第四十話 - 管理官の会議
「で、君があの新入りの管理官か」
指定された会議室の部屋に入った途端、最初に言われた言葉がこれだった。
視線を上げると、すでに簡易な円卓テーブルで二名の管理官が座っていた。
彼らは背後にそれぞれ一名の監視官を立たせ、自分らはペン回しをしながら俺に目を向けている。
「王管理官と金管理官ですね。はじめまして、レイン・サイフラです」
俺は軽く頷いてから彼らの近くまで歩み寄ると、小さく敬礼をする。
しかし二人は俺を横目で見ると頭の制帽を軽く上げるだけだ。
座ったら制帽外せよ、マナーだろうが この野郎……。
俺は自分の後ろに立つナンバーツーにアイコンタクトをし、俺の座るであろう席の後ろに立たせる。そして俺は席に腰を下ろすと、制帽をテーブルの上に置く。
「もちろん知ってるだろうが、自分はA棟を管理する 王 だ。今回は視察予定日、そして現状において交わせる議論を行う」
王管理官。
元之州の基地内士官学校を卒業した元生徒。
そこの授業で好成績を叩き出すが、激しい出世競争には勝てずにコネでA棟管理官になった。
眼鏡をクイックイッしていていかにもインテリ系な感じだった。
だが、知識ばかりあって……なんかそれの応用方法知らなさそうな顔してるっていうか……。
「B棟の 金管理官 だ。そこに置いた書類に目を通せよな」
金管理官。
彼の父親はかなりの高官のようで、親の人脈でC棟を任せられている。
要するにナナヒカリだ。
彼のムッスリした言葉遣いに多少の不快感を感じながら「あ、はい」と愛想笑いを浮かべながら目の前に置かれた書類を手に取る。
そこには相互視察に関するガイドラインやら、目的などが延々と綴られていた。
(おい、こいつらなんでこんなに不機嫌なんだ?)
心のなかでそんなことをボヤきながら、目の前の二人に視線を向ける。
王管理官と金管理官の顔を見ると思わず「お前ら何がそんなに気に食わないんだよ」と爆笑しながらツッコミそうだ。
しかし、どうしよう。
会議なんかしたことないから、緊張で何をまずやれば良いのか分からん。
頭のなかで必死に会議に関連しそうな記憶や知識を漁っていると一つ思い出す。
そういえば、昔……リクがこんなことを言っていたな。
『話が通じなさそうなお偉いさんと会議するときは、カッコいいペン回しをして格の違いを見せつけるのが効果的』
俺は内ポケットからペンを取り出すと、それをテーブの上に乗せた右手に添える。
それに気づいた会議室にいる面々は俺のペンに何気なく注目していた。
よし、と意気込んでからペンをゆっくりと回し始める。
「…………」
「…………」
「…………」
クルックルッと華麗なペン回しをしながらドヤ顔をする俺。
そしてそれを凝視する管理官達とその部下。
ペンはまるで水の流れる川のように動き、滑らかな軌道を描きながら回転する。
まさに俺の右手は今、小さな神秘とも言えるペン回しが現れているのだ。
沈黙の中、俺は自分がとても知的になっていくような気がした……気がしたのだ。
「……管理官、ふざけないでください」
「ごめんなさい」
耳元でそっと囁くナンバーツーに涙目で謝る。
完全に滑っていた気がする。ていうかマジで会議ってなにすんだよ……。
ペン回しをして書類を読んだり、ドヤ顔で意見を述べたりしてたよな? 映画とかでしか見たことないけど。
俺がペン回しを自重し、肩をすくめて書類を読んでいると王管理官の視線に気づく。
彼は俺の左腕に装着されたシールリングを見ているようで、鼻で笑ったのかと思えばゲスそうな顔で口を開く。
「ノイズシリーズのような低学歴が管理官とはな。まさか会議は初めてかな?」
「ペン回しのために会議来たんだろうよ」
王がなにか言うと、金もそれに続いてバカにするかのような態度で笑い声を上げる。
二人の笑い声……何よりもペン回しに関してを突かれて俺は無表情で「ハハハ」と応じるしかなかった。
もちろん、内心では「ぶっ殺すぞ……」と思っている。
後ろに立つナンバーツーも上司を馬鹿にされて腹が立ったのか、人でも殺すつもりのような殺気を出しながら前方の二人を睨んでいた。その視線に気づいたのか、向こうの監視官もこちらに鋭い視線を向けてくる。
「あれ、つかよく見たら。あいつ前の会議に出席した監視官じゃね?」
ふと、金管理官はナンバーツーの顔を見て思い出したかのように声を漏らす。
すると王管理官も溜息を付きながら口を開いた。
「そうだな。前の視察の時はよくもやりやがったな……」
ちなみに、このナンバーツー。
前回では喧嘩を売られたから、アホなのか知らんがその喧嘩を全部買った男だ。
B棟の監視官全員と共に、A棟とC棟の職員を”無断侵入”の名目で1時間以上監禁したらしい。そりゃさらに嫌われるわ、B棟。
「まぁ、どうせ底辺からやっとの思いで監視官なんかになれたんだ。許してやるよ」
「……………」
後ろのナンバーツーが凄く怖いオーラを出していたが、もちろん俺もイライラしてきたところだ。曹少将には悪いが額に血管を浮かび上がらせながら口を開く。
「……今後の文句は彼ではなく、俺によろしく頼みたい」
敬語が面倒になって荒い口調で話しかけると、彼らは少しだけ目を細めて俺を睨む。
そして不満そうな顔をしつつも、今ここで口答えしても時間の無駄だと理解したのか王管理官はタブレットを取り出す。
「明日には視察したい。こちらとしてはB棟を先にな」
さらにぶっきらぼうになった王管理官の口調を察するに、もうこりゃ仲良くするのは難しそうだ。もうちょっと俺も姿勢を低くしてれば良かったなぁと後悔しつつも、彼に応じる。
「問題ないです。明日、午前6時以降ならいつでも」
「では、今日はもうこれでいいだろ」
向かい側の二人は部下に目配りすると、席から立ち上がる。
俺が「え? もう終わり」なんて面食らっているが、まるで面倒な会議はさっさと終わらせて帰ろうみたいな態度が向こうからする。
「いいや、まだ話がある。少しだけ時間を頂きたい」
このまま形だけの会議で帰るわけにはいかなかった。
俺には聞くべきことがあるわけだし、王と金を引き止めるために立ち上がる。
彼らは「は? まだなんかあるの?」とでも思ってそうな顔をこちらに向けた。
「B棟の一部捕虜を移動したそうだけど、どういうことかハッキリと説明して頂きたい」
「……上層部からの命令だ。何か問題があるのか?」
王管理官は目を鋭くさせ、俺を睨むように応える。
しかしこちらも引き下がるわけにはいかない。裏で何がされているのかを確認する必要があった。そのためにも王管理官の目前まで歩み寄る。
「直近3日以内に捕虜となった帝国兵は全員AとC棟に移動されているな。なんだ、俺に何か隠したいことでもあるのか?」
「おい生体兵器、あんま図に乗んなよー?」
つい癖で喧嘩腰になったところ、王管理官の背後で威嚇していた金管理官が声を上げる。マジで金魚の糞みたいな従属っぷり……。
だがこのまま関係を更に酷くしても警戒されるだけだろう。
苦笑いを浮かべながら、頭を掻きながら後退りする。
「あはは、なんかすみません。お察しの通り、ノイズシリーズって学がないもんで礼儀正しくすることも下手なんです。今後とも、先輩方のご指導よろしくお願いします」
そう言いながら頭を深々と下げると、向こうも少しは納得したのか沈黙の後に頷く。
金管理官は相変わらず唸ってきそうな表情だが、王管理官は厳しそうな顔つきで襟を整えると口を開く。
「視察のことは頼んだ」
「はい、王管理官と金管理官がご視察に来るのを楽しみにしています。よろしくお願いします」
お辞儀をしまくる俺を見て、彼らは随分と気分の良さそうな顔で会議室を後にする。
彼らの姿が見えなくなったのを確認してから、大きく「はぁああ……」と溜息をつく。
正直、この小物感満載の演技は自分を情けなくしてしまう。しかし今は必要なものだ。
「サイフラ管理官……ありがとうございます」
「え? あぁ、大丈夫。そもそも、人の部下を本人の目の前で侮辱するなんて……あいつらこそ教育受けてないんじゃないか?」
王管理官と金管理官がナンバーツーを貶していたことを思い出しながら、吐き捨てる。
だが、まだ彼らに対しては最大限の敬意を払うような態度を示さなくてはならない。
曹少将もきっと、A棟とC棟との関係がこじれるのは良くないと思ってるはずだ。
「それと管理官、今さっきB棟からの報告がありました」
俺が眉間にシワを寄せながら今後の対応を考えていると、ナンバーツーは少し緊張した声で俺に話しかける。俺は少し振り返って「何があったの?」と聞くと、彼は険しい顔でこう言う。
「入荷が完全に途絶えてるそうです」
「入荷……?」
「あぁ、”入荷”というのは新しい収容捕虜のことです」
こりゃ酷い隠語だな、と思いつつもナンバーツーの報告で確信をする。
明らかに、新しい捕虜からB棟が情報を得ようとしてるのを遮断しようとしている。
まるで俺に情報を与えたくないかのような動き……もしかして俺が功績を挙げないようにするためとか?
この件、曹少将に報告する前に俺独断で行動を起こす必要がありそうだ。
「どうしますか? 管理官」
「──明日の視察、あいつらA棟とC棟を監視下に置こうか」
俺の発言を聞くとナンバーツーは「なッ!?」と声を上げると、咳払いをしてから恐れ多そうな顔で俺に話しかけようとする。
「監視下って……どうするつもりですか?」
「俺、こう見えても昔は暗殺部門の兵士だったんだぜ? 監視網くらいあいつらの棟に敷けるはずなんだけど」
「でも、暗殺部門での生体兵器の役割は簡単な奇襲支援とかですよね? そんな高度なスキルあるのですか?」
「たしかにそうだけど、暗殺部門にいた時はそれ関連の資料も読んだしたぶん……」
「……………」
俺がモゴモゴ言うのを見て、ナンバーツーがあからさまに不信感を顔に出す。
たしかに俺は失敗作のNタイプ出身なわけだから、暗殺部門の奇襲支援とかの簡単な役割ばかりを与えられていた。
でも、こういった監視網の作り方などの基礎知識は資料で学んだし……。
たぶん大丈夫はず……と自分でも自信はないが問題ないと思う。
「ともかく、俺が今からいうものを用意してほしい。もちろん作戦についても聞いてほしいな」
まず動かなければ何も始まらない。
A棟とC棟の内部を監視し、そこにいる捕虜たちから情報を引き出す必要がある。
もしも俺に知られたくない情報があるのなら、それを暴いてやる。
ただ単に俺の功績を邪魔しようと言う魂胆なら、彼らの上司──李少将を直接糾弾することになるだろう。
ともかく、このまま新しい捕虜がB棟に入らないと大問題だ。
何が起きているのか探る必要がある。
「……わかりました」
さっきまで不信感だらけの顔をしてたナンバーツーも、俺の”作戦”を知ると悪そうな顔をしながら応える。やっぱこいつ、本質的には悪キャラなんだろうな。
俺は必要な物をリスト化すると、ナンバーツーの携帯端末にそれを送る。
「では、準備してきます。先ほどの作戦、他の監視官たちにも話しておきます」
「おう、頼んだ」
ナンバーツーが駆け足で会議室から出て行ったのを見送ると、椅子にドカッと座って両手で顔を覆う。そして「うわぁああ……」と声を漏らしながら上半身をテーブルの上に乗せる。
「マジでめんどくさい。てかドロドロしすぎだろ……」
帝国から戻った後、階級は大人の事情で剥奪されたものの。
俺の職務範囲や権利は以前では想像できないほど強大化している。
出世のチャンスが広まるのは素晴らしいことだが……これまで以上に上層部と関わることになったがため、権力争いに巻き込まれそうな気がする。
命の危険を晒す任務からは解放され、むしろ軍内部の方向へと進んでいる俺だが。
やはり生体兵器という出身は偏見のために、今後も苦労しそうだ。
《ユーザー、少しでも休息をとることを進言します。ユーザーの職務はすでに管理関連になっていますので──》
「わかってる。少し昼寝でもしようかな……」
俺が疲れているのを見て、シールリングが心配でもしたのだろうか?
シールリングは俺に休憩を促すのを聞いて、少しは休んでみようかと思う。
昔は戦闘職だったわけだし、どうしても癖で体を張り詰めてしまう。
今は多少の楽ができる職務なんだから、ちょっとは自分の時間を過ごしてみるか……。
しかし、俺がそう考えて会議室を後にするとシールリングが通知音を発する。
俺が何事かと思ってシールリングを確認すると──
《ユーザー、遺体の身元確認を要請されています──》
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
しかし、表示されたメッセージに目を通し終えると全身の力が抜けていく。
このメッセージの意味することを俺は知っていた。
息が荒くなり、頭痛がする。同時になんとも言えない感情が溢れそうになった。
──Nタイプの先輩たちの誰かが、戦死したということだ。