第二十七話 - 謎解きパズル
良い事、悪い事。
それら全て含めての騎士団での生活は今日で最後となった。
本当にただ礼儀作法ばかりを詰め込まれて、特筆すべき事なし状態だった。
ただ、ハバードが最初に出会った時のいかにも騎士な態度は時が経つにつれて本性でも出したのか既に面影はない。
「──その手帳が今後は君のブレシアでの身分を証明するから絶対になくさないように。で、これが……」
揺れる馬車の中、俺はハバードからつい先程届けられた帝国臣民手帳なるものの説明を受けていた。手帳は片手に収まるサイズで、ビローシスで発行されていたパスポートよりも一回り小さいものだった。
手帳表紙には銅製の皇族紋があり、色々と上質な素材を使っている。
手帳自体の色は緑色をしているがこれは「三級市民」と呼ばれる臣民が受け取るものらしい。
ハバードの説明によるとブレシア帝国は大きく分けて4つの階級の人間がいる。
一級市民、二級市民、三級市民、四級市民という感じで成り下がっていくそうだ。
「一級市民は権力者や資産家。
二級市民は中流階層の一般市民。
三級市民は無能者や貧困者など。
四級市民は国家から人間としての人権を剥奪された元・市民である。主に重犯罪者や無能者の底辺にあたえられるものだ」
ハバードは簡単な表のようなものを取り出すとそれを指さしながら市民権の分別を俺に教える。すると俺は実質的には最下位の市民権をゲットしている状態か。
「これって三級から二級になれたりする?」
「市民権の階級は国家への貢献度によって昇進されていく。三級市民の君も努力次第では二級にも上がれるわけだ」
俺の質問にハバードは答えると彼は馬車の外をチラッと確認する。
何を見たのか険しい顔をすると彼が小さく舌打ちしたのを耳にする。
そして視線をこちらに戻すと馬たちの鳴らす蹄の音の中、声を上げた。
「どうやら報道陣に我々の動きがバレたようだな」
そう彼が言った途端に馬車が激しく揺れる。
まるで飛ぶようにスピードをグングンと上げる馬車にビビりながら窓の外を見るとそこには無数の魔法陣が展開されているのに気づく。シールリングが瞬時に魔法陣の種別解析を済ませ、情報を視界に羅列する。
「あの魔法陣の形状は……撮影用か?」
「飛ばせ!! 絡まれたら面倒になる!!!」
ハバードが声を張り上げて指示を出すと騎手が「御意!」と返して片腕を挙げる。
騎手の片腕から魔法陣が展開されたかと思えば大きな衝撃音と共に馬のスピードが一気に加速された。
すると馬車の後部に設置された馬用の大型魔導石がフル回転をしているのか吐き気でさえ感じさせるほどの不快な重低音を発し始める。
魔術師には問題ないようだが、俺のような生体兵器だと身体中の電子機器に歪むような負担がかかって苦手だ。おそらく干渉反応が影響している。
それにしても魔法陣営の馬は元から丈夫なだけでなく、魔術回路まで持っている。
だから大型魔導石を装備することが可能で走る速度や性能もエンジン車と変わりはしない。適当に草とか食わせれば走るんだから超低燃費だし、多少の障害物なら飛び越えることもできるのだから優れている。
まぁ、馬の事はこの際どうでもいいとしよう。
問題は外にいる報道陣だった。あまりの数に舌を噛みそうになった。
これじゃうかつに顔も出せないかもしれない。
「あいつら、馬を出してきたぞ」
窓をちょこっと覗くと、何頭もの馬が俺たちの乗る馬車両脇を囲みながら走っているのが見えた。彼らの馬の後部には二つの魔導石ケースがあり、それが激しく発光しているのを見ると全速力で馬車に追いつこうとしてるのが分かった。
「大手民間の報道記者たちだな。彼らは王政府の資金を受け取ってないから好き勝手できるんだろう」
ハバードの顔はあからさまに不機嫌そうな顔をして貧乏揺すりをしている。
ブツブツと言う彼の口から「若い頃にもあいつらには世話になった」と出てきたところで、かなりの私念も混じっていることを察する。
「レイン氏! 市民権の取得手続きを終えたそうですが、コメントお願いします!」
俺があまりに激しい揺れからケツを必死に守っているところ、窓越しの記者が大声で俺に呼びかける。
コメントもなにも、普通に面接を受けたり、ブレシアの歴史に関する試験をされたり、礼儀作法に関する審査をされたりしただけで市民権もらったんだが……。
「えー……」
俺が返答に迷っていると、ハバードが拳で馬車の窓を突き破る。
飛び散るガラスの破片に驚きながら俺も後ずさるが、ハバードはそんなこと気にせずに手を伸ばして横付けに粘着する記者の襟を掴む。捉えた獲物をグッと引くと人でも殺しそうな目でハバードはそいつを睨む。
「──インタビューをお望みならば正式な手続きをして頂きたい!」
すでに突然過ぎて驚いているわけだが、ハバードはさらにその記者をこちらの馬車に顔ごとぶつけると投げ捨てる。耳を塞ぎたくなるような悲鳴をあげながら落馬する記者は誰がどう見ても骨の一本や二本は折ってしまったように見えた。
だがそれを見たのか他の報道記者の馬もスピードを落とし始める。
いや、むしろ落馬した記者の写真を撮り始めたので間違いなく『帝国の騎士のあるまじき姿か? 聖護騎士団による行き過ぎた行動』と近いうちにどっかで掲載されそうな気がする。俺はドヤ顔を向けてくるハバードに苦笑いを返すしかなかった。
「あいつら皇族とか怖くないのか? ここまでしつこい記者はビローシスにもいないぞ?」
「彼らは有力な貴族からの出資を受けていたりするからな。こういった記者にはあまり圧力は効果を発揮しない」
「まぁ、報道の公平性は保たれるわけか」
相変わらず上空では小型の飛行船が俺たちの馬車を追尾しているように見えるわけだが、とりあえずはパパラッチを回避できたわけだ。
そしてミーネルヴァの敷地に入ったのか辺りに何十人もの警備兵の姿が見えるようになる。だがそれよりも目を引くのは……
「君はまだミーネルヴァを外から見たことないんだったな」
「あぁ、すげぇ綺麗だな」
ミーネルヴァ皇立学園の全景を見たことがなかったが、正面の広々とした道路から見る校舎はとても綺麗だった。少し冷えた気候もあって、道路に沿って植えられた木々は少し赤みのかかった葉を揺らしていた。そしてそびえ立つように構えるミーネルヴァ学園の本校舎と時計塔。
街丸ごとの敷地を持つミーネルヴァ学園らしいが、今までは俺の身分もあって本校舎付近以外はあまり立ち寄っていなかった。しかしここまで凄いとは思わなかったので、今度はアイリスにお願いでもして観光もどきをしてみるべきかもしれない。
「到着しました、ハバード殿」
「ご苦労だった」
ゆっくりと馬車が止まる。
正門の隣をぐるりと回って小さな入口にて馬車は停車した。
馬車から降りるとすでに何人かの生徒がアクビをしながら待っているのが目に入る。
その中にアイレックがいたので顎をクイッと上げて挨拶する。
「やぁ、レイン君。ブレシア帝国へようこそ。もう市民権は得たんだよね?」
「あぁ、なんか手帳もらった」
手に入れた手帳をペラペラめくりながらアイレックに応じる。
臣民手帳の中は基本的な憲法やらが書かれているが、ほとんどは各地の領を移動するときに通る関所の記録するページで空白だ。
「じゃあ、まずはレイン君の小屋に向かおうか。話し合うべきこともあるし」
「あぁ、そうだな」
ただその前に後ろに振り返って、ハバードと目を合わせる。
彼は少し笑顔を見せてから両手を広げる。
「どうだ、騎士様の胸に飛び込みたいか?」
「またの機会に飛び込ませてせてくれ。ここ数日はお世話になりました」
「ブレシア発音で敬語だなんて君らしくないじゃないか。そんな礼儀作法はお偉いさんの目があるときだけでいい」
ハバードは拳を俺の胸にトントンと叩くと、馬車の中に乗り込む。
しかし彼はドアを閉める前に頭を少し出してこちらを覗くとニッとした顔で口を開く。
「頑張りたまえ、生体兵器の坊主よ!」
「騎士さんもな」
彼は大笑いしながらドアを閉じると、馬車はUターンをして門から離れていく。
それを見送るとアイレックに向き直る。彼らも去りゆく馬車に対して直立不動の敬礼をしているところだった。
「ずいぶんと仲が良さそうだったね」
「想像してた騎士とはかなり違かったよ。ていうかお前、寝不足なのか?」
アイレックの顔はよく見れば少しだけやつれたみたいで、目の下にも薄っすらとクマが出来ていた。見るからに「昨日は3時間しか寝てないわ~3時間だけだわ~」と睡眠不足自慢をしてきそうな顔だった。
「ちょっとね……なにせミーネルヴァ周辺が報道陣で一杯だから問題も色々と起こるんだよ」
アイレックも色々と大変そうだなぁと思いながら彼と一緒にミーネルヴァに入る。
ダンスパーティー以降久しぶりのミーネルヴァ学園だった。
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「まずは異端審問官の襲撃、要するに僕の弟のブレイの事なんだけど。本当に申し訳ない。アイリスさんまでかなり酷い目に遭わせたし」
「いやいや、別にアイレックは関係ないだろ。むしろアイリスから離れていた俺が悪いわけだしさ」
「でもまさかブレイが来るとは思わなかったよ、僕も」
ミーネルヴァ学園は授業中のため外はほぼ無人だった。
俺の小屋に着くとアイレックはすぐに審問官襲撃に関してに謝罪を述べる。
ただ俺個人は全く気にしてなかったので問題なかった。
「だけどなぜ異端審問会がここまでして俺を襲いたいのかが不思議なんだよなぁ」
「んー、僕も上に何度も聞いたけどちゃんとした返事がこないんだ」
たしかに異端審問会は無能者をあからさまに差別するような発言や行動ばかり取る組織だ。だから、俺のような生体兵器がブレシア帝国でアイリスの護衛としてのうのうと生きているのが気に食わないのかもしれない。
だが、ミーネルヴァに侵入してまででも俺を狙いたいのか?
「あれ……ていうかミーネルヴァ学園のセキュリティーってかなり厳重だよな? どうやってブレイは侵入したんだろ」
考えてみれば少し変だ。
グレイス少佐らは陸戦兵団による指示もあったわけだからミーネルヴァに入れたのだろうが、今回の異端審問会の襲撃は全くの予想外だそうだ。
だとしたらブレイはミーネルヴァ学園に無理矢理入ったとでも言うのだろうか?
帝都をドーム状に保護する防御結界によるシールドは生体兵器や電子機器などを干渉反応によって破壊する。
それと同じくらい高出力のシールドをミーネルヴァ学園は展開しているのだが、それだけセキュリティーを意識しているミーネルヴァが異端審問官の侵入を許すものだろうか?
身内だから油断したりしたのか……?
「言われてみればそうだよね。ミーネルヴァに外部から侵入するのは難しいと思う──あ、誰か来たみたいだけど?」
アイレックが頭を悩ませているようでうなり声を上げていると、小屋の戸が叩かれた。
アイリスが来たのだろうか? いや、でも授業中のはずだし誰だろう。
席から離れると、ドアの覗き穴に目を近づける。
そこには久しぶりに見るニコラスの姿があった。
彼も覗き穴を覗こうとしていて、まさに戸が開くのを待っている状態だった。
とりあえずドアノブをひねり、彼を招き入れる。
「レインさん!!! お久しぶりです!!!」
「お、おう。なんか元気そうだな!」
ニコラスは小屋に飛び込むとすぐに大きな声を上げて挨拶をする。
なんだかすごいテンションなので戸惑うが、彼は俺の手を両手でがっしりと掴むとそれを振りはじめる。
「はい! いや、本当にありがとうございました! 退学通知が来た時は死ぬかと思いましたが、その後すぐに騎士団の方々が来て再調査依頼をしてくれたんですよ! レインさんですよね!? レインさんがお願いしたんですよね!?」
「は、退学? あ、あぁ……うんお願いしたよ。ははは、嫌だなぁ覚えてるよ」
正直に言わせてもらおうじゃないか。
俺はニコラスの退学の危機に関してだが、完全に忘れていた。
たしかにハバードにはお願いしてあったものの、そのあとは催促も確認もせずに忘れていた。このニコラスの純粋の瞳を見ていると罪悪感で心が蝕まれる。
「それで僕ですね、レインさんの審問官とやりあったこと聞いて本当に心配したんですよ! もちろんそのことに関しても調べまして! あ……ラウンズの生徒……」
子犬のように興奮しまくっているニコラスだが、小屋の奥でコーヒーを飲みながらこちらにウィンクするアイレックを見た途端に冷える。
そして今度は一変、急に青ざめ始めると「ヤッチマッタ……」とでも思ってそうな視線を俺に向ける。ミーネルヴァ・ラウンズの一員であるアイレックには聞かれてはマズイ話だと思ったんだろう。
「あぁ、別にあいつの前でも話していいぞ」
「で、でも、生体兵器であるレインさんと無能者生徒たちが色々やってること知られたら良い事なさそうですよ……? あの人の腕章、ラウンズですよね?」
ニコラスがさきほどまで興奮していた人間とは思えないほどの乾いた唇でコソコソと答える。たしかに外から見れば、ノイズシリーズの一員である俺と無能者生徒たちが悪巧みしてるようにしか見えないかもしれない。
「えーと、ニコラス君かな?」
「ふひゃ、ひゃお!」
ニコラスが目をグルグルさせながら真っ赤な顔で意味不明な返事を上げた。
もう既にコントの一部にしか見えないこの状況に思わず吹き出しそうになるが、ここは俺の威厳のためにも耐える。
アイレックはデータストーンから魔法陣を出し、そこに表示された情報を読み取っていた。おそらく、生徒リストを確認したからニコラスの名前を言い当てたのだろう。
「大丈夫、僕は無能者に偏見はないよ。そもそも、僕も似たようなもんだし」
「似たような……? あ、もしかして魔術回路が後天的に使えなくなったメンバーがラウンズにいるって聞きましたけど」
「そう、そのメンバーが僕──アイレック・シルドだよ」
そうかそうか。
だからアイレックは俺にも偏見なく話しかけてくれたり、こうして馴れ馴れしく話し合うこともできていたわけか。……は?
「ちょっと待てい! お前、魔法使えないのかよ!?」
「簡単な身体強化はできるけど、もう普通に魔法は使えないね」
「いやいやいや聞いてない。俺聞いてないんだけど」
「ほら、僕だけじゃん? ラウンズメンバーなのに試験魔導石のアブレイム・ストーン持ってないの」
まじだ……。
アイレックの腰にはあの化け物級に強いアブレイム・ストーンはなかった。
代わりに上質そうな魔導石が三つほど装備されており、それが同時に並列稼働している。
「僕の魔術回路はもうメチャクチャだからね。こうやって魔導石をいくつも同時稼働させないと身体強化もできないんだ」
「三つも魔導石を動かして身体が持つのか?」
「身体には良くないね。だから非常時にしかフル稼働させないよ」
この衝撃的な事実に多少の驚きはあるものの、これで彼が弟のブレイと上手く行っていないの理由がなんとなく分かった。
異端審問会に尽くす弟として、魔力を失ったアイレックにはどう向き合えばいいのか分からないだろう。無能者というわけではないが、それでも彼らにとっては複雑な問題だろう。
「それでニコラス君は何を言いたかったの?」
アイレックは再びニコラスの方に目を向けると質問する。
ニコラスは嫌な汗をかきながら俺を見上げるが、俺が頷くのを見ると胸を撫で下ろしながら彼は鞄から紙の束を取り出した。
「はじめまして、ニコラスです。レインさんの依頼でシエラ・ルーニスとグレイス少佐に関する調査をしていました」
「シエラさんとグレイス少佐?」
「はい、シエラとグレイスは血は通っていないものの兄妹関係にあります。シエラの実兄の死で、レインさんに復讐をしようとしていたみたいですが……グレイス少佐はうまいことシエラを利用していたのかと思います」
ニコラスは一歩一歩テーブルに近づく。
そしてテーブルの上にある雑多としたゴミを全部床に払いのけると、彼の紙束を広げる。紙束は相関図やら、報告書やら、写真までがまとめられていた。
依頼しておいた身で言うのもなんだが、俺たちまるでストーカーじゃねぇか。
「本当だね。シエラさんが少佐と室内で話している写真もかなりある。あ、このアングルのシエラさん可愛くない? もらっとく」
「おい……」
アイレックは真剣な眼差しでシエラの映った写真を選ぶと、それをまた真剣な眼差しで鑑定するかのように見つめている。コイツのキャラは一生ブレないと思う。
しかしニコラスはテーブルに手をついて身を乗り出すと黙っちゃいない。
「ちょっと待って下さいよ! そんなことラウンズメンバーであるアイレック先輩がすることでは……!」
「そうだアイレック、ニコラス君のほうが優等生じゃないか」
ニコラスはアイレックの写真を取り上げると、魔法陣営のスマホ的存在のデータストーンをポケットから取り出す。そして顔を少しだけ下げると、とんでもなくクールなオーラを出しながら口を開いた。
「──現物の写真だと落としてバレるリスクがありますよ? よかったらデータストーンに写真送ります」
「テメェも同類かよ!?!?」
ニコラスがとてつもないイケボで最悪な話を持ちかけているので、思わずツッコむ。
まさかコイツもHENTAIの精鋭だったとは思わなかった。
ていうかこいつ、シエラの写真撮ってるけど本当に調査目的だよな?
もうただのストーカーにしか思えなくなってきたんだけど、心配なんだけど!
「ニコラス君……僕としたことが……今度合コン行かない?」
「はい、行きます行きます。絶対に行きます」
「お前らどうでもいいから、はやく本題入れよ!!! あと俺も誘え」
ニコラスがあからさまに「ちっ、今いいところなのに」と表情を変えると、顔をまたテーブルに戻す。そして写真の中から一枚、画質の粗さが目立つものを見せてきた。どうやら何かの書類を写真に収めたもののようだ。
「ミーネルヴァの警備部から来訪者の訪問記録を頂いたんですが、陸戦兵団からの来訪は八名と記されていました。ただ、実際にここのゲストルームを出入りしている来訪者は七名しかいません」
「まさかブレイは陸戦兵団の来訪者に紛れて入ってきたのかい!?」
「そう考えるのが自然でしょう。グレイス少佐の交友関係を記録から調べてみましたが、彼の上司は異端審問会の幹部のうちの一人と仲が良いそうです。審問会がグレイス少佐の上司にお願いをしたんでしょう」
なるほど。その上司がまたグレイスにアイリス襲撃の協力をお願いをしたってことなのか。
そして同時に俺の力を無効化するために、難癖つけて無理矢理クリスタルまで埋め込んできた。ドロドロしてそうな話だ。
「確証はあるんだよな?」
「はい。グレイスは上司から家を一つ譲り受けられています。そしてその上司、異端審問会に安物の宝石を市場価格の何百倍もの値段で買い取ってもらっています。パッと見だと気づかないでしょうが、これ常識的に考えて協力に対しての謝礼金ですよね?」
「そうだね。物々取引による現金化をしてるけど、よく見る賄賂の受け渡し方法だよ」
さすが帝国……。
賄賂の渡し方までもが絵に描いたような悪さだ。
しかしニコラスはまだ終わらないようで、テーブルに広げた書類をガサガサを探り始める。
「そして肝心の異端審問会がレインさんを襲う理由。これの手掛かりになりそうな書類を書き写しました。三人で考えて見ましょう」
「まじか! ニコラスお前絶対に将来は大物だな!」
「モテるね。これは将来モテる男になるよ、ニコラス君!」
俺とアイレックによる称賛の声。
ニコラスはこれまた褒められた子犬のように目をキラキラさせると元気よく「ありがとうございます!」と答える。
彼のネクタイに留められた宝石の色を見れば一年生のようだ。アイリスより年下で、シエラと同級生か。しっかりとしていて感心だ。
「見てください。今まで生体兵器や連合軍の新兵器などが鹵獲された際の記録です」
びっしりと埋められたリストに目を凝らしながら読んでいると、アイレックは先に何かを見つけたのか「あ!」と声を上げる。
彼は視線をリストの上から下まで動かすと、指でリストをなぞり始める。
「鹵獲した敵の兵器って異端審問会にまず送られる事が多いみたいだよ……」
「まじだ。ほとんどが異端審問会に行ってから研究機関や軍に送られてるな」
最新式の銃でも、ミサイルの破片でも、生体兵器の強化装置の残骸から死体まで。
ほとんどが異端審問会に送られていた。
しかもこのリストを見ればわかるが、過去にも生きたまま鹵獲された生体兵器がかなりいる。ただ、多くが結局は自分で自爆操作をしてしまうので審問会を手こずらせているようだ。
自爆をしなかった生体兵器も何体かいるみたいだが、全員が最終的には処分されたと記録がある。これは審問会に限った話ではなく、どこの組織でも生体兵器は最終的に殺処分にしている。やはり国内に生体兵器を生かしておくのはリスクがあるようだ。
「運悪く戦場でオーバーヒートして動けなくなった生体兵器は軍にまず鹵獲されるようです。すぐに審問官が駆けつけて、プログラムコードの改ざんを行うそうですね。それから審問会の施設に送られるみたいです」
「生体兵器は目が覚めれば自爆を選ぶ奴が多いけどな。俺の場合、自爆装置どころがシステム全部が書き換えられてたからビビったけど」
「それです。それがおかしいんですよ」
ニコラスはビシッとキメると、指を顎に当てながら唸り声を上げる。
彼の目は真剣そのもので、まるで謎解きを楽しんでいるかのようにも見えた。
「プログラムコードを書き換える方法は審問会の機密事項であり、この事は連合軍でさえ知りません。ただ、プログラムコード書き換えには時間的余裕が無いことは確実です。通常は自爆装置の遠隔操作を無効化するだけで限界のはず……だけどレインさんは命令系統でさえ書き換えられている……」
たしかにそうだ。
今まで生体兵器が鹵獲されてしまい、自爆装置の遠隔操作が効かなくなることがあった。連合軍は魔法側にビローシスをも超える技術者でもいるのかと睨んでいたが、その可能性はゼロに近いそうで頭を悩ませていたそうだ。
ただ、今まではあくまで自爆装置の遠隔操作だけだ。
鹵獲された生体兵器の安否は衛星ネットワークのおかげで確認はできたし、連合軍の管理下にいることも確実だった。
しかし俺の場合はシステム全体が改ざんされている。
すると改ざん作業にはかなりの時間がかかり、それが長引けばAIや軍本部が不審に気づいて自爆装置を遠隔起動するはずだ。それにもかかわらず俺が生きているのはおかしい。
「あ、レイン君が審問会のリストに乗っているね。”イレギュラー”だってさ。じゃあ、レインくんも審問会による改ざんを受けたんだね」
「まさか俺って自爆装置の起動にでさえ問題がある失敗作だった……とかじゃないよな?」
「それはないと思います。そこまでの失敗作なら改ざんなんかせずに捨てると思いますよ」
ニコラスの指摘に「なるほど」と頷く。
彼は部屋を歩き回り始めると、口を小さく動かしながら思考を巡らせる。
そして何か思いついたのか立ち止まると、俺の方に顔を向けた。
「そうか……異端審問会はアイリスさんに所有権を奪われたんだ」
「え? 俺の所有権は元は審問会にあったってこと?」
「今までの生体兵器を見ればそのはずです。ただし、レインさんは戦場ではなく帝国領内でアイリスさんに鹵獲されました。だから苦労してレインさんのシステムを改ざんしたのに、所有権はアイリスさんのものになると知ってブチギレたんじゃないんですか?」
「そうだそれだね! レイン君がミーネルヴァに運び込まれた日、審問官が聖護騎士団員と学園関係者と怒鳴り散らしの言い争いをしていたよ。たぶんそのせいだね!」
「だからアイリスを襲撃したり、俺にクリスタルを埋め込んで管理下に置こうとしてたのか! 所有権を奪還、ダメなら殺してしまえってことだったのか!」
アイレックと俺は急に席から立ち上がると大声で言う。
ともかくこれでほぼすべての襲撃事件の関係が繋がったわけだ。
俺たち三人は「ふぉぉおお!」と互いに感嘆の声を上げながら跳ね回り、走り回る。
まるで頭のスッキリ体操のようで、また一つ賢くなった気分いると俺たちも何を思ったのか上着を脱いで振り回す。
「俺たち天才だわ! 天才じゃね!?」
「なんかよくわからないけど、今なら彼女デキそうですよッ!!!」
「僕もだニコラス君!!」
意味の分からないテンションで奇声を発しながら大笑いをしながら部屋中を半裸で踊っていると扉が静かに開き────
「………………えっと」
アイリスに見られた
男って集まると意味不明なテンションになるわよねぇ……