第三十二話 - 極東大陸
《極東大陸 明之州龍華基地へようこそ。負傷者は特定のブロックまで移動してください──》
全てのカプセルが着陸を完了し、兵士たちもハッチを開くと基地入口へと向かう。
俺もカプセルのハッチをレバーでこじ開けると空を見上げた。
黄砂のせいか、少しだけ色のついた空だ。
気づくと近くに武装した兵士たちが珍しいものを見る目で俺に向けていた。
俺がミーネルヴァ学園の服を着ているのだから、目立っているんだろう。
それはともかく、カプセルから飛び出すと奥へと少し進む。
踏みしめる母国の地は意外とあっさりとしたものである。
「明之州か……」
「よぉ、レイン。どうだ、久しぶりの極東大陸は?」
振り返るとリクが水筒を口に当てながら俺に話しかていた。
彼は俺の肩に腕を回すといやらしそうな笑顔で「懐かしいか?」と言うのだ。
俺は捨て子だった。
戸籍もなければ、自分の正確な誕生日も知らない。いつどこの州で生まれ、どんな両親に捨てられたのかも分からない。
だが、俺が育ったのはここ──極東大陸だった。
東の元之州の貧民区で暮らし、育ち、連合軍に拾われたのだ。
俺たちNタイプチームがいた開発施設も南下してすぐの州──蓮之州にあったわけだから、この極東大陸にはなじみが深い。
まぁ、俺が暮らした元之州はどっちかというと西洋文化が主流だったのでこことはまた一味違うが……。
「懐かしい感じですよね。俺はずっとアリシア大陸のほうにいたし──ってあれ……」
しかし急に話を途切れさせてしまい、目を凝らす。
遠くにある別のカプセル着陸場から何人かが走ってきているのが見えるのだ。
それはとんでもないスピードで砂ボコリを舞い上がらせているのだが、彼らの顔を見ると思わず目を見開く。
「おい坊主、久しぶりだな!!」
「こいつ背伸びやがったぞ! クソ坊主!」
「相変わらずつまんねぇ顔してんな!」
そいつらが飛び上がったかと思うと次の瞬間には俺に飛びつき、頭をワシャワシャと乱暴にする。彼らが首からぶら下げたプレートを見れば顔を見ずとも誰なのかわかった。
彼らがNタイプの生き残りたちだ。
暑苦しそうな笑い声が響き渡り、思わずこっちまで安心感を覚えそうだ。
どうやら彼らを含めてがNタイプの生き残り全員だそうで、少しは「もうほかの奴らには会えないのか」と思ったもののNタイプ最前線でいきなり投入されてもここまで生き残ったのだ。これは素直に喜ぶべき結果だ。
シールリングも同一タイプのAIと対話できて興奮(?)しているのか、今まで見たこともないほどランプをチカチカさせていた。犬で言うと尻尾でも振ってる状態なのだろうか……?
しかし背後で水蒸気のようなものが噴出されたかのような音を耳にして、振り返る。
そこには大容量輸送量が二基、そびえるように直立していた。
そのカプセルは片方が銀色、もう片方が緑色に塗装されたもので、いくつものハッチがゆっくりと開かれていた。そこから漏れる水蒸気は辺りを漂う。
緑色の方は捕虜輸送用カプセルの色だ。
しかしあのデカイ銀色のカプセルは見たことがなかった。
「ん……? あれって」
「あ? あぁ……あいつらは”NSタイプ”だ」
俺のつぶやきを聞いた先輩の一人はそうサラッと答えるが俺は思わず耳を疑う。
今、彼は「NSタイプ」と言ったのか……?
”N”の称号を付いてるってことはつまり──
「おい見ろよ、Nの恥さらしの先輩様たちがあそこにいるぜ?」
「成功個体のN-102もいるな。所詮は失敗シリーズだけど」
目が合ったかと思えば、暴言。
カプセルから出てきた、およそ十数人の少年少女──おそらく俺より二歳は年下に見える彼らは両手のグローブを外しながら俺達のすぐ近くを通ろうとする。
彼らの目からは嘲笑と軽蔑、下手したら恨みでさえ感じられる。
そんな横流しされたかのような視線を受けるが、俺は意味が分からずにただ立つだけだった。
「おい、クソガキ。てめぇら、随分と偉っそうじゃねぇか」
しかし気の荒い先輩方はそういうわけに行かないようだ。
それに俺よりも彼らのことを知っているようで鋭い目で好戦的な態度を次々に示す。
俺を除いたNタイプ全員が腰の銃に手を触れると、向こう側も舌打ちをして余裕そうな態度を取る。
「失敗作がッ──!」
瞬間、衝撃とともに俺の隣にいた先輩は吹っ飛んだ。
いや、もう文字通りに吹っ飛んだんだから笑える話だ。
俺は表情を変える暇さえなく、まるで仏のような顔で”NSタイプ”とやら御一行様を見守るしかなかった。
さすがに俺を含めた他の先輩たちも悔しそうな表情をする。
しかし体は動かせずにいた。だって怖いんだもん!
「うわ、なにやってるの?」
そこで少し離れたところから声が聞こえる。
顔だけを動かすとそこには──
「あ、さっきの」
「あ、お兄ちゃんだ!」
そう、カプセルが帝国から離脱する前に話しかけてきた黒髪の少女だった。
彼女の身体を見ると、全身が敵の返り血でドロドロで髪にまでベッタリと付着していた。しかし彼女はそれを気にする素振りも見せずに、ニッコリと笑いかけてくる。
「ごめんね、なんかお兄ちゃんに失礼ッ──しちゃった?」
またもや衝撃が──いや、先ほどの衝撃とは比にならないほどのエネルギー量を肌に感じた。それと同時に笑っちゃうほど綺麗な軌道を描いて飛んで行く……さっきこちらを攻撃した少年。悲しくなるような悲鳴を耳で受け止めながら、彼が頭から地面に激突したのが見えた。
「い、いや! 大丈夫! 全ッ然問題ない!」
「うーん、まぁいいや」
少女は頭を小さくかしげると、遠くへ無残に飛ばされた少年をチラリと見てから視線を俺に戻す。彼女は俺の身体を上から下まで見回すと、小さく微笑んでから口を開く。
「NSタイプ──NS-014のユイナです。お兄ちゃんのNタイプの後継系列だよ?」
無邪気な笑い声を上げ、少女はユイナと名乗った。
俺の後継系列……? Nタイプは燃費が悪いだけでなく、システムも扱いづらい。
その他諸々と問題があるシリーズであることに間違いはないのだが、それの後継系列の開発がまだあったというのか?
しかし、ここは混乱なんかしたら軍人失格だ。
何事もなかったかのように小さく礼をしてから言葉を返す。
「N-102のレイン・サイフラ伍長だ。俺の救出任務に参加してくれたようで、本当に感謝している」
「うん、私たち身体調整に行かなくちゃいけないから。また後でね!」
ユイナは胸の前で両手を振ると、踵を返して通路の方へ向かっていく。
それを合図に一緒に歩み始めるNSタイプの少年少女。数人は先ほどユイナに蹴り飛ばされた少年を回収しに言ったみたいで、違う方向へと走って行っていた。
NSタイプ諸君の姿が見えなくなる頃、俺はつぶやく。
「……で、誰あいつら」
先輩たちは「どこから説明しようか……」とでも思ってそうな顔をしていたが、そこでリクが俺の肩を持つ。まず彼は先輩の一人にNSタイプの少年に瞬殺された仲間の様子を見に行かせる。それから首を振りながら言葉を続けるのだった。
「あいつらはNSタイプだ。明之州にある開発施設を拠点に試験運用されているプロトタイプだな。力任せで攻撃するNタイプとは違って、ノイズエネルギーを直接攻撃に使ったり重心操作による高速移動──要するにモンスタースペックの後輩どもだ」
「なんか、すっげぇ嫌ってた気がするんですけど。Nタイプのこと」
「まぁ、Nの称号はハッキリ言うと不名誉だからなぁ。NSのガキどもにも迷惑かけたな」
リクの話を聞くと、どうやら失敗作の汚名は身内にまで煙たがれるようだ。
正直に言ってしまえば、本当の失敗作なら既に戦死しているはずだ。だからここに残ったNタイプは少なくとも、周りにいるプロトタイプには負けないくらいの実績を持っていると思うんだけどな。
《N-102 レイン・サイフラ伍長、直ちにB1ブロック基地管理室へ出向いてください》
Nタイプの先輩たちがふっ飛ばされた一人を「お前だっせぇ!」と笑いながらからかっているところ、俺を呼ぶアナウンスが基地内に響き渡る。
リクはニヤッとすると、肘で俺の腰を突きながら口を開く。
「行って来い、伍長殿」
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「あの……これって……」
薄暗い部屋。
前には少しだけ長いサビの少しこびり付いたデスクがあり、パイプ椅子に腰を掛けた中年の軍人がいた。そんな彼と並ぶように列を組む武装した兵士たちはインターフェイスヘルメット内のディスプレイをチカチカさせながらこちらを見ている。
そして俺の両手には連合軍の制服──明之州管轄部隊の制服──があるのだが……俺は元々ここから別大陸のアリシア大陸にある部隊所属だ。なのになぜ、この明之州の制服を渡されるのだろうか?
それだけじゃない。
階級章がないのだ。伍長であるはずの俺の階級章が。
「ふむ、レイン・サイフラ伍長……いや、今は無階級なのかな?」
「い、いや、あ、あの? 無階級……? ていうかこれ、明之州管轄の制服?」
俺がテンパっていると前に座っている男は「ふっ……」から始まって「ふははははは!」と笑い出す。もちろん俺も苦笑いの「はは……」から始めて「はははははははは!」と続いて笑う。
しばらく笑い声は続いただろうか。
二人のアホみたいな笑い声が続く中、周りの兵士は無表情ではありながらも明らかにドン引きしていた。そしてピタリと同時に二人で止まる笑い。
男は両腕を組むと言い放つ。
「冗談じゃないぞ」
「まじかぁあああああ!?!?」
思わず制服を地面に叩きつけて、膝をつく。
さすがに兵士たちも少し混乱して銃口を向けるが、そんなの気にせずに両手を開いてから男に向かって訴える。
「俺何かした!? そりゃあ、内心では『あれ?ブレシアのほうが女の子可愛くね?』とは思ったよ! 思ったぞコンチクショー! でもこうして帰ってきたじゃん!?」
「……落ち着け。これはただの階級剥奪ではなく、君に昇進の機会を与えるということだ。今後は明之州管轄になってもらうが」
ハッと顔を上げて男の目の前まで駆け寄ると、両手をデスクの上につく。
もちろん兵士たちが「おい離れろ!」とは言われるものの完全無視で男──軍人に話しかける。
「明之州で構いません! 何をすれば!」
「まぁ、そう急ぐな。君には士官学校への入試をしてもらおうか。そしてそこで勉学を励み、昇進試験で三等軍曹になるのだ」
「ぐ、軍曹ですか!」
三等軍曹といえば、生体兵器出身の人間が夢にするような階級だ。
普通は伍長より上のクラスへ生体兵器が出世するのは難しく、その機会でさえほぼない。
なぜなら、軍曹以上の生体兵器は貧民層出身ではなく──元から優秀な軍人などが自ら生体兵器化を望んだようなエリートばかりだからだ。裏を返せば、伍長クラスまでの生体兵器は「社会の底辺」と認識される。しかし軍曹クラス以上だと「エリート」だと認識される。
これは……エリートになるチャンスなのだ。
「君を”情報整理学部”への入学推薦を出した。なにせ、この基地が設立した新しい士官学校でね。生徒数も少なければ学部数もまだ多くはない。逆に好都合だろう?」
「はっ! 昇進試験で三等軍曹になってみせます……! えっと……」
彼の名前を言おうとしても、まだ知らないものだから口を閉じてしまう。
それを察したのか男は首からネームタグを引っ張りだすと、それを見せながら言う。
「李少将と呼べ。この基地の責任者だ」
「はっ! 李少将!」
「明日はここに記された部屋へいけ。入学試験を受けられる。それとこれは身分証明証と護身用の拳銃だ」
彼の書いたメモと共に拳銃や証明書を受け取ると、俺は一礼してから退出した。
まずは入学して、そこから昇進試験に合格すれば……。
世間的にも「魂を金で売った貧民」だなんて思われることはなくなる。
むしろ俺の過去を知らない一般兵たちからも尊敬を集められるのだ。
このビックチャンスに思わず鼓動の高まりを感じた。
拳を握りしめて「今日は徹夜で勉強するか……」などとブツブツしながら通路出て、外に出ると少しヒンヤリとした空気が頬に触れる。
「おーい、レイン。どうだった! なんかあったか?」
明之州の少し緑っぽい制服を広げながら歩いていると、ちょっと離れたところでバギー車に寄りかかったNタイプの生き残りたちがいた。
リクはこちらを見ながら手を振っており、なんだか俺の報告を待ちに待ったみたいだ。
「あーリク、実は伍長階級を剥奪されまして」
「は!? 剥奪!?」
リクのすぐ近くまで歩み寄って報告すると、彼は思わず叫ぶ。
それに反応して眠そうにしていた他の先輩たちも目をギラリとして振り返る。
だが俺は右手で片目を抑えると、ぐっと背筋を伸ばす。
「しかし! 士官学校への入学推薦をされました」
「はぁ? 嘘だろ?」
「昇進試験に合格すれば明之州所属で三等軍曹になれるらしいです」
少しの沈黙。
先輩たちがお互いに目を合わせあうと、小さく頷いてから俺を見る。
そして口を大きく開くと。
「よくやったなぁああ! お前昇進したら奢れよ! 飯奢れよ!」
「あれだ! 軍曹からは飯のメニューも変わるんだろ! 絶対に持ってこいよな! 少しは盗んでこいよな! おい!」
「てか明之州所属ってことは、これからも一緒の基地か!?」
次々に湧き上がる歓声に俺はドヤ顔を仕向けていると、しまいには彼らに全身で飛びつかれて強烈な「いい子でチュね~」「えらいえらい~」と喧嘩でも売るような褒められ方もされる。
額に血管を浮かばせる俺だが、とりあえずドヤ顔だけは維持することにした。
「そうだ、これから街に出て酒買いに行くから。お前も来いよ」
「その前に服着替えろって。いつまでも帝国の服着てたら目立つしな」
先輩たちに誘われるが、リクの指摘で自分がまだミーネルヴァの制服であったことを思い出す。どうせ周りは男だらけなので、気にせずに服を着替え始める。
やはり連合軍の服は結構しっくり来る。極東大陸方面の制服とは違うが、明之州の制服も悪くはない。
「この制服もう捨てるか?」
リクがミーネルヴァの服をつまむと、それをブラブラさせる。
一瞬「捨てる」と言いそうになったが、襟に光るものを見て口を閉じてしまう。
ベルヴァルト家のエンブレムバッジだ。そういえばアイリスはどうなったんだろうか。
俺がここでNタイプと再会出来たのもアイリスのおかげだ。安否をついつい気遣ってしまう。
「まぁ、後で捨てる」
そう言いながらミーネルヴァの制服を掴むと、リクには見られないように襟についたエンブレムバッジを引きちぎる。それをポケットに入れた後は、制服も車の適当なところに放り投げておいた。
「じゃあ、行こうぜ! レインの帰還祝いだ!」
リクは運転席に飛び乗ると、声を上げる。
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「こんな辺境なのにデカイ街だなぁ……」
そう呟いて見上げる。
そこには高層ビルが数本建った街があった。こんな地方都市でもない街に立派な高層ビルが立っているのを見ると、思わず感心させられる。
人々はその高層ビルを中心に中層建造物を密集させていた。
どの道もアスファルトの舗装はされておらず、土を固められたものだ。
商店が大きな声で売り物を宣伝していて、見てみると唐辛子に豚肉、それに鶏なども売っている。ここは市場のようだった。
「おう、駐車してきたぞ」
リクが車の鍵をくるくる回しながら俺の近くにやってくる。
他の先輩はリクなんか待たずに既に買い物開始だ。
たぶん安売りバーゲンに行かせれば主戦力になる。
「なにか買いたいもんはあるか?」
「あーじゃあペットボトル入りの飲料水とか買おうかな。夜になって水飲み場まで行くのは面倒だし。あとパンとか」
「そうだな。水道水なんか飲んで腹下したら洒落にならんしな」
そう会話しながら商店に近づく。
するとおばちゃんに「ニーハオ」と方言を言われて戸惑いはするが、買い物を続ける。
俺が幼少期を過ごした元之州は「ニーハオ」よりもむしろ「ノンホウ」や「ハロー」が多かったからな。
「おばちゃん、俺達も命かけて戦ってんだからもっと安くしてくれよ~!」
値引き交渉はセコい……じゃなくてズル賢いリクに任せ、俺はあたりを見回してみる。
魔術師と無能者が張り合う必要のない世界。全員が無能者の世界。
一切、帝国のような理不尽なシステムが存在しないように見える。
しかし目を凝らせば、道の隅っこには幼い子どもや放浪者がうずくまっている。
力の差がなくても、貧富の差は消えない。そういうことか……。
《人類は差を作ることによって成長します、ユーザー》
「お前、俺の考えでも見通せるのか?」
《NO──ただ、ユーザーの考えを少し予測しただけです》
「はぁ……ま、差があること自体は問題ないだろうなぁ」
《魔術師と出会う遥か昔、科学陣営同士は「肌の色」「宗派の違い」「考えの違い」と些細なことで戦争を繰り返していました。それが今、魔術師と無能者というもっと大きな”差”に気づいたのだからこそ、ビローシス連合国が生まれたのでしょう》
シールリングの言葉を聞きながら「ふーん、めんどくさいな」と呟く。
ただ、さっきからどうしても違和感が消えないのだった。
連合国は魔術師の特権を打ち砕くべきだと言う。無能者を解放すべきだという。
しかし、この路上で放って置かれた子供たちは一体なんなんだ?
彼らも俺のように生体兵器化すれば解決なのか?
そんな様々な疑問が浮かび上がる。
帝国も連合国も、言うこと全てが正義のようだ。そしてその二つの矛盾する正義の狭間で見捨てられていく人々を救わずに何と戦うべきなのだろうか?
「おい、レイン。どうした?」
「え? あぁ、別に。ただ、あの子供たち……」
「浮浪児か? いずれ軍が人手不足になればスカウトしに行くだろ」
「……そうか」
リクが手渡してくれた 一ケースの水とパン一袋を両手に持って、道端の子供たちを見る。まるで俺が小さい頃のようだ。そもそも、軍が人手不足にならない限りは放っておくってのもおかしい気もするが……。
「おい、ガキども。パン食うか?」
気づいたら俺は袋からパンを千切りながらそこにいる子供たちに渡していた。
女でやせ細っている子は最も優先的に渡し、最後に隣に座っていた放浪者の男にも少し与える。最後にペットボトル水をバラ撒く。
次々と耳に入る感謝の言葉に頷き返しながら、ガッツポーズして「頑張れよ」と言う。
それを見るリクは唖然としており、まるで珍獣でもみてしまった顔だ。
「すまねぇリク。金は後で返すからさ」
「いやそうじゃなくてレイン……」
「俺たち、軍人だろ? 目の前にいるガキも助けずに戦えるかっての」
両手をヒラヒラさせながらリクに答える。
するとリクは頭を抑えながら俺と一緒に通りを歩くが、全く俺の行動には理解を持てないみたいだ。今なら、少しだけハバードの言っていた「騎士道」を知れそうだ。
「じゃあ、俺少し酒買ってくるわ。レイン、行くか?」
「いや、俺は水とパンを買い直してくるんで。そしたらバギー車に行って待ってますよ」
「おうそうか、行ってくるな!」
リクは酒の話になると子供のように目をキラキラさせて話し出す。
この先輩たちとは今晩、絶対に酒は飲まないことにしよう。
泥酔した男どもを介抱する役はもう終わりだ……。
リクが満面の笑みで酒売り場に消えていったのを見届けると、俺は苦笑しながら歩みを始める。たしかさっき水とパンを買った商店を向こう側だな……。
それならこの建物の間にある小道を通ったほうが早そうだな。
「早く帰って明日の試験勉強しねぇと……」
全力を出せれば夢の軍曹に昇進だ。
自分が「鬼軍曹!」と下っ端に恐れられる姿を思い描きながら「ふっ」と笑いを漏らしてしまう。やばい、軍曹かっけぇよ……。
テストって何出んのかな……。やっぱり戦術考査か? 組織運営能力か?
そんなこんなブツブツと言いながら小道を進んでいくと──
「おら、金払ってんだからはやくしろよ!」
「くそ使えねぇな」
「今さら後悔かよ、ざけんな」
「いっ……ダメ……!」
なんだか聞いたこともないほど激しい息遣いが聞こえるので顔を上げると……そこには男数人と一人の少女がいた。ていうかおっさん達が下半身をバーサーカーにさせて、少女の服を破こうとしていた。
「あ……」
「「「お……」」」
俺のさっきまでの幸せ顔が一気に無表情に凍えついた。
向こうもこちらに気づいたようで男たちは汗だくの顔で俺を見る。
その……彼らは一人の少女を◯※△☆しようとしてるのか……?
でも少女の片手にはしっかりと札束が握られている。だが、この少女も抵抗しているように見えるんだが……。少し判断に困るのと同時に鋭い刺激に満ち溢れた現場だった。
「おい……てめぇら何してんだ」
「何って……?」
「その女、まだ16歳でもないだろう」
俺がそう指摘すると彼らはまず、俺の右腕を見る。
それから顔を見合わせてニヤリとすると、ポケット弄り始める。
すると何かを見つけたようで、それを差し出した。
「分かってますよ軍人さん。これで見逃してくださいね。へへっ」
ポケットから何を出したかと思えば札束だ。そして他の男は何事も起きていなかったかのように少女の頬を舐める。
俺の腕に階級章がないのを見て、二等兵クラスの生体兵器……要するに雑魚兵だと思い込んだんだろう。この態度からすると日常的に賄賂の受け渡しは横行しているのか?
今一度、少女の顔を見てみる。
純情チェリーボーイな俺でも一目で分かる。これは身売りだ。
だが16歳も行かない少女の身売りに普通乗るか? そしてこんな少女が身売りをする状況にまでこの国は腐っていたか?
男の差し出す札束をゴミでも見るかのように見下ろすと、舌打ちをする。
「これしきの金、まさか俺が持っていないのとでも思ってんのか?」
それを聞いて男たちはビクッとこちらを向く。
まずは舐められないようにするためにも身分証明証を見せた。
そこにしっかりと刻まれた文字を目に入れさせるのだ。
「し、士官候補生!? 生体兵器が!?」
「そうだ、ぶっ殺すぞウジ虫が! あぁん!?」
生まれて初めて軍人でよかったと思う瞬間だ。
拳銃をバッと抜いて、それを空に向かって何発も撃つ。
そしてそれを男どもに向けると、彼らは「撃つな! 撃たないで!」と叫びながら走り去っていく。
しばらくすると向こう側の通りから大勢の甲高い悲鳴が聞こえた。
きっと下半身丸出しで走っているのに気づいていないのだ。
「あ、ありがとうございます。軍人さま」
「なんでこんなバカなことしてんだ? 本当はこれ、お前が悪いんだからな!?」
「は、はい……」
拳銃をしまうと少女に説教をする。彼女は視線を下に向けながら力弱く答えるだけだ。
これがこの国の裏ってやつなのかな。
気づけば、ため息をついていた。