第五話 - 憎まれ護衛
この状況、心境を一言で表させてほしい。
部屋に引きこもりたい。
この俺――レイン・サイフラの転職が済んでから数時間は経っていた。
それでなぜ ”こんな”転職先なんだろう。
いっそ、タイムスリップでもしてみたいものだ。
まだ科学も魔法も発展していない時代で「無☆双」とかしてみたいのにな。
「これ、使っていいわよ」
「……了解」
紹介しよう。彼女が我が転職先の上司――アイリス・ベルヴァルト嬢だ。
一流の毒舌と膨大かつサディスチックな知識を完璧に使いこなす、カリスマ学生兵なのである。
バカやアホは序の口、すでに言葉で再現したら色々と問題になりかねない程の事を言われた。
そして、そんな ミ ラ ク ル 上司が渡してくれたもの。
それは、剣だ。しかも、ブレシア風の派手なやつである。結構、使い込まれてる代物だ。
なぜ、剣? 囚われの身である俺が、剣? 理由は簡単だ。
俺がアイリスの護衛になったからだ。そして、その事に関してさらに詳しい事情を学園の実に偉そうなオジサマが教えてくれた。
要約するとこれだ、
『連合国を刺激するために。そして、君を学園に残す口実を作るために。アイリスくんの護衛になってくれ。以上。詳しいことは、君のお嬢様にでも聞いてくれ』
かなりムカつく奴だった。名前は忘れたが、思い出したくもない。
なんだか「見て? 俺、あの生体兵器に命令しちゃってるよ? すごくね? 俺すごくね?」みたいな優越感に溺れてる姿がなんとも言えなかった。
鳥肌が立った。
ちなみに、俺の武器は全て没収された。それは、異端審問会の取り分だからだ。
まぁ、自分の連合国支給の剣もアサルトライフルも例の墜落現場に埋めてきてある。いざ、という時にはどうにかなるだろう。
ムスッとしていると、アイリスは更にムスッとする。
そして目を鋭くし、俺の前で仁王立ちをする。
「はい、これ」
数枚の地図とエンブレムの入ったバッジを俺の両手に押し付ける。
銀色のエンブレムには「水牛」の紋章。たしか、ベルヴァルト家のエンブレムバッジは水牛だったな。
それにしても、随分とぶっきらぼうだ。何か悪い事でもしたか? 心当たりなんてないんだが。いやでも母親を生体兵器に殺されたことを考えれば、まぁ当然だろう。
「その地図に学園内の施設やあなたの寮の事が記されてるから。そのエンブレム、ベルヴァルト家のエンブレムだけど、それは制服の襟につけてね。スケジュールは後でラウンズ・グループから渡されるから」
早口で要件を言われると、
――バンッ!
ドアを閉められた。ちなみに、女子寮の部屋の前で、だ。部屋に少しでも入れるのが礼儀ってものだろうに。
しばらく、とぼとぼ歩くと、通路に置かれた大きな鏡に写った自分と目が合う。すでに、ミーネルヴァ皇立学園の制服に着替えてある。
ブレシアにしては、落ち着きのある深い赤茶色をベースにした制服。そして、杖を入れるスペースはあるが使い道はない。適当に、ペンでも入れてみた。
とりあえず、エンブレムバッチを襟につけ、剣を腰に差す。
ちなみに、全ての制服の襟近くにはネクタイのような……リボンのような……。
たしか「ジャボ」というやつだ。それの留め具に宝石が使われているが、その色で学年分けがされているそうだ。
一年生――レッド
二年生――グリーン
三年生――パープル
四年生――ホワイト
そして、護衛や使用人が黒いジャボを着用する。
もちろん、俺も黒いジャボだ。
年長組が一級生で、アイリスはグリーンの宝石を付けていた。
おそらく、彼女は二年生だろうな。
「あのね……ここ女子寮ですよ?」
突然、背後で声をかけられる。
一応は軍人でもあるのに、人の気配を察知し忘れていた。このままだと、いつ殺されるかもわからない。気をつけよう。
そう考えて振り返る。
目に映ったのは、アイリスと同じ制服を着た女子生徒。
しかし、彼女は山のように荷物を抱えていて、顔はほとんど隠れていた。
「申し訳ありません。アイリス・ベルヴァルト様の護衛になりました。レイン・サイフラです。以後、お見知り置きを」
俺は ビシッと、手の平を額の近くに当てる。決まった。軍人式の敬礼は昔、結構な時間を使って練習させられたしな。
「う………!」
しかし、予想とは裏腹に女子生徒は顔を青ざめる。
「な、なんで、連合軍の敬礼……をするんですか?」
あ、ここブレシア帝国だ。
そこで、致命的なミスに気づく。俺は貴族式の敬礼を知らない。
「はは、は。ジョークですよ。友人にミーネルヴァで連合軍の敬礼をすればウケると進言されましていてね」
とにかく、上司=アイリスの許可がないかぎり自分がノイズ・シリーズの一員であることは伏せたほうがいいだろう。
ぎこちない言い訳をしつつ、後退りする。
「はぁ、ジョーク……ね」
目をパチクリさせながら、女子生徒は怪訝そうに顔をしかめる。
目だけしか見えないが、この子はもしかして……。
そう思うと同時に彼女から荷物が滑り落ち、顔が見える。
「……あ」
「……あ」
この女子生徒は、見覚えがある。
あれだ、先の戦闘の直前で俺のナイスバディに触れようとした……茶髪のやつだ。
たしか、この子の腕を掴んで、持ち上げて、ひねって……気絶させたんだっけ?
「あ、あなたって……! あの生体兵器!」
彼女は大声で叫ぶと、何歩か後退する。
あぁ、やばい。どうしよ。このまま騒ぎになって敵の生体兵器だと注目を浴びたりしたら全校生徒から総攻撃を受けそうだわ……。
仕方ないな。ここは少し卑怯だが……。
「おい小娘。また痛い目にあいたいか?」
そいつの手首を掴むと強くこちらへ引き寄せる。
彼女は少し怯えた表情をするが、目だけは強い威厳のままで睨んできていた。
だが俺がさらに睨みをキツくすると、彼女も我慢できずに目を逸らし後ろへよろめく。よし、チャンスだ!
「ごめんな! あとでなんか飯奢るから黙っといてくれな!」
手を振りながら俺は全力疾走する。
最寄りの開いた窓から全身を投げ入れ、そのまま5階から飛び降りた。
膝に力を込めて着地の衝撃を散らせる。大きな衝撃音と共に地面に小さな凹みができる。
頭をあげるとそこには無表情でこちらを見下ろす先ほどの少女が窓から顔を出していた。その表情はどこかと人の恐怖を煽るようなものがあり……なんか背筋が寒いわ。
ま、いっか。嫌な予感はするけど。
「とりあえず……。俺の住処を見に行くか……」
そう呟くと、地図情報をシールリングにインプットする。画面の左上の隅にナビゲーションとマップが表示された。
《徒歩距離、ここから300mです》
以外と近い場所に俺の住処は存在していた。護衛という役割のために近くにいなくてはならないのも理由の一つだろう。
ミーネルヴァ皇立学園は広い。とにかく無駄に広くて、無駄に豪華だ。俺が小さい頃に住んでいた研究施設よりも広い。
敷地の外は外界からの攻撃に耐えるための防御魔法陣が何十にも展開され、結界を張っていた。
正直、そんな結界じゃ意味ないだろ(笑)と思っていたが、電流を流してもピクリとも反応しない。
あまり、魔術のことはナメない方がいいかもな。
敷地内は基本的に、旧校舎、新校舎、図書館、地下研究施設、医療施設、闘技場、時計塔といくつもの用途に分かれた修練場がある。
そんなこんなで、一家の山小屋のような古びた木造建設物が俺の目に入る。その古びた謎の建築物からは禍々しいオーラが発せられていた。
外壁の木版は剥がれ、ガラスも割れ、鍵は壊され、屋根には穴が空き、中は荒らされ、落書きは満遍なく芸術的に広がり……。とにかく、「やばい」の一言で表現できる有り様だ。
こんな、ボロ家でさえ打ち壊さないなんてな。
心では学園の管理体制を馬鹿にしつつも、俺の心理深層部では焦りが溢れ始めた。
俺は地図と睨みっ子しながら建築物に近づく。
ない。絶対ない。
そう信じて、近づく。
《目的地につきました》
そんな想いも、すぐにシールリングの案内で壊される。
「この……。この謎の物件が俺の拠点になるのか……」
活かしてもらえるだけ、我慢しよう。しかし……、この有り様は酷い。野宿などを日常にしてきた、下水道に泊まったこともある。
しかし「住む」場所だ。ワケが違う。
なんなんだ、これは。なにかの罰ゲームか? 訓練か? 差別なのか? 差別なんだな?
護衛ってなんだ?
何が「各方面の圧力からあなた守って上げる☆」だよ。
もう、変な言い回しやめて「捕虜」ってストレートに俺を呼べばいいのにな。
なんだか他生徒の視線が突き刺さるように感じる。
……とりあえず住処になるんだ。掃除はしておこう。