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機械じかけの悪魔  作者: キョウカ
CHAPTER BOOT - 出会い編 -
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第十六話 - 月灯りの下で

 スタンリングが三回規則正しく刺激を俺に与えた。

 誤作動は考えにくいし、どう考えても俺を呼び出すのにスタンリングを利用したようにしか思えない。もしもそうならアイリスはかなり頭がイイな。


 どちらにしろ、この時間帯になっても寮に戻らないってことは夜遊びしてるか危険が彼女に迫っているかの二つの可能性しかない。


 もしも彼女が大怪我にでもなってみろ。責任は全て俺に課せられ、そこを利用して他の団体……例えば過激派の異端審問会やら軍の一部に拘束されるかもしれない。

 もっと最悪な場合はアイリスが死亡することだ。そうなると俺は後ろ盾を完璧に失う。


 すっかり暗く、そして冷えた夜中で俺は寮のロビーに飛び出す。

 どうやって探せばいい? この学園の敷地は気が遠くなるほど広い。

 アイレックはラウンズのはずだから、敷地内に張り巡らせた監視網を利用できるかもしれない。でもアイレックを探す時間でさえ今はないかもしれない。


 ロビーの休憩部屋近くまで駆け寄り、辺りを見回す。

 もしも俺と同じようにリンチに遭ったとしよう。その場合は必ず人気のいないところのはずだ。


「何かお探しものでしょうか?」


 振り返るとフロントで警備服を着た男がこちらを不思議そうに見ている。

 もしやと思い、彼に話を聞く。


「アイリス・ベルヴァルトはここに帰ったか?」


「えぇ……はい。ここの名簿に帰宅記録がありますので。まだ部屋に戻られていませんか?」


「いや、もうわかった。お勤めお疲れ様です」


「いえ、いい夜を」


 彼の腰のベルトを横目で見る。魔導石が一つもない。

 この時代で魔導石を一つも携帯しないなど無能者以外ありえない。

 要するに彼は無能者の警備員か。

 じゃなけりゃ、俺なんかに「何かお探しものでしょうか?」なんて聞くはずがないだろうな。


 とりあえず、これでわかったことがある。

 寮自体にはアイリスは戻ってきたことがあるってことだ。

 そしてここから出た記録もないだろう。するとこの女子寮のどこかにいる。

 今の時間帯の警備員は男……。なおかつ人があまり来ないような場所。

 するとアイリスのいるであろう地点は……。


「そうか、女子共用トイレか!」


 すぐにシールリングに読み込ませてあったこの女子寮の地図を展開する。

 共用施設は2階と最上階にある。最上階は人気施設ばっかりで、2階はトイレと談話室しかないのか。じゃあ2階だな。


 階段を一気に駆け上がる。

 何段もまとめて飛び越え、廊下を駆け抜ける。体内にあるクリスタルのせいでいつものようなスピードは出ないが、これでも全力疾走だ。

 そして目の前に入った女子トイレの閉まった扉を蹴破ると……。


「アイリスここか!?……はぁ!?」


 そこにアイリスはいた。

 たしかにアイリスはいたがそれは異様な状況だった。

 彼女は真ん中に立ち、少しだけ頭を下げた感じで両手を力なく下げていた。

 その拳には血が少しだけ付いており、制服も汚れている。

 背中はこちらを向けたままで、アイリスの周りには数十人の男女がボロボロに気絶していた。


 まるでどっかのヤンキー漫画の世界でも見てるみたいだぜ……!


「あのぉ……これは?」


「私のスタンリングで出した信号に気づいたのね。意外と頭の回転早いじゃない」


「いや、これリンチされかけたんだよな?」


 アイリスは無表情のままこちらに顔を向けると、目をちょっとだけ鋭くすると両手を腰に当てる。そして吐き捨てるように声を返す。


「えぇ、そうね。返り討ちにしてやったわ。こいつらをどうやって片付けるか悩んでたの。後は頼んだわよ」


「は?」


 そういうと彼女は床に落ちていた鞄を拾い上げて、そのまま俺の横を通り過ぎる。

 なんだか、なんとなくだがちょっとアイリスの様子がおかしい気がする。

 なんていうか……あまりにも無感情っていうか。俺への態度がすごく冷たいっていうか……いやよく考えれば元から良い態度をしてもらったことはないけどさ?


「明日から護衛任務ね。充分休んだはずだし、今日はあなたの小屋にもう戻りなさい」


「いやまてよ。やっぱりなんかお前、様子が――」


「――うるさいっ! 黙って命令を聞いてよ! たかが捕虜が!」


 沈黙。

 アイリスは息を荒くして肩を揺らしている。

 様子がおかしい。少し近づこうとするとアイリスはこちらに顔を向ける。

 その顔を見て、無意識に俺は後ずさる。


 恨み。いや、それだけじゃない。殺意でさえ込められた睨みと視線を彼女は俺に向けてた。そしてその小さな口は悲しそうに小刻みに震えている。

 俺が理解できずにいると、アイリスはハッと息を少し呑んでから「おやすみなさい」と踵を返して廊下へ出て行った。


「女ってみんなあんな風に情緒不安定なのか? シールリング」


《……あまりに複雑で当AIには理解不能です》


「同感だ」


 しばらくアイリスの目が視界に焼きついたまま、立ち尽くしていると急に鈍い衝撃が脳を揺さぶる。心臓の鼓動が速くなり、視界がボヤケて歪む。

 息が次第に荒くなっていき、耐え切れずに洗面台の上に身体を置く。

 ショックなのかは分からないが思わず口が少し歪んで、つぶやく。


 そっくりじゃねぇか。


 俺のせいで兄を殺されたシエラも、戦場でとどめを刺したオッサンも、数ヶ月前に暗殺した貴族の奥さんも、進軍中に襲いかかってきたから殺した子どもでさえ。……そっくりじゃねぇか、アイリスの”あの目”と。恨みと殺意だけが込められた目だ。


 ため息をつく。

 そして足元で転がっていたバケツを見つめる。

 汚いバケツはまるで死んだ味方兵士のヘルメットに見える。


「くそ! シールリング……なんだか変な気分だ」


 自分の頬を思いっきり殴って目を覚まさせると、顔を水で洗いながらシールリングに問いかける。シールリングは少しの間を置くと、金属を叩くような声で返事をする。


《YES──なんでしょう?》


「クリスタルが埋め込まれてから、イライラする……。これはどこの機能障害のせいなんだ……」


 さっきは戦場で起きたことをフラッシュバックとして思い出した。

 アイリスの目だってと昔見てきた人間の目と重ね合わせてしまった。

 こんなに甘っちょろい性格じゃなかったはずだ。俺は。

 何がどうしてこうなってんだよ。もう突発的なフラッシュバック障害は克服したはずだろうに。


《…………回答できません》


「あぁ、そうか」


《ユーザー、極度の興奮は任務に問題が起こりえます。目をつむり、耳を澄ましてください──》


 言われたとおりに目を瞑る。

 するとシールリングが規則正しい電子音とゴチャゴチャな音楽を混ぜたような音源を再生する。まるで吸い込まれるような錯覚に陥りながらも心が落ち着きを取り戻していた。


 俺がまだ新米だった頃にシールリングがよくやってくれた事だ。

 心の落ち着きを取り戻させ、リラックスさせる効果があるとか。


「だいぶマシになったな。サンキュー」


 そう言いながらアイリスが気絶させた生徒たちを男と女に分けて個室に放り込む。

 もちろんすでに写真は撮ってある。こういう写真は後から色々と使えるしな!

 そしてポケットから紙を出して、それを二つに破り分ける。

 ペンを取り出して、書くべきものを書くとそれをそれぞれの個室に貼る。


『俺達は女子トイレを覗きに来た、男子生徒の恥さらしです』


『私達は女子トイレを覗けるように協力した、女子生徒の裏切り者です』


 こう張り紙には書かれている。

 うん、最高な制裁だ……。これは社会的にも死んだな!

 俺がニヤニヤしながら、この完璧なる処分方法に満足すると手を洗って女子トイレから退散する。


「やっぱり気になるな」


 アイリスの目を思い出しながら、つぶやく。

 でも、何を言っても仕方がないだろう。冷えた外で月の灯を浴びながら、俺は小屋へ戻る。



---



 小屋は女子寮からも近いしすぐに着いた。

 しかしそこで視線に気づいた俺はゆっくりと振り向く。


「はぁ、やっぱりお前か」


「さぁ? こんばんは、レインさん」


 月を覆った雲が辺りに闇を落とす。

 だか微かに見える風に揺れる白い髪。その氷の妖精のように綺麗な白い髪はほのかに青みがあるようだ。


 そして雲が晴れる。差し込む月のひかりに照らされる目の前の人物。

 光る赤い瞳と二つにまとめられた髪。戦闘用のマントに身を包めて、実戦対応の狙撃用の杖を持つ少女。


「シエラ・ルーニス。偶然にしてはおかしな所で出会ったな」


「えぇ、まったくですね。N-102」


 シエラだ。

 彼女は目を鋭くさせこちらを睨む。風に揺られる中、彼女はただただ俺を見つめていた。そして感じる尋常じゃない恨みと殺気。さて、どうするべきかな。

 

「元々おかしいとは思ってたさ。俺の識別番号N-102を知っていることとかな。それにルーニス家は東の国境軍事要塞を任された一族だよな? グレイス少佐は国境第二区の部隊所属だっけな? どんな関係だったのか。俺が気が付かないとでも?」


 シールリングの立体ディスプレイを展開し、グレイス少佐とシエラ・ルーニスの情報を次々と表示していく。そしていくつにも表示された情報がとある一つのポップアップで重なった。


 ――グレイスはルーニス家の養子だった。


 要するにグレイス少佐に関わる一連の件、俺やアイリスを襲ったリンチ事件。

 全てはシエラが仕組んだってものってことか。


「バレるのは時間の問題でしたけど、もうそこまで知っていたんですね」


 シエラはニコッと笑うとこちらに近づいてくる。

 ゆっくりと。一歩一歩と。


「兄が死んでから毎日が灰色だった。要塞が潰れたのはドグルス兄さんのせいだと……彼のせいだと……! そうかもしれない、兄のせいかもしれない。でもなんだって兄が……兄がまるで売国奴かのように軽蔑されるんですか!?」


 シエラは更に近づいてくる。

 俺は動けずに彼女をただ見つめるだけだった。

 シエラの目は少しずつ潤いはじめ、しまいには大粒の涙をいくつも溢れ出させる。


「もしかして私があなたの言い訳で納得するとでも思ったんですか? もしかして私が望んでミーネルヴァに入ったとでも? もしかして私が喜んであんな集団にあなたをリンチさせる手を使ったとも? もしかして私が……私が……」


 シエラは腰からナイフを抜くと、それを両手で掴み俺に向ける。

 そして涙でグチャグチャなまま無理やり、彼女は目を鋭くさせる。


「――髪の色、変わったな。昔はもう少し茶髪っぽくなかったか? シエラ」


「……え?」


 シエラに近づいて彼女の髪に触れる。

 そして彼女の手にそっと手を当てただけで、ナイフは草の上にいとも簡単に涙のようにこぼれ落ちる。


「お前、俺がドグルスの部下を殺した後に部屋に入ってきただろ?」


「……忘れたんじゃないんですか?」


「たしか血みどろのドグルスに抱きついて泣き叫んでたけど。シエラだろ?」


 シエラの兄、ドグルスが死んだ日の出来事を思い返す。

 シールリングでシエラの記録を調べていた時に彼女の昔の顔写真を偶然にも見つけた。その顔はまさに俺がドグルスの部屋にいた時、泣きながら部屋に駆け込んできた少女の顔だった。


 要するに、俺はシエラとはもう昔に会ってたってことだ。

 顔付きはかなり変わっていて気が付かなかったが、シールリングによると骨格形状からして同一人物だろう……ということだ。


 もうシエラとの問題を解決するには彼女のトラウマと恨みに直接話しかけるしか方法はないかもしれない。


「私は……」


「俺の横腹にナイフを刺したよな? あれは痛かったぜ? まぁ、無視して帰ったけどな」


 シエラは俺と目を合わせると、しゃっくりを上げながら涙を流す。

 そして少しだけ深呼吸すると、震えながら口を開く。


「いつも夢に出てきました、あなたの顔と兄の顔が……。もうあなたを殺すしか、毎晩見るあの悪夢から逃げれない気がするんです、でもッ……」


 シエラは少しだけフラつく。

 そして乾いた唇を動かし、ナイフを震わせながら握る。


「…………もう疲れた」


 シエラは草の上に座りこむと、もう生きた人間のような声ではない――死人のように弱々しい声でつぶやく。

 俺はシエラのナイフを取り上げると、それを遠くに投げ飛ばす。


「なっ!?」


 驚くシエラの頬を両手で持つと、目を合わせる。

 涙が未だにあふれる彼女の目から涙を拭き取ると言う。


「お前の兄から遺言を預かった。聞きたいか?」


 シエラが目を一気に見開いて、そしてゆっくりと頷く。

 俺はドグルス・ルーニスの言った「最後の言葉」を彼女に伝えた。

 それを聞くと彼女は声を絞り出しながら泣き始める。

 俺の足に両手でしがみつきながら声を上げていた。


「ごめんな」


 一言だけそう言い残すとシエラから離れ、自分の小屋のドアを開く。

 そしてドアにロックを掛けると、大きくため息をつき心の中で大声で叫ぶ。


 ふっ、落ちたかシエラ!


 恋愛シュミレーションゲームを遊び込んだ俺はやはり無敵だな!

 あ、ちなみにギャルゲーとかそういうのではないよ? 軍の訓練の一環としてやった恋愛シュミレーション訓練な? 潜入任務ではかなり必要なスキルなので。


 ……まぁ、でもやっぱり心はただの少女か。

 人を殺すのも躊躇ってしまい、結局は敵である俺にでさえ救いを求めてしまう。

 呆れるほど弱いが……こういう方が人間っぽくて正しいのかもな。


 ベットに腰を下ろし、ドグルス・ルーニスの言った最後の言葉をつぶやく。


『……妹がいる。彼女を連れて逃げてほしい』


 ドグルスが部下から致命傷を受けた時、俺に言った言葉だ。

 多分、俺がドグルスを裏切った部下たちを切り倒したのを見て彼は俺を味方の兵士だと勘違いしたんだろう。彼はあの時、意識が朦朧としていた。


 なんとなく「約束する」と言ってしまったからな。あの時、シエラがドグルスの部屋に飛び込んでも見逃した。よく考えたら、俺ってマジ紳士じゃん。そうじゃね?


 しかしドヤ顔で自分がシエラに言った言葉に自惚れてると、ドアがノックされる。

 思わずビビって飛び上がるが、覗き穴を見るとシエラがメソメソしながら外に立っているのが見えた。もしかしてまた復讐? え? どうしよう? さすがに勝てる気しないし、めっちゃ怖いんですけど……。


 恐る恐るドアを開くと、シエラが顔を下に向けたまま小さな声で会釈してから続ける。


「あ、あの……一緒にあのナイフ探してください……」


「ナイフ? 俺がさっき投げ捨てたお前のナイフか?」


「はい……あれ、兄の形見のナイフです……」


 ちょっと唖然として、口が空いたまま塞がらない。

 ドアノブを握る手が緩んで、ドアが風で揺れてゆっくりと開く。

 そして、ちょっと申し訳無さそうに言う。


「えっと……なんかごめん」


 月灯りの下でのナイフ探索はしばらく続きそうだ。

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