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機械じかけの悪魔  作者: キョウカ
CHAPTER BOOT - 出会い編 -
20/52

第十八話 - ブレシア留学

 学生の朝は早い。

 俺もアイリスと共に、数解学とやらの講義に出席していた。

 彼女は勤勉で机に広がれたノートに教授の言う一字一句を綺麗にまとめて書き記していた。


 しかし、それと同時に俺が報告する一連のリンチ事件とシエラ・ルーニスに関する話もアイリスは耳を傾け続ける。

 授業も、俺からの報告も……それ全てを同時処理なんてさすが我がご主人様だな。


「ふーん、じゃあ一件落着なわけ?」


 ノートに黒板の計算式を写し終えると、アイリスはそう俺に言う。

 俺はふふんっと得意気に顎を突き上げると「そういうことだ!」と答えてやる。

 一瞬、アイリスはイラッとした顔をするがポケットから真っ黒なキューブを取り出した。


「今朝、新しいキューブが届いたの。従来のスタンリング起動はもちろん、この新しいキューブはあなたの体内のクリスタルの操作もできるみたい」


「え? まじで? じゃあ、朝から俺がハッスルなのもアイリスがクリスタル止めたから?」


 アイリスはこちらを横目で見ると「うん、そうね」と短く答える。

 そう、実は今日の朝起きたら既に身体も元通りで生体兵器としての能力も戻ったみたいだった。おかげさまで体が軽い! もう若返った気分だぜ! ってことはシエラが手回ししてくれたのか。ふっ、ちょろいもんだな。


 そういえば、昨晩のアイリスと今ではかなり態度が良くなってる。

 少し迷ってから、悪い癖でまた首を突っ込もうと口を開く。


「ていうか、昨日のトイレのことだけどさ──」


「昨日はごめんなさい。ただイライラしてだけ」


 アイリスは迷う素振りも見せずに、素直に謝ってくる。

 それも俺の目をしっかりと見ながらだ。さすがにこれ以上追求することもできなく、俺も「あ、はい」と答えてしまう。

 思わず小さくため息をつくと、前の黒板に目を向けた。


 ここの学生はいつもあんな難しい計算式を覚えるのか……。そりゃあ、強力な魔法を使うには高度な計算能力と判断能力が必要だ。時には即席でオリジナルの魔法陣を構築する必要だってある。しかしミーネルヴァの学習する内容はハッキリ言うと異常なまでに高レベルだ。さすがエリートってところかな。


「……興味あるの?」


 俺が黒板の内容をずっと見ていたものだから、アイリスは少し首を傾げながら聞く。

 たしかに興味があるっちゃあるけど、俺は魔法に関する専門知識はほぼ知らないからなぁ。学びようがない気がする。


 しかしアイリスはそんなことは気にせずに、真新しいノートを鞄から出す。

 そしてペンと一緒にそのノートを俺の前にポンッと置いてきた。

 俺が「え、先輩? なんすかこれ?」と戸惑ってるとアイリスは澄ました顔で答える。


「この時代、勉強出来るだけでも幸せなの。良いチャンスだと思わない?」


「え、でも俺はこういう勉強なんかしたことないぞ?」


 さすがに焦る俺だが、アイリスはそれを無視して自分のノートに集中する。

 うそだろ……。いや、まじで難しいぞ? これ?

 アタフタしながらノートを開いてると、左腕のシールリングが小さな電子音を発してから声を上げる。


《当AIはオーナーのアイリス・ベルヴァルトの発言に賛成です。ユーザーが魔術に関する知識を得るのは大きなプラスになると推測します。また、今後もオーナーの護衛で在り続けるには、魔術師よりも魔術に精通している必要があります》


「わかったわかった。試してみるから」


 そんなやりとりをしていると、チャイムが鳴り響く。

 ベルを叩き鳴らすようなチャイムだが、教授はそれを聞くと一礼をしてから教室を後にする。数解学は終わったらしい、すると次の授業は数分後に始まるのか。


「ノート取るのはいいけど、あまり目立たないでね。あなたが知識を得すぎるのを嫌う人間もいるわけだし」


 アイリスは小声で俺に忠告する。

 彼女はノートを鞄にしまうと、また別のノートを机に広げる。

 まぁ、俺とアイリスは教室の一番奥に座っていて、他の生徒達も仲良し同士で固まって前に座っている。要するにここは「ボッチ専用」の席だ。

 だから絶対に目立たないと思う。うん。


「はい、みんな座ろうか。今から歴史学を始めるからな」


 全生徒がその場で一斉に軍人式の敬礼を行う。

 あの拳を心臓の前に引いて、そして突き出すやつだ。

 俺も規則に則ってアイリスと共に敬礼をするが、入ってきた教授は俺と目が合うと不愉快そうな顔をする。こりゃ嫌われてますわ。


 しかしすぐに表情を普通にすると、その教授はしばらく前回の復習のような話をし始める。俺はサラサラと彼のいう言葉を適当にまとめながらノートする。歴史学は用語などが少し難しいが、先ほどの数解学よりはずっと簡単だ。


「では、次は教歴253年に作られた『魔術の三原則』について知るものはいるか?」


 アイリスは手を静かに上げると、教授は彼女の名前を呼ぶ。

 彼女は背中を椅子に預けると、答えを言う。


「一、魔術は拡散する性質があり、その影響範囲は30cmしかない。

 二、魔術は使用者体内の魔術回路の魔力を元に発動する

 三、魔術詠唱は無能者には雑音にしか聞こえない」


 へぇ、こんな原則あるのか……と思いつつもノートを書き綴る。

 たしか魔法というものは剣や杖、そして魔導石などの媒介がなければ魔力が拡散してしまい非常に弱くなるって聞いたことあるな。


 アイリスは座ると、教授は「その通りだ」と言い話を続ける。


「教歴253年といえば魔導石でさえない時代だ。372年に魔導石が発見され、人類史上で最も大きなエネルギー改革が訪れた。これにより、魔術回路が弱い人間も強力な魔法を使えるようになった」


 なるほど、魔導石が発見される前まで魔術師は生身で生成できる魔力量によって優劣が決まるわけだ。しかし、魔導石は体内や空気中の魔力を吸収して蓄積する。

 なので魔術師の間にあった格差関係はほぼ消えたってわけだ。


 イメージとしては、魔導石は銃みたいなものだろう。

 引き金を引ける力さえあれば発砲できる。魔法陣営も色々と進歩してここまでの力を得たんだろう。


 しかし、魔術師の間にあった格差は魔導石により消えた。

 では次に差別されるのは誰だろうか? そりゃあ、魔法陣営に住まう無能者たちだろう。彼らは魔法陣営の国に生まれながらも魔力を持っていない。

 まさに生まれながらの劣等種族だ。科学陣営のような技術も持たないため、魔術師に雇われたりするしか生きる道はない。


「しかし、この教歴520年まで続いた『魔術の三原則』にも変更点が追加された。もちろんきっかけは『無能者の統治する国々』と『科学文明』の発見だ」


 なんか一気に視線が俺に集まってきた気がする……。

 全身に穴が空きそうだったが、目があった女子生徒に手を振ってみると睨まれた。

 やっぱ怖いっす。


「追加された第四原則は『魔術は科学の引き起こす現象に干渉反応を示す』だ。ここでちょっと実験をしてみよう」


 すると教授は教室に入ってくる際に床においたのだろう、黒い鉄の箱を教卓の上に置く。あの黒い鉄箱とシールリングが示す情報を見れば、おそらく魔力を遮断するための箱みたいだ。


「この中にサンプルとして科学陣営の『携帯電話』と呼ばれる電子機器がある。もちろん、これは民間人の物だったので干渉反応を防ぐシールドもない」


 彼は箱からスマートフォンを取り出すと、それの電源を入れる。

 そして彼は「干渉反応を見せよう」と言うと、もう片方の手で魔法陣を構築する。

 同時にスマートフォンのスクリーンには砂嵐のようなノイズが映し出されかと思えば、バッテリーか電子回路でもショートしたのだろう。大きな音を立てて爆散する。


「記録や映像では見たことがあると思うが、実際はかなり酷いものだ」


 教授は皮が焼きただれた手を掲げる。さっきまでスマートフォンを持っていた手。

 しかし、すぐに彼の手の皮は新しいもの生え変わり完治する。

 やっぱり魔術師ってズルいわ。アブレイム・ストーンとかと言い、こいつらの文明はちょっと発展しすぎてる。


「しかし、今回は比較的にパワーの弱い電子機器のため、私に被害はほぼなかった。だが、これがパワーの強い電子機器ならどうなっていたと思う?」


 何人かの生徒がちょっと笑いながら「先生の魔法陣が爆発しますね」と答えた。

 教授は何回か頷くと「そのために干渉反応を防ぐ魔法陣を我々は学ぶわけだ」と言い、教卓の端に置かれた分厚い教科書のページをめくる。


「次は魔法文明と科学文明がはじめて出会ったことに関しての話だ──」


 これならほとんどの人間が知る事だな。

 魔法と科学が今まで出会わなかった理由。それはこの地球上には何本もの「境界線」と呼ばれる深い霧で区切られているからだ。霧は濃く、原因も不明。その近くに生存する生物も存在せず、人がそこを通ろうとすればぶっ倒れて血管が破裂するとか言うシャレにならないところだ。しかも死体は全身の骨が肉から飛び出し、皮が裂けるんだとか……。


 そのため、霧の向こう側には何もないだろうとお互いに思い込んでいたわけだ。

 しかし、ブレシア帝国には勇敢な冒険家でもいたのか……教歴519年にその「文明境界線」を越えて魔法陣営は科学陣営に到達したのだ。当時の科学陣営は小国ばかりが存在しており、技術レベルも魔法陣営と比べると低すぎて相手にならないほどだった。


 今ではお互いにその境界線の突破も容易になり、世界の広さを知った。

 しかしやはり、あの境界線は神が引いたものであり、魔法と科学は出会うべきでなかったと言う人間もいる。


「──科学文明は我々と同じ暦、言語を使う。宗教も宗派は違えども、ほぼ同じ内容の聖典を読む。これが歴史家を最も悩ませる事実だ」


 はぁ、たしかに。よく考えたら境界線で仕切られて絶縁状態の二つの文明なのに、どうして科学陣営も魔法陣営も共通点が多いんだろうな。


 彼の言葉を全て書き終える。

 今回の歴史学はほぼ全て、俺が知ってる内容だったが色々と気付かされる点が多い。

 こう見えても、俺は考古学や歴史などの資料をよく読む。しかしそれを知識としてそのまま取り入れてるわけで、深くまで考えてなかった。へぇ、授業いいな。しかも無料。


 俺が感心した顔で教授を見ていると、チャイムがまた鳴る。

 教授は敬礼をすると、宿題の説明をしてから教室を後にする。

 しかし勉強になったか、ならなかったかは置いといて……ノートを書き上げたというこの達成感……!


 ノートを見ながらニヤニヤする俺をアイリスは少しだけ笑うと、立ち上がる。

 俺も鞄にノートやらをしまうと、彼女に続く。


「どう? 授業は」


「結構面白いと思うぜ。無料で講義を聞けて得した気分っす」


 アイリスは「ケチくさ……」とつぶやくと、立ち止まって俺に顔を向ける。

 そして目をちょっとだけ鋭くすると「ねぇ、正直に話してみて?」と言う。

 彼女はぐっと俺との距離を近づけると、また口を開く。


「復讐したいとか言っていた、シエラ・ルーニス。あなたを許したと本当に思う?」


 アイリスはまっすぐと俺を見たままだ。

 相変わらず鋭いっていうか、色々と注意深いやつだよな。こいつ。

 でもたぶん、なんでも深読みしすぎて友達できないタイプだわ。


「俺だって軍人だったんだ。丸腰で他人を信じたりしないってば」


 はっきりとそう答えるとアイリスは少し安心したように表情をちょっと緩める。

 そして彼女はまた目を刃のようにすると、シエラと同じ学年の後輩たちを睨みながら話を続ける。


「彼女が復讐するとかどうでもいいけど。私の邪魔するようなら排除するわ」


「まぁ、今のところシエラは大きな脅威には成り得ないと思う。でも気をつけたほうが良いかもしれないな」


 昨晩、シエラは俺に彼女が黒幕だと気付くのも「時間の問題」だと言っていた。

 逆に言えば、気づかれる前にわざと俺の前に出てきてすべてを話したように見せかける。それで俺を安心させようとした可能性だってある。


 シエラは油断してればまた俺を刺しに来るかもしれない。

 十分に警戒するべきだ。しかし、そこまで腹黒い女でもないと思いたいのもある。

 彼女は死んだ兄を想っているし、同時にただの少女だ。


 それに昨晩は彼女のナイフ探しを手伝ったが、本当に悪い子ってわけでもなさそうだった。できればあまり敵対はしたくない。俺自身、最近はシエラの兄について後ろめたい気持ちになってきたからな。


「とにかく、何かあったらすぐに私に報告すること。そして問題にならないレベルまでなら邪魔者は排除して構わないわ。いい?」


「了解だ、オーナー」


 また歩き出すアイリスに付いていく。

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