第三十九話 - 管理官レイン・サイフラ
「これは予想以上の成果を出しているな……レイン・サイフラ管理官……」
「はっ! 曹少将のおかげでございます!」
「いや、敬礼しなくていい。協力プレイ中だぞ」
「そ、そうですね」
曹少将の少し散らかった部屋で俺はポータブルゲーム機を操作し、曹とオンライン上の協力プレイをしていた。俺のような権限だと、オンラインゲームへのアクセスは制限されている。そのため、こういうゲームを遊んだことはないんだけど……。
「凄いですね……オンラインでリアルタイムで知らない人対戦できるとか……」
「そうだろう? 私もこのゲームを遊んだ時、初めて自分が出世しといてよかったと思ったよ。なにせ少佐以上ではないと、まともにネットを使えないからな」
「まるでオンラインゲームのために出世したみたいだ……」
ビローシス連合国はデータ通信量を制限するためや、戦時中なのでデマなどが容易に拡散しないために国民ごとにネット規制を敷いている。
とくに軍や政府関係者には厳しいネット規制が敷かれ、俺の権限だとネットの閲覧のみが許される。ただ、少将レベルだと普通にオンラインゲームも遊べるみたいだ。
「で、捕虜の取り調べの効率化が進んでいて結構だが。一体、どんな手を使ったんだ? 君の悪い噂しか聞かないんもんだから」
曹少将はゲームをする合間にディスプレイに映し出された書類をチラチラと見ながら俺に聞く。きっと悪い噂ってのは、俺が帝国のゲテモノ料理を捕虜に食わせてたから誤解されてるんだろう。
「悪い噂はよくわからないんですが、捕虜への過度な暴行は禁止しています。でもあまりにも反抗的で会話も噛み合わないような捕虜だと、隔離をしています。場合によっては監視官の拳も頼ることはありますが」
「なるほど……段々とブレシア人の素質と対応法が分かってきてるみたいだな」
「むしろ、連合軍がもっと前からやるべき事だったと思うんですけどね。よっしゃ勝ったぜ!!!」
曹少将との協力プレイで敵チームを全滅させると彼と共にガッツポーズを取る。
少し前まではゲームやってると「これでいいのか」と思っていたが、今だと「曹少将、早く新作遊ばせてくださいよ~」とこっちから頼みに行く始末である。
「フハハハ! これで『ぽよぽよ』もマスターしたな! ところでサイフラ管理官、A棟とC棟の人間とは会ったことあるかね?」
曹は嬉しそうに勝利画面を記念撮影し終わった後、キリッと三国志顔にしてから俺に問う。そういえば、B棟の他にA棟とC棟があるんだよな。すぐ隣なんだけど、考えたこともなかった。
「いえ、ありません。B棟と同じかんじかな」
「AとCは李少将の部下たちが管理している。我々とも方針が少し異なるだろう。で、そろそろ定年の『棟間相互視察』というものがある時期でな」
「視察? 交流会みたいなもんでもするんですか?」
「名目上はお互いの環境を管理官同士が話し合い、各自の棟の環境向上のための視察だ。しかし実際はお互いに粗を探し合い、罵り合い、喧嘩にまで発展するのが伝統だ」
「え、なにそれ。仲悪いの?」
曹少将によると、彼自身は別に李少将と仲が悪いわけではない。
ただ、A棟とC棟は自分たちが李少将の勢力の一部にあるのに対して、B棟は曹少将の管轄下にあるから何かと噛み付いてくるそうだ。
構図的には【A棟&C棟 VS B棟】が年々続いて、困っているとの話。
そこで、俺には大人な対応をして今回の視察だけは騒動を起こさせないようにして欲しいとのことだった。
「前の視察なんか酷かった……お互いに銃まで向け合っていたからな。大問題だとは思わないかね?」
「まぁ、同じ施設に属するんだから仲良くないと困りますよね。情報共有にも支障が出るし」
こういったことはよく聞く。
たとえば陸軍と海軍なんかが代表的な例だ。
魔法文明と出会う前まで、陸軍と海軍はお互いに予算を奪い合うような事が多かった。
しかし、大戦が始まってからは海軍の存在意義自体が疑問視されるようになる。
なぜなら、魔法文明は船をほとんど使わないからだ。
魔法陣営の海は”超”がつくほど危険で、今の時点でも漁業海域を開拓している最中だ。
だから海軍なんか持っていないので、代わりに飛行船部隊が発展している。
すると、科学陣営だって海上の戦闘はあまりしなくなるわけだ。
よって今では海軍の予算は大幅に減らされ、俺たち陸軍を凄い剣幕で睨んできている状態だ。
「今日にも向こう側から視察日を決める会議に呼ばれるだろう。監視官を数名連れて、威厳を見せる必要があるな……それと相手の顔は立てておくんだ」
「はっ! 了解です」
曹少将は「うむ」と頷きながら俺の肩を叩くと、すぐに態度を変えてゲームに戻るのだった。
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俺が管理官の腕章を装着し、自分の管轄するB棟に到着した頃だった。
なぜだかB棟前のセキュリティゲートに監視官が群がっているのが目に入った。
捕虜の監視もしないで何をしているのかと思って近づいていこうとすると、誰かが俺に気づいたようで監視官らが俺の方へ視線を向ける。
「サイフラ管理官……!」
「どうしたんだ? セキュリティゲートも開いてるし、何が起きたんだ?」
ゲートのすぐ近くまで歩み寄ると、それが開かれていることに気づく。
通常、こんなふうに開放されるべきものではない。しかし、監視官達の興奮したような顔を見ると何かが起きたのは確実であった。
俺が答えを待っていると、監視官たちの中からあのナンバーツーが申し訳なさそうな顔で口を開く。
「A棟とC棟の連中が一部の捕虜を連れだしていきました、管理官」
「は!?!? 捕虜を連れ出した!?」
「抵抗はしたんですが……」
状況が分からずに声を荒げてしまうが、よく見ると監視官たちはそれぞれ拳銃を手にして険しい顔をしている。戦闘一歩手前になったのは理解できたが……なぜA棟とC棟がうちの捕虜を連れて行くんだ?
とにかくすぐに何が起きたのかを詳しく知るために、監視官達と一緒にB棟に入ってゲートも封鎖する。そして監視室にまで行くと、俺はパイプ椅子にドカッと座って話を聞く体制に入る。
「管理官、まずはこれを見てください」
「なんだこれ? 龍華基地からの最優先命令?」
ナンバーツー君が差し出す書類を受け取り、それをペラペラとめくる。
内容としては要するに、直近三日以内に捕まえた捕虜は全員A棟とB棟に移動するというものだ。よく意味がわからずに目をパチパチさせながら監視官たちを見上げる。
「えっと……こういう移動ってよくあるの?」
「こんなこと一度もありませんでした! この書類が提示されてなければ、あいつらを全員射殺してるところでした」
歯を剥き出しにして目を細めるナンバーツー。
俺はここに来てまだ日は浅い。しかし、監視官達の反応を見る限りだと捕虜をあのように奪われるのはプライドを潰された気分なんだろう。
しかしイマイチ理解できない。
捕虜の交換ならまだ分かりもしないが、うちの捕虜をただ奪うかのように移動させるのにどんな意味があるんだ……?
龍華基地からの命令、ってことは李少将も絡んでいるはずだし。
「しかもあいつら、こんな招待状を管理官に」
「あぁ、相互視察についての事前会議の誘いか。しかも三時間後か……急すぎだろ」
普通、俺を会議に誘うなら俺自身に直接連絡すべきだ。
それができないのならば、せめて会議の数日前に招待状は送るべきだ。
なのに今さっき招待状渡して、じゃあ三時間後に会おうって……。
A棟C棟との仲はマジで悪いみたいだ。
「あまりにも無礼すぎます。今日誘って、今日会おうなど……B棟をなめています」
「まぁ、曹少将からも今回ばかりはA棟C棟と仲良くしとけってお願いされたしなぁ。今回の捕虜移動の件は上と相談しようか。とりあえず、会議に行く準備しよう」
「しかしッ……失礼しました。私もお付きしますか?」
俺が「うーん」と悩みながら目を細めていたのだが、ナンバーツー監視官はなにか勘違いしたようで背筋を伸ばして謝る。
命令に忠実になってきてくれたのは良いことだけど、まるで俺が悪者みたいで違和感しかしない。
「うん、ナンバーツーは俺と一緒に会議行こうか」
俺は立ち上がって、襟とネクタイを整えると残った捕虜の様子を大型モニターで確認しながら彼に応える。
しかし俺が彼を「ナンバーツー」と呼んだのに気づくと、怪訝そうな顔で俺に質問をする。
「……ナンバーツーとは私のことですか?」
「おう、覚えやすいじゃん?」
彼は顔で「いや、名前を覚えろよ」と表情に出していても、口答えするつもりもないのか無言で頷く。だって小説と同じで登場人物多すぎると、覚えきれないじゃん……?
ここにいる監視官は皆、冷徹だ。
正直に言うと、たぶん何かを虐待することに優越感さえ感じる連中ばかりだ。
しかしそれ故なのかは知らないが、皆とても優秀で有能だった。
例えば、俺がいない時でも与えられた仕事は全てこなす。
相変わらず尋問になるとすぐに殴ってしまう癖があるみたいだが、彼らなりに俺に合わせようとしてる点は非常に好感が持てた。
それにいくら俺個人があまり尋問での暴力は好みではないとしても、ある程度の暴力は絶対に必要だし、監視官らが総じて間違っているわけでもない。
特にナンバーツーの事務仕事や補佐に関して素晴らしいの一言に尽きる。
「よし、お前らは仕事に戻れ! 会議で視察について決まったら皆にも教える」
とりあえず監視官達を解散させ、物騒な拳銃も腰に戻させる。
そして彼らが定位置についたのを確認すると、ナンバーツーに視線を戻す。
「A棟とC棟の管理官、どんな奴らか知ってるよな?」
「はっ、今までは私が曹少将の代わりに会議に出ていたので知っています」
彼の話によると、A棟は”王”管理官、そしてC棟は”金”管理官で管轄されているとのことだ。どちらも李少将の部下で、こちらが曹少将の下にいるから仲が悪いらしいが……。
ナンバーツーは「失礼を承知で──」と前置き言いつつ、「王管理官はただの意識の高いインテリ系です。金管理官はそのインテリ系の金魚の糞ような奴です」とかなり遠慮なしに彼らを罵っていた。
正直、笑ってしまいそうになったので堪えるのに精一杯だった。
「曹少将の要望もあることですし、私としては最初は友好的に接してみてもいいかと思いますが。ただ、正直に言いますと……サイフラ管理官がその……生体兵器なのは──」
「あぁ、わかってる。生体兵器はこっちでも底辺のシンボルだからな。大丈夫、そこはなんとかする」
生体兵器というと、貧乏人や犯罪者なイメージだ。
なにせ生体兵器化は色々とリスクもあれば、印象も悪い。しかも基本的に前線で突破攻撃ばっかしてるもんだから、軍の管理職やら士官クラスの人たちからは 頭が悪いと思われがちだ。
中には士官クラスの人間が、自ら生体兵器化する人間もいるらしいが……。
かなり数が少ないだろうし、俺も実際にそんな人とは会ったことない。
「ともかく、こちらの相互視察に関して。AとCと手を取り合って仲良くなる、は難しいかと思います」
「出来るだけの努力はしようか。せめてお互いに喧嘩して怪我人がでないようにさ……」
俺がそういうと、ナンバーツーも理解しているようで「そうですね」と頷く。
この会議でうちの捕虜が強制的にAとCに移動されたこと、その詳細を向こうの管理官から聞き出せるかもしれない。何事も起きなければいいんだけど……。
「この相互視察でお互いの環境を高め合い、捕虜から情報を聞き出すノウハウを作れればいいんだけどなぁ」
そう俺が溜息をつきながら言うと、ナンバーツーが少し疑問を思い浮かべてそうな顔で俺見る。彼は壁際にあった本棚から書類の束を抜いてくると、それを俺のデスクの上に置いた。それは過去の会議の記録だった。
俺は嬉しそうに「助かる」と言って書類に目を通す。
「あなたはノイズシリーズの一員なのに、こういった職務も真剣にするのですね」
「そりゃ、曹少将からせっかくもらったチャンスだしな」
「生体兵器は戦うことしか知らない者達だと思っていましたが……あなたには学がある」
「知識なんか誰でも得られるだろ。俺だってブレシア帝国では、さんざん発音がクソだ! とか、教養がなってない! とか言われてたし」
そのせいで聖護騎士団に拉致されて、あのハバードに騎士道の教育とかされてたな……。アイリスにも「デリカシーがないわけ!?」とキレられてた気がする。
俺がそんなことを思い出していると、ナンバーツーはニヤリと口元を歪ませる。
「管理官、帝国では言うほど虐待は受けてなかったでしょう?」
「…………バレちゃう?」
「こう見えても、尋問をずっと仕事にしてきましたからね」
ちなみに監視官たちは「サイフラ管理官は帝国で腕の皮を剥がされ、指を折られ、爪を剥がされても全く動じなかった」という噂が通ってる。
別に損もないし、むしろ俺の信用性が上がるので噂を否定しなかったけど。
やっぱりナンバーツーは鋭いな。
「まぁでも、襲撃なら受けまくったけど」
「ここでも開発中のプロトタイプの生体兵器の訓練相手にさせられた、との話を聞いたことありますが」
「あぁ、それ。NSタイプか、あれは死ぬかと思った。先輩たちが俺の怪我見てガクブルしてさ──」
しばらくナンバーツー君と雑談に花を咲かせていると、リクたちを思い出す。
彼らは領土奪還作戦で前線にまた出されていたはずだが……いつになったら帰還するんだっけ。
そう思いながら、時計にチラリと視線を向けた。
そろそろ会議だ。
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通達。D45領土奪還作戦、敵勢力の包囲によって我軍は大きな損害を受けた。
これより撤退準備を開始する。通信が途絶えた兵士は215名、重症を受け戦場に残された兵士は23名──