第四十二話 - 疑う駒
「君か、問題行為があったのは」
「あ、お久しぶりです……」
俺は手錠で拘束され、両脇を兵士に掴まれた状態で申し訳なさそうに苦笑する。
部屋は本当に無骨なもので、あちらこちらが錆び付いているような状態だ。
そして何よりも暗い。部屋はいくつかの蛍光灯が付いてる以外、なにか目移りするような光源は存在しておらず寂しさでさえ感じた。
そんなまさに老朽化した基地を表しているかのような部屋の中で俺は立たされているのだが、その俺の目前に座る人間とはもちろん──
「……李少将」
そう、俺を「軍曹にするチャンスを与える」とか言って島流し士官学校に送った張本人だ。本来ならば、俺を島流しにしたことを糾弾したいところなのだが……今は状況が状況だ。なにせ、おそらく軍事機密レベルのものを俺は見てしまったのだから。
ほとんど表情を変えない李少将は、大げさな溜息をすると目を細める。
そしてダルそうに尋ねた。
「レイン・サイフラ士官候補生。先ほど君の身体調査を私直属の部下にやらせたが、これはどういうことだ」
そう言って、李少将はレントゲン写真を俺の方へと突き出してくる。
レントゲン写真には俺の体内にある複雑な配線や強化装置も薄っすらと映し出していたが、いくつかあからさまに目立つものがあった。
俺の体内に埋め込まれた、例のクリスタルだ。
「いやこれ俺、まじで誤解で……」
「これだけが問題ではない!」
俺がなんとかメグミの責任にでないかと説明をしようとするが、李少将はデスクを拳で叩くと荒々しく声を上げた。
その声に威圧され、情けなく俺は涙目になりながら口ごもる。
「では、私が今から言うものに聞き覚えはないかね?」
「は、はぁ」
何言ってんだこの人、と最初は思ったものの李少将がポケットからリストを取り出して読み上げるものが耳に入ると冷や汗が背筋を凍らせるように滲み出た。
なぜなら、この男が読み上げているもの。それは俺がナンバーツーに依頼していた『捕虜管理施設 A棟とC棟の監視用』に必要なツールと全く同じなのだからだ。
「若造を連れて来い」
李少将はリストを読み終えると、ガクブルしながら青白くなった俺を無視して隣いた兵士に声をかける。命令を下された兵士は小さく頷くと、部屋の奥の方から一人の男を連れてきた。その男は頭に布袋がすっぽりと被せられ、手錠もされていた状態だった。
しかしなんとなく予想はついた。
兵士はその男を俺の前に跪かせると、一気に袋を頭から脱ぎとる。
「すみません管理官……」
「お、おう。まじか」
紛れも無い。
俺の目の前には拘束されたナンバーツーがいたのだ。
ということは俺がA棟とC棟を監視しようとしてたことがバレたってことか?
AとC棟は李少将の部下が管理している。もしも俺の計画がバレたってことなら、曹少将にも迷惑をかけることになる。
ていうかなぜバレた!
「色々と混乱しているようだなレイン・サイフラ」
李少将が俺の表情を見て鼻で笑うと、背を椅子にもたれさせて腕を組む。
そしてバカにするように言った。
「君が彼に集めさせようしたもの、全てが情報部の盗聴盗撮のマニュアルにあるレシピじゃないか。こんな露骨なものを部下に集めさせて、誰にもバレないとでも思ったのか」
たしかに俺がナンバーツーに集めさせようとしたもの。
そのすべてが情報部暗殺部門にいた時に読んだマニュアル通りのものだ。
きっと情報部の人間がナンバーツーが集めているものを見たら露骨過ぎてすぐに怪しんでしまうのだろう。
今よく考えれば、曹少将だって俺はまだ軍に「信用されていない」と言っていた。
要するに俺の動向を随一チェックしている人間がいてもおかしくないのだ。
こういう時、本当に自分の頭の悪さを呪ってしまう。さすが失敗作だな糞!と自分を責める。
本当は李少将に対抗するためのものが今、全て俺自身を殺すものとなっているのだ。
しかし、こちらだってここで潰されるわけにはいかない。
なんとしてでも正当性を主張する必要があるわけだ。
態度を一変させてまずは舌打ちをする。そして舐めてかかるような表情を李少将に向けた。
「あのさぁ、李少将。聞きたいんだけど、俺が管理するB棟から捕虜を横暴に連れ出すのは一体どういうことなんだ? その上、俺達の棟にだけ捕虜の供給が来ていない。あんたらが最低限の情報を公開しない限り、俺がA棟とB棟に監視網を導入することは当然の権利だ」
腹から空気を押し出すように声を張り上げる。
自分で言っておいてアレだが、俺の発言は要するに「他派閥の人間達を監視するのは当然の権利」と言ってるようなもんだ。暴論すぎて自分でも呆れる。
しかし面白いことに、李少将はそんな俺をみて一瞬だけ息を止める。
きっと何か隠し事をしているのは揺るぎのない事実なのだろう。
そうだここは、明之州だ。サンディエゴ州とは違うんだ。暴論だって正論にすればいい。
「ハッキリと言わせてもらうからな! あんたら何を俺から隠そうとしてんだ? この国に帰ってから俺は李少将に感謝すべきこと一つもされてない。むしろ俺を騙して島流しにしやがったしな」
「きっ貴様ッ」
李少将がブチ切れた声を上げて立ち上がるが、こちらも勢いに負けずに吐き捨てるように言葉を続ける。目の前のナンバーツーは俺を見て、開いた口が塞がらないようだが。
「あーそれと、カウンセリング施設にあった啓蒙装置。違法薬物まで使いやがって。あれの仕組みって、トラウマ記憶を脳内でループ再生させて恐怖心を麻痺させてるんだろ? んで、それで抑えきれない場合は麻薬を使うのか。ふざけてんのか」
「ふざけているのお前だッ! あれは違法薬物こそは使用しているが、ちゃんと人体に影響がないように──」
「──そこまでにしないか、李」
李少将がマジギレしたところで、部屋のドアが声と共に勢いよく開かれた。
一人の男が他の兵士による制止を振り切って入ってくる。その男の後ろには数十人の兵士が続いており、部屋に割り入るように大幅に歩み入った。
曹少将とその一派だ。
「そもそも私の意志も確認せずにB棟の捕虜たちを移送するのは、いくらなんでも見過ごせないな」
「曹、今は捕虜なんかの問題ではないだろう。このレイン・サイフラ、本当に信用して良いというのか? 体内にクリスタルを埋め込まれていたことを隠していたんだぞ」
俺が恐縮して部屋の端っこで立っている中、李少将と曹少将はお互いの派閥の兵士たちを向きあわせて言い合いをしていた。どうやら曹少将もB棟の捕虜が強制的に移送され、孤立させられていることに気づいていたみたいだ。
「クリスタルだが、レインの身体調整を最初に担当したメグミ・サキシマから事情聴取をしている。彼女の話によると、体内のクリスタルは摘出しなくても問題はないと判断したから放置していたそうだ。今回の件は運の悪い事故ということでいいじゃないか」
曹少将はなだめるように李に話しかける。
しかし李少将は溜息をつくと、首を横に振りながら一言答える。
「随分と信用してるようだな」
「私のせがれから、彼の仕事ぶりは聞いている。彼は連合国に尽くす人間だ。我々が正当な評価を与える限りな」
曹少将はキッパリと言い切ると俺の方に向けて視線を送る。
その姿はとても頼れるような気がして、勇ましくさえ見えた。
いや、ていうか待て。いま曹少将は『私のせがれ』って言わなかったか?
せがれって息子って意味だよな……。
「そうか曹。だが君のせがれはあそこで拘束されているわけだがな」
李少将の指差す方向に視線を送る。
そこにいるのはバツが悪そうな顔をした青年。B棟のナンバーツーだ。
え、っていうことは
「え、ちょっと待って!? ナンバーツー、いや……あなたは、曹少将の息子!?」
「あぁ、はいそうですけど」
ナンバーツーの素っ気ない返事を聞いて、全身の毛穴が開く。
やっべぇええええ、曹少将の息子をこき使っていたのかよ俺!?!?
焦りで汗をたらたら流しながら「ナンバーツーの本名、全然覚えてねぇ……」と心の中で思う。
なんか読みにくい名前だったのだけは覚えてるけど、どうせナンバーツーでも通じるだろうと思って覚えようとしてなかったのだ。
「ハハハッ、ナンバーツーとな! 私と同じ呼び方じゃないか」
「そうなんですか?」
「あぁ、こいつは次男だからな」
曹少将が愉快そうな顔で話に割って入ってくる。
それを見てイライラ顔を浮かべている李少将がこちらを睨んでいた。
「あの、失礼ですが……お名前をですね……」
「曹小龍、シャオロンです。別に気を使わなくていいですよ」
シャオロンな。うん、シャオロンさん。
ナンバーツーの名前はシャオロンだ。絶対に忘れないように頭の中で何度も復唱しながら「もっと媚を売るべきだったのではないのか」とゲスな発想が次々に湧き上がる。
「さぁともかく李。お前がレインを信用しまいとしても、彼は既に私の部下であり生徒だ。これ以上、このような強引な手段に出るのなら私にも考えはある」
曹少将は俺とシャオロンのやり取りを横目に、李少将に対して頑固なる態度で話の続きをしようとする。李はそれを聞くと眉間にシワを寄せてデスクの上に腰を降ろす。
「だがな曹。レイン・サイフラは啓蒙装置の仕組みを知ってしまった。そして彼自身の信用を失わせるような行為だって──」
「李、お前が軍学校時代から生真面目な奴だってことは知っている。だがここは同期である私を信頼してみるんだな。啓蒙装置の仕組みがなんだ、ちょっぴり気持ち良くなるような薬を使っているくらいじゃないか。少しは適当に物事を考えてみればいい」
曹少将がドヤ顔で李少将に言うが、俺からすると「あんたはもう少し、物事を慎重に考えろ」と言いたいところだった。しかし、曹少将のこの適当さに今は救われているわけなので、俺もウンウンと頷きなら李少将を見つめる。
「俺、絶対に誰にも言いませんよ。軍が『最高にハイになる薬』を使ってるなんて」
李少将に向けてこう言い終えると、俺はウインクしながらガッツポーズを見せる。
しかし彼は目をパチパチさせると本当に不安そうな表情を曹少将に向けた。
「おい曹、本当にこいつ信用あるんだな!? なんか、こいつが発言する度に信用度がなくなってる気がするぞ!」
「たぶん……信用はある。チームプレイでもちゃんと連携してくれてたしさ……」
「曹おまえ、それゲームの話だな!? 職務中にゲームしてるのか!」
この二人、本当は仲が良いんじゃねぇのか……?
曹少将と李少将のやり取りを眺めながら思う。俺のすぐ後ろにいるシャオロンも「おい親父……」と呟いてイライラした顔をしている。
「ともかく、私がこれだけの兵士と共にこの部屋に来た意味はわかるな? 李」
しかし突然、曹少将が声音を変えると李も表情を暗くする。
李少将は腕を組むと皮肉そうな顔で答えた。
「……………時間切れか」
「そうだ、たった今より。”例の件”は私が引き継ぐことになる」
李少将は「上も何を考えているんだ」と言いながらも、デスクの下から幾つもキャリーケースを取り出して曹少将に手渡す。
「さあ、レイン。私は君を信用している故にこの仕事を君に譲るつもりだ」
李少将が兵士たちに俺の手錠を外させていると、曹少将はケースを俺の目の前に持ってきて言うのだ。
「──これに見覚えはあるはずだろう?」
ケースのロックが外され、分厚い装甲でカバーされた蓋が開かれる。
その中には見覚えのある、アメジスト色の輝きを放つ八面体の魔導石。
隣にはボロボロになった深紅の制服と黒い髪飾りがあった。
「これって……」
俺が言葉に詰まらせていると、李少将はデスク上にあった古びた赤いボタンを押す。
ズンッと低い地響きがすると後ろの壁がゆっくりと上がり始めた。
壁の奥には分厚いアクリル板で張られたもう一つの部屋があり、その中には──
「我々はこのケースの中にある新型魔導石の解析と、捕虜となったこの女から情報を引き出す役目を与えられている」
李少将は静かにそう言うと”向こう側”を見る。
──少女がいた。
無数の配線と点滴に繋がれ、そこから得られたデータはこちら側にある幾多ものディスプレイに刻一刻と表示されている。
少女は濁った瞳を虚ろにさせたまま見開き、顔色は紫色に近いほど不健康だ。
その身体は常に痙攣しており、頭がガクッと下に垂れたかと思えばすぐに叩き起こされたかのように頭をあげる。不気味だ。
「君を救出する際、我が軍は正体不明の新型魔導石を使用するこの女を捕虜として連行することに成功した。あまりにも反抗的な態度が続き、それを改善するために”不眠責め”にしている。常に刺激を与えて不眠状態にしていてな……もう5日は経つのだが、魔術師の精神力は凄まじいものだ。まだ耐えている」
淡々と説明する李少将に嫌悪を感じながら、アクリル板の仕切りに歩み寄る。
よだれを垂らして意識が混濁とした少女の姿をよく見る。
「君の仕事は、そいつに新型魔導石の解析に協力させることだ」
「いやでも、彼女って……」
この少女を俺は知っている。
後ろへ振り返って言葉を発するが、顔をしかめている曹少将とは対照的に無感情な表情をして李は答える。
「君の元主人だろう? その女──アイリス・ベルヴァルトは」
そう、たしかにこの拷問を今受けているのはアイリス・ベルヴァルトだ。
じゃあどういうことだ。俺が連合国に帰った時、アイリスも俺と一緒にこの基地に到着していたってことだろ? 今日までずっと連合軍に囚えられてたのか?
目の前にいるアイリスの身体の皮膚が焼きただれているのを見ながら、呟く。
「お前らやってることが全部メチャクチャだ……」
「どちらにしろ、今から君の仕事だ。今度はアイリス・ベルヴァルトが君の捕虜というわけだな」
李少将の声が鼓膜を震わした。