第三十八話 - 尋問の術
「我々はここから尋問を見学しましょう。マジックミラーで仕切られているので、向こうから我々の様子は見えないようになっています」
捕虜であるグレイムソン・ゴルレオの尋問が始まろうとしていた。
尋問室は殺風景なコンクリート剥き出しの部屋で、真ん中に長方形のデスクがある。そのデスクはなぜか真っ二つに割れており、隙間ができている変な構造だった。
これから尋問されるであろう捕虜は頭に布袋を被せられ、専用の拘束椅子に固定される。尋問に直接関わるのは二人の監視官、そしてこちらの見学用の部屋では俺を含めて4人がいた。
『じゃあ、はじめようか』
スピーカー越しに聞こえる声。
向こうの部屋で非常に強い光が点かれ、それが直接捕虜の顔へと向けられる。
布袋を被せられていても眩しいほどの光量のようで、彼は顔を左右にふる。
それを見ると尋問にあたっていた監視官は光量を下げ、捕虜から袋を外す。
『俺が何か言うと思ってるのか? あぁ?』
捕虜は非常に反抗的だ。
暴行を受けたであろう顔は青いアザで膨れ上がり、片目はちゃんと開けなくなっている。それでも態度は依然として悪いみたいだな。
監視官の一人がデスクの前に座り、捕虜と向かい合わせになる。
そしてもう一人の監視官は捕虜の周りをうろつきながら、警棒を手にしていた。
準備が整うと、デスク前に座った監視官は鼻で軽く笑うと答える。
『すぐに言いたくなるさ』
『糞 食 ら え、この豚どもがッ──ぐぁ……』
捕虜が悪態をつこうとすると、彼の近くに立っていた監視官は容赦なくそいつの顔をデスクに叩きつける。そして警棒で腹を強打すると、すぐに手を離してデスク前の監視官とアイコンタクトをする。
どうやら、デスク前の監視官が尋問。捕虜の周りをウロチョロしてるのが暴力担当のようだ。
『グレイムソン・ゴルレオ分隊長……君は前線で戦力偵察として派遣されたみたいだが、運悪く我々に捕らえられた。本来、君は収容所行きなんだ。しかし、君が帝国軍の作戦内容を吐けば楽にしてやる』
『……もう殺せ。お前らに言う事何もない』
『お前らの通信で言っていた”近日中に行う作戦”とはなんだ。言え!』
監視官の威圧にも怯まず、捕虜は「へへへ……」と笑い声を漏らしだすと終いに大笑いになる。まるで見下ろすかのような目にイラッとしたのか、隣に立っていた監視官は捕虜を椅子ごと床に蹴り倒す。捕虜の顔に殴りを入れると布袋をまた顔にかぶせた。
そして壁際に置いてある作業台からヤカンを持ってくると、それを一気に捕虜の顔に注ぐ。
「なぁ、あれ水攻めだよな? 頭に布袋を被ったまま水を注がれると息ができないってやつ」
「はい、あの捕虜には力関係をまず教え込まないと」
さっきから彼らの尋問……っていうか拷問を見てるが。
これでは効率があまりにも悪い気がしてならない。
まず見ててエグいのも個人的に問題だが、それよりも彼らは”価値観”ってやつを分かってないからだ。
魔法陣営と科学陣営では、そもそも価値観が根本的に違うのだ。
しかし彼らの尋問方法はまるで昔ながらの方法だ。
これが上手く通用するのは同じ科学陣営の人間じゃないのか?
『はぁ……塩だ』
『了解』
デスクの監視官が顎を突き出しながら言うと、暴力担当の監視官が作業台からナイフを取り出す。捕虜の椅子を立ち直させ、しっかりと座らせるとそのままナイフを太ももにぶっ刺した。
響き渡る悲鳴。しかしすぐに捕虜は悲鳴を食いしばって息を食い止める。
次に監視官は作業台から塩瓶を取り出し、それを先ほどの水が入ったヤカンに入れると……。
「おい、まさか──」
そう俺が言うよりも先に、監視官はヤカンの中身を捕虜の傷口に注ぎ入れた。
頭を割りそうな悲鳴が、スピーカーを音割れさせながら部屋中に充満する。
捕虜──グレイムソンはガタガタと全身を飛び上げさせながら頭を左右に激しく振る。
『では、他の質問にしようか。この写真に映ってるものは何か分かるか? これは新兵器か?』
『あぁ……ああ知ってるさ。テメェのケツ穴だよ、糞が!』
この捕虜……さっきよりも態度が悪くなっている気がする。
頭のなかで何が起きてんのかしらないが、完全にハイにでもなってんじゃねぇのかと思うほど興奮状態だ。
魔術師の精神構造は無能者とかなり違うと聞いたことがあるけど、たしか拷問にも粘り強いとも言われている。これがその現場か……。
『次は爪だ』
『おいおいおいおい嘘だろ、爪って。さすが野蛮人だなハハハッ! なんだ、爪の次は俺のナニでもしゃぶるのか? あ? ──あ゛がぁああ!?!?』
監視官はピンセットで捕虜の指の爪を一枚剥がした。
その瞬間に血が飛び散り、捕虜はまるで地獄で足掻くかのような表情で叫び声を上げる。でもすぐに自分の唇を思いっきり噛むと、フーフーと言いながら耐える。
『もう一度聞く、この写真に映ってるものはなんだ?』
『自分の母親にでも聞いてみたらどうだ、この野郎……ぐあッ!?』
デスク前の監視官が突然立ち上がったかと思えば、銃声が響いた。
思わず俺も前屈みになって、様子を見る。どうやら、脇腹に拳銃で一発やったようだ。捕虜は「くそっくそっ」といいながら、自分の脇腹が血で滲むのを見ている。
俺はゆっくりと立ち上がると、目の前にあった操作盤に触れてマイクをONにする。
『”こちら、委任責任者の管理官レイン・サイフラ。尋問を中止しろ。捕虜はそのまま、監視官だけこちらに来い”』
もう分かった。
こいつらにはまるで尋問のノウハウがない。
魔法陣営の人間はとつもなく高い忠誠心やら騎士道精神たるものを盲信している。
彼らをただ苦しめるだけでは、魔術師たちは自分たちの国家への忠誠心に酔っていくだけだ。
「管理官!? 尋問を途中で終わらせるなど!」
「あれはやり過ぎだっての。これ以上やると精神がまず壊れる。お前ら、あんなのを尋問と呼ぶのか?」
「お言葉ですが、我々は管理官よりも長くこの職務を全うしています。初日で来たあなたにはまだ経験が足りないッ!」
来たか……。
想像はしていたが、監視官たちによる不服。
彼らにもプライドがあるのだ。俺は現状だと彼らより発言力はあるが、こんな生体兵器しかも小僧に自分たちを否定されては怒るだろうな。
「いや、俺はここにいる監視官達を本当に尊敬しているよ? それに曹少将やたくさんの士官からも、B棟の職員は素晴らしいと賞賛しているのを聞いたし」
「は、はぁ……そうですか」
あからさまに周りにいた監視官たちが、目を少し逸らす。
表情には出さないようにしようとしてるが、どう見ても超嬉しそうであった。
こういう奴らは単純で助かるわ。
誰もお前らのことは褒めてないんだけど。
「ただ、最近は尋問方針を変えるように意見が来てさ。それに協力してくれたら本当に助かるんだけど……ここはぜひ、お願いできないかな」
「えぇ……そういう事でしたら様子を見て……」
「本当に感謝する」
チラリと今話し合った監視官を見る。さっき懲罰房でも話した監視官だ。
こいつのバッジを見れば分かるが、彼はここの監視官をまとめる存在だ。
この『ナンバー2』さえなんとかできれば、問題ないだろう。
『”もう一度言う、直ちに退出せよ”』
先ほどまで色々と混乱していた尋問室内の監視官だが、俺の二度たる通達に渋々と部屋から出て行く。
例の捕虜も混乱しているようで、顔を左右上下に動かしながら何が起きているのかと思っていそうだ。
何か……よくあるアメとムチとやらを使い分けないと、魔術師たちから効率よく情報を導き出せないだろう。まずは捕虜に心の隙間を作らないとなぁ。
「彼の情報を渡してくれ。それと聞き出したい情報も」
「わかりました、ではタブレットを……いやシールリングがあるのでしたらそちらに」
シールリングで全ての情報を受け取ると、頷く。
目の前に立つまとめ役の監視官、要するにナンバー2に拳をトントンと当てると「マジでありがとうな」って感じに目を合わせる。
こうされて気分が悪くなる奴はいないはずだ。
そうして、尋問を中断してこちらの部屋に入ってきた監視官への状況説明をナンバー2に任せると俺が入れ替わりで尋問室に入る。
《ユーザーは尋問の経験はあまりないはずですが》
「何度かはあるだろ? こう見えても昔は暗殺部門だったし」
尋問室に入るなり、マジックミラーから見えない視線がビッシリと俺に突き刺さる気がした。でもそんなのは気にしてなれず、倒れたパイプ椅子を立て直してから座る。
目の前の捕虜──グレイムソン・ゴルレオ分隊長 は俺のことを凝視していて、何が起こるのかと考えているようだった。
「グレイムソンさん、あんたがここの捕虜になったのはいつだった?」
まずはシールリングの補助の元、ブレシア帝国の訛りで話しかける。
この発音、すっごい舌を動かしまくるから疲れるし難しいんだよな……。
しかし、その発音を聞くと捕虜も眉をひそめる。
やっぱり反応があるか。なにせ魔法陣営も科学陣営も、共用語が同じなんだ。
発音や訛りこそが、二つの世界をハッキリと分ける目安となる。
「………8日前だ」
「うん、じゃあブレシア帝国で一人の生体兵器が鹵獲されたことは聞かなかったかな? ベルヴァルト家の末娘の捕虜になった男だ」
「じゃあその発音も……まさか君は……」
俺は頷き返しながら、シールリングに立体ディスプレイを投影させながら彼の情報を一気に頭のなかに読み込んでいた。しかし、ある時点まで読むと「ん?」と目が止まる。
「こりゃ最悪だ。グレイムソンさん、あんたの可愛がっていた部下って──グレイス少佐か?」
グレイス少佐。
そういえばあんな奴いたな。陸戦兵団の少佐だが、シエラとは血のつながりはない兄妹関係の男。
俺にクリスタルを埋め込み、生体兵器としての力を奪ったのも奴だ。
そのクリスタルの主導権をシエラがアイリスに渡したから一件落着したが……。
グレイス少佐に俺の襲撃を命じた上司はたしか異端審問会とも関係があったな。
もうなんだか昔のことのような感じで、記憶が薄れそうだ。
「この男、俺は知ってるな。俺がミーネルヴァ学園にいた時、ずっとそこのゲスト・ルームに居候をしていた……」
「…………ミーネルヴァには彼の妹がいるからな」
捕虜、グレイムソンはポツリと漏らすように呟くと俺も反射的にツッコミを入れようと上半身をデスクに乗り出す。
「でもあいつ、俺への襲撃を手引きして しかも失敗したんだぜ? たしか異端審問官のブレイって奴にやらせてたな」
「彼はそんな任務なんかよりも、妹に会えることの方を楽しみにしていたがな」
「え、ちょっと待って……あいつシスコンだったってこと!?」
あまりにも予想外な回答にびっくりして立ち上がる俺。
シールリングの通信から聞こえる『管理官……尋問中ですよ……』との声。
だがしかし、今はグレイスとシエラの事が一番大事だ。
「でもグレイスの野郎、妹のシエラに俺をまず襲わせるように仕向けたし? シスコンなら、そんなこと……」
「すると……グレイスの兄を殺したのは君か。彼はずっと悩んでいたさ、妹が復讐に囚われ続けていることにな。だから、君への襲撃で気を済ませたかったんだろう。どうせトドメは異端審問官がやるんだし」
オッケ、落ち着け。
要するにグレイスはシエラが可愛くて仕方がないシスコンだったということだ。
俺を襲わせたのも、実はシエラを未練タラタラの状態から抜けさせるため。
どうせトドメは審問官ブレイ──アイレックの双子の弟──がやるんだから、罪にも問われない。
そういうことなのか?
「いや、待てよ。グレイスの苗字、本当はシエラと同じ”ルーニス”だったのにどうして後で変えたんだ? ルーニス家に恨みがあったんじゃないかと推測してたんだけど」
「彼は新米だったころに敵前逃亡をしてしまったからな。それを恥に思った彼は、ルーニスの名に傷が付かないようにするために改姓しただけのことさ」
もし今度、グレイス少佐のクソ憎ったらしい顔をまた仰ぐ機会があったら「やーいシスコン野郎~!!!」って叫んでやるからな……。
そしてついに、質問の核心へと迫ることになる。
「じゃあさ? グレイスがずっとミーネルヴァに居候していた理由は?」
「たしか……ミーネルヴァ学園でダンスパーティーがあるそうじゃないか。そのパーティーで妹がどんな男と踊るのかを確認したい、と手紙には書いてあった」
「あの野郎!! とんでもねぇ公私混同してるぞ! 俺への再襲撃も対策もせずに、妹の彼氏探しかよ!」
俺がそう叫ぶとグレイムソンは、目を真ん丸にして俺のことを見る。
まるで「なんだこいつ……本当に尋問する気あんのかよ」とでも思ってそうな顔だが、仕方ないじゃないか。
だってグレイスとかいう人物像が、連合国に帰ってからやっと分かったんだぜ?
まぁしかし、俺も心に思った言葉を捕虜に漏らす。
「でもおっさん……あんたよく喋るよな……」
「…………やっぱり今すぐ殺せ!」
おっさんこと、グレイムソンはハッと目が覚めたような顔をすると唐突に叫び声を上げる。しかし俺の「どうでもいいわ」の視線に耐えられなくなったのか、顔を下げる。
だが、彼もなにか言おうと口を開こうとするが……もしかして殴られるのでは? とでも思ったのか口を閉じた。
「何か聞きたいのか?」
「あ、あぁ。君がその市民権を得た例の生体兵器なら……どうして、ここにいる?」
そう来たか。
本当はアイリスが俺を逃がしてくれたんだが、ここでは他の監視官たちも聞かれる。変にアイリスとの関係がバレると、色々と問題が絡みそうだ。
曹少将によると、俺はまだ軍部に信用されてないらしいしな。
あまり、アイリスとの出来事は言わないほうが良いか。
「ブレシア帝国での待遇はもちろんあまり良くなかったからなぁ。裏では酷い虐待や暴行を毎日のように受けたもんだ」
「そうか……」
もちろん嘘である。
だが、こうすれば監視官たちから同情が得られる。なおかつ、この捕虜にも「お前の国はこれより酷いぞ」と植え付けられる。パーフェクトだ。
「それに、おっさんは敵に美味しい飯を用意されたら祖国まで裏切るか?」
俺がアイリスからの美味しい交渉に釣られて、いとも簡単に祖国を裏切った事は墓までに持っていくことにしようか……。
しかし、この尋問で大切なのは捕虜の価値観を理解すること。そして彼らの共感を得ることだ。これで向こうも心の余裕が出来るにちがいない。
「ッそんなことあるか! 私はこう見えても皇帝陛下と臣民に仕える──」
想像通りの反応といえばそうだが、まさかここまで長ったらしい演説が始まるとは思わず「わかった! わかったから! うんうん皇帝陛下万歳ね!」と言いつつ止めさせる。
そしてしばらく、お互いが無言になる。
「……君はまだ若いのに、こんな仕事を任されてるのか?」
最初に話しかけてきたのは向こうからだ。
いい傾向なんだろうな。向こうから質問してくるのは、心が開けてきた証拠だ。
とりあえず、腕を組んで背もたれに身体を預けると口を開く。
「ま、劣等人種の俺たちは常に人手不足ってやつだ。ていうか、そろそろこの写真に映ってるのは何なのか教えてほしんだけど」
先ほど、監視官がこれをグレイムソンから聞き出すために爪まで剥がした情報だ。
彼は俺がシールリングから映し出した写真を見ると、兵士の目つきになる。
一気に不信感が高まったのだろう。
だが彼は俺が眉を高める仕草を見るとフッと笑って答えた。
「君たちの軍部の情報部は何をしてるのか知らんが……それは子供のおもちゃの宣伝写真だ」
「まじかよッ! マジで言ってんの!? これ魔導石使いまくってるのに!?」
「そうだ、上流貴族が子供に買い与える乗馬練習用のおもちゃだ。魔導石の力で動いたりもするから、非常に高価だな」
じゃあなに? このオッサン、要するに子供のおもちゃのために爪を一枚剥がされたってわけ!? おまけに傷口に塩水とかもラブ注入されてたしさぁ……。
あまりにも くだらない結果になったので思わず、マジックミラーの方を睨む。
あいつらちゃんと仕事しろよ……。
「次に帝国軍の作戦を聞きたい。何をする気だった?」
「……聞いても無駄だ。俺が捕虜になった時点で、作戦は変更されているはずだからな」
「だったら、尚更だろ。それを言って楽になれよ。どうせそっちには損はないんだから」
しかし彼は黙りこんだ。
何も言わずにただ目を閉じるだけだった。こいつは面倒だな。
すでに優しくしすぎたせいで、今ここで脅したりすれば不信感はMAXになるな。
そうなれば、もう二度と情報は引き出せそうにない。
もし彼がまた反抗的な態度を取れば、今度こそ監視官達に殺される。
そして俺にはそれを止めることもできないし、止める理由もない。
曹少将の言う、情報が死ぬことになる。
「飯はまだ食ってないよな?」
「お前らのような豚のエサ、誰が食うか」
話題を少し変えみたが……もしかして帝国の人間にとってこっちの飯って総じてマズイんじゃないのか……? 俺が帝国の飯を大概はマズイと感じるように。
そう思いついた俺は、すぐに立ち上がる。
椅子がズズッとなると捕虜グレイムソンもビクッと顔を上げるが、それは無視して隣の部屋へと通じるドアをノックする。そして開かれたドアを通って、部屋の中に入る。
「どうされましたか? 強制的に吐かせるために監視官が必要ですか?」
「いや、この捕虜に暴力は効かない。精神的に強靭過ぎるからな……。とりあえず、俺の今から言うレシピ通りの飯を持って来い──」
俺がゴニョゴニョしながら、監視官達に指示を与える。
しかしそれを聞くなりに、監視官達が青ざめた顔で唇をブルブルと震わせるのだ。
案の定、ナンバー2の監視官がビシッと背筋を伸ばして問う。
「お言葉ですが……さ、さすがにそれは酷すぎるのでは……」
「お前ら殴りまくってたくせに、なに良心が芽生えてんだよ! まぁ、とりあえずあいつの反応を見れば分かるさ……早く持ってこいよ! すぐにだ!」
「はっ!」
俺の言うとおり、すぐに監視官たちが走り回りあちらこちらに連絡をとりはじめる。もちろん、連絡先の人から「はぁ!? 何を言ってんだ!?」と返されてるみたいだ。
しかし、俺の命令を実行するために「とにかく、すぐに頼む!」と監視官たちが口々に答える。
監視官たちの問題は、実際にブレシア帝国の文化と触れてないことにある。
彼らは価値観と常識の違いを考慮してないから問題なのだ。
また、連合軍がブレシア帝国の文化を知ろうともせずに否定だけの体勢を取るのにも問題があるのだろう。
それはそうと、俺は捕虜グレイムソンに出す飯を待つのだった。
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「サイフラ管理官……できました……うっ……」
しばらくすると、アルミのトレーに置かれた丼ぶりが部屋に届く。
匂いこそは悪くはないが……でも見た目が最悪だ。
なのに監視官は、その丼ぶりの蓋を外して俺に内容を確認させる。
「おい、蓋をしろよ。こんなもん、俺に見せんな……吐きそうだろ……」
監視官たちは『おいおい……新しい管理官やべぇぞ……』とか『えげつない……さすがだ……』などとコソコソと言っている。
しかし、それは気にせずにトレイを受け取って尋問室へのドアを開こうとした。
ドアを開ける寸前に、丼ぶりの中身を思い出して「うおぇッ……!」と吐きそうになるが、我慢して涙目のまま尋問室に入る。
「おっさん……飯を作らせてきた」
「──だから、お前らのような糞不味い飯って……この香りは……」
俺はトレイをデスクの上に置くと、片足をドンッ!と同じくデスクに乗っける。
そしてドヤ顔でビシッと捕虜グレイムソンに指を指す。
「さぁ、開けてみろ。きっと気に入る!」
「いや、拘束椅子どうにかしてくれないか」
「あ、そっか」
ちょっと滑ったな……と思いながらも彼の拘束椅子から手の部分だけを解除する。
そして、スプーンを持たせて丼ぶりを彼の目の前に置く。
捕虜グレイムソンはゆっくりと丼ぶりの蓋を開くと──
「こいつは……」
「あぁ、ブレシア帝国でも食える機会は少ないだろう? なにせ超高級料理だからな」
「こりゃ……うまい! うまいぞ!!! これを無能者が作ったのか!? しかも連合の!?」
彼は ひと口”ソレ”を食べるなりに、顔を輝かせてガツガツと食べ始める。
やはり料理は偉大だ。人の心までも癒やすからな。
まぁ、ブレシア帝国とビローシス連合国。お互いにもっと共感できるような食文化があればよかったんだけどね……。
「これって……やはりあれか?」
ついに来た、この質問。
俺は泣きそうな顔で歯を食いしばりながら、答えた。
『そう、【カエルの卵とイモムシの煮込みソースのあんかけ丼】と【ミミズのスープシチュー】 だ』
催してくる吐き気と頭痛に耐えながら目を細める。
たしか、これを食堂でアイリスが注文したことがあった。
それを食べようとしていたもんだから、俺は殺されるのを覚悟であいつの昼飯をゴミ箱に捨ててやった。
他人の食文化に文句をいうつもりはないけど、仮にも容姿可憐な少女が カエルの卵 や 高級(?)イモムシ やらを口に頬張る姿は死んでも見たくなかったのだ。
「おふくろぉ……うぅ……」
しばらく、彼は汚物……じゃなくて高級料理を食べていたわけだが。
突然、おふくろの味でも思い出したのか。涙しながらに飯を食いだす。
「なんだ、似てんのか?」
「あぁ、似てるぞ……」
心のなかでは(たぶん連合軍の奴ら、できるだけマズくしようと頑張りまくって作った料理だぞソレ)とは思いながらも、人間の『おふくろの味』とはこんなにも悲しいものなのかとクズっぽいことを考えていた。
「こんなに美味いものどうやって……このイモムシこそは高級品ではないだろうけど、かなりコリコリしているな。一般的な食材で高級品の味を再現して──」
「やめろ!!! テメェ、食レポしてんじゃねぇぞ! 嫌がらせかクソが!!!」
「な、なぜ!?」
「とりあえず、お前が知っている帝国軍の作戦について聞かせてもらおうか……」
この後、彼が機嫌をすっかり良くしたのは言うまでもない。
おかげでかなりの情報を引き出せたが……。
俺が捕虜たちに、ブレシア料理の大ファンだと誤解されることにもなった。
また、「新しく来た管理官レイン・サイフラに逆らうと、カエルの卵を食わされる」といった噂が広まり、B棟の監視官は自然と俺の命令に忠実に従うようになった。
「俺見たんっすよ。管理官が捕虜にカエルの卵やらミミズやら食わせて……それで『うまいだろ?』だなんて聞いて……。しかも捕虜は泣きながら『おふくろ』って叫んでいて……」
こんな誤解された会話がよく耳に入る。
まるで施設全体が俺の恐怖政治に支配されたかのような状態だった。
……が、結果的に良しとしようか。