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機械じかけの悪魔  作者: キョウカ
CHAPTER LOADING - 動乱編 -
27/52

第二十四話 - 舞踏会からの招待状(SIDE:アイリス)

 六日間が経った。


 レイン・サイフラが聖護騎士団に引き取られてから六日。

 新聞社は既にこのことを表紙一面の記事にしてあり、このミーネルヴァの学生もより彼の話題を口にするようになった。

 元々、レインの存在は学園内のみの準機密事項だったので学生たちもそれに従いあまり大きな声で彼のことを話題にしたりはしなかったが、今では皇帝陛下自身の声明が出たのだから仕方ないだろう。


 目を覚ました私はベットからヨタヨタと這い出た。

 寝起きの癖が悪い私は、目が覚めてもしばらく床の中で考え事でもしなきゃ起きれない体質だった。


 まずはバスルームに入る。ネグリジェをタイル床に脱ぎ捨てると、そのままバスタブの中に足を入れた。栓を開けばすぐに温水が流れ出て、眠気をサッパリと洗い流してくれる。適当にシャワーを済ませ、バスタオルで全身を軽く拭くとそのまま制服に身を包む。

 食欲なんて朝にあるわけもなく、パンと温めたミルクを飲むとすぐに支度をする。


 ベルトに装備を掛けていき、最後に双剣を挿す。

 私の朝はいつもこんなふうだ。寝れるだけ寝て、簡単に身支度を済ませて出る。

 すっかりと重くなった腰を左右に振ってベルトの位置を直す、小さなテーブルに置いた鞄を手に持つと扉を開く。


「あれ、お便り?」


 向かい側の部屋の扉に手紙が貼り付けられているのに気づく。

 自分の扉を見ると、やはりこちらにも同じものがあった。

 それを剥がすと、封を切って中身を確認する。


【ミッドナイト・ダンスパーティーへのお誘い】


 うわぁ……そういえば今夜だったなぁ……。

 3日ほど前から通知されてきたが、これはダンスパーティー開催のお知らせだ。

 普通は自分の想い人や仲の良い異性の生徒、そして護衛や使用人がいる場合は彼らとペアを組んで参加するのがルールだ。


 入学したばっかの頃は一人で参加してかなり恥ずかしかったのを覚えている。

 もちろん当日の会場内で声を掛けられたりもしたが、踊ってみても会話は弾まないし、そもそも私自身も人見知りな上にコミュニケーション能力がなかったので楽しめずにいた。


 一曲目のダンスを終えると、なんだか集団の男子たちにニヤニヤ顔で誘われたものだからさすがに引いてしまいトイレに篭った記憶がある。


 そう、問題は私が少しでも意識をすると口下手になる上がり症なところだ。

 むしろダンスのペアが欲しいのは、知り合いなら普通に会話も出来るからだ。

 なんでこういう大事な場面に限って口下手になるんだろう……。


 でも今年は参加する気がないので、そんな心配しなくてもいいはず。

 招待状の入った手紙をポケットに入れると、扉の鍵をしっかりと閉める。


「今日がパーティーの日でしょ? もう相手は決まった?」

「どうしよう……俺、誘おうかな……」

「まじかよ! 俺も今日誘うつもりなんだ」


 女子寮を出て、教室に向かうまでの間に聞こえる無数の会話。

 ここ数日はこの話題でも溢れかえっている。もちろん、私には無縁な話だ。

 さぞかし光のない瞳だっただろう私は顔を下げながら、われの道を歩む。


 もちろん、本音を言わせてもらえば私だってミッドナイト・ダンスパーティーに参加したい。だけど、そんな相手はいるわけないし……護衛であるレインは今いないわけだ。


 よく考えたら、あいつがいても恥にしかならない気がする。

 絶対に「タダ飯だぜ!」とか言いながら獣のようにご馳走を貪りそうだ。

 いや、でもあいつ帝国の食文化に拒絶反応あったっけ……?


「アイリスさん、ちょっと待ってくれ!」


 教室に入ろうとした時だった。

 急に名前を呼ばれてビックリするものの、今日はダンスパーティー当日であることを思い出して一瞬だけトキめく。これはもしかして……?


 身体を少しだけ振り返えさせ、顔を背後へ向ける。

 だが、彼の顔を見た瞬間にテンションが下がる。


「…………なに?」


「なにって、分かるだろう? 僕とぜひ、ダンスパーティーに参加して欲しい」


 男子生徒が片足を跪かせて、手に花束を差し出してそれを私に向けていた。

 道行く人は皆が立ち止まって、果たして一人の男の運命がどうなるのかに注目している。たしかに女子として非常に嬉しいシチュエーションではある。

 しかし問題はその男子生徒が……


「アイレック・シルド……正直に言って欲しいけど、私は何人目?」


 腕を組んで目を鋭くさせて、そいつを見下ろす。

 そこには爽やかスマイルを振りまき、安い愛の言葉をそこら中の女子にかける男──アイレックがいた。こいつには一年生の時に粘着されて、いい思い出なんかなかった。


「12人目です」


 キリッと答えるアイレックに「13人目を探しに行きなさい」と返して、教室に入る。

 アイレックは「やっぱり?」と言うとまた別の女子生徒に愛の告白を始める。

 あいつダメだわ。


 そんなこんなで、学業に励むべきミーネルヴァ学園はパーティーのペア探しのための大嵐になっているわけだが、私といえば生真面目に勉強をしながら一人でベンチに座って昼食を食べるハメになっている。


 食堂で食べたいのも山々だが、あそこはここ数日、新しく成立したカップルたちによるイチャイチャムードで目のやり場に困る状況なので遠慮するしかなかった。

 簡素なサンドイッチを口にしながら、ぼーっとするしかない。


 話し相手はいないわけだし、レインもいないよりはマシだったかもしれない。

 たしかこの食堂で買ったサンドイッチを以前、レインに分けてあげようとしたこともあった。しかし彼は全力で「この国の人間はおかしい!」と泣きながら断っていたなぁ。


 どうやら、彼にはカエルの卵を具にサンドイッチを食べる私たちの文化が理解できないらしい。意味分かんない。


「あらぁ~アイリスさぁん!」


「なによ」


 突然の声。

 しかし目の前にいる人物が誰なのかを知った瞬間に悪態を思わずつく。

 まさに反射レベルのスピード悪態に自分自身も呆れながら、彼女に話しかける。


「イルーナ、またなにかつまらない話でもする気?」


 彼女の両手いっぱいに抱きかかえられた幾つもの花束を見れば大体予想はついた。

 イルーナはふんっと鼻で息を吐くと、得意げな表情で声を上げる。


「こういうパーティー当日って一番疲れると思わなぁい? だってお誘いが殺到するものね? アイリスさんはどうする? 護衛さんも留守だし?」


 イルーナの斜め後ろに立つライルに目を向ける。

 普通、異性の護衛や使用人がいれば彼らとペアを組むのが礼儀のはずなんだけど……。

 ライルの死人のような目と絶望に満ちた表情を見れば……うん。かわいそう。

 どうせライルを放っといて、他の男と行くつもりなんだろう。


 それにしても彼女にだけは馬鹿にはされたくなかった。

 足を組んで、腕を組むと落ち着いた声で微笑してみせる。彼女の表情が少し変わったのを見るとこちらも淑女の真似でもするかのように上品な言い方で返す。


「私、今年も参加するわ。もちろん私に恥なんてかかせない方と一緒にね。また後で」


 立ち上がって食べ残しのサンドイッチをイルーナの口に突っ込んでから去る。

 彼女は変な声を上げながらサンドイッチを吐き出すと「あの子、ついに妄想癖でも始まったのかしら……」なんてライルに話しかけている。


 凛として立ち去る私の背中だが、実は恥ずかしくて顔は真っ赤になりそうだった。 

 ていうかどうすんのよ! パーティー参加するって言ったし、相手もいないし!

 絶望で吐きそうなほどの気持ち悪さに包まれて、ふらふらと園内を彷徨う。

 もう寮室に引きこもろうかな……。引きこもろうかしら!!!


「ダンスパーティーなんて潰れればいいのに……」


 ボソッと呟いてからしばらくすると、気が付けば自分の寮室前に立っていた。

 無意識に鍵を取り出して部屋のドアを開こうとする。


「うん、そもそも私はドレスを持っていないもんね。今日は部屋にこもってればイルーナからも逃げられるし」


 自分にそう言い聞かせながら鍵を回す。

 ガチャンッとなったあとにドアノブを回して部屋に入ろうとした時だった。

 何か黒い革バックがドアの外側に置かれていることに気づいた。

 赤いリボンで結ばれ、バックにある張り紙には「アイリス・ベルヴァルト宛」と書かれている。


「なんだろ?」


 革バックを持ち上げて張り紙の端に「安全確認検査:済」と印がされているのを確認した後に、部屋の中に入れる。まるで鉄の塊のような重さだった。

 しかしそれをテーブルの上に置いて、中を確認すると……。

 自分でも血の気が引いていくのがわかった。


「うそ、ドレス……?」


 ドレスを立てるためのスタンドが一式あるだけでなく、中にはとても綺麗な真紅のドレスがあった。細かな装飾がなされ、まさに美しいと表現するのが妥当。

 しかしなぜドレス!? ドレスを持っていないという言い訳が使えなくなるじゃない!


 バックからドレスを引っ張りだして、それをベットの上に広げる。


 袖は長くて、手首の近くで大きく開いている。

 スカート部分を三段階に重ねられており、足をすっぽり隠しそうな長さだ。

 形はプリンセス・スタイルでハードチュールによるボリュームアップがされている。


 こう見えても私だって女の子であるわけだから、こういうドレスなどのものには憧れを持っている。だから見とれてしまうのも当然のこと。

 だが一体誰がこんなドレスを用意してくれたのだろうか?


 疑問に思っているとバックの中に手紙が入っているの気づく。

 それを広げて読んでみると思わずため息が出てしまう。


『アイリスお嬢様、


 お久しぶりでございます。帝都とミーネルヴァでの暮らしはいかがなものでしょう? お嬢様がビローシス連合国軍から生体兵器を一体鹵獲しただけでなく、それを従わせるまでになったと聞き入れました。使用人一同、アイリス嬢の日々の活躍を誇りに思っております。学園からかなり以前に届いた通知ですが、今夜はダンスパーティーがまた開催されると知りました。ですので、この度は使用人共々全力でドレスの製作に尽力させていただきました。もしも既にドレスを準備されていたのでしたらお気になさらないでください。


 去年もダンスパーティーに参加されましたが、お写真は撮り忘れたとのことでしたね。今年はぜひご記念になるお写真を期待させてください。では、我々の仕上げたドレスがお嬢様をより美しくさせることに自信を持って、パーティーをお楽しみになることを願います。学業も無理をなさらずに。


ベルヴァルト家 使用人一同』


 終わった。完全に終わった。

 去年のパーティーだって写真を撮り忘れたんじゃなくて、撮れなかったのに……。

 そこは察して欲しい! 誰がペアもいなく、パーティーの大半をトイレの個室で過ごした自分の写真を送れるっていうのよ?


 たぶんこのドレスは、ママと私の世話をずっとしていてくれた使用人達が仕立ててくれたのだろう。小さい頃からお世話になっていたが……彼らのその優しさが私を破滅に導くんだろうなぁ。


 絶望しきった顔でドレスを見つめる。

 どうやらペアなしでもダンスパーティーに参加する必要がありそうだ。

 じゃなきゃ、ドレスを仕立ててくれた使用人達に申し訳がない。


 気付けば私は枕に顔をうずめて、ベットの上で足をバタつかせていた。

 ダンスのパートナーが欲しい。

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