第三十四話 - メグミ・サキシマ
《先ほどから集中力が分散しているようです、ユーザー》
「仕方ねぇだろ、メグミさん意味不明だし」
メグミが俺にした事といえばシールリングをビローシス連合軍に接続し、俺の命令系統を元に戻したくらいだ。体内に埋め込まれたクリスタルも摘出してくれなかったわけだし、その事実でさえ中央の連中に隠蔽しやがった。
色々と怪しすぎて、メグミから解放された今でも頭が痛い。
不信感だけが募っていくのだった。
「お、連絡きた」
シールリングが発した通知音を耳にして、立体ディスプレイを投影する。
そこには我が先輩、リクのメッセージが届いていた。
メグミのことで色々と聞きたいことがあったから、先ほど連絡を入れといたのだ。
どうやら、今日は珍しく任務に出てないらしい。
「はぁ、B2ブロックにある休憩室で他のNタイプといるらしい。シールリング、マップで道先を出してくれ」
《了解。マップを表示します》
鈴のような音を出すとマップを視界に映し出す。
先輩たちのいる休憩室はすぐ近くのようだ。そうと分かれば、すぐに歩み始める。
彼らならこの基地と州にずっといたのだから、メグミのこともさらに詳しいはずだ。
それにしても、メグミといえばNSタイプだ。
帝都に侵攻してきた時、聞くところによれば彼らが主戦力として作戦を実行したらしい。何よりも謎なのが、どうやって帝都の防御システムを突破してきたのかってのなんだけどな……。
「先輩、お疲れ様です」
しばらく歩くと例の休憩室に到着する。
ドアはなく、いくつものベンチと飲料の自動販売機がいくつか置かれてる以外は何もないスペースだった。強いて言えば、長テーブルの上にトランプが散乱と置かれていることくらいか。
肝心な先輩たちはダルそうに各自のシールリングをいじって、なにかやってるみたいだ。ゲームでもやってるのだろうか。しかし俺に気づくと全員立ち上がって、手招きをしながら声を上げる。
「おぉう、レイン。こっち来い。恋愛相談でもあるのか?」
「いや、違います」
リクの悪そうなニヤケ顔に苦笑しながら、彼らの反対側のテーブルに立つ。
近くにNタイプ以外、誰もいないことを確認すると先輩たちに耳寄せるようにアイコンタクトをする。
そして両手をテーブルの上に置くと「さぁ、本題だ」と言わんばかりの目つきで口を開いた。
「さっきメグミ・サキシマから検査を受けました──」
メグミとの間に起きた全ての事、そして中央の人間を騙すようなことを彼女がしたこと。俺の体内にはクリスタルがあるのに、摘出しなかったなど。
伝えられる情報は詳しく話した。しかし先輩たちも予想通り、目をお互いに合わせながら首を傾げている。
「そりゃ、めっちゃ怪しいよな」
リクの声に他の先輩一同も頷きながら同意する。
俺が「何か知らないんですか?」と聞くと、リクも唸りながら頭を捻る。
「いや、何も思いつかない」
「マジかぁ……クリスタルを体内の中に残したままとか心配なんですけど……」
俺の落胆具合を見るとリクは少し困ったような表情をしてからため息をつく。
しかし彼は片手をテーブルにつくと、またもや悪そうな顔をする。
「だが可愛い俺たちの後輩に敵のクリスタル埋めたままなんて納得行かねぇだろ? ちゃんとした理由を本人に聞きに行こうぜ!」
思わず「は?」と答えてしまった俺だが、他の物好きの先輩方は違う。
一気に顔を輝かせながら賛同の声を上げるのだ。
「おぉ、いいなそれ。集団交渉で行けば、絶対に向こうも何かしら吐くしな」
「ちょうど暇だし行こうぜ! メグミは今ならNSタイプの開発ブロックにいるだろ」
ゲラゲラと汚く笑い合う先輩たちを見ながら不安になる。
たしかにこれは良い方法かもしれないけどさ……。
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「こんなに深い地下の階層にNSタイプの開発ブロックってあるのか」
ということで、来てしまった。
先輩たちとNSの開発ブロックに向かう途中なのだが、あまりにもエレベーターがさっきから下降しぱなっしだ。
「あぁ、最近のシリーズは強力だからな。地下にしないと戦闘訓練の時に衝撃がヤバイらしい」
そんなに強いのがいるのかよ……最近のシリーズは……。
リクの説明を聞くと今のプロトタイプには色々とヤバそうな連中が多そうな気がする。
色々と考えるうちにエレベーターはガタンッと音を立てて停止をすると、ドアが開かれる。
「あそこがNSタイプたちが集まる、開発ブロックだな」
リクの指差す向こうをに目を向けると、そこには大きなセキュリティーゲートがあった。ゲートには[NS-Type]と大きく記され、その前には一人の少女がこちらを横目に立っていた。
見覚えのある少女は絹のようにサラサラな黒髪を耳に掻きあげると、首元にはめられた白いリングに触れた。すると彼女の左目が青白い光を漏らし出す。
網膜ディスプレイを起動してこちらの情報を見ているようだ。
しかし、やっぱりこの少女。俺に「お兄ちゃん♪」とか呼んできた子じゃないか……?
たしかユイナって名前の奴だよな……。
彼女の猫のような金色の目と視線が合い、思わず目を細めてしまう。
「あぁ運が悪りぃ。あいつはユイナだ。NSタイプ達のリーダー的な存在ってやつか」
「マジっすか。ていうか、NSタイプってシールリングを首に装着するんですね……」
初めてじっくりと見るNSタイプの姿。
やはり目立つのはシールリングの位置だ。従来の生体兵器のシールリングはほぼ全ての個体が左手首にはめている。しかし彼女の場合は首輪のように付けているのだ。
しかし最新型の試験タイプとは言え、NSは外見からするとスラリとしていて軽々としてそうだ。
Nタイプはとにかく力でゴリ押し、な設計だから……なんだか同じN系統でもかなり別物みたいだ。
「メグミ・サキシマに話がある。中に入れてほしい」
通路先にまで進み、NSの少女──ユイナの前まで近づくとリクは話しかけた。
それに合わせて、俺を含めた先輩たち全員は左手を付きだしてシールリングに身分情報を投影させる。
しかしユイナは首を小さく傾げると、両手をちょっと広げて答える。
「えっとさ、開発ブロックってそんな簡単に入れないんだけどな~」
そう言い終えると、ユイナはニコッと笑顔を浮かべる。
しかしその舐めきった対応にリクを含む、先輩の方々は額に血管をピキピキと浮かばせてるのがわかった。俺は澄まし顔で待機しているんだけどな。
「同じN系統なのにそこまで難しいわけじゃないだろう。まずメグミに連絡をとってくれ」
「いつものことですけど書面にて要請できません? メグミだって忙しいんだから。このア ホ 先 輩 ?」
可愛い顔でウインクするユイナに煽られたリクはさすがに不快感を露わにして、拳を握って一歩前へと進む。そしてユイナの胸ぐらにでも掴みかかる勢いで声を上げようとする。
「てっめぇ──」
「ぶっ殺されたいの、失敗作が……」
先ほどから表情を変えてないはずのユイナの目から光が完全に消え失せた。
その視線は殺意が含まれ、リクもそれを感じたのか身体が完全に止まる。
そしてきびすを返し、俺の肩に手をのせると言い放った。
「頑張れ、士官候補生」
「は……?」
リクは賢者のような悟った顔で「俺たち、やっぱ死にたくないんだ」と言うと、他の先輩たちと共に悲しい背中をこちらに向けながらエレベーターへと戻っていった。
その場に取り残された俺は先輩たちに「マジふざけんなよ……」と思いながらも、ユイナの方に目を向ける。
ユイナは指先を口元に当てると疑問そうに声を出す。
「えっと、”お兄ちゃん”がメグミに会いたいの?」
「あぁ、そうだ……いえ、そうですはい」
それを聞くとユイナは手を顎につけて「う~ん」と唸る。
しばらくしてから頷くと、ユイナは首元のシールリングに触れる。
同時にゲートが地響きのような音を立てながらゆっくりと開放された。
たぶん脳波でシールリングを操作するタイプだ……最新型やねん……。
「いいよ、私についてきてね」
「え、俺はいいの?」
「うん。他のNタイプの連中、いっつもメグミにセクハラしに来るから出禁にしてるの」
どうやら俺の先輩たちの評判すこぶる悪いみたいだ。
これ、もしかしたらNSタイプがNタイプのこと嫌うのも仕方ないんじゃね。
Nタイプが失敗作でN系統の面汚しであることを除いたとしても……。
ユイナについていくと、そこには広大なスペースが広がっていた。
各施設が建物として開発ブロック内で独立しており、まるで研究施設の集合した小さな街みたいだ。まぁ、実際は街って言うほどの大きさではないが……この施設の充実度はかなりの資金が注ぎ込まれてるのが明確だ。
「しかしNSタイプの開発が始まっていただなんてなぁ……」
「基本的に開発途中のプロトタイプの情報は基地外に漏らさないからね」
ほうほう、と両手を後ろに組みながらオッサンみたいに歩いてると、ユイナの服装に注意が行く。懐かしいプロトタイプ用の服だ。
白をベースにした服で、ユイナの場合はまるでケープのようなものが肩から腰までを包んでいる。
「もうすぐでメグミのオフィスだから。こっちだよ」
ユイナの後ろにぴったり付きながらの移動。
なぜなら、なんか色々と鋭い視線を浴びているからだ。
さすがNSの本拠地。よそ者、それもNタイプの俺が入ると空気が重い。
しかし、Nタイプは女子がいなかったからなぁ。
なので、開発ブロック内で女子を見かけると色々と「おぉ~」となる。
男だらけの環境だと、俺の先輩のように『趣味は筋トレっす! 特技はりんごを片手で握りつぶしまくることっす! 夢は軍内ボクシング試合でチャンピオンになることっすね!』になるのだから。
幸い、俺はコードやOSをマニュアル操作で使いこなして戦う……といった方向性に進んだ。よって先輩たちのような”脳みそまで筋肉”は回避されたのだ。
「あれ、レイン君じゃん。またどうしたの?」
ユイナに案内されたオフィスのドアを開くと、そこにはインスタントヌードルを頬張るメグミがいた。ズズッと麺をすする音と共に挨拶してくるので、少しだけ対応に困りながらも「いや、あのちょっとですね」と答える。
部屋の中がインスタント特有の調味料の香りでいっぱいだ。
「ん? なんかまだどっか具合悪いの?」
メグミが箸を上に掲げながらこっちに向かって声をかける。
なので単刀直入に話すことにした。
「具合が悪いとかそういうんじゃないですよ。だってクリスタルの摘出もされてないんですよ!? そもそもなんで中央の人間にこのこと隠蔽したのかもよく分からないし……」
「え、お兄ちゃん。身体の中にクリスタル埋め込まれたの」
ユイナが驚き半分、興味半分で顔を俺の身体に近づけながらジロジロとする。
しかし肝心なメグミは「またそれか~」と言うと、黒フチのメガネをぐいっと上げる。
「そのことは誰にも言わなければいいの。別に害はないし、前にも言ったけど大人の事情。オッケー?」
「じゃあプログラムの改ざんとかについて──」
「──ユイナ、戦闘訓練棟に行ってきて?」
俺の言葉を遮るようにメグミはユイナに指示を出す。
それを聞くとユイナは「うん」と言って、オフィスを後にする。
メグミはため息をつくと、自分を座っている椅子ごと俺のすぐ前まで移動してくる。
「あのね、私が大丈夫って言ったら大丈夫なの。なんにも心配しないで任せとけって」
「は、はぁ……」
腑に落ちずに冴えない声を返すが、メグミがここまで言うのなら大丈夫なのだろうか?
もしかして軍内でもいろいろあって、俺が未熟なだけってのもあるかも知れないし。
しかし俺が下唇を噛みながら考えていると、メグミが急に雰囲気を変えてニコニコしてくる。
「で、ユイナとは色々話せた?」
「ユイナと? いやまだそんなに話せたってわけでは」
「そう? 彼女、あなたと会えることかなり楽しみにしてたのよね」
へぇ、あの子がね。
モテ期来たかな? などと下らないことを真っ先に考えたりもしたが、突然最も疑問に思っていたことメグミにぶつける。
「そういえば、なんでユイナって俺のこと『お兄ちゃん』だなんて呼んでるんですか?」
「あ、それ私のせい」
「なに教えてんの!?」
メグミによると昔、ユイナにNタイプの失敗談を教えていたところで「唯一の成功個体」として俺を紹介したからだそうだ。んで「なので、N-102のレインくんは皆のお兄ちゃんだね」と言ったらしい。
だからユイナも「へぇ、お兄ちゃんか~。ふーん」と理解したみたいだ。
「……でもあれだろ? ネームタグを見る限り、ユイナって苗字ないじゃん? それって要するに──」
前もそうだが、ユイナを見た時にシールリングが視界に彼女のネームタグ情報をポップアップしていた。しかし、それには【識別不能個体 ユイナ】としかなかったのだ。
メグミは小さく頷くと、タブレットを弄りながら答える。
「──そう、NS-014 ユイナ もレイン君と同じで親知らずの孤児よ。苗字はまだ決めてないみたい」
「へぇ、まだ決めてないんだ」
「レイン君はNタイプ開発ブロックのあった、サイフラ基地を苗字にしたもんね」
「かなり読みにくい苗字ですよね。今更だけど」
メグミはそれを聞くと「あはは」と笑いながら椅子をグルグルと回転させながら、自分も回る。まるで子供のようだ(もう少女って年齢じゃないのにな)。
「レイン君の救出作戦。あれってユイナとNSタイプを中心にした計画だったんだよね。だからユイナも張り切っててさぁ」
「それだけど、どうやって帝都の防御を突破したんです?」
ずっと聞きそびれていた、というよりも作戦の中枢まで知っている人間があまりにも少なかったので聞く機会がほぼなかったのだが。
ブレシア帝国の最重要地点である、帝都アグリンベルを短時間だけとはいえ侵攻できた事については大きな謎だった。
メグミはまたもやメガネをクイッと持ち上げると、ドヤ顔で話しだす。
「詳細までは言えないけど、あれって本当はNSタイプたちが帝都の中から防衛結界を破壊したんだよね」
「は、どういうことですか?」
「NSタイプ数名を事前に”わざと”捕虜にさせたの。新型の生体兵器だから異端審問会も本部のある帝都に輸送車で移送するはずなのよね。帝都に入ったタイミングで覚醒するように起動タイマーをNSタイプに仕掛ける!それから脱出、そして内部から防御施設を一時破壊! ね、簡単でしょ?」
もう詳細言わなくても、ほぼ分かったわ……。
しかしそんな単純な方法で行けるのか? 何かの技術で異端審問会による拘束を解いたとして、防御施設まで破壊して一時的に結界を無効化させるとは……。
まぁでも、喧嘩で一番攻撃的なのは一番原始的なパンチだもんな……。
案外、行けるのかもしれない。
俺がウンウンと頷いていると、メグミが声音を変えてタブレットの内容を中空に投影しながら俺に問いかけてくる。
「そんなこよりも、私も聞きたいことあるんだけど。あなたのログを見ると、かなりの戦闘を向こうでしてきたね」
「え、ブレシア帝国ですか? まぁ、結構襲われましたし」
「じゃ、戦う度に経験も積んだよね!? 戦闘データもいっぱい取れそうだなぁ……」
チラッとこちらを見るメグミ。
嫌な予感がするが、ここから逃げるわけにもいかず「う、うん……」と答える。
そしてニヤリと彼女が笑った瞬間、俺も悪い予感が的中したのを確信する。
「──ユイナと戦ってみてよ」
なんか、涙が出そうだったよ。