表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
機械じかけの悪魔  作者: キョウカ
CHAPTER LOADING - 動乱編 -
26/52

第二十三話 - 騎士団での教育

「あのさぁ、ひとつ言わせてもらっていいスか?」


 細かく装飾のされた木造のテーブルを挟んで、俺は目の前に座る騎士に問う。

 彼は騎士としては若手に入るような青年で少しだけ緊張した眼差しで俺を見ている。

 俺はというと頭はクラクラするし、手足も拘束されっぱなしで痺れそうだ。

 ともかく、その騎士は俺が拘束されているのを今一度確認すると頷きながら答える。


「どうぞ」


 俺も頷き返し、背中を椅子の背もたれから少し離す。

 それから大きく息を吸ってから、肺の空気をすべて吐き出す勢いで声を上げた。


「もっとマシな方法で俺をここに連れてくることはできなかったわけ!? あぁん? 俺そろそろキレるからね? マジでキレるからね!? ブレシアに来てから何回襲撃を受けさせる気だよ! 心身ともにボロボロだっつーの! せめて一人の人間として扱えよ! 肩書き上はアイリスの護衛なんだろ!? そうなんだろ騎士様よ!」


「いや……あの……あなたが反抗する恐れがあって……」


「はぁあ!? 事情を聞けばホイホイついて行くに決まってんだろ! いきなり失神魔法とか大した騎士道じゃねぇか!?」


「えぇと……」


 騎士はチラッとドアの脇に立つ数人の同僚に目を向ける。

 しかし彼らは無情にも目を逸らして、口笛を吹いていた。

 涙目の若手騎士は両手を一つに組むとそれを額に当てながらうなだれると、つぶやく。


「あぁ……僕はこの仕事向いてないかもしれないよママ……」


「え、あの……そこまでネガティブにならなくても……」


 うっすら涙を浮かべる若手騎士に戸惑いながらも、慰めの言葉をかける。

 エリートでもメンタルがガラス細工みたいに脆いようで、将来が心配だ。

 そんなこんなで「僕だって帝国の役に立ちたいんですよ」とか「でも周りのレベルがすごすぎて僕はいつまで経っても雑用だし?」などと逆に若手騎士の愚痴を聞くハメになった。


 しかし入口のドアがガチャッと物音をたてた瞬間、その若手騎士はビシッと背筋を伸ばし目を鋭くさせる。そしていきなり俺の胸ぐらを掴むと片足を椅子の上に乗っけてすごい形相でキメ顔を作る。


 え……なに……。


 そしてその理由もすぐに分かる。

 ドアがバーンッと開かれると何人もの人影が重々しいブーツの音を立てながら入室してきた。そして部屋中の騎士が同時に敬礼、そして「ラ・ヴィア!」と一斉に声を上げる。

 どうやらこれが騎士団式の敬礼みたいだ。


「ラ・ヴィア、尋問はどうなっている?」


 服装からして他の騎士とは格が違いそうな男が俺を一目見ると問う。

 その男の声を聞くと目の前の若手騎士も冷や汗を流しながら起立をして、口を開く。


「はっ! ハバード殿! ただいま尋☆問☆中です! おいおら連合軍の機密吐けやオラッ!」


「そうか、貴公の尋問態度はすでに監視魔法から確認した。今日は施設内すべてのトイレ掃除をすることだ」


 ガチガチのリーダー格の騎士、ハバードと呼ばれた男がそう切り捨てるように言うと若手騎士は膝から崩れ落ちて「申し訳ありませんでしたぁああ!」とうなだれている。

 あぁ……なるほど。ボスが来たから、ちゃんと尋問してるよアピールしたかったんだな。それが逆効果になったみたいだが。


「お初にお目にかかる、私は聖護騎士団帝都支部の代理騎士長──ハバード・メルネスだ。騎士長はただいま遠地に向かわれているので私が対応することになる」


 俺が冷たい視線で挫折する若手騎士を見下ろしていると、ハバード・メルネスは俺の向かい側の席に座った。そして腰の剣と装備の留め具をパパッと外すと、それをすべてテーブルの上に置く。


「君はこれから帝国臣民になる。もう聞いたはずだな?」


「俺の情報が公開されて、帝国の市民権が与えられるってやつね」


 ハバードは俺の返答を聞くと「うむ」と頷く。

 しかし周りの騎士たちという非常に微妙そうな顔をしており、一部では俺を睨んでいるものだっている。そりゃそうだ。敵だった捕虜が皇帝の臣民になるんだから納得行くはずがない。


「だが、君のミーネルヴァでの生活態度を見ると……まさに連合軍の山猿のごとく教養も作法も、そして己の道でさえ知らぬようだ」


「それ言っちゃう……」


 反論できないのが悔しいのだが、俺はあんまり聖護騎士団ってのが好きじゃなかった。

 聖護騎士団は俺たち生体兵器と同じように先陣を切って敵に殴り込みを入れるのが役割の一つだが、あいつらは信念がどうのと士気が異常なまでに高い。


 なによりもこいつらって本当に面倒くさいからなぁ……。

 騎士道がどうの、作法がどうのとかグチグチ言われそうだ。


「そこで、ここ数日間は騎士団で最低限の教育を受けてもらおう。で、その教育係が私なんだけどな」


 思わず「え?」と答えて顔を上げる。

 彼はテーブルの上においた自分の剣の鞘の彫刻を指でなぞっていて、俺の声に気づくとチラリと俺を見た。そして何を納得したのか少し頷くと口を開くだ。


「君も元軍人だ。私を教官のよう思えばいいだろう」


「えーと、はい」


 今まで敵として倒してきた騎士が目の前に座っていて、今では俺の教官だ。

 やはりまだ身体は慣れなくて、彼を上官のように扱えずに戸惑っているとハバードは目を鋭くして声を上げた。


「まずは君には自分の置かれた状況を理解してもらわなければならない」


「はぁ……」


 ハバードは腰のケースから巻かれた紙を抜き取ると、広げる。

 そしていかにも教養がありそうなきれいな発音でそれを読み上げ始めた。


「まずは学園内に起きた数々の襲撃。あまりにも多すぎるな。このまま放置していれば君はだけでなく、主人であるアイリス・ベルヴァルトの命にも関わるところだった。そして今回の最も深刻な問題が、陸戦兵団の一部隊少佐のグレイスと異端審問会が手を組んで君を襲ったことだな」


「グレイスと異端審問会ってグルだったのかよ……」


「今回の件は陸戦兵団の意思によるものではない。しかし陸戦兵団の一部が異端審問会と繋がっているのは事実だ。それにシエラ・ルーニスからの襲撃も受けたみたいだな。関連してアイリス・ベルヴァルトも共用トイレで無能者達に襲われたとの情報があったな」


 アイリスが無能者たちからの襲撃に……?

 あぁ、なるほど。そういえばニコラスが魔術師生徒たちに責任を押し付けられそうだと言っていたな。俺は身を少しだけ乗り出すとハバードに伝える。


「そのアイリスが襲撃を受けた件についてだけど、無能者たちは全員無実だ」


「……どういうことだ?」


「主謀者は魔術師生徒であって、無能者たちは脅されてただけなんだよ。よく考えて見ればおかしいだろ? なんで無能者が魔術の使えるアイリスを襲おうとする? 勝ち目なんかないし、正気の沙汰じゃない。要するに魔術師生徒が責任を無能者に押し付けるためだけに連れて行ったんだよ。これがその無能者たちの写真ね。で、こっちが黒幕の魔術師生徒たち」


 そこで以前、トイレでアイリスに返り討ちに遭った生徒たちの写真をシールリングから映された立体ディスプレイで見せる。

 どれも顔が何倍にふくれあがっていて、ハバードもそれを見ると「こりゃ酷い……」と呟いてしまう。


「わかった。無能者たちは退学処分にされる予定だったらしいが、その件について再調査依頼を学園に伝えよう。もしくは第三者機関に調査をして貰う必要があるかもしれない」


「おぉ、感謝する」


 ハバードは立ち上がると、手に持っていた紙をケースに戻してから俺の方に顔を向ける。そして片手をテーブの上に置くと冷たい表情で俺を見下ろしながら言い放った。


「ともかく、今日から教育開始だ。私についてくるんだな」



---



 俺が連れて来られたのは誰もいない食堂だった。

 ハバードと俺が席に座るのを確認した騎士たちは敬礼をすると、そのまま食堂には入らずに出て行く。そういえば、俺って昼飯とかまだだったな。


「いいか、人というものは食事の仕方だけでそいつの習慣が色々と分かってしまうものだ。それに食事しながらのほうが、色々と話しやすいだろう。お互いにまだランチは食べてないはずだ」


「へぇ……あ、どうも」


 山男と表現するのがふさわしい大きな図体のコックが料理を運んでくるので、思わず苦笑いしながら会釈する。コックの腰にぶら下がる大剣を見ると、やはり騎士団はコックから清掃員まで戦闘訓練を受けてるんだろうな……。まるで海兵隊だな。


「まぁ、普通に食えばいい。食いたいだけ食ってもいい」


「コレを……なぁ……」


 まず言っておくが、ブレシア帝国を含む魔法文明の国家らと科学文明の国家が出会ったのは歴史上まだ最近でもある。だから双方とも歴史も文化も、価値観でさえも全く違ったものに独自に発展していた。たとえば……食文化。


 テーブルに載せられた料理のメインディッシュを見る。

 そこには【ネズミのスープ】や、【トカゲの串焼き】そして一番ひどいのは【蜘蛛の唐揚げ】と【イモムシ添えのサラダ】だ。


 この国で俺が食えるものは本当に数少ない。

 例えば、パンとかは大丈夫だ。それに魔法陣営の豚肉とかも行ける。見た目はグロテスクだったけど科学陣営の豚と同じ味だ。


「なんだ……? 食わないのか? 全部かなり高級な食物なんだが……」


「うっ……いや、おぇえッ!……このパンと牛乳だけでいい?」


「…………顔色が悪いな」


 当たり前だろ!

 こんなの見せられて吐かない俺が一番偉いわ!!!

 とにかく腹が減ってるのも事実だから、パンやフルーツを頬張る。

 そしてグロくなさそうな料理を見つけては恐る恐る口に入れる。たまにハズレ──糞不味い──のに当たると思わず「おエェうぇええっ!」と吐きそうになる。


「まぁ、食事マナーは後ほどにしよう。今はそれでいいだろう。それよりもまずは……そうだな帝国の常識から教えることにしようか」


「俺もお前らに飯の作り方を教えたいわ……」


 俺がボソッとつぶやくも彼は聞こえてないようだ

 ハバードは腰にぶら下げたケースから真っ白な紙を取り出すと、それに色々と書き始める。そして満足気に頷くと俺に見せてきた。


「例えばこれだ、これは魔術詠唱の際に使われる”詠唱言語”なんだが見覚えはあるだろう?」


「魔法陣とかにも映ってるよな、そういう記号みたいな文字」


 シールリングが網膜ディスプレイに映し出す情報を探してみるが、やはりハバードの見せてきたものは詠唱文字列のようだ。独特の鉤爪のようにカクカクとした文字はとても複雑で、それは魔術師によって無数の公式にもなりえるのだからシールリングを用しても解読ができない文字列だ。


 ハバードはその紙を少し高く掲げて、それを見上げる。


「人類が最初に使用した詠唱字はたったの2文字だ。その2文字から魔法文明が始まった。我々人類の発祥などは不明な点が多いが、古い遺跡も見つかってるのだから古代文明もあったのかもしれない。科学と魔法はお互いに引かれた『文明境界線』のせいで交流することもなく発展してきた。しかし、我々ブレシア帝国は常に最新の魔法技術の研究を古来より続けてきたわけだ」


「まぁ、正直に言えば。総合的な技術力では魔法のほうが科学より格上だしな」


「我々の歴史は魔術師にだけによって築き上げられたものではない。例えば、ミーネルヴァ付属の研究機関が開発していると言われる、対生体兵器魔導石のアブレイム・ストーンだったかな。あれの開発メンバーには無能者の研究者もいる」


 頷きながら涙目でイモムシをフォークで突いてると、ハバートは若干イラッとした顔をした後にまた話を続ける。お前らには俺が食べ物を遊んでいるように見えるかもしれないが、こっちは死闘してんだよ!


「最近は無能者であることを恥に思う無能者が多い。しかし、自分を尊重できない者が他人を尊重できるはずがない。だから君にはこの国でいかなる侮辱を受けようが、自己の誇りを忘れないで欲しい」


 彼の言葉で思わず自分の動きを止める。

 そして彼と目を合わせと、その目から伝わる真剣さに騎士特有の誇り高さを感じた。

 軍人にはない、溢れるほどの自信と力強さだ。


「わかった」


 俺も背筋をちゃんと伸ばして答える。

 ハバードはしばらく視線を天上に向けたまま考えこむと、ゆっくりと俺に鋭い目を合わせてから口を開いた。


「で、君はもう護衛としての心構えはできているのか?」


「心構え?」


「そうだ、君は皇帝陛下に忠誠を誓うか? もう後には引けない状況に君はいるんだ」


 少し流れる沈黙。

 たしかに俺は捕虜だが、くさってもビローシス連合国で生まれて育った。

 なのでいきなり王に忠誠を誓えなんて言われても、正直言って戸惑うものだった。

 それに王に忠誠を誓うと色々と面倒になるとも聞いた。できれば今はしたくないんだけどなぁ……。


「いや、俺はアイリス・ベルヴァルトの護衛だよな……? あくまで彼女を通して皇帝に忠誠を誓うだけで、本質的に俺は一人の主人の元につく人間ってことじゃダメ?」


 アイリスにしか忠誠を誓わない。

 そう彼女と契約もしたわけだし、それを言い訳に皇帝への忠誠を有耶無耶にするとハバードは急にコクコクと頷き始める。


「すばらしい、とても素晴らしい主人への忠誠心だ。これならまだ教育のしがいがある。忠誠をホイホイと示す人間ほど信用がないからな」


「ア、ハイ、光栄です……」


 なんか変な方向に……いい感じに誤解されたみたいだけどいいや……。

 どうやら俺の主人への真っ直ぐな忠誠心を試していたようだ。

 今度からもっと発言に注意しよう。


「さぁ、ランチも終わったところだろう。君には一人の主人につく、護衛……そう騎士としての精神と誰にも文句を言わせない構えが必要だ。本格的な教育を始めようか」


 ハバードが立ち上がる頃、俺はやっとのことで食えそうな料理を発見する。

 白いスープのようなものだが、非常に味にコクがあって美味しいのだ。

 豚骨スープかな? でも味違うし……そう考えながらスープの器をテーブルに戻す。


「なんだ? そのスープが好きなのか? それはミミズの粘液から絞り出したもので、美容効果がすごいって話だそう──おい、どうした!?!?」


 俺は意識を手放した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ