間も時は流れる。
突然――ライルの瞳が銀色に輝く。アイリスの時とそっくりだ。
危険を感じ、少しだけ身体を右に逸らす。
瞬間、俺の頬に切り傷が刻まれる。血が一筋流れると、すぐに熱気を放ちながら傷が癒えていった。
斬られた。
しかし、なんだ。今のスピードは。彼が斬ったので間違いはないが、鞘から剣を抜く動作がまるで見えなかった。
あれは、東の剣術のようにも見える。剣を抜く動作と斬る動作を合わせることによって、第一斬をより速く、強くしている。
そして、隙がない。剣の形も見たところ、片方にしか刃がない「刀」という部類だろう。
この「刀」は俺の連合軍支給武器のと似ているが、構造がいささか違う。
俺のは、電熱で物を斬りやすくしている。しかし、この「刀」一枚の鋼がそのまま物に「食い込む」かのように切断していた。
「ちっ」
ライルという少年は、強い。そう確信すると迷わずシステムコマンドを切り替える。
狭い廊下に続々と集まる生徒たち。教師もそれを止めようとはするが、すぐに邪魔される。
彼らにとって、喧嘩は非常に貴重な娯楽なのだろう。それも、元・連合軍人との戦いだ。
現に、アイレックもイルーナも楽しみな顔をしている。
アイレック・シルド……。お前、生徒会だろ? 止めろよ!
全身の配線にエネルギーを注ぎ込む。そして熱のこもった流れが全身に溢れた。
『ノイズ・システム――Nタイプ 解放』
人の声とは到底思えない金属的な声が、たしかに俺の口から発せられた。
集まってきた生徒たちから、ドッとざわめきが起きる。
俺がシステムを解放したのに驚いたのだろう。
そして、自然と生徒たちが俺とライルから距離を空けていく。
イルーナは目をキラキラさせて凝視していたが。
俺とライルに静止の時が訪れる。
剣の柄に手を触れる。あまり、慣れない形の剣だ。
両方に刃がついてるため、今まで使ってきた剣とは違う感覚なのだろうか。
皆が息を呑む中、一つの空を切る音が聞こえた。
俺の先制攻撃である。網膜ディスプレイに表示された、ラインをなぞるだけの直線的な剣撃。
――ギィィイン!
ライルは刀の背で俺の剣と擦り合わせる。
やばい。
一瞬の内でライルは俺の懐に入った。
《二つの回避ルートをポップアップします》
表示されたルートを応用して、新たの回避ルートを考える。
こういう相手には、AIの考えたような直線的なラインは通用しない。
ライルの迫る刀を脇で挟む。ズサァァと結構な深さまで切り込まれるが、それを隙に蹴りを見舞う。
俺たちノイズ・シリーズは優れた治癒能力もあって、このように自分の体を傷つけながら捨て身の攻撃することが多い。
予想通り、彼の物腰ではこの衝撃には耐えられない。
ライルが揺らぐ。
すかさず剣をライルの腕に切りつける――失敗した。
ライルは目にも止まらぬ速度で剣を腕で払いのける。
払いのけると同時に金属を叩いたような衝撃音が発せられ、展開された小さな青い魔法陣がライルの腕を保護していた。
これが、魔術による身体強化。効果は俺の治癒細胞と違って身体の一部を魔法陣で完璧に保護できる。また、人体馬力、反応速度と生命維持の防御力を飛躍的に伸ばす事も可能だ。
戦争初期も魔術師の圧倒的スピードとパワーにより、バタバタと連合軍が倒される状況だったとか。
そして、その魔術師たちに対抗するために開発されたのが、俺たちノイズ・シリーズと内蔵強化装置だ。
もっとも、俺には、その強化装置を長時間維持する力がない。強化されているとはいえ、人間の体で人間を超えたマネをするのだからエネルギー消耗が激しいのは当然だ。
それも「失敗作」と呼ばれたNタイプで俺が行うんだから、かなりキツイ。
それ故に、いつも強化装置の稼働は小出しにしている。
もちろん、それはライルにも言える事……いや、彼は違うかもしれない。
あれから、この学園の全生徒を観察してきたが、アイリスのような化け物級魔術師には一つの共通点がある。
それは「魔導石」だ。まず、魔導石を入れるケースのデザインが一般生と違う。ただの入れ物としてではなく、覗き窓と増幅魔法陣が備わっていた。
そして、中身には八面体の魔導石。通常の球体や正方体の魔導石とは違う。
おそらく、その魔導石による魔力とケースの増幅魔法陣で、膨大な魔力を使用可能にしているのだろう。
一部の学生にしかその特別な魔導石を与えられないのは、推測するに素質の問題だろう。
あのような、膨大な魔力に耐える必要があるのだ。普通の身体では無理だ。
すると、その魔導石もまだプロトタイプ段階。なんとか、失敗作であるNタイプ系列の俺でも張り合えるだろうか。
どちらにしろ、ライルは違う。魔術身体強化に使用制限はないはずだ。
なにしろ、彼も「化け物級魔術師」だからだ。
ライルは目にも止まらぬ斬撃の雨を繰り出す。シールリングのサポートと反応速度上昇のために、神経ネットワークをオーバークロックさせて対応しているが。
きつい。
元々、燃費が悪いが故に潜入任務に専念していたが、真っ正面からの消耗戦は相性が悪い。このままだと、神経が焼き切れる可能性もある。
ライルは剣撃を繰り出すたびに瞳を銀色にチカチカと点滅させている。この瞳の変色も化け物級魔術師の特徴の一つかもしれない。
仕方が無い。
根拠はないが、考えられる最も有効な手段を選ぶ。あのケースを破壊するしか、手はないようだ。
――ズシャッ
攻撃の一つに肩を擦り合わせる。相手の刀が引くと同時に、肩を貼り付けたまま懐に潜り込んだ。自分のドス黒い血しぶきが雨のように降り注いだ。
ライルの膝蹴りを躱し、あの魔導石ケースに近づく。
俺が動くたびに魔導石のケースからは火花が散っていた。
干渉反応を起こしている。それも、かなり大規模な。
それにもかかわらず、魔導石が稼働し続けてるのを見ると、とんでもない物をブレシア帝国も開発したものだと痛感する。
斬。
ケースを斬る。が、ライルの剣速はシールリングにも認識できない。
一瞬にしてライルと剣が交わり合う。振り切れないほどの強さ。
しかし、ここまでは想定内だ。すぐに、もう片方の手でライルの首を鷲掴みにし、剣を手から離す。ライルの体制が完璧に崩れ、前倒しによろめく。
すかさず、ケースに手の平をあてた。
《余剰電力を手の平から集中放電。出力10%――衝撃に気を付けてください》
直接、電流を流し込むことにより、さらに干渉反応を大きくする。
激しく俺の手の平から青白い電流が放たれ、魔導石と絡み合う。
両者の剣が吹き飛んだ、次の瞬間だった。
ガァン!という爆発音。魔導石のサイズからは想像できないほどの音量が吠え渡り、全身に衝撃が駆け巡る。
力を入れないとと腰が砕けてしまう。
成功した。
ライルは驚きに目を見開き、地べたに転がっている。
勝ったか。
だがその慢心が俺を殺した。
瞬間、ライルが目の前に現れた。そのままの意味だ、物理法則もクソもないスピード。
「ぐあぁ!」
魔術により何倍にも固められた拳が猛スピードで俺の腹にのめり込む。
なんとか、防御機能を稼働させてダメージの軽減に多少は成功したが、まるで効果がないかのように意識がもうろう とする。
《爆発的に敵の魔力量が増加し続けています。警戒してください》
なぜだ? ケースを破壊した。魔力増幅はもう出来ないはずだ。彼の剣術が魔法なしでも優秀だとしても、あのスピードは生身の魔法では出来ない。
目を凝らす。魔導石がライルの首周辺か頭部周辺だろうか、軌道を描いていた。
延々とまるで、月のようにライルの周りをくるくる回る。そこからは、大量の魔力が溢れ出ていた。そして彼の瞳は依然として――銀色だった。
ケースはあくまで利便性のためのケースだったようだ。
増幅魔法陣がライルの首後ろにも刻まれているのに気づく。要するにケースが破壊されても戦えるように、か。
ダメだ。もう、策が思いつかない。あの魔導石の対抗策を考えるには情報が足りなさすぎる。
「やっちゃいなさい、ライル」
イルーナは勝ち誇った顔で腕組みして叫ぶ。
ライルは地に転がった刀の柄を蹴りあげると、反動で宙に浮いた刀を素早く掴む。
ライルの動き、一秒一秒を頭に叩き込む。体のひねり、刃に遠心力を持たせて横に振られる刀。それが目の前にまで来た時に思う。
負けだ。完敗だ。
その時だった、後ろから蛇のようなシューシューとした音が近づいてくる。たまに、その音には雑音が混じり、軽やかな規則正しい足音も近づいて来ていた。
――ギィィイイイ!
交差された双剣が俺の前で現れ、いくつもの防御魔法陣が展開される。
空気が淀むほどの衝撃にも関わらず、その細い剣はしっかりと刀をを受け止めていた。
引こうとする刀をもう一方の剣で絡ませ、ひねる。刀は呆気なく飛んで行った。
まるで、羽が舞うような軽い動作であるはずなのに、その繊細な攻撃が確実なダメージを与えていた。
双剣使いは、剣をライルの喉元に突きつけると問う。
「何ごとかしら?」
それが、数日ぶりに聞いたアイリス・ベルヴァルトの声だった。