第四十一話 - 死体袋と
《兵士の精神的圧力に関して》
魔法陣営の魔術師たちは姿こそは大きな違いはないものの、彼らの精神構造は大きく無能者と異なる。痛みやショックに強いために、兵士たちの精神的負担が低いのは大きな強みだ。また、拷問にも強いという利点がある。
無能者の精神はそれに比べると脆い。
とくに生体兵器のプロトタイプは幼少の頃から兵士としての特訓を始めるために、通常だと精神的な疾患を持つかもしれない。
科学陣営はその精神的な差を克服するため、兵士たちにカウンセリングによる精神ケアを義務付けている。また、最も過酷な経験をするであろう生体兵器の兵士は通常のカウンセリングに加えて 心理学と機械工学を応用したカウンセリング形態である「啓蒙装置」のケアを受けさせられる。
指定された部屋は薄暗く、少しばかりの異臭が鼻をつつく。
部屋の広さこそはあまりなかったが、中央に真っ黒な死体袋がいくつもある。
俺が部屋に入って少しすると、奥にいた軍人が俺の存在に気づく。
「N-102 レイン・サイフラか?」
「はっ、Nタイプの人間が戦死したと聞きました」
「彼らはよく戦ったそうだ。顔を確認し終わったら、ここにはゆっくりいても構わない。私は外に立っていよう」
未だに実感が湧かず、俺はただただ目の前の軍人の言葉にコクコクと頷くしかできなかった。彼は俺を見て、溜息をつくと部屋を出ていこうとする。
その軍人の背中を見送るためにドアの方を見るが、視界の端に誰かが見える。
壁際のベンチに腰を下ろす、両手を顔に覆いながら貧乏ゆすりをする男。
彼は間違いなく──
「リク……?」
見覚えのある男だと思えば、それはリクだった。
彼もNタイプ達と一緒に作戦に参加していたな。すると、リクはもう戦死した仲間の顔を見たということか。
「リク、大丈夫か?」
声をかけても反応があまりない。
だから彼のすぐ近くまで寄ると、思わず足の歩みが止まった。
リクは目をカッと見開き、表情が硬直したかのような顔をしていたのが彼の両手の隙間から見えたからだ。
明らかに精神的なショックを強く受けている。
カウンセリングがすぐにでも必要な状態としか思えない。
「レイン本当にすまない、すまない……」
「なんでリクが謝るんだよ」
「やっとまた会えたってのに……まだ俺たち、ちゃんと一緒に遊んでもいねぇのによ……」
リクが突然口を開いたのかと思えば、それは俺への謝罪だった。
俺は跪いてリクの顔を覗き込みながら話しあおうとする。
だが彼はヨロヨロと立ち上がると、死体袋の並べられた部屋中央へ近づく。
そういえば、戦死者はこれだけなのか?
大規模な戦闘に敗れたそうだから、100人レベルで死体袋が並べられてると思ったんだけど……。
「リク、誰が死んだんですか?」
俺がそう聞くと、リクは虚ろの目をこちらに向ける。
その目が少し細められるとリクは床に膝を付ける。
俺はすぐにリクを支えるが、それでもリクは泣きそうな顔でこう言った。
「──全員だ」
頭が真っ白になる。
リクが何を言っているのかが全く理解できなかった。
だが、並べられた死体袋をゆっくりと数えると震えが止まらなくなる。
なにせ、俺の目の前にある死体袋の数。それはまさにリクと俺を除いた、Nタイプの生き残りの人数と同じだからだ。
「嘘だろ、おい」
「N-067 ダニエル、N-079 ダイチ、N-095 ニック、N-098 シァオロン──」
「ふざけんなよ、冗談じゃねぇぞ!」
「──以上四名。D45領土奪還作戦での戦死が確認された」
俺の荒げる声を無視して、リクの口から挙げられるNタイプの戦死者たち。
聞きたくない。仲間から戦死者が出るのは昔からあった。
でも、俺以外のNタイプが失敗作認定された日。あれから仲間なんていなかった。
誰もが俺を失敗作の出来損ないだと笑った。なにせ皆はタイプごとにグループを作るが、俺は一人なんだから皆から孤立していた。
戦死者が出てもそれは、俺を馬鹿にした奴らばかりだ。
時には「ざまぁ」とさえ思っていたさ。
「まだ先輩たちとは話したいことあったんだ……」
だからもう長い間、自分に親しい人達が死ぬことなんてなかった。なかったんだ。
慣れたと思っていた人の死が、しばらく経験してないうちに胸を潰すかのような苦しみとなっている。
現実を受け入れられない俺はリクの胸ぐらを掴んで、彼を壁に押し付けた。
「だって何かの間違いだろ! 顔をちゃんと見たんだろうな!? シールリングが破損して所属情報がおかしくなったとか──」
「──レイン・サイフラッ!」
リクの怒鳴るような声に目が覚め、リクから数歩離れる。
これは戦争だから仕方がないことなんだ。それは分かっていた。
でも受け入れられなかった。だって俺はやっとNタイプの生き残りと会えたんだ。
まだ、先輩たちとは話すことはたくさんあったし、俺が管理官になったからには美味いもんを奢ることだってできたはずだ。
それで俺は先輩らに自慢気に管理官の権限について教えてやり、脳筋な先輩たちが悔しがるのをネタにしながら……そんな思いが心の中を馳せる。
「失礼します。レイン君とリク君かな?」
俺とリクが無言でうなだれていると、部屋のドアが開かれる。
振り向くと、そこにはスーツを着た何人かの男がいた。
彼らは首から社員証をぶら下げ、背後には黒い服を着たメグミとユイナを含めたNSタイプが何人かいる。
何事かと思って俺とリクは背筋を伸ばすと、反射的にビシッと立つ。
「今回はNタイプがほぼ完全に壊滅したと聞いたからね。私達も彼らとお別れを言いたい」
「あんたらって?」
俺がスーツの男たちにそれを聞くと、彼らは社員証をよく見えるようにこちらに向ける。
そこに刻まれたロゴはとても見覚えのあるものだ。
「我々は君たちを造った、ヴァイスクロイツ社の人間だ」
それを聞いて俺はリクと目を合わせると、同時に敬礼をする。
リクに関してはもう精神的にも限界なのかヨロヨロだが、俺はできるだけ悲しみは行動に出さないように心がける。もちろん俺だって今すぐにでも自室に戻って、この現実を受け入れたいところだが 今はそういうわけに行かない。
社員たちは俺達の敬礼を見て頷くと、後ろに立つNSタイプ達に目を向ける。
するとユイナは後ろに置いていてた箱から花束を取り出し、それらを死体袋に向けて散らせる。
ユイナはまるで業務的にそれを行うだけで、これといった感情を出さずに当然のように進めていた。そんな彼女に強烈な違和感を感じるのは どうやら俺だけのようだ。
「で、こちらが戦死した彼らへの補償金だ。それぞれの遺言に従って、補償金の宛先が書かれている。サインをしてくれ」
分厚い眼鏡をかけた中年の社員が俺にクリップボードを渡す。
そのクリップボードにあったリストに目にすると、溜息を付きながらサインをした。
俺を除く、他のNタイプは失敗作だと認定された。
だからNタイプは戦死した際に、ヴァイスクロイツ社が補償金を出すことになっている。
これらの金も先輩たちの意向にそって使われるのだろう。リストを見る限り、先輩たちの孤児院や 世話になったであろう老人ホームなどが補償金の宛先になっている。
俺はクリップボードを渋々と中年社員に渡すが、彼はしきりに時間を気にして面倒くさそうにも見える。こっちは仲間を失ったてのに、やけに偉そうじゃないか。
顔には出さないが、心奥で社員たちへの怒りが積もっていく。
こいつら全員、他人事のように面倒くさそうな顔をしてやがる。
「さぁ、補償金の支払いも終わったことだし我々は支社に帰ろうか。戦死した彼らもきっと喜んで──ッ!?」
「ちょッ──!」
中年社員が愛想笑いを浮かべた瞬間だった。
俺が反射的に声を上げた時には、彼は大きな衝撃波と共に吹っ飛ばされていた。
その中年の体は部屋の反対側の壁に叩きつけられ、口の中の歯がボロボロとこぼれ落ちる。
部屋が社員たちの驚きの悲鳴で満たされる中、俺は横を見る。
そこには歯を剥き出しにし、唇を噛みきって口から血をダラダラと出すリクがいた。
彼の拳はしっかりと伸ばされ、それは彼があの中年社員を殴り倒したのだということを示していた。
「ッざけんな! てめぇら能無しのせいで、俺たちが失敗作になったんだろうがッ!!! てめぇらのせいで! 他の生体兵器よりもリスクを背負って前線で戦ってんだろうが!!!」
「リクやめろ!」
俺は雄叫び声を上げるリクを抑えようとするが、彼はそんな制止を振り切って他の社員の胸ぐらも掴み上げる。
社員たちはどうするべきか分からず、顔を真っ青にしながらNSタイプ達の背後に隠れようとする。
ダメだ。このままじゃリクが殺される。
「謝罪の一言でも俺の兄弟達に言ってみろよ! 糞みたいな国民様を守るためにこっちは失敗作でも戦ってんだ! お前らがNタイプを殺したんだってのに!!!」
リクは充血した目を蛇のよう鋭くさせ、ヴァイスクロイツの社員どもを蹴り飛ばす。
その頃になって、NSタイプの背後に隠れていた社員たちが叫ぶ。
「あいつをカウンセリングに送れ!」
ユイナが他のNSタイプ達と目を合わせて頷く。
すると部屋に凄まじい衝撃波が駆け巡る。薄目を開いて状況を確認すると、そこにはリクと拳同士を衝突させたユイナの姿があった。
彼女は全身の配線を淡く輝かせながら、リクの手首を捻り上げると床に叩きつける。
そして続いて別のNSタイプ達もリクの両足を抑えると、ユイナがリクの頭を鷲掴みして──
「気絶させます!」
ユイナの声と共にドンッ!とリクの後頭部が強打された。
それを最後にリクは目を半分開けたまま動かなくなる。
システムの解放もせずに通常状態だけでリクを制圧したのを見れば一目瞭然。
NSタイプのスペックは俺たちを圧倒していた。
「とんでもない事をしてくれたもんだ……こいつはカウンセリングを受けたほうが良いな」
社員の一人がスーツを整えると、虫を見るような目でリクを見下ろす。
その言葉通りにメグミはNSタイプ達にリクを運ばせると、部屋の外に移動させる。
俺がまだ唖然とした表情で部屋を眺めていると、肩をトントンと叩かれた。
「君も長い間カウンセリングを受けてないだろう。彼女に連れて行ってもらいなさい」
戦争である以上、兵士が精神的なダメージを受けたりするのは当然なことだ。
特に少年時代から兵士として特訓される生体兵器のプロトタイプはPTSDなどにもなりやすい。そのことから、カウンセリングで心理状態を整理するのは非常に大事なことだ。
メグミも俺に視線を向けて、手招きをする。
たしかに俺は帝国で捕虜になる前からずっとカウンセリングを受けていない。
そろそろ受けるべき時期だろうな。
だが、その前に死体袋にゆっくりと近づく。
そして一つ一つの袋の中に眠る先輩たちの顔を確認していく。
中には攻撃が顔に直撃したのか、誰なのかが分からない状態のもあった。
しかし、数日前までは一緒に飯を食った仲間だ。
目を閉じて呼吸を整えると立ち上がる。
そしてさっきから自分たちの怪我を気にしている社員たちを一目見て、舌打ちする。
「おいヴァイスクロイツ社、糞でも食ってろよな」
俺は中指を立てて、それを部屋にいる社員ども全員が見えるように掲げた。
目を鋭くして彼らに睨みを浴びせると、踵を返して部屋から出ようとする。
そもそも俺たちが失敗作だとか言われてんの、お前らのせいだろうが。
「……失敗作どもが」
背後から聞こえる罵倒を気にせずにドアを乱暴に蹴って開く。
しかし、後から付いてきたメグミはなぜか楽しそうだった。
リクを担いで歩く前方のNSタイプ達に追従して、カウンセリングの受けられるブロックまで移動する。
「お兄ちゃんも、あのNタイプもキレすぎじゃない?」
俺が歩いていると、ユイナはリクを他のNSタイプに任せて俺の隣に来る。
ユイナは金色の瞳で無邪気に俺を見上げながら、疑問そうに聞いてくるのだ。
俺はむしろヴァイスクロイツ社に直接キレたってよりも、リクへの態度を見てキレたってのがあるんだけどな。
「あれくらいやっといた方がスカッとするだろ」
ユイナにそう答えると、彼女からは「ふーん」と素っ気なく返ってくる。
そういえば、お兄ちゃんと呼ばれてる割にはユイナのことはまだよく知らないな。
今度、何か機会があればちゃんと話したいんだけど。今はそれどころじゃないし。
俺がユイナの横顔に視線を向けていると、メグミが耳元でコソコソと聞いてきた。
「そんなことよりさ、どう? まだクリスタルは体内だよね?」
「え、あぁ。まだクリスタルは体内にありますけど……あれそろそろ摘出した方が良くないですか?」
俺の体内には陸戦兵団のグレイス少佐が埋め込んだクリスタルがまだある。
あれが起動すると俺の生体兵器としての能力を抑制するものだから、取り出したいのにメグミが何故かそれを嫌がるのだった。
「クリスタルを強化装置内に入れて、生体兵器の力を制御するなんて発想は凄いものだよね。これの逆を応用すれば、魔法を妨害できるようなものも作れるでしょ?」
「いやいや、俺が実験台にされちゃ困るんですけど」
めっちゃ嫌そうな顔するものの、メグミがしつこく「今度身体検査するまで埋め込んだままにして!」と言ってくるので仕方なく受諾する。
できるだけ早く、メグミのところで身体検査してクリスタル取ってもらうか。
「お兄ちゃん、シールリングをここでスキャンして?」
しばらく移動すると、目の前に真っ白なゲートが現れる。
その前にある受付のような台でシールリングをユイナの言うとおりにスキャンすると、電子音とともにゲートが開かれる。
ここの基地のカウンセリング施設はなんだか高価そうだ。
「じゃあ、私たちは帰るね。時間できたら身体検査に来なさいね〜」
「バイバイ、お兄ちゃん」
メグミとユイナ、そしてNSタイプ一同は俺とリクを施設内に入れると手を振ってゲートの外に出る。俺も会釈をして別れを言っておくが、すぐに施設の中にいた白衣のカウンセラーが小走りでこちらに近づく。
「カウンセリングですか? 彼は?」
「あぁ、ちょっと感情が不安定みたいで。ついでに俺もカウンセリングに」
カウンセラーがリクを覗き込みながら彼の脈拍を図ったりし終えると、小さく頷く。
リクは担架に乗せられると、複数のカウンセラーが彼を担ぐ。
そして彼らリクと共に施設の奥へと走っていった。
「君はこっちです、ついてきてください」
マイルドな顔したカウンセラーが俺を手招きして部屋に入れると、席につくように促す。
部屋の中はフルーツのような香りがして、ゆったりとした雰囲気だった。
カウンセラーが俺と向かい合うように座ると、俺との間にあるデスクにタブレットを置く。
「最後にカウンセラーを受けたのがかなり前ですね。なにか異常は?」
「いや、大して問題はないかな。でも一時期だけ、悪夢にうなされたことがあったな」
「どんな夢ですか?」
カウンセラーの質問を耳にして思い返す。
俺が帝国にいた一時期、とても小さな記憶で昔の悪い記憶がフラッシュバックしたり、イライラさせられたことがあったな。
アイリスが俺を睨んだりすると、それが昔の記憶にあった敵兵士の睨みと重なったり……などといった典型的なトラウマの症状が出ていた。
今思えば、そこまでショックなことではないけど。きっとあの時はストレスや精神負担が酷かったんだろう。
そのことも含めて、どんな悪夢を見たのかをカウンセラーに詳しく説明する。
それを聞きながら、カウンセラーは眉間にしわを寄せながら診断情報をタブレットに打ち込んでいた。
「その悪夢に特徴はありましたか?」
「えぇ、なんか記憶が再生されているような夢かな」
悪夢を見たのはたしかクリスタルを埋め込まれて、制限状態にされた時期だった。
あの時期はかなりストレスもあったし、アイリスとの関係も険悪化していた記憶がある。
やはりクリスタルを埋め込まれたというストレスが原因だったのだろうか。
「………あなたの感情推移のデータを見ていますが。通常のカウンセリングでは対処できない部分がありますね。”啓発装置”を使いましょうか」
──啓発装置。
使用者のストレスを軽減させ、精神的な休息を短期間で与えることができるとかいうやつだ。見た目は完全に酸素カプセルみたいなものだが、ほぼ全ての生体兵器がカウンセリングで使っている。
帝国で捕虜になる前は俺も定期的に使用していたが、最近は帰国後も忙しくて通う余裕がなかったし良い機会かもしれない。
「じゃあ、お願いします」
カウンセラーは微笑んで立ち上がると、俺を別室に移動させる。
入った部屋は薄暗いもので、目を見張るとそこにはズラリとカプセル状の装置が並んでいた。
俺が今まで他の基地で使ってきたものよりも新型っぽく見えて、ちょっと見たことのないパーツなどもある。
「このタイプ、カプセル自体は啓発装置ではないんですよ。カプセルに使用者が入った後、そのままレールに乗って中央啓発装置に接続する仕様でしてね。電車に乗っているみたいな感じですね」
「へぇ……個別に啓発装置を作るわけじゃなくて、一つの啓発装置に複数のカプセルが接続する感じなんだ」
新型をジロジロと見ながらも、俺はカプセルの中に身体を収める。
目の前に立つカウンセラーが小さく頭を下げると、カバーがスライドして閉じられる。
カプセルの中は真っ暗だったが、すぐに青っぽい光が内部を薄く満たす。
『問題はないですか?』
カウンセラーがカプセルに備え付けられた小窓を開くと、俺を覗き込みながら聞いてくる。俺は外の光に多少の眩しさを感じながらガッツポーズを返す。
小窓は閉じられ、カプセル全体が小さく振動し始めた。
《これより啓発装置によるカウンセリングを開始します。中央啓発装置のあるブロックに移動します》
カプセル内に響くアナウンス。
それと同時にレールの上をカプセルが滑り出したのを感じる。
カプセルはかなりスピードを上げて移動しているようで、中にいる俺も全身に圧力を感じながらジッとしていた。
しばらくするとカプセルはガタンッと音を立てて停止する。
すると仰向けになった俺の目の前にディスプレイが投影された。
《中央啓発装置との接続が完了しました。これより強制睡眠状態に入りまzr──》
だが突然ディスプレイの画面が乱れたかと思えば、アナウンス音も不自然な途切れ方をする。それに続いてカプセル内の光源が完全に消えると身体の周りが不自然にガチャガチャと震えだす。
普通ならここで眠気が来るはずなんだけど、何かがおかしい。
「あれ、どうなってんの?」
《原因は不明ですが当AIと啓発装置の接続は維持されています。カウンセリング自体に問題はないと判断します》
「接続されてるのは良いけど、眠気来ないぞ? おかしいだろ」
カプセルの中からドンドンと叩いたり蹴ったりするも、当然の事ながら全くビクともしない。この窮屈な体勢で閉じ込められたままはヤバイだろ。
「…………あれ?」
俺がオドオドしていると、キーンと高まっていく耳鳴りが聞こえる気がする。
一体何事かと思って見回すものの、別に何かがあるわけでもなかった。
しかし耳鳴りは止まらずにむしろ高くなっていく一方で今にも爆発しそうになる。
よくわからない。
それでも本能的に危険を察知した俺は額に脂汗を浮かばせながら、心臓をバクバクと高鳴りさせていた。あまりにも不自然すぎる状態に不安を感じていたのだ。
だがそういった悪い予感は的中することが多いみたいで、シールリングの金属的な声に背筋が凍る。
《ユーザー、カプセル内で高魔力反応が確認されます。直ちに啓発装置との接続を切断してください》
「はぁ!? 魔力ってここは連合国だぞ!?」
シールリングの報告を信じられないと思いつつ、焦りが迫ってくる。
ここは科学陣営の本丸でもあるビローシス連合国の基地だ。魔力反応がこんなカプセル内であるわけない。
あまりの混乱で頭がおかしくなりそうだった。このままだとパニックになる。
《エネルギー源の干渉部位を確定。周辺機器の負担値から逆算開始。成功。
レポート処理完了──魔力発生源を特定しました》
「これって……」
シールリングが視界に映し出した内容を目にすると同時に冷や汗が流れ始める。
なにせシールリングが特定した魔力発生源は俺自身だからだ。
心当たりがあるといえば、体内に埋め込んだままのクリスタルしかない。
すでにカプセル内の電子機器が耳鳴りと共振を始め、火花を散らし始めている。
よく分からんがすぐに脱出しないと干渉反応が本格的に起きそうな気しかしない。
《高干渉反応を確認──ユーザー、危険な状態です。接続を切ることができないのなら、直ちにカプセルから脱出してください》
「やばいやばいやばい、脱出機構あるんだろうな? どこだ! てかメグミふざけんなよ! だからクリスタルは摘出すべきなんだっての! ここで干渉反応の爆発でもしたら確実に死ぬぞクソ!」
カプセル内はまるで高圧鍋だ。こんな中で干渉反応による爆発でもしてみろ。
俺はひき肉になってもおかしくない。そんな姿を想像すると気が狂いそうになる。
シールリングのライトを頼りにカプセル内を調べる。
おそらく、この啓発装置は俺の強化装置内部と接続しようとしている。
だから同じく強化装置内部に埋め込まれたクリスタルが干渉反応を起こしかけているんだろう。
「あった! これだよな!?」
左側に見つけた赤いレバーに【脱出】と記されているのに気がつく。
カプセル内の電子機器がパンパンに膨れ上がるのを横目に、無我夢中でレバーを引いた。
《緊急脱出を確認。啓発装置との接続を強制切断します》
ノイズ混じりの音声が流され、カプセルのカバーがスライドして開放される。
どうやら装置との接続も切断されたようで、魔力反応も嘘のように途絶える。
耳鳴りもなくなり、俺は息を荒くしながらカプセルから上を見上げていた。
「カウンセリングどころじゃねぇよ……すぐにでもメグミにクリスタルを摘出してもらわねぇと」
強烈な喉の渇きを感じながらそう呟くと、シールリングもそれに同意するかのように電子音を発する。ともかく、カプセルから出ないといけないな。
重たい身体を動かして上半身を浮かばせる。
どうやらここが中央啓発装置のブロックだそうで、辺りには大量のカプセルが整然としていた。
見上げると柱のように伸びた物体があり、そこから太いコードが何本も伸びている。
そしてその太いコードは無数に枝のように分かれて個々のカプセルに接続されている。
「啓発装置ってこんな感じになってんのか。初めて見るな」
《啓発装置の仕組みなどは公開されていないので、あまり詮索するべきではないと進言します》
「とは言ってもただのカウンセリング装置だろ? ストレス取ったりするだけだしさ」
俺はカプセルから出ると辺りを見渡す。
全てのカプセルは中央に配置された啓発装置をぐるりと何重もの円を描くようにして配置されていた。
そしてカプセル移動用のためのレールも複雑に入り組み合っている。
見たところ、ここはスタッフなどの管理者がいないみたいだ。
人を呼ぶ必要がある。
「えーっと、連絡用に何かあると良いんだけど」
中央啓発装置に近づいて、それに備え付けられたディスプレイに目を通す。
様々な数値が変動していて目がチカチカしそうだ。
このシステムにアクセスすれば管理人にも連絡できるはずだな。
「シールリング、中央啓発装置のシステムに接続だ」
《しかし、それだとシステム情報を閲覧してしまいます。これは権限上の問題で──》
「今は異常事態だから仕方ないだろ」
シールリングは少しの沈黙の後に《了解》とだけ返答するとリングからコードを出す。
そのコードを啓発装置のディスプレイに差し込むと、視界に無数の情報が羅列され始める。システムへのアクセスを開始したということだ。
羅列されていく情報をシールリングにまかせて、もっと見やすいインターフェイスに変換させていく。ただ情報とプログラムを羅列して実行しているだけであるこのシステムは、まるで人が使うことを前提にしていないシステムのようだった。
「ん、なんだこれ? 何かを繰り返し実行してるけど」
違和感に気づき、その箇所の詳細を表示する。
あまりにも本格的すぎるコードプログラムのため、シールリングに支援してもらいながら読み進めていくと。
意味を理解して息を呑む。
「記憶データの保存……このシステム、兵士の記憶を吸ってんのか?」
《システムは カウンセリング対象の兵士にとって最も強烈的な記憶の一部を保存しています》
「そしてその記憶を短時間で何百回も繰り返し、兵士に見せてんのか? 意味わかんねぇぞ」
要するに啓蒙装置は使用者のトラウマになりうるような記憶を何度も何度もカプセル内の兵士に向けて再生しているのだ。なぜそんなことをするのか理解できずに立ち尽くす。
《PTSDなどを抑えるための手段だと予測します。トラウマに成り得る記憶を何度も見せることによって、その記憶に対する”慣れ”を作って恐怖心を麻痺させている──と当AIは思考します》
「ストレスを取り除いてるんじゃなくて、ストレスに麻痺させてんのかよ……」
人の感情や記憶をこんな風に補正していいものなのか?
驚きを隠せずにいながらも、このまま調べ続けるべきか迷う。
あまりいい予感がしないのだ。知らなくていいことも知ってしまうのではないか? といった不安が心を駆け巡る。とりあえず、シールリングと啓蒙装置システムの接続を切ることにする。
だがシステムから接続を切ってすぐ、目の前の啓蒙装置が突然大きな音を立てる。
まるで何か鉄と鉄を叩き合わせたような音にビックリして顔を上げると、周りのカプセルの一部がオレンジ色に点滅し始める。
何が起きているのかと思い、目の前にあるディスプレイを見る。
ディスプレイに出されている情報を読む限り、別に俺が原因で音がなったわけじゃないみたいだけど。
「なんだこれ」
見上げるディスプレイにはいかにも化学の知識が必要そうな用語が数字とともに表示されていた。それぞれのカプセルの番号もそれらの横に記され、オレンジ色に点滅しているカプセルと合致していた。
「シールリング、この物質の意味分かるか?」
俺はシールリングに向かって話しかけるが、なぜか返答がない。
ん? と思って左腕を確認するとシールリングは考え込むかのようにLEDランプを点滅する。
そして短い沈黙の後、シールリングは声を発した。
《──違法薬物です》
俺は何も言わずに視線を下げる。
そしていつの間に近づいたのか、背中に押し付けられた冷たい金属の感触に気付く。
あまりにも予想外の事実を知った今、意外にも心は落ち着いていた。
「おいお前、何を見た」
両手を挙げて後ろを見る。
銃を向けた中央政府所属の兵士たちの姿だ。