第十四話 - 状況判断
「おい………あれって……」
「何がどうなってんだよ……」
「あれはさすがにもう……」
あちこちから聞こえてくる唖然とした声に視線。
一刻も早くアイリスに合流しないともう体が持たないかもしれない。
先ほどのリンチの後も様々な嫌がらせを受けたりして転んだりした。そのため何本も骨折はすれば、肉でさえ無残に裂けている。
剣で刺された左太腿を引きずりながら真っ黒な血を垂れ流し、歩く。その姿を見れば誰だって驚くだろう。……ちょっとゾンビっぽいかもな。
シールリングは何度も治癒細胞の治癒率向上のために演算をするが「原因不明な原因」のため、どうしても傷はうまく治らない。
意識は朦朧としたままで、痛みが全身を縛り上げていた。流れ出る血が目に入り、視界までが酷くなっていく。
歯を食いしばり、肉裂けした左腕を抑えながら歩いてると、ある集団が視界に入った。
「これは痛々しいじゃないか。君がアイリス・ベルヴァルトの鹵獲したN-102か」
「てめぇ……」
目の前に立っていたのは軍人たちだった。
シールリングがポップアップした情報に目を通すと、彼らを睨みつける。
――帝国陸戦兵団 国境第二区 27番隊 グレイス・グレゴリー少佐
先頭にいる男がグレイス少佐か。
最近、第二区の国境で大暴れしてると連合軍の報告書で読んだことがある。
彼の優れた指揮能力と戦術で生体兵器部隊でさえ壊滅状態にまで持ち込まれ、あと一歩で連合国防衛線が後退するほどだったとか言うやつか。
そして俺がここまで最悪な思いをしてるのもこいつのせいってことか。
よくもミーネルヴァのテリトリーをこんな偉そうに歩けるもんだ。
まぁ、俺も捕虜なんだけどな。
「怖いところは君のご主人様とそっくりだな。あの女……」
そう言いながら彼は自分の股付近を片手で抑える。
グレイスの苦しそうな表情を見る限り、アイリスが彼に何をしたのかはだいたい察せた。
彼はこちらをもう一度見ると口端を釣り上げて言う。
「いやここの生徒は凄い。N-102が死んだらどうする気なんだろうな? それこそ、この学園のトップの首が飛ぶんじゃないのか?」
「てめぇらがそう仕向けたんだろ。もう話しかけるな、急いでんだ」
グレイスの言うことに鼻で笑う。
そして彼のすぐ横を通り抜けようと足を動かす。
彼も「どうぞどうぞ」と言わんばかりに俺の進路から身をどかせ、同じく部下たちにもそうさせた。
痛む身体を動かして彼の真横に辿り着いた時。グレイスに耳元でこう言われる。
「……捕虜って身分を忘れないでくれ」
「――ぐっぁあ!」
視界が回転し、気がつけば廊下で仰向けになっていた。
全身を強く打ち、更に出血が酷くなる。そしてグレイスの見下ろす顔が目に入った。
彼はニヤリと笑い、先ほどまでの冷静な軍人の姿はない。彼の表情はまるで……人ではない。
「痛いだろう? これが捕虜の受けるべき待遇だろう?」
そう言うと彼は軍靴で顔を踏みつける。
もう抗う力もなくなった俺は情けなくもうめき声を上げるしかできなかった。
周りの生徒はニヤニヤしていたり、無表情だったりする。何人かは涙目でこちらをみながら口を抑えていた。
「離せ……」
「離せ? 君は上の人間にそんな態度をとるのか。離してください、グレイス少佐殿。だろう?」
グレイスは更に靴で俺の顔をグリグリと擦り付けるとそう大げさな声を上げる。
さすがに人目にもつき始めたのか、周りに集まる生徒の数が増えてきた。
ムカついてきて大きな声で返す。
「クソが、少佐階級ごときに売る魂なんざ持ち合わせてねぇんだよ!」
「……この虫けらがッ!」
グレイスはプライド傷つけられたのか、俺の顔を一蹴りすると剣を抜く。
彼の部下たちも次々と剣を抜くと俺を囲んだ。
彼らの視線が俺一つに突き刺さり、事態は最悪と言ってもいい。
しかし、グレイスの剣が動くよりも速く、もう一人の影が包囲の輪の中に入り込む。
そして乾いた金属の音と同時にグレイスのおもちゃが宙に舞ったのをこの目で見た。
いきなりの第三者の参入に困惑する周囲。それを確認しようと視線を移動させると、
「なんだ、剣の腕前は中の下ってところじゃないのか?」
光る刀をゆっくりと鞘に収め、そして表情は冷たく口はへの字に曲がっている。
だがその目は殺気で溢れ、かすかに頬の筋肉が痙攣していた。
イルーナ・セイリアに仕える護衛、ライルだ。
「最近の学生は後先考えずに軍人にまで手を出すようになったのか?」
グレイスは険悪な口調で言うとライルは大きな歩幅で彼に近づき、顔をグレイスの目の前まで持っていく。そして彼の軍靴をいきなり踏みつけると口を開いた。
「俺はセイリア家の護衛だ。俺にもしものことでもあってみろ? お前の部隊に回す武器を100年前のポンコツにするように手回しでもしてやるか?」
「……武器商人の貴族一家がなめやがって」
グレイスはそう言うと、踵を返して彼の部下たちと立ち去っていく。
まさに頭が爆破でもしそうな勢いで彼の顔が真っ赤だったのが印象的だった。
ライルの方を見る。彼は横目で俺の方を見ていて、いかにも「おら、感謝しろ」みたいな顔していた。そういえばセイリア家は武器商人だったな。ベルヴァルト家とは本来、盟家関係だったらしいのに……どうしてアイリスとイルーナは仲が悪いんだか……。
「あーなんかサンキュー」
「なんか……?」
ライルが目を鋭くしてこちらを見る。
うぇ、まじかよこいつ。息を吸い直して、もう一度言う。
「いえ、まじでありがとうございました。刀裁きめっちゃクールでした」
するとライルは満足そうに頷くと「ふむ」だなんて言う。
うっわぁ……。めんどくせぇ奴だな。
「さっきの掲示板で見たんだが、無力化されたのか?」
ライルはやっとの思いで立ち上がった俺に問う。
彼の顔はいかにも「無力化されたらめっちゃ弱いな、お前(笑)」みたいな人を舐めきった表情をしている。ちょっと殴らせてほしい……。仕方なく俺も乱れた服装を整えながら彼に答える。
「あぁ、そういうこと。まじであと何回リンチ受けるかわかんねぇわ」
周りの生徒達はさっきから固まったまま動けずにしていてこちらを見ていた。
血まみれな生体兵器に軍人を撃退する護衛。そりゃ、驚きもするはずだ。
そこでライルは静かにため息をつくと、言い放つ。
「レイン、君にも主人がいるんだろ? このままだと守れないんじゃないか?」
「え? アイリス? あいつめっちゃ強いじゃん。大丈夫――痛ってぇえ!」
急にライルが俺の傷口に小指をブスッと入れてくる。
いきなりなことで痛みで葛藤することとなったが、すぐにそれを堪えて叫ぶ。
「お前アホかよ! クソいてぇぞ!」
「アホは君だ、レイン。たとえ君の主人がどれだけ強くても、そのアイリス嬢は女だ。それに彼女の経歴だってあるだろう? それなのに彼女の精神的な弱さにまで考慮が行かないのか? 君は本当に護衛なのか? そもそもな、いくら捕虜だからって君はアイリス嬢に命を救われたようなものだろ。いわば命の恩人だ。なのに君はそんなことも考えずにグダグダ生きていくのか? むしろ君は本当に男なのか? ていうか君の代わりはいくらでもいるんだからな? そこら辺は忘れるな!」
いきなり始まったエンドレス説教に圧されて思わず「お、おう……」としか答えられなくなった俺だが。しかし彼は説教を終えると、こうつぶやく。
「まぁ、魔法にも強化装置にも頼らない純粋な剣術くらいなら教えてやってもいいだろ。その時は声をかけろ」
するとライルはスタスタと立ち去っていく。
「…………は?」
なんかちょっとあいつメンドクサイ奴とは思ってたけど、もしかしてツンデレ属性もあったりするの? まじかよ、ある意味最高だな あいつ。
しかしあいつの言う”純粋な剣術”なんて学ぶ必要あるかな。
むしろこの制限状態を打破して、強化装置を再稼働させたいところだな。
そのためにも解決策を考えるべきだ。
で、脳内で愚痴りながらも校内を移動しアイリスの部屋のドアをノックする。
ドアはしばらくしてから開かれ、アイリスの目と視線が交わる。
「あ、レイン……うわグロッ!!」
そう、これがアイリスの第一声だ。
グロいだそうだ。さすがにいつもは寛大な俺でも額に血管を浮き出させながら皮肉たっぷりにニッコリとする。
「なにそれひどくね?」
「えっと、えぇ? ちょっと死にそうじゃない? だ、だって腕とか裂けてるし……」
アイリスが俺の傷口に触れようか触れないかでアタフタしてるので、思い切ってアイリスの部屋に入る。彼女はあいかわらずちょっとしたパニック状態で俺の周りで傷の手当でもしようかと動きまわってる。
「あぁくそ……なんで治癒細胞の動きが鈍いんだよ……。ていうかやっぱり俺、無力化されたのか?」
「え、あぁそうね。たしか、あなたの体内のいたるところに魔力を発するクリスタルを陸戦兵団国境第二区の連中が埋め込んだそうよ。だから体内で干渉反応が起きて、うまく強化装置とかが作動しないみたい……っていうかそれ私の服!」
俺が適当に干してあったアイリスの服を包帯代わりに腕にまこうとすると彼女はすぐさまそれを俺から奪い去る。
アイリスはムッとしながら救急箱を引き出しから出した。
「私がやるから、何もさわらないで。あんた血だらけだから部屋が汚れちゃうじゃん」
さすが女子! こんなほぼ死人な俺に「部屋を汚すな」というお言葉!
とりあえずアイリスがすごい力で俺を洗面室に押し込むと、そのまま椅子に座らされる。彼女は自分の黄金色の髪を指で耳にかけると、蛇口を開いて水を出す。
アイリスはこちらをちょっとだけ見ると、また目を逸らして俺の袖をまくり上げる。
へぇ、意外と女子っぽいっていうか、普段は攻撃的な性格だが 今だけは柔らかい感じだな。
「滲むけど……暴れたりしないでよね」
アイリスが口を小さく開いてつぶやくように忠告する。
しかし彼女は俺の腕の中からノイズ供給用の配線が出てるのを見ると顔をしかめる。そしてシールリングを間近で見た彼女は今にも吐きそうな顔に変わっていた。
まぁ、生体兵器に親を殺されたんだ。何かトラウマでもあるんだろうな……。
複雑ながらも同情の心を向けながら、アイリスを見る。
そして決心がついたのか、俺の裂けた左腕をアイリスが両手で添えるように蛇口の水の近くまで持っていく。
「——って、くそ痛っだぁあい! ちょっとストップおい!」
「うるさい! 子どもじゃないんだから動かないで!」
水なのに、まるで火で焼かれるような痛みで脳が焼き焦げそうになる。
血や傷の汚れがドロドロに水と混じって流れていくが、どうしても悲鳴とうめき声を我慢できずに「アイリスさん! 一旦止めて!? お願いします!!」と情けなく叫ぶ。
そしてそのまま他の傷も水で現れ、白目を剥いて泡を吹くレベルまで追い詰められる。
「はい、終わり。次は包帯ね。あとで治癒術師でも呼んでみるね」
「はぁ……はぁ……。包帯ごとき……って待て! キツイぞ! めっちゃ痛い!」
アイリスはちょっとニヤッと笑うとまた包帯をギュッと締める。
こいつ……サイコパスなんじゃないの、もうまじで。
そして大まかすべての傷や骨折部位に包帯を巻くと「はい、お疲れ様」と言いながら背中をポンポンと叩かれる。
「でもまさか制限状態になるとここまでやられるなんてね。逃げればいいのに」
「いやお前、魔術師ってやっぱりヤバイからな? 強化装置がなくなれば俺もただの無能者だし、勝てるわけ無いだろ」
アイリスは口を小さく結んだまま救急箱をしまい、そして俺と目を合わせる。
すると首をちょっとかしげて、指を顎に当てた。
「別に……無能者でも弱いってわけじゃないと思うんだけど」
「俺のこのザマを見てから答えてほしいな」
包帯だらけの身体を見せて、苦笑しながら言う。
だがアイリスは俺に一目だけくれてやると、
「ん? それはあんたが普段から強化装置に頼りきってるからでしょ」
思わず枕を抱いて泣きそうになったが「あ……はい」と答えて屈辱を噛みしめる。
アイリスはデスクの上に置かれたカバンを取ると、そのままドアノブに手をかける。
「じゃあ、私はそろそろ授業に行くから。レインは今日だけ休みでいいや」
「あーわかった。明日にでも復帰する。でもなんか変な連中に絡まれたりすんなよ。俺みたいにリンチにでもあったらすぐにライルやアイレックとかに助けを呼んどけ」
アイリスは視線をちょっと天井に向けて考える素振りを見せる。
そしてコクッと頷き「はいはい」と答えてからドアを開く。
最後に玄関前の鏡で身だしなみをチェックし終えると、部屋から出て行く。
だがアイリスはドアを閉める前に顔を出してこう言った。
「ちなみに、あんたの給料から今日分の給金は引いとくね」
「ふぁっ!?」
この国の貴族はケチだ。