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機械じかけの悪魔  作者: キョウカ
CHAPTER BOOT - 出会い編 -
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第十九話 - 狩人と獲物

 ミーネルヴァ皇立学園──数々の有名士官、騎士、そして貴族後継者などを輩出してきた一流の教育機関だ。もちろん、この学園は士官学校ってわけではない。元は普通に成績優秀な学校だったわけだが、ここ数十年では校風も少し変わったらしい。


 とはいえ、依然として多種多様な分野で優秀な生徒を育てる一流校。大半が貴族生徒だが、彼らも容赦無く知識をぶち込まれる。

 また、無能者であっても貧乏人であっても、将来は国のためになると判断されれば無費用入学だ。ここへの入学は世間からすれば「勝ち組」への道を意味するのだ。


 それなのに……


「お前、宿題忘れたってマジかよ……」


「仕方ないでしょ……昨日はその……トイレでの一件もあったし」


 戦術学の授業。アイリスは宿題をやり忘れたことに気付いた。

 しかもそれを教師に怒られ、こうして生徒たちの視線を受けながら座っているわけだ。

 アイリスは死ぬほど落ち込んで横に座ってるわけだが、俺も護衛であることもあり連帯責任としてセットで怒られた……。


 聞くところによると、アイリスは一度も宿題を忘れたことがないんだとか。

 そもそも、ここの学生も宿題を忘れたりなんかはしないのが普通だそうだ。

 俺が訓練生になったばかりの頃は、さんざん忘れ物したんだけどな……。

 その度に言い訳を色々と考えてた気がする。


「ていうかあの教師怖すぎだろ。宿題ごときでキレすぎ──痛っ!」


 愚痴っていると、後頭部になにか当たる。

 床に落ちたものを見ると紙を丸められたようなものだった。

 後ろを見ると数人の生徒が教室のドアを少し開いて、俺の方を見ている。

 あれ……あいつらって……。


「アイリス、少しだけ席を離れていいか? なんか俺を呼んでるみたい」


「え? あぁ、勝手にしなさいよ……」


 ドアの向こうの生徒たちをアイリスに示すが、アイリスは疲れた声でそっけなく返事する。見た感じ、アイリスは彼らに全く興味がないみたいだった。

 俺は静かに立ち上がると、ドアの生徒たちにアイコンタクトしてから近づく。

 教室を出ると、ドアをそっと閉じる。


「あなたがアイリス嬢の護衛の生体兵器ですね」


「あぁ、そうだけど。何か用でもあんのか?」


 彼らの顔を見る。

 5人の男子生徒と女子生徒。どの顔も見覚えがある。

 そうだ、女子トイレでアイリスをリンチしようとして返り討ちに遭った奴らだ。


 俺の返事を聞くと彼らはお互いに頷くと……


「「「お願い致します! どうか助けてください!」」」


 一斉に片足で跪く生徒諸君。

 え、えぇ!? 混乱してアタフタしてると、彼らがウルウルな瞳で俺を見上げる。

 俺ってたしかアイリスの捕虜だよな? 身分的にも超底辺だよな?

 なにこれ、罰ゲームでもさせらてんの!?


 俺が口をパクパクさせていると、そのうちの一人がササッと俺の足元まで移動すると話を続ける。


「昨晩は本当に申し訳ありませんでした。こんな言い訳、きっと軽蔑するでしょうが……僕たちはあんなリンチみたいなことをアイリス嬢にしたくなかったんです」


「い、いや。別にいいんだけど……あいつも怪我ないし……」


 よく分からんが、むしろこっちが悪者みたいじゃねぇか。

 例の張り紙をこいつらを押し込めた個室に貼ったわけだし、社会的にもこいつら殺したしさ……。


 それにこいつら顔がアザだらけだし、腫れてるし。たぶんアイリスのパンチが効きすぎたんだろう。無能者の治癒スピードは魔術師や生体兵器とは比べられないくらい遅い。全治三週間といったところか……。


「僕たちはこの通り、皆が無能者です。昨晩は魔術師の生徒たちに無理やり……」


 そう言われてみると、たしかに彼らはベルトに魔導石を入れるケースがない。

 昨晩のリンチに参加した生徒はおよそ20人前後。今ここにいるのは5人だけだ。

 じゃあ、他の十数人の参加者は魔術師だったわけだな。

 

 どちらにしろ、こいつらは無能者でありながらも入学できるほどの秀才たちなのか。


「あぁ……まぁ分かるよ? うん、ここブレシアだもんな。無能者には肩身狭いよな。わかるわかる」


 俺も彼らと同じ姿勢になると、慰めるように声をかける。

 そう、ビローシス連合国の目的の一つは「無能者の同胞を救え」だ。こう見えても、この軍人精神は未だに消えない。


 なので話だけは聞こうとしてるわけだ。


「それなのに! 魔術師の生徒たちは全ての責任を僕達に押し付けようとしてるんです!」


「私達は無能者なんです。退学にだってなるし、家族への寄付金も打ち切られます……!」


「お願いします。レイン様はビローシスの軍人だったんですよね! 私達をどうか助けてください!」


 口々に声を上げる彼らだが、とりあえず静かに静かに……とその場を一旦落ち着かせる。きっと俺がビローシス出身だから常に無能者の味方だと思ってるんだろう。


 しかし、それを匂わせるような発言を他のブレシア人に聞かれたら大問題だ。

 こいつらは退学どころの騒ぎじゃなくなりそうだな。


「その魔術師の生徒たちもシエラに命令されてリンチしようとしたんだよな?」


 念の為に確認をする。

 もしも無能者を脅すことまでシエラの命令なら、さすがに失望ものだ。

 しかし無能者生徒たちは不思議そうな顔で俺を見上げると、口を開く。


「いえ、リンチの命令をしたのは陸戦兵団のグレイス少佐ですが……」


 俺の考えが根本から崩れた気がした。



---



 俺の足元で跪いていた無能者の少年はニコラスという名だそうだ。

 ニコラス達と別れるまで昨晩のリンチ未遂についての詳細を洗いざらい聞き出すことに成功した。代わりに彼らの退学をどうにかして食い止めるのが条件となったが、安いもんだろう。そこら辺の問題はアイリスに投げとけば解決しそうだしさ。


「シールリング、メモを出してくれ」


《YES──メモを展開します》


 誰もいない噴水広場のベンチに腰を掛けながら、シールリングに指示を出す。

 メモを開くと、先ほど俺が入力しておいたニコラスとの会話内容の要約をが表示されていた。もう一度、事態を整理しよう。


 まず、昨晩のリンチ目的。それはアイリスへの忠告みたいなものだったらしい。

 でも、返り討ちに遭ったのはドンマイとしか言いようがない。


 昨晩のリンチが失敗した理由は単純だ。人が多すぎた。

 あんな狭い空間で何十人といても無駄だし、逆に動きにくくなる。

 アイリスがパワータイプのアブレイムストーン・フラワーを持っていたのも大きい。


 次は無能者がリンチ参加を強制された理由。

 それは責任を押し付けるために必要だからだったみたいだ。

 あとで知ったが、無能者たちは女子トイレ覗きだけでなく女子に暴行まで加えようとした……といった噂が流れ始めているという。うん、俺のせいだな。

 しかも腹が立つ事に魔術師の生徒たちは一足先に目が覚めて、女子トイレから逃げたらしい。


「シールリング、グレイスの情報を展開だ」


《了解しました》


 シールリングは網膜ディスプレイにグレイスの情報を映し出す。

 シエラ・ルーニスとは血は繋がっていないが兄妹の関係。

 ルーニス家には6年前に養子として引き取られたか。

 そして今回のリンチの首謀者……?


「妙だな……シエラは確かにリンチは彼女の命令みたいな言い方をしていた」


《当AIの判断からすると、グレイス・グレゴリーがシエラ・ルーニスに指示を出していた可能性が高いかと》


「いや待て。そういえば、なんでグレイスはファミリネームが未だに『グレゴリー』なんだ? ルーニス家の養子なんだよな」


《NO──彼のファミリネームはルーニスでした。しかし軍人になった後はグレゴリーという元のファミリネームに戻しています》


「……ルーニス家を嫌っているみたいだな」


 グレイスの狙いはなんだ?

 もしこのまま悪い予想が的中すれば、シエラはただの可哀想な操り人形ってことになる。自分では復讐のために生きていたのに、実はグレイスに良いように使われていたってことかもしれない。


 ニコラスと別れる前、彼らに頼んだことを思い返す。


『シエラ・ルーニスの行動を随一監視しろ』


 この国の無能者たちは最底辺であるがゆえに、団結力がある。

 おそらく、かなり実用的な監視網はできるはずだ。

 あとはニコラスたちの退学を食い止めなければならない。さもないとシエラ監視がうまくいかない。


 重い腰を上げて、ベンチを立つ。

 アイリスの授業はもう終わっただろう。結構前にチャイムが鳴ったし。

 はやく戻って大まかな事情を話さないとな。

 

 本校舎に身体を向け、目を刃にしてつぶやく。



「借りは返すからな、グレイス」



「──護衛がこんな所でサボっていていいのか?」


 俺がかっこいい台詞を吐いてドヤ顔をしていると、背後から声がする。

 振り向くとそこには暗い銀色の髪をした少年がいた。

 両手いっぱいにフリフリの服やらアクセサリーやらを詰め込まれた紙袋を抱えている。

 そして腰には刀。イルーナの護衛、ライル・カンザキだ。


「言っておくが、イルーナの命令でお使いしている。決して、サボってなど……」


 キリッと、全く違う方向の弁解をしてくる。

 しかし、俺も紳士だ。ここは普通に合わせてあげよう。

 身体を彼に向けると、言葉を返す。


「俺もサボっていないからな? 調べ物に難航してるだけだ」


「どうせ、グレイス少佐についてだろう?」


 ライルが紙袋を面倒くさそうに地面に置くと腕を組む。

 生まれてからこの道、剣一本だけで生きてきた……みたいなキャラかと思ったが頭も悪くなさそうだ。


「そんなところだ」


「あいつには気を付けたほうがいいと思うんだがな。異端審問会派の人間だし」


「まじかよ? 審問会って悪評しか聞かないからなぁ……」


「それに審問会はお前のことだって狙っていると思うしな。あいつら、生体兵器のサンプルを昔から欲しがっていたし」


 サンプル……。

 いや冗談じゃないわ。サンプル扱いとかどんな事されるのか想像もつかない。

 もしもグレイスが審問会依りの人間なら充分に注意した方がいいかもしれないな。

 少なくとも、ニコラス達に張らせようとしてる監視だけはバレてはいけない。

 なにせ、この学園にだって異端審問会派の生徒はいるはずだ。


 しばらく考え込んでいると、ライルの刀が目に入る。

 そこで少しだけ疑問に思ったことを聞いてみる。


「ライル・カンザキ。お前の刀と苗字で思ったんだけど、もしかして科学文明国出身だったんじゃねぇのか?」


 カンザキは一部地域で使われる苗字だ。

 ビローシス連合国 オオワ州 と ミコシマ州 だったな。あそこはたしかいくつもの島で構成された国土があって、列島地域だったはずだ。


「あぁ、ミコシマ州出身だ。親父がブレシア遠征中に捨て子の俺を拾ったんだよ。無能者だったはずなんだが、七年前に魔術回路が形成されてな。それで両親が俺の命の心配をして、ブレシアの貴族に送ったってわけだ」


「うわっ、西部のミコシマ州かよ。あそこの州政府は過激思想だもんな。オオワ州で生活してればまだマシだったのに」


 要するに亡命か。

 おそらく、ライルの実の両親は魔術師一家なんだろう。でも無能者の子供が生まれたから絶望して捨てた。もしくは無能者一家に生まれたが養う金がなくて、捨てた。

 そして連合軍の軍人だった男に拾われたってことか。


「どちらにしろ、普通の人間として生きるにはもうブレシア帝国しかない。なにせ魔術師は連合国だと貴重だが、なにをされるか分からんしな」


「場合によるな。お前くらいのレベルの魔術師なら、一生軟禁ってところじゃね?」


「まぁ、どちらにしろセイリア家に拾われて幸運だった。セイリア家の当主は俺の親父に戦場で救われたとか」


 ライルもかなり壮絶な人生だな。

 両親とは今では敵同士。しかも彼の父親はブレシアの軍人だ。

 確率は低くても戦場で戦火を交える可能性だってある。それでも冷静にイルーナに仕えていられるのは尊敬に値する精神力だ。


「俺の昔話はどうでもいいが、お前もアイリス嬢から目を離さない方がいい。お前の所有権を奪うとしたら、まず危険に晒されるのがその所有者だしな」


「でもあいつ結構強いぜ? この前なんかリンチしようとした生徒数十人を──痛ってぇええええええ!」


 突然、全身に電流が駆け巡る。

 痛みで脳が焼けそうになり、思わず地面に倒れこみ白目をむきそうになる。

 ライルはかなり動揺しているが、痛みは容赦なく規則正しく痛みを与えてくる。


「おいレイン! どうした!」


「くそが! スタンリングが起動しやがった!」


 ようやく電撃が止まるものの、まだ頭痛がする。

 頭を抑えながら立ち上がるが背筋が凍る事実に気がついた。

 アイリスはこの近くにいない。なのになぜスタンリングを起動したのだろうか?

 俺はなにも変なことしてないし、操作ミスは考えにくい……。


 そして昨晩、アイリスがスタンリングを利用して俺に連絡をとったことを思い出す。

 これは少しやばい状況かも。


「ライル、アイリスに何かあったかもしれない」

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