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機械じかけの悪魔  作者: キョウカ
CHAPTER BOOT - 出会い編 -
15/52

第十三話 - 肉を削がれた悪魔

《ノイズシステム再起動に成功――

 エネルギー循環系統、異常あり

 神経加速系統、異常あり

 人工筋肉系統、異常あり

 治癒細胞系統、異常あり

 …………その他、287項目に異常を確認。123項目が起動不可能。原因は不明です》


 目が醒めて目にした現実がこのザマだった。

 身体を動かすのがトロくて、まるでプールの中を歩いているみたいだ。

 頭の回転はいつも以上に遅く感じるし、シールリングが視界に映し出す情報はエラー情報ばかりだった。ほぼ全ての機能がオレンジとレッドになっている。


「シールリング……これはどういうことだ……」


《原因は不明です。しかし当AIの判断を元にすると、これは”制限状態”に近い身体能力までにユーザーはスペックダウンしています》


 重く感じる自分の身体を動かして、上半身を持ち上げる。

 辺りを見渡すとそこは自分の住処であることが理解できた。


「くそっ、こんな敵地も同然なところで制限状態なんて自殺行為じゃ――うおっ!」


 ベットから降りようとすると、いきなり重みで潰されるような負担が全身にかかる。

 情けなく大きな音を立てて俺は盛大に転ぶ。

 息をするのでさえ苦しく、今までの何倍もの重みを身体が感じていた。


《ユーザー、人工筋肉と強化装置の出力が不足しています。ユーザー自身の重みに慣れるまでは急な動きは控えることを進言します》


 俺の身体の中にはいくつもの強化装置を埋め込んである。それだけでなくセンサーや生命維持機能やら、人工筋肉など。そんな状態なわけだから、体重はおよそ140キロオーバー。よって、今までは人工筋肉で支えてきたこの体も、制限条件下での出力不足な人工筋肉では立ち上がることでさえしばらくの慣れが必要になる。

 しばらく頭痛とボンヤリとした意識の中でボーとしてると、あることを思い出す。


「あのクソアマ、何が目的なんだ……?」


 《所有権限者 - アイリス・ベルヴァルト》とシールリングが視界に表示するステータス・インフォーメーションを見つめながら呟く。

 たしかに彼女の部屋は漁ったがそれでこんな仕打ちか? いや、むしろシエラ関連で上層部から何かの通達がきたのかもしれない。

 どちらにしろ、生きていることは何よりも大事だ。要するに俺は運がいい。すごくいい。


「そろそろ、もういいか」


 立ち上がって制服に着替えると、朝食に支給されたメチャクチャ固いパンをかじる。

 最近知ったことだが、このクソまずいパンは俺だけへの特別メニューだそうだ。他の護衛はもっと美味いもんを食堂が支給してるらしい。

 あれこれ考えてるとさらに腹が立ってくる。力は制限されたし、これから何が起きるかもわからない。こんな状況はどうにかしてでも打開する必要がある。まずはアイリスに会い、今回の件で話し合う必要があるだろう。


 自分でも分かるほど、不機嫌で目を鋭くさせ立ち上がる。

 剣を腰に掛け、ベルヴァルト家のエンブレムバッジを襟に付けると、気荒くドアを蹴り開ける。

 しかし……


「よぉ、生体兵器さ~ん」

「どんだけ寝てんだよ。お前の驚いた顔見るのにどれだけの時間待たせる気だったんだよ」

「まじでナメてんじゃねぇの?」

「敵さんが余裕こきやがって」


 シールリングが瞬時にポップアップする情報に目を通す。

 人数はおよそ12人。装備は一般的な剣か……。

 エンブレムバッジがないのを見ると平民出身、ブレザーの中に杖の形が浮き出てるのを見ると無能者ではないようだ。


 こんな不機嫌な時なのに、加えて彼らのお迎えを見てしまうとイライラする。

 しかしどうする? 今の俺は生体兵器レベルの力は出せない。このままだと確実に負ける。

 たしかに格闘術ならできなくもないが、さすがに魔術師相手には悪あがき程度にしかならない。

 いやでも、うまくいけば魔法展開前に魔法陣を崩してスキを作れるかもしれない。そうすれば逃げる時間も稼げる……。


《――全システムの出力が不足。システム解放、失敗しました。ただいまの稼働率は15%です》


 シールリングの声で冷や汗が出る。やはりどう考えても難しい。

 アイリスを呼べばどうにかなるかもしれない、でもそんな手段はなければ間に合いそうにもない。

 あれこれ思考していると、まるであざ笑うかのような声が耳に入った。


「あぁ、聞いたぜ? おまえ、無力化されたんだろ? 軍が掲示板にデカデカと貼るからさぁ。これはもう襲撃しなきゃ損だよなぁ?」


 一同がそれを聞くとゲラゲラと笑いだす。

 ということは、今回の件はやはりブレシア帝国軍も関わってるのか。

 しかも掲示板に貼るってことは、俺を襲撃しろって暗に生徒に伝えてるようなものじゃねぇか。


「俺も見た見た。聖護騎士団が怒鳴りながら軍人たちを殴り飛ばしてたよな」


 DQNな不良たちが会談してる内容をひっそりとしながら聞く。

 ってことは、騎士団は俺に危害を与えたくない方針なんだろう。

 それもそうだ。このミーネルヴァ学園の最大のスポンサー様は皇室直属の聖護騎士団なんだ。

 ということはここの学生兵団も騎士団よりということになる。


 軍としては騎士団は権力争いの上でも邪魔で気に食わない存在なんだろう。

 そもそも、異端審問会も俺のことを欲しがってたはずだ。ということは今は仲間同士で揉めてるってことか。

 俺が納得しながらフムフムと手を顎に当ててると、不良たちは「あん?」とお決まりな鳴き声をあげてこっちをみる。


「おい、てめぇマジで余裕こいてんじゃねぇか」


 12人が一気にこちらへ近づく。

 遠くでは女子生徒たちがヒソヒソしながらこちらを見てるのが視界に入る。

 でも助けてはくれないだろうし、そもそもこの状況がかなりやばい。


 生体兵器はかなり恨まれてるし、この中には家族や友人をノイズシリーズに殺されたやつもいるかもしれない。

 すると後先なんて考えずに殺しにかかる可能性もある。

 そして、何かが光かったかと思ったら、


「おい、嘘だろ……」


 まるで音速。

 目にも留まらぬ速度で衝撃波と共に見えたものは俺自身の血飛沫だった。

 痛みのする部位――左肩を見る。


 剣だ。

 剣は見事に俺を貫通し、そのまま俺を小屋の壁に突き刺していた。


《ユーザー、神経反応速度が遅延してます。このままでは当AIのサポートも無意味になります。代換案も検索できませんでした。ただちに撤退を開始してください》


「シールリング、それができねぇんだよ……」


 剣は俺を貫通して壁にも刺さっている。まるでバーベキューで串刺しにでもされてるみたいで、身動きも取れない。

 なによりも恐ろしいのは相手の動きが見えないことだ。生身と肉眼ではこんなシンプルな魔術でさえ反応ができない。


 さっきのは明らかに人外のようなスピードだった。俺らは今までこんな化け物たちと殺しあってたのか?

 どうりで生体兵器が祖国の国民にも嫌われるわけだ。社会の底辺が身体を人殺しのためだけに弄った………そしてその結果がこんな化け物たちとも戦える悪魔なんだ。そりゃあ、怖がられるだろうな。


「なぁ? わかるか? もうこのまま死んだほうが楽なんじゃねぇのか?」


 俺を刺した少年は耳元で囁く。

 彼らに対抗する手段がない。その事実だけが俺を渦巻き、焦りを大きくしていく。

 そしてもっと恐ろしいことにも気がつく。


 肩から流れる生暖かい液体。

 それはさっきからずっと流れたままで止まらない。

 そう、血が止まらないのだ。弱々しい蒸気が出ているので治癒細胞は動いているようだが、これでは治癒率が低すぎる……!


 要するにもう生体兵器特有の捨て身の戦法は不可能ってことか。痛みと揺らぐ視界の中、絶望がさらに大きくなる。


「なんで……なんで敵であるテメェが捕虜になったら、のうのうと生きてけんだよ! っざけんじゃねぇ!」


 そう言われると腹に魔術強化、加速された鉄の塊のごとくの拳が食い込む。

 ドンッと大きな衝撃が波紋状に広がると、


「ぐぅああっ――!」


 痛みで脳が焼けそうになり、動くと肩に刺さった剣が傷をさらに大きく肉を破くように広げる。

 そして喉奥からこみ上げる鉄の味と苦味が混ざったもの。それを咳き込むと人工物質を含んだ大量の黒い「生体兵器の血」が吐き出される。

 そしてそれを合図に全員から蹴る殴るの暴行が始まった。


 あるものはナイフを使い、俺の腕を切り裂く。

 あるものは笑いながら俺の頭に大きな石を叩きつける。

 あるものが俺を強く引くと剣が緩み、そのまま俺も倒れる。


 顔を踏まれながらも、こちらも剣を抜こうとするがまるで遅くてすぐに手を踏みつぶされる。

 まったく目が追いつかない。体も反応できない。

 魔術師なんてのはマジで化け物だ。

 痛みで叫びをあげながらもまだリンチは続く。


《ユーザー! ただちに撤退を選択してください!》


 いつも無感情に聞こえたシールリングの声が初めて悲鳴をあげているように聞こえる。

 視界が赤く染まりながら、また相棒の声が聞こえた。


《意識回復措置、意識維持措置B2パターン、防衛機能復旧成功、稼働率34%強制回復成功。ユーザー、ノイズエネルギー充填に成功です》


 意識が一気に醒め上がる。電気ショックを受けたかのようにエネルギーが強化装置に充填され、大きな音を立てて身体が跳ね上がる。どうやらシールリングが演算をし、無理やり制限状態を運良く解除したそうだ。


 そして同時に拳をそのまま叩き上げて、目の前の不良の顔面に一発食らわした。

 バキッと音を立てながら彼の顔が真っ赤な液体と折れた歯でまみれ、そのまま飛ばされる。

 悲鳴をあげながら頭から地面に突っ込むと、彼は呻き声をあげたまま動かなくなった。


「お前ら……殺すッ」


 ゆっくりと立ち上がり、荒い息のまま下げていた顔を上げる。

 全員の動きが止まり、彼らの大きく開かれた口は震えている。

 久しぶりの感覚だ。ここまで本気で人を殴りたくなったのは。


「あ、あ、ぁ………機械じかけの悪魔……」


 そう言うと彼らは鼻水を振り乱しながら走って消えていった。

 遠くにいた女子生徒たちも唖然として座り込んでいる。



《ノイズエネルギー充填維持に失敗――

 エネルギー循環系統、異常あり

 神経加速系統、異常あり

 人工筋肉系統、異常あり

 治癒細胞系統、異常あり

 …………その他、293項目に異常を確認。145項目が起動不可能。原因は不明です》


 また電気ショックを受けたかのように力が消えて、そのまま脱力感のままに血まみれの体で寝転がる。

 そしてあのボクっ娘のヘイリーの言っていた前線兵士の言葉のことを思い出した。


『機械じかけの悪魔が笑っていた』


 試しに自分の口元に触れてみた。

 そして感じる筋肉の小さな歪み。


「あぁ、くそったれ」


 笑っていた。


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