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機械じかけの悪魔  作者: キョウカ
CHAPTER LOADING - 動乱編 -
33/52

第二十九話 - 古き者

 街は混乱で包まれていた。

 帝都は絶対に安全。そう確信をする住人たちではあるが、ビラを見ればやはり不安は次から次へと湧き上がる。そろそろ寝静まり返る時間だというのに、辺りは人々の騒がしい会話で渦巻いていた。


「遅い! 屋根なんか壊してもいいからッ!」


「おっかねぇなおい!」


 そんな夜空が幕を下ろそうとしている街で、アイリスのはっきりとした声が響いている。事は緊急事態だそうだが、信じられないことに俺とアイリスは建物の屋根上を疾走していた。もう変装なんかどっかに捨てて、必死に足を回している。


 下の通りだと人が多すぎて歩けないのを理由に、アイリスは魔導石を起動させた状態で屋根上疾走。そして俺も人工筋肉を全力稼働させて忍者している。

 要するに、建物の屋根を破壊しながら走っているわけだが……これ大丈夫なんだろうか!?


「もっと速くして! 緊急指令来てるんだから!」


「お前さっきまで酔ってたくせに!」


 まぁでも、そんな心配をしても仕方がないかもしれない。

 なにせ、連合軍のビラは帝都全体に深刻な混乱をもたらしている。

 アイリスは走るたびに足のかかと近くに小さな魔導陣を展開させ、それを爆散させることで走るスピードを速くしている。当然だが、屋根も一部吹き飛ばされているので後ろを走る俺には迷惑だ。


 魔術師の場合は本気で走ると、走るというよりも爆発エネルギーを利用した長距離ジャンプだ。しかも化け物級に強いアブレイム・ストーンを装着したアイリスだ。間近で見ると迫力満点だな。


「ちょっと止まって!」


「──急に止まるなぁあああ゛!!」


 アイリスは片手を挙げて急停止を指示するわけだが、俺がそんなのできるわけもなく急ブレーキの衝撃で吹っ飛ぶ。そしてしばらく悲惨な悲鳴と共に屋根上に全身を打ち付け、しまいには煙突に衝突する。


 あまりの痛みで泣きそうになるわけだが、アイリスは「ちっ低スペックが……」とでも思ってそうな顔で俺を見下ろすだけだった。


「見て、帝都の防衛結界が不安定になっている」


「シールドドームが……?」


 空を見上げると普段は薄い青色のかかったシールドドームも今はチカチカとしている。

 まるでテレビに映る砂嵐のようで、ザーザーと不安定に揺らいでいた。

 そして次の瞬間、


「────ッ!」


 とんでもない爆風と音とともにシールドが弾け飛ぶ。

 両手を交差させて顔を防ぐが風圧が全身をギシギシと押し付けてきていた。

 片目をうっすらと開くとそこには──


《上空のカプセル郡から通信要請を大量に受信しました》


「まじで来やがったな連合軍……」


 どうやって帝都への侵入を成功させたのかは分からない。

 だが視界に次々と表示されるポップアップに唖然としながら、帝都内へ降り注ぐカプセルに目を見開く。


 シールドが消えたのは一瞬だけで、今ではすでにシールドが再構成されている。

 しかしその一瞬のみでほぼ全てのカプセルが帝都内に降り注がれている。

 赤い尾を引きながら降下するカプセル。その全てが挑発するようにフラッシュライトを発していた。


 そして次の瞬間、地上から迎撃魔法が無数に放たれる。


「おいどうするアイリス」


「まさか帝都に大規模攻撃できるなんて嘘でしょ……」


 逃げ惑う人々の悲鳴と迎撃魔法による爆風と爆音が辺りの空気を熱して、戦場に変える。アイリスは目を大きく開けて、口も半開きで過呼吸気味に汗を額に浮かばせていた。

 もうカプセルは近くまで迫っているし、迎撃魔法では対処しきれない。


「……とりあえず聞くけど、レイン」


 熱せられた風がアイリスの髪をなびかせ、空は連合軍のカプセルに詰められていた無数の偵察ドローンで埋め尽くされている。そんな中、彼女は俺に顔を合わせるときつく閉じられた唇を動かした。


「あなたはここでの暮らしをどう思う?」


「は? いきなりなに言ってんだ?」


「はやく答えて」


 俺の戸惑いなど気にせずに隣のアイリスは声を少し高めて問う。

 少しの間が空いて、俺は内ポケットからビラを取り出すと頭だけを振り返ってアイリスと目を合わせる。


「えっと……本音を言うと、わからないかな。今までの生活とは違うし、面白いこともあるけど。ここが俺の居場所かって聞かれたらまた違うような」


「ふーん……」


 アイリスはつまらなそうに反応すると煙突の縁に腰を下ろした。

 そしてまるで流れ星のように……不謹慎なのかもしれないが美しいとも表現できるこの光景にアイリスは目をつむってから悩むように肩に力を入れる。


 空を埋め尽くす偵察ドローンはまるで雲のようで、それを突き抜ける迎撃魔法の光の柱は全てを焼き尽くしながらも綺麗に花火を散らせる。

 これが戦争じゃなければ、きっと絵になる景色だろう。


 俺たちの立つ建物に近づくカプセルを見ながら、俺は連合軍での日々を思い出していた。Nタイププロジェクトの中で一番年下の俺と同僚たちとの暮らし。まずい飯に抗議して、上官の配給を盗んで同僚全員で懲罰房行きになった記憶もある。

 ただ、Nタイプが失敗作になってからは俺は一人だったなぁ。


「来たか」


 俺の声と同時にカプセルがすぐ近くで回転をしながら着地する。地面に食い込みながら掘り返される土が飛び散らされる中、アイリスは深呼吸をしてから双剣を抜く。それを見ると、俺もゆっくりと鞘から剣を抜いた。


「忘れないでね。あなたが変な行動をすると、スタンリングがあなたを毒殺するわ」


「あぁそうか、便利な機能だな。お前は下がってろ」


 例えこの連合軍が俺を助けに来たのだとしても、逃げることはできないってわけか。

 俺たちの立つ屋根のすぐ下に展開された大型カプセルは、蒸気を吐きながら開放される。そして中から何人もの人影が現れたかと思うと、すぐにこちらに気づいたのかワイヤーで屋根上まで飛び上がってくる。


 敵は三人。武装は都市戦用のものだ。

 黒っぽい迷彩服に構えられたアサルトライフルが目立つ。

 インターフェイスヘルメットで隠された頭部はこちらを向けられ、俺のシールリングを目にすると軍人たちは互いに頷く。


「……同じ国の人間なのに、すまないんだけど」


 前方の兵士たちを見てボソッ呟く。そして今度は本格的に剣を構える。

 シールリングの割り出した情報によると、目の前にいる敵達は主力現役型のSタイプだ。要するに彼らの後継シリーズである俺の方がスペックでは上なはずである。


 いや、そういうわけにもいかなさそうだ。

 俺は連合軍のサーバーからはすでに切り離されている。だから定期的なメンテナンスも受けていなければ、更新プログラムやデータも得られていない。

 ここは互角と考えるべきか。現時点では……だけど。


「こちら降下部隊B220班、対象を発見した。行動を開始する」


「────ッ!?」


 敵か味方かもわからない生体兵器が通信機に対して言ったかと思えば、次の瞬間は電撃を発しながら目の前までと距離を縮めていた。これが前線で戦い慣れた兵士というものか。だが今は戦うしかない。


 体勢を低めると一気に前へと飛びかかった。

 それと同時に俺の立っていた部分の屋根が衝撃で大きく破壊される。

 目を鋭くすると、まずは一番先頭の男の真上にまで飛び上がる。そしてすぐさまシールリングで演算を行い、着地地点を調整する。


《演算完了──予測ライン表示します》


 ラインの向かう先は先頭を走る男だ。

 歯を食いしばると足に力を込めて一気に降下し、蹴る。

 敵は頭を上げる暇もなくヘルメットごと頭部に強烈な衝撃が走った。

 これを見て一瞬だけ減速する後続の二人も広げた両手でそれぞれ鷲掴みするや否、キーンと耳鳴りがするくらい速く重くそれを屋根に叩きつけた。


 少しだけ息切れをして立ち上がるが、安心してしまったのがまずかった。


「ちょっと後ろ!」


 アイリスの叫びも間に合わずに首に冷たい銃口が突き当てられた。

 ゆっくりと振り返ると、最初に気絶させたはずの男が立っている。

 インターフェイスヘルメットは予想以上に衝撃に強いみたいだ……。


「この裏切り者の──うぉおあ゛!」


 もうこれは瞬間移動と言ってもおかしくないほどのスピードですっ飛んできたアイリスは、すぐさま剣で敵の両足を斬りつける。続いて彼の頭部を肘でぶつけると、屋根にたたきつけた。


「レイン、殺して!」


「わかってる!」


 落としてしまった剣を拾い上げてくるりと回転させると、それを戦闘用ナイフと交差させて敵の首元に近づける。二つの刃を交差させてトドメを刺そうとした時だった。その兵士が叫ぶ。


「こっちはお前を助けに来てんだぞ!!」


 思わず剣を近づける手が止まった。

 敵と刃の距離、およそ5センチ。あとひと押しで彼の命も終わる。

 だがその彼の言葉でなぜか手が止まった。割れたヘルメットから見える彼の片目は血走っていた。


「その首輪だってこっちで外せる! だから大丈夫だ! 裏切り者にはなりたくないだろ?」


「…………」


 自然と冷や汗が出た。今までの戦いとまるでワケが違った。

 彼らの任務は本当に俺の救出みたいだ。そして同じ国で生まれ、本来は味方だ。

 なのに俺はそいつを殺そうとしている。魔術師に飼われた身で国を裏切ろうとしている。


 呼吸が荒くなりそうだった。

 心拍数が上がって、喉が渇く。


「レイン……?」


 アイリスは少しだけ震えた声で俺に声をかける。

 しかし何も答えられずにいると、彼女はいきなり男の頭部を思いっきり蹴り上げた。

 魔術で何倍にも加速された鋭い蹴りは敵の歯を全て吹き飛ばして、鼻をグチャグチャにへし折っている。同時に彼の身体は少し遠くへ吹き飛ばされてから、もう起き上がってこない。


 気絶だよね……?


 そう考えていると、アイリスは俺を睨んでから双剣を俺の目の前にぶっ刺した。

 驚いて見上げると、彼女はすぐ近くまで顔を寄せてくる。


「レイン、あんたクビ」


「……は?」


 アイリスはイライラしてそうな顔で腕を組み、そっぽを向きながら続ける。


「私だってバカじゃないの分かるでしょ? あんたが連合国に未練があることも、本当は同じ国の人間を裏切りたくないのも分かってるわ。それにさっきの酒場でも軍での昔話をあんなに懐かしそうに言っちゃってさ……」


「…………」


「だからもう帰って。この国にあんたの居場所はないんだから」


「お前分かってんのか? 捕虜を独断で敵に手渡すなんて貴族としてどうなんだよ?」


「私だって、誰かの人生を無理やり捻じ曲げてでも貴族として生きていたくない。だってレイン、私に心から忠誠を誓える? 私のために死ねる?」


「……え、なにそれ」


 なんか重すぎてキョトンとする。

 だが専属の護衛や騎士になることは、本来それくらい重いものなんだろう。

 もちろん、俺にそんな覚悟があるわけない。忠誠なんか誓うとか想像できない。


 俺がどうしようもない表情でオロオロしていると、アイリスのため息が聞こえた。

 アイリスは俺の視界に入るようにしゃがむと、少しだけ微笑んでから俺の首に触れる。


「──、──────、─」


「ちょ……!」


 アイリスの口から蛇のようなシューシューと吐かれる魔術詠唱。

 その理解不能の言語が唱え終えられると、大きな金属音とともに首の重みが消える。

 床下を見ると、そこには黒いカラーリングのされた──スタンリングが落ちていた。


「いま目の前に連合軍が来て実感したけど。やっぱり私、人をカードみたいに使うの無理っぽいかも。そもそも、私たちは住む世界が違うわけだしね」


「いやでもそんないきなりって……」


「さっき、あの連合の兵士一人殺せなかったくせに? 全員気絶させただけじゃない? 力だって無意識に抑えている。こんなんじゃ使いものにならないんだけど」


 再びの沈黙。


 すでにスタンリングが解錠された。

 もう麻痺魔術は俺に電撃のような苦痛を与えられない。俺の現在位置だって帝国に悟られる事はなくなり、致死性の毒薬を体内に注入される危険はすでにない。それだけでなく、体内に埋め込まれたクリスタルでさえ起動されることはなくなった。


 自由だ。


「じゃあ、またいつか会おうね」


「ちょっ──!」


 アイリスは俺の胸をドンッとひと押しすると、そのまま俺は屋根から落ちる。

 落下する感覚の中、見えたのはアイリスの背中だけだった。

 そして鈍い音がして頭を抑える。


 解放された。


 アイリスの姿はすでに屋根上にはない。

 ただただ突然の自由に呆然としているとシールリングの警告音に飛び上がる。

 ここがもう戦場であることを思い出したのだ。


《どういたしましょう?》


「……あいつ、俺に逃げるチャンスをくれるってことか?」


《実際、ブレシア帝国に来てからユーザーのストレス値の上昇は止まっていません。アイリス・ベルヴァルトはユーザーの将来を考慮したのだと予測します》


「……ビローシス連合国に帰ろう、シールリング」


 もう辺りに人は見当たらない。

 人々はもう避難したのだろうか? それともここが元々住宅街ではないからなのだろうか? そう思いながらため息をつくと、突然何かの足音が道の曲がり角のほうで聞こえた気がした。


「やべっ、誰か来た」


 とっさに背後にあった扉を開いて、建物の中に転がり入る。

 中はオンボロの古着屋のようで既にシェルターに向かったのだろうか?

 アイリスと一緒に屋根上を走り回って、こんな人の少ないような地区に来たけど。


『こちらエリア12、人は見当たらない。小さな地区だからもう避難したんじゃないか?』


 低く身体を抑えて、開かれた窓の外から聞こえてくる声に耳を傾けていた。

 どうやら外にいる兵士は一人だけのようで「エリア」などの用語を使ってるから科学陣営の兵士だろう。


 しかし、念には念をだ。

 本当に俺の救出が目的かどうかを確かめる。


 ……今だ!


 両足に力を込めて、立ち上がる。

 開かれた窓の向こうに背中を向けた兵士が目に入った。


 そいつは片手をインターフェイスヘルメットの右耳部分に当てているので、おそらく通信中なのだろう。肩からはベルトで括られたライフルがあり、黒光りしている。

 すぐに手を伸ばしてその兵士の首根っこを掴むと、床を砕く勢いで地面に叩きつける。


 石造りのタイルはバラバラと音を立てて分散していき、砂埃が辺りを包み込むのと同時に彼の左手に装着されたシールリングを乱暴に握ると叫ぶ。


「シールリング! 解析支援!!」


《YES──システムセキュリティを突破します》


 洪水のように流れ出るコードに舌打ちすると、それを瞬時に対応していく。

 相手のシールリングが繰り出す攻撃も防御も全てを迂回しながら、コアに近づく。

 シールリング同士のシステムアタックで俺は負けない自信があった。


 うつ伏せの兵士の意識が回復する前に再度、頭を潰すつもりで思いっきり踏みつける。今ここで起き上がられたら彼のシールリングを解析できないからだ。

 彼のシールリングには作戦概要があるはずなのだから。


《システムコア発見──コピー完了。相手シールリングからリンクを解除します》


 直ちに相手とのリンクを切る。

 今のシステムアタックが成功したのは、相手シールリングのユーザーである兵士を気絶させたからだ。しかし、相手シールリングも時間が経てば有効な反撃手段を見つけるだろう。


 だからまずは相手シールリングのシステムコアを盗み出し、後はゆっくりと解析すればいいだけのことだ。丸裸にされたシステムコアのコードを眺めながら、両手を動かす。

 立体ディスプレイが映し出す光の粒子は俺の手に追従し、システムコアをバラしていく。


「よし完了。シールリング、展開しろ」


《Loading……展開します》


 まるで花が咲くように光の粒子とプログラムコードが散ると、人でも普通に読める文字列が大量に表示される。そしてシールリングが自動的に俺の求める情報をかき集めると、それを大きくポップアップした。


 ……………。


 表示された内容に目眩を感じた。

 耳鳴りがして、口が少し開く。後ろに数歩よろめいて、下に横たわる兵士を見つめる。それから弱々しいため息をつく。


 いや、別に表示された連合軍の作戦概要に問題はなかった。

 たしかに内容は俺の救出。俺の味方ってことだ。しかし、この俺が解析したシールリングの持ち主情報は……。



【使用者情報 N-034 アルファプロトタイプ】



 横たわっていた兵士はゆっくりと立ち上がった。

 これでもか、と思わせるほどのニヤニヤとした顔で。


 もう全員が死んだと思っていた、俺と同じ失敗作──Nタイプだ。


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