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機械じかけの悪魔  作者: キョウカ
CHAPTER UPDATE - 帰還編 -
38/52

第三十三話 - とある再会

 昨晩は先輩たちに飲みに誘われたが、きっぱりと断った。

 一時的に与えられた部屋で歯を食いしばって眠らずに勉強をした。

 戦術考査から法律、そしてあらゆる学問を頭に叩き込むため徹夜したのだ。

 今もシールリングには参考書を表示させているし、どんな強敵が試験で現れようとそれに打ち勝つ自信があった。


 しかし、昨日の李少将に指定された部屋のドアを開くとそこには……


「あ、あ、あの……李少将の推薦で入学試験を……」


「うむ、貴様がレイン・サイフラか。入れ」


 部屋は乱雑としていたが立派なデスクがある。

 いかにも明之州っぽい装飾で、赤っぽいものが多かった。

 それよりも部屋の中にはなんだかチンジャオロースーの香りがするので、きっと食後の部屋なんだろう。


 俺がここまで緊張している理由は大きく分けると三つある。

 一つ、試験前に緊張しない人間はいないから。

 二つ、部屋のプレートに「曹少将/情報整理学部長」とあったのでかなりのお偉いさんが中にいる事を知ったから。

 三つ、それはそのお偉いさんの風貌が猛々たる髭と、獅子のような面構えと戦士のようなオーラ。加えて、顔をえぐった大きな傷跡を持ち──


「も、もしかして? お名前は曹操だったりしますか……?」


 そう、目の前に三国志の英雄らしき人物がいるのだ。

 彼と目を合わせると瞬殺されそうな威厳、そしていかにもおとこのような低い声。完全に三国志だ、曹操だ、戦国時代だったのだ……。


「いや、姓は曹ではあるが曹操ではない」


「そ、そうですか! ですよね!」


「曹操はわたしの父の名だ」


「はぁ!?」


 思わず声を上げてしまうが、すぐに「失礼しましたぁああ!」と一礼をして置かれた椅子に座る。曹操……いや、曹少将はまるで敵でも睨むかのような目で手元の書類を読んでいた。そしてそれを終えると、ゆっくりと顔を上げる。


「これより、情報整理学部入学の面接を執り行なおう」


「は、はっ! 歴史は得意です! 特に古代文明について得意です! 三国志が一番好きです! よろしくお願いします!」


「…………」


 沈黙する魏の英雄。

 自分でも何を言っているのかが分からなかった。

 無意識に曹少将を三国志とリンクさせてしまったために、三国志大好きアピールでもして第一印象を良くさせようとしてしまったのだろうか?


 曹少将は少しだけ首をかしげると、書類をデスクにおいてから背中を椅子に預ける。

 そして腕を組むとゆっくりと口を開いた。さぁ、来い……。


「──君、こんぴゅーたーは使えるかね?」


「…………は?」


 拍子が抜けた。

 リアルに拍子が抜けて、顎が外れそうになる。

 今、こんぴゅーたーって言ったか? コンピューターでもなく、こんぴゅーたーって?

 曹少将は止まらない。ギリッと視線を向けてくると口をまた開く。


「文書作成はできるかね?」


「…………はい?」


「できるかね?」


「は、はぁ……もちろん」


 もう意味分からん。

 面接の練習を一人でアホみたいに繰り返していた昨晩の俺はなんだったのかと自問自答をしそうになる。あれか? これが最近の面接なのか? 一種の圧迫面接なのか?


 俺が混乱で息を荒くさせていると、曹少将が頷く。

 一体何を納得したのかしらんが、突然デスクを叩くと立ち上がった。

 それに伴い、デスクの上にあった雑多とした書類が全て滑り落ちる。

 曹少将は目をまんまるにした俺を見下ろすと、言い放つのだ。


「うん、合格」


「はぁあああああああああああ!?!?」


 絶叫した。絶叫したですとも。

 試験は!? 筆記試験は!? てかこれが面接!?

 様々な疑問と混乱が頭を絶えなく飛び交い、気でも狂いそうだった。

 不気味なほど簡単で簡素な入試で不安しか感じないのだ。


「これがスケジュールと詳細書類だ。中には今日届いた君への通知もあるのですぐに目を通すように。士官候補生として昇進を目標に頑張りたまえ。帰っていいぞ」


「ちょっと、え!? これで終わり!? 曹少将!?」


 曹少将から封筒を受け取りながら叫びに近い声量で問いかけるが彼はそっけない顔で「あぁ、そうだ」と答えるだけだった。

 さすがにおかしいような気がする……っていうかおかしい要素しかないのだが、少将階級の人間が「帰っていいぞ」と言ったのに退室しないのはマズイ。


 仕方なしに一礼をしてから震える足取りで通路に出た。


「曹操、マジで冷やし中華……」


 頭が混乱しているせいなのか、意味不明な言葉を発しながら帰路につく。

 封筒を開けてみると、そこには様々な事項が書かれているがその内の一つに『厳守:N-102は指定された日時と部屋で身体調整を受けること』と書かれ通知があるのに気づく。


 これが曹少将の言っていた「必ず目を通すべき」通知か。


「……あ、身体調整は今日行かないとダメなんだ」


 たしかに俺のシールリングはまだ連合軍とリンクされていないし、プログラム改ざんされたままだ。それを直す必要もあるんだろう。

 指定された日時はもうすぐだ。身体調整を受けられる部屋もここからそう遠くはない。

 行くなら今だろう。


「なぁシールリング、士官学校ってこんなに簡単だったか……?」


 冷や汗をかきながら歩いていると、なんとなくシールリングに聞いてみる。

 シールリングはピピッと電子音を発すると、小さなノイズの後に音声を上げる。


《簡単なものではない、と当AIは判断しております》


「でも受かったよ? 怖いくらい簡単に? もしかして俺の頭が良すぎた?」


《その可能性も考えられます》


「んなわけねぇだろ!!!」


 泣きそうな声でシールリングに答えると、頭痛がしてくる。

 だがしばらく歩けば指定された部屋も目に入ってくる。

 周りにも似たような部屋がたくさんあり、その全てが生体兵器用の身体調整室だった。

 とりあえず指定されていた部屋番号の前に立って、ノックする。


「お、レインくんじゃん」


 ドアが開かれた先には黒い髪を後ろに一つ小さく束ね、黒フチメガネをかけた女性がいた。彼女は白衣を纏いながらも、その右腕にはノイズシリーズ開発部門であることを示すエンブレムが付けられている。


 その女の顔を見るなりに、古い記憶が掘り起こされた。


「あ、メグミさん」


「久しぶりね~! ほら、入っていいよ」


 そう、彼女がNタイプの開発研究メンバーの一人のメグミ・サキシマだ。

 たしか極東大陸からさらに東の列島地域のミコシマ州から大学を出た後、ずっと兵器開発に努めている。


「コードエディティングの練習はまだしてる?」


「あぁ、たまにしてます」


 メグミが俺を忙しそうに椅子に座らせると、彼女もリクライニングシーツにどっかり腰を預ける。そしてそのままタブレットを手に取ると、小さくシェイクしてから空中にディスプレイを映し出す。


 部屋の中はいかにもメカニックな感じだがとても清潔に保たれていた。

 部屋の奥では何重ものディスプレイがグラフを写しだしており、その隣には大きなコンピューターが鎮座している。冷房機器の使う電力だけでも半端なさそうだ。


「NSタイプの子たちとはもう会った? わたし、あそこの主任になったんだけど」


「え! メグミさん、主任にまで出世したんですか?」


 Nタイプ開発当初、メグミは下っ端らへんの人間だった。

 しかし今はNSタイプの主任だというのだから驚きだ。

 彼女は引き出しからキャンディーを出すと、それを口に入れながら頷く。


「そうそう、Nタイプの責任者たちは全員失脚したしね。わたしはNタイプ開発と同時に、裏で独自のNSタイプ理論完成させてたけど」


「じゃあNタイプが開発してる時、メグミさんは既にNSタイプ作れる状態だったんですね。だからNSタイプがこんなに早く開発されてるのか……」


「あの時にNタイプの責任者には散々忠告したのに、全くわたしの理論読もうとしないからさ~。はい、シールリング出して」


 メグミはひと通りのことを説明し終えると、タブレットからコードを伸ばす。

 それを俺のシールリングに接続させると、眉間にシワを寄せながらタイピングを始めるのだった。


「本当は中央政府の研究員がレイン君を身体調整するはずだったんだけど。やっとの思いで調整権を取得したんだよ? わたし」


「は、はぁ……。でもメグミさんに身体調整されるのは久しぶりですね」


 メグミが鼻歌交じりの作業を開始すると、それに伴ってシールリングも様々なコードを視界上に表示させる。それが急に赤字のコードを吐き出すと、メグミが手を止めた。

 そして顎に手を当てながら悩みこむような顔をするが、それは次第に笑顔に変わる。


「へぇ、成功してる……」


「なにが成功なんです?」


「なんでもない」


「…………?」


 メグミが目をキラキラさせながらタブレットに顔を近づけると、興奮したように無数のコードのうちの何十箇所をハイライトさせる。

 そして嬉しくてたまらない表情をしながら足を組むのだ。


 しかし一体何が「成功」で何がそんなに嬉しいのか理解できずに、俺はただ首を傾げるだけだ。だがメグミはそんなの気にせず、次は小さな機器を俺の体中に貼り付ける。


「ふーん、クリスタルを強化装置の内部に……へぇ……えげつないなぁ」


「あぁ、うん。帝国の陸戦兵団にクリスタルやられました」


「そっかそっか」


 この人、絶対に楽しんでんだろ……。

 思わずそう考えてしまい、苦笑っていうかドン引きの表情を露骨に浮かばせながらメグミを見る。彼女はさっきから俺のシールリングからデータを取ることに夢中みたいで、バックアップ作業しかしていない。


 要するに、肝心の身体調整でさえまだ始めていないのだ。

 しかし、そろそろ俺もイライラしながら「おい早くしろよ……」と全ての視線をメグミに向けた時だった。


「どこまで調整できた? 早くしろ」


 突然ドアが乱暴に開かれると、数人の兵士が入ってくる。

 彼らは顔をヘルメットとHMDゴーグル、それにマスクで覆い尽くしていて表情はよく見えない。普通のインターフェイスヘルメットよりも性能と防御力を重点に作られた高級品だとひと目で分かる。


 明之州管轄の兵士は緑っぽい制服だし、エンブレムも竜の紋だ。

 しかし彼らのエンブレムは幾つもの星が円を作ったもので、制服も漆黒と表するのがふさわしい。明らかにここの州政府管轄の人間ではなかった。


 ──中央政府管轄の部隊か。


「ちょっと勝手に入らないで!」


 メグミはタブレットの表示を瞬時に切り替えると不満そうに声を上げる。

 中央政府管轄は軍内部でもかなりの力を持つ組織だ。

 ビローシスは連合制を基にした国家であり、大まかな地域区分を「州」で仕切る。

 よって、州ごとにそこの管轄軍が存在するわけだ。俺が以前いた管轄はアーシア大陸のサンディエゴ州だが、今は明之州管轄だ。管轄が変われば影響を与える州も変わる。


 それら”州政府”による影響を完全に排除したのが中央政府管轄軍だ。

 中央政府管轄軍は全ての州基地に一定数送られていて、各州の監査を務めていたりする。ぶっちゃけちゃうと、こいつら偉い。


「いいから現状の報告をしろ。何か問題は?」


「……ないです」


 さっきまで楽しそうだったくせに一転、メグミはつまんなそうに答える。

 ちょっと中央政府の方々がムカッと来ているような気もするが、ここは男らしく堪えたそうで彼らも続けて質問をする。


「体内には何もないな? 何か変なものを埋め込まれていたら医療班に摘出してもらわなければ、彼が危険だ」


 少しイライラしたような声で聞く兵士だが、メグミは俺の顔をチラッと見る。

 俺、体内にはまだクリスタル入ってるよな……。あれってたしかに危険だわ。

 早いところ、摘出してもらえれば嬉しいんだけど。


 そうメグミにアイコンタクトすると、彼女はウィンクして頷く。

 そして──


「体内には何もありません。あとはシールリングと軍サーバーとのリンクを復旧させれば大丈夫です。そもそも、魔術師のアホたちに我々主要戦力のノイズシリーズがイジられるはずもないですってば」


 一体、メグミは俺のアイコンタクトを見て何に納得して頷いたのだろうか?

 どうして嘘を言う!? そう突っ込みたくなり、思わず「…………なっ!?」と声を漏らしてしまったがメグミの鋭い目に制されてこれ以上言えなくなる。


 すると兵士は俺とメグミを交互にに見比べた後に、面倒になってきたのが小さく舌打ちをする。軽く構えていた銃も下に完全に降ろすと、次は俺の肩に触れてきた。


「レイン・サイフラか?」


「は、はっ! 左様でございます!」


 いきなりグッと顔を近づけられてるので、緊張をしながら答える。

 目の前には兵士のHMDゴーグルがあり、それの奥には様々なものが映しだされていた。

 それと、左端に某アイドルのセクシー写真が配置されているのも僅かではあるが見えた。HMDから漏れる光には注意すべきだな。


 まぁ、この兵士も男であるのだ。


「敵国では辛かっただろう。しかし最後には彼らの管理から逃げ出したそうだな。君の帰国をとても喜ばしく思っている」


「はっ、ありがとうございます!」


 椅子から飛び上がって敬礼をすると、兵士たちはガッツポーズを作っては退室していった。中央政府直轄……かっけぇ……。

 しかし、部屋がメグミと二人にきりに戻ったのを確認すると俺は呆れたように口を開く。


「……で、どうして嘘ついたんですか? 俺の体内にあるクリスタルどうすんですか?」


「まぁ、知られないほうが良いこともあるの。大人の事情、大人の事情♪」


「いや、まじで大丈夫なんですか?」


 俺が追求するように聞くとメグミは急に立ち上がる。

 そして人差し指を俺のおでこに当てると、甘い言葉づかいで話す。


「いずれ分かることだから、ね? 誰にも言っちゃダメだよ?♡」


「……………メグミさん、あんた何歳だっけ」


 なんだかあまりにも甘い言い方──語尾が完全にハート──なので、無意識な状態でツッコんでしまう。

 しかしこれを言った瞬間から、メグミは少しも動かずに目を大きく見開いたままだ。

 俺も無表情のまま、メグミの人差し指から頭をどかして立ち上がる。


 そしてメグミ、頭に血管を浮かばせながらこちらを凝視のまま口を開く。


「……かいからって……若いからって調子乗りやがって、このガキ……」


 メグミ・サキシマ。

 たしか今年で36歳である。見た目は20歳後半。でもコンプレックスは40代後半と同等である。


 たぶん、この人が日夜研究してるのは美容関係なものだと思うんだよ。俺。


「もうそういうのいいんで、はやく調整お願いします。まじで」


「くっそぅ……くっそぅ……」


 今から親の敵でも討つのか? とでも問いたくなるほどの目でタブレットをタイピングをするメグミ。どうやらシールリングを連合軍の系統下に置くのはさほど難しいようではなく、かなりのスピードで進んでいる。いや、これ怒ってるからかな。


 メグミは最後にパパパッパーンッ!とキーを叩き終えると、ドヤッと俺に顔を向ける。

 ここは「す、すげぇ……」という顔をすべきなのか迷うところだが、急だったので対応できずに「お、おう」みたいな微妙な顔を返す。


 彼女がしばらく強化装置の動作確認をしているところ、俺もとある疑問を思い出したので聞いてみる。


「そういえば、このシールリングが帝国に乗っ取られたのはどうしてだろう。異端審問会は機密のプログラム改ざん方法を知ってるみたいだけどさ」


「んん、プログラムの改ざん方法だけど。たぶん、強力な信号系の魔術でプログラムコードをメチャメチャにしてるんだと思う。だから改ざんって言うよりは、ただプログラムの一部を壊してるだけかな?」


「でも俺のはプログラムの破壊なんてもんじゃなかった。書き換えられていたんですよ?」


 俺の指摘にメグミはわかりやすく目を逸らすと、小さな唸り声を上げる。

 そしてこれまた意味深に目を細め、ニヤリと口を歪めると俺にこう告げた。


「いずれ分かる」


 クリスタルの隠蔽、そしてこの意味深な回答。

 メグミは一体何がしたいのか……?

メグミさん、何考えてるんだろうね

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