第十七話 - 夢か現実か
《第二メンテナンスが終了しました。ただちに第三実験室に移動して下さい。第二メンテナンスが終了しました──》
頭を叩き割られるんじゃないかと思うほどの大音量が繰り返し耳を貫く。
うっすらと瞼を開く。ヌメヌメした培養液の中に俺はいた。
目の前にカメラとモニターがいくつも配置されている。
夢だったのだろうか? さっきまで……外国かな? どっか別の所にいたような気がする。
溢れる疑問を振り払いながら、少し高い位置にあるパネルに指を押し付ける。
すると一気にカプセルが割れ、俺の大人と比べれば立派とはいえないであろう小さな身体が勢い良く排出された。
自分の手や足を見る。明らかな違和感を感じた。
まるで、体内に虫でもたくさん湧いた感じだ。
それに全身が重い。今日は強化装置を埋め込まれるとは聞いたが、ここまで重いものなのか。
「はーいはい! みんな並んで! あれ? どうしたの?」
黒フチメガネを掛けた黒髪の女性が白衣姿のまま、手を叩く。
彼女がNタイププロジェクトの研究員の一人──サキシマ・メグミだ。
浮かない顔をして手足を見る俺にメグミは不思議そうに質問する。
「なんか、自分が大人になって、貴族の女に捕まる夢をみました」
「ふぅん、嫌な夢ね。でも、大丈夫! その強化装置を使いこなせれば誰にも負けないからっ」
無言で頷く。
そして、俺もメグミに促されるままに他の試験体たちのいる列に並ぶ。
俺達のいる部屋は広く、そこには全員分の椅子が用意されていた。
俺は《N-102》と刻まれた椅子の上に腰を下ろすと、周りにいた顔見知りの少年たちと「今日の昼飯は何が出るか?」について話し合う。
しばらくするとスピーカーから少し雑音が混じり、部屋の照明が少し暗くなる。
「それじゃぁ……」
いくつもの扉がプシューッと音を立てながら開く。
そこから何人もの白い装備に包まれた軍人が俺たちを囲むように現れる。
メグミが手に持ったスイッチパネルに手を触れると、スピーカーから機械的な声が発せられた。
《試験型強化装置 Nタイプ──起動します》
声と合わせて軍人たちが銃を構える。
同時に全身を叩き上げるような感覚に襲われ、思わず反射的に立ち上がる。
「ゔわぁあああ!」
全身に電流が流れるような痛みが駆け巡る。
一気にたくさんの試験体が気を失い、何人かは泣き叫んでいる。
さっきまで話していた少年たちの目は充血していて、歯をむき出しにして床の上を転がり回っている。
一瞬のうちで地獄と化したようだ。
身体を縛り上げられ、全身の皮膚を引き裂かれるかのような衝撃と苦痛。
心臓が破裂しそうになる。
《──停止します》
痛みはすぐに収まった、が何十人もの試験体が倒れているのが目に入った。
俺もヨロヨロと立ち上がるが、辺りに漂う焦げた匂いで状況を理解する。
「素晴らしいな。この出力の強化装置にも耐えれるとはな。これの識別番号は?」
「はい」
ヘルメットを外した軍人の質問に、メグミがタブレットを取り出しニッコリと答える。
「N-102──レイン・サイフラ君です」
---
……………。
視界が暗転し、意識を手放す……暗い。寒い。
しかしすぐに目の前が真っ白な光包まれたかと思うと次の瞬間──
「おい102番、お前何してんだよ!!」
ハッと目を見開き、辺りを見渡す。
爆音。閃光。悲鳴。血の匂いが鼻を突き、火薬が炸裂する度に感じる温度に皮膚を焼き、手に握られたアサルトライフルを構える。
どうやら子どもの頃の記憶を思い返していたようだ。
「なんだ? 考え事か?」
後ろを振り向くと同じNタイプの仲間たちがニヤニヤしながら俺を見つめる。
Nタイププロジェクト参加者である俺達の3度目の前線投入だった。
前の2回の実戦で俺たちNタイプは実に半数以上の仲間が戦死した。
上層部では「Nタイプは失敗作である可能性が高い」との考えも強くなっている。
そのため、今回の実戦投入でNタイプはどうしても好成績を残す必要があった。
「…………少しだけ」
「はははは! お前は相変わらず無表情だし、ぶっきらぼうだな」
物陰に移動しながら答えるが、仲間の一人であるN-045は呆れた顔で手をヒラヒラする。まだお互いの名前もはっきりと覚えておらず、番号同士で呼び合っていた。
俺は「うっせぇー、45番」と返してやると、すぐに前方の敵集団に集中する。
視界に表示された情報によれば1時間前に別れた他のNタイプ集団はすでに全滅したそうだ。
瞬間、ひどい威力の爆発がすぐ目の前で炸裂する。敵の攻撃魔法だ。
拳を握り締めると、気を取り直して物陰からライフルだけ覗かせ乱射する。
「くそったれ! 敵は精鋭班だぞ! 奴ら、撃っても撃っても死なねぇ! さっきまで威張ってた現役組の生体兵器達もほぼ全滅じゃねぇか!」
仲間の一人が手榴弾を投げ飛ばすとそう叫ぶ。
しかし彼のすぐ真上に突然と中くらいの魔法陣が展開される。
俺達がそれを見て叫び声を上げるより先に──
「──は?」
爆風と衝撃音。
俺の顔の真横を仲間の千切れた足が通り抜ける。
唖然とする間でさえ戦場では命取りになる。
「くっそ後続部隊はまだ来ねぇのかよ! 今回ばかりは負けたらNタイプも終わりだ!」
「くそったれが、俺が行く!──」
一人が遮蔽物から飛び出て銃を撃つが、すぐに蜂の巣にされて血を吹き出しながら息絶える。彼がドサッと地べたに倒れると、その目が俺にまっすぐ向けられているのに気づく。呼吸が荒くなり、思わず目を逸らす。
しかし刹那、脇腹を一本の剣が突き抜いた。
苦しくってゆっくりと顔を上げると、そこには無表情な敵の兵士がいた。
もちろん彼の剣は俺に向かってまっすぐと伸びている。
あの距離を一瞬でって……化け物かよ……。
痛みで視界がにじみ始める。敵が既にここまで近づいていたことに混乱しか感じなかった。
「102番! アホが!」
声と同時に敵の感情のない顔は頭ごと吹き飛ぶ。
血を大量に吹き出しながら敵は倒れると──先ほど話し合っていた隣のN-045が助けてくれたことに気づく。そいつはデッカイ口径の銃を両手に構えて立っていた。
「あ、ありがとうござ──」
感謝しようとした。しかし、その彼の脇腹がズンッと吹っ飛んだ。
彼は目を見開いて自分の脇腹を手で抑えると地面にドサリと倒れ込む。
ハッと前方を見ると、そこには敵の狙撃兵が何人もいたことに気づく。
彼の飛ばしてくる魔力の塊はかすっただけでも、致命的だ。
反射的に引き金を引き、N-045を仕留めた敵にヘッドショットを喰らわす。
敵は防衛魔法を使う間もなく血を吹き出しながら息絶えた。
「助かります! 絶対に助かります!」
N-045をまず物陰に引っ張りこんだ。
ドロドロに潰れた彼の脇腹を両手で抑えながら、なんとかしようとする。
しかしどう見ても助かるわけがない。もって数分の命だ……。
彼はヒィーヒィーと呼吸をしながら、口からドス黒い血を吐き出し続ける。
「う、撃たれたッ……! 血、ち、血出てるだろ! もう死ぬのか! 嫌だ、死にたくねぇ!」
「死にません! 止血します! 絶対にします!」
「でも腹が! 脇腹がなくなって……!」
そう叫びながら彼は視線を俺の抑える自分の脇腹に向けようとした。
自分の脇腹から止まらずに出る体液に恐怖の声を上げると、全身をガタガタさせる。
俺はすぐに彼の頭を地面に押さえつけると、傷口を視界から隠す。
「見るな! 助かるつってんだろ! そしたら基地に帰る!」
「──お、お前名前なんだっけN-102?」
「レイン・サイフラだ。もう喋らないで!」
思わず声を荒げる俺に、彼は落ち着きを少し取り戻した顔で視線を上に向けた。
彼はグッと歯を食いしばると、力を振り絞るように声を上げる。
「遺言書がポケットにある。頼めるか?」
「…………はい」
彼のポケットを探り、紙切れに書かれた遺言書を確認する。
するとN-045は空を見上げ、目を刃に変えた。そして「向こう側に先に行くぞ」というと、血の塊を吐く。彼の心臓は止まった。
『増援だ! 増援が来たぞ!!!』
そんな声と共に、こちら側の火力が一気に上る。
無数の弾と爆発が敵へとぶつけられ、帝国の兵士たちの防御魔法は完全に崩壊した。
一瞬だけ完全に無防備になった敵兵達に雨のような銃弾が降り注ぎ、臓器を撒き散らしながら倒れていく。
そして次の瞬間、銃撃が完全に止む。
後方からの集中砲火が止まった。それはすなわち ノイズ・シリーズ──生体兵器たちの本領である敵本陣への突入攻撃のタイミング。
《”ノイズ・シリーズ、第一から第四小隊! 突入ッ──!”》
本隊からの銃撃が止まるこの数分、ノイズ・シリーズが敵の主力を近距離攻撃で潰す。
足に力を込めて、立ち上がる。
前方から敵が一人──殺せる。殺してやる。
Nタイプではまだ未検証だが、もうここで使うべきだ。
ここで死ぬわけにはいかない。仲間たちを見て分かったんだ。
死ぬことは負けるってこと、要するに無駄になるってことだ。
ここで勝ち組になってやる。絶対に軍で上まで上り詰めてやる。
『ノイズ・システム──Nタイプ 解放!』
衝撃波とともに加速する足の回転。
無数に襲いかかる閃光も今なら全てが見える。シールリングが示すラインに沿って身体を躱し、そのまま目の前の敵に飛びかかった。
素手で掴みかかり、力任せにその首をへし折る。
そいつが血を吐きながら身体を痙攣させるのを見ると、すぐに隣の敵にも掴みかかり彼の腕をそのまま引き裂く。同時にもう片方の手で拳銃を近くの近くの敵に浴びせ、死んでいった仲間たちの復讐のつもりで帝国兵をなぎ倒していく。
誰でもよかった。
ブレシア帝国の軍服を着ていれば、誰もが復讐すべき対象だったのだ。
《”敵本陣に爆撃を行う! 突入したノイズシリーズは一時撤退せよ! 急げ!”》
血脂にまみれた顔を袖で拭い取り、すぐに後方へと撤退する。
途中、一人の死に損ないの若い敵兵士が泣きながら「母さん! 母ぁさん!」と叫んでいた。
足が吹き飛ばされ、彼はボロボロの両腕で写真か何かを胸に抱いている。
彼の目は、さっき死んだN-045と全く同じものだった──
身体が揺らいで……
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全身に衝撃が走った。
頭がくらくらするものの、バカバカしい現状を理解する。
どうやら俺はベットから落ちたようだ……。
《ユーザー、何か問題が発生しましたか?》
「…………いや、何もない」
ヨロヨロと立ち上がり、机においてあるコップを手に取る。
中の水を飲むと、それを思いっきり壁にたたきつけた。
ガラスのコップは大きな音を立てて割れ落ち、破片が飛び散る。
さっきのは悪夢だ。
たしかに悪夢という類のものだ。証拠に今でも手が震えてて、そして”恐怖”を感じる。
こんなものは……悪夢なんかもう何年も見てない。
「くそ……なんでだ……」
なのになぜ今更、あの時の記憶が夢に出る?
とんでもない吐き気と目眩に口を抑えてしまう。
だってさっきの夢で思い出したんだ。あの敵の若い兵士、最後は「死にたくない」と叫んでいたが俺はトドメをさした。このまま苦しむよりマシだと思った。
あの後、自分の仲間がまた減った。回収された肉の塊のような仲間だった遺体を目にして、人知れず涙も出ないまま泣いたのを覚えてる。15歳の時だった。
《ユーザー、深呼吸をしてください》
「……あぁ、そうだな。まるで新米のようだな」
昔はよくこんな感じだった。
しかし、今更またこうなるなんてマジで情けない。
とっくに克服したと思ってたのに、このタイミングでトラウマみたいに思い出せやがって。やっぱり連合軍にいた時に毎週受けてたカウセリングとかって大事なのかもな。
窓の外には相変わらず優しい光を灯す月があった。
淡く輝く月を見つめてると、舌打ちをしてそれを睨みつける。
あまり良い気分じゃねぇな。