第十二話 - 肉を削いで(SIDE:アイリス)
「アイリス嬢、そういえば君は独自に生体兵器の調査をしているようだね」
部屋にある窓という窓がシャッターで閉められ、ドアには複数の兵士が外部からの侵入者を防ぐために立たされている。
シンプルなシャンデリアから発せられる薄っすらとした魔力の光が部屋をぼんやりと照らしていた。
声の主である男はこちらには背を向けたまま、色とりどりの魔法陣を、展開させては、また収束させて遊んでいる。
その様子を眺めながら、私は少しだけ微笑んで「まぁ、 はい」とだけ答えた。
レインを気絶させて彼らに引き渡してから数時間が経つ。
“とある事情”の為レインを襲ったが、それを私に命じた彼らは一向にその目的の詳細を明かさない。
「どういったことを?」
「そうですね、エネルギー放出構造と出力制限時に発生する不協ノイズからのシリーズ特定方法などです。母親殺しの生体兵器を調べるために以前から調査はしていました」
男は何度も頷くと、振り返る。
その顔はどこか見覚えがあった。
顔は知ってるけど名前は知らない……そんな類に入る人間かも。
「グレイス少佐だ。軍から派遣されてきた。今回は、君が一時的な引き渡しに協力してくれた、あの生体兵器に関しての話をしよう」
軍からの呼び出しを受けた時点で、大体のことは察していた。
たぶん、私とレインに何らかの処分が下されるはず。
しかし、呼び出しで伝えられたことは「レイン・ サイフラをこちらに引き渡せ」だった。
目の前にいる男――グレイス少佐は見た目からすると30代くらい。
彼の目は異常なまでに鋭い。
いや、目の形が鋭いわけではなく、とにかく彼の眼光が鋭いのだ。
その威圧は、敵対していないはずの私でも思わず目を逸らしそうになってしまう。それほどの鋭い眼光だった。
「君の護衛は……識別番号N-102の生体兵器か。向こうでは『Nuts Series』と蔑称されてる系統だな」
「……ナッツ?」
グレイスは視線を上に移動させながらスラスラとレインの情報を話す。
よくわからない言葉も出てきたので、思わず聞き返すが彼は相変わらず、視線の先を変えずに口を開く。
「向こうのスラングで『気が狂った、愚かな』という意味があるらしい。あ、それと男の大事な部位である『チン——
「はいっわかりました!! ——で、なんのようでしょうか?」
あまりのデリカシーのなさに顔を引き攣らせながら彼の言葉を遮る。
彼はというと、何かすっきりしない顔をしていた。
これだから軍人は……。
さすがにこのドン引きを隠しきれないかもしれない。
「まぁ、結果を言えば。君の生体兵器は事実上無力化されることになった」
「無力化!?」
いきなり発せられた「無力化」という言葉に思わず声を上げる。
そんなことをされたら護衛としてはともかく、レインを鹵獲したメリットがほぼ全て消えることになる。これではただのお荷物になるということだ。
「待ってください。そんなことが可能なんですか?」
「生体兵器には五種類の状態がある。それは習っただろう?」
グレイスは落ち着いた声でそう言うと私の回答を待つ。
前の講義で習った内容を頭に思い浮かべながら、私は質問に答えた。
「えっと、解放状態、通常状態、制限状態、冷却停止、完全停止。ですよね?」
解放状態はシステム解放がされた戦闘のみに特化された状態。
通常状態は総合的な身体能力と反応能力が大幅に引き上げられた状態。
制限状態は無能者とほぼ同レベルの身体能力にまで制限された状態。
冷却停止は意識はあるが、強化装置がエネルギー不足で一時停止してしまい自分の重みに耐え切れずに動けなくなった状態。
そして、完全停止が全システムがシャットダウンした状態だ。
「そうだ、その中の制限状態にまで君の生体兵器を縛る」
「ちょっと待ってください! 一体、どこからそんな技術が来ているんですか?」
そもそも始めからおかしい。
なぜレインの所有権が私に移行出来ているのか?
魔法陣営は科学技術の知識に関してはかなり疎い。
ならば、なぜレインのプログラムコードを改ざんできたのだろうか?
そんな疑問が、顔に浮かんでいたのだろうか、男は説明を始める。
「あぁ、このN-102の捕虜化作戦に関してはどっかの天才が一人で全てをやったそうだ。たしか魔法技術で科学技術と同じようなことをしたそうだな」
「は、はぁ」
「詳しいことは聞いてない。だが要するに、彼の体内の強化装置内に魔術回路を書き込んだクリスタルを埋め込む。 クリスタルの発する微弱な魔力で強化装置内部から干渉反応が起こり、システムが正常には動けなくなるそうだ。 いくつもの強化装置内部に複数のクリスタルを埋め込むので、かなりの大手術だな」
普段は干渉防止用のカバーに包まれている強化装置に、直接クリスタルを埋め込む……。
それならば生体兵器のノイズエネルギーに乱れを起こさせて擬似的に「制限状態」に近い状態にできそうだ。
しかし、そんなことよりも今は自分の利益が最も重要だ。
「では、その制限用クリスタルの主導権は?」
「それはしばらく軍の手にあるだろうな。しかし、 君が公爵家令嬢、そして学生兵団の指揮下にあることを考えれば……。軍が君の生体兵器の主導権を実質的に握られる期間はそう長くないだろうな」
グレイス少佐はこちらを直視すると、片手を少しだけ上げながら説明をした。
しかし、彼の目を見ればだいたい分かる。
「そう、軍はレインが欲しいのね。それに制限用クリスタルの主導権もどうせ私には返ってこないわ。軍のことだから、私には「所有権」で軍には「使用権」とか屁理屈でも持ち掛けてくるつもりなんでしょ?」
ため息をつきながら、身体を近くにあったソファーの背に寄りかからせた。
突然、グレイス少佐はおかしそうに笑い出す。
部屋が彼一人の笑い声で埋まる中、私はただ鋭い視線を送る事しかできない。
「しかし、君は彼のスタンリングの起動さえしなかったそうじゃないか。シエラ・ルーニスが彼に襲われている間は」
「…………むしろあれはシエラからの襲撃ね。私達が責められるべきではないわ」
「しかし実際、こうやって問題になっている。彼の所有権を自分の手に戻したいのなら、何か努力でもしてみればいいかもしれないな」
むかつく。 その一言で尽きた。
「はぁ……そう、ですねっ!」
「——ぐぉっ!? あぁん……」
彼の「ナッツ」に魔術で加速した蹴りを食らわせてやると、踵を返して私は部屋から出て行く。
背後でもだえ苦しむ情けない男の息を耳にしながら思う、あの悲鳴の後の声が気持ち悪い……。
ドアで立っている数人の兵士にガンを飛ばし、できるだけ大きな音がなるようにドアを開けて、閉じる。
「バーーーカッ!!」
悔しさに任せておもいっきり奴らのいる部屋に向かって叫ぶ。
完全に馬鹿にされている。
要するに、私がレインを鹵獲したメリットをすべて奪ったようなものじゃないか。
レインは、すでに部屋の中で気絶させて、彼らに引き渡してしまったし……。
あれは「レインを引き渡さなければ、彼を殺す」 という軍の要求があったから、仕方なくレインを襲ったが……。
こうなると知っていれば、レインはベルヴァルト領内に避難させるべきだった。
もちろん、学生兵団自体は猛烈に軍の過激な要求に反対はしたものの、向こうの圧力には耐え切れなかった。
激しい後悔と悔しさを感じながら、私は廊下を一人歩く。
今頃、レインは手術でも受けているのだろうか……。
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