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機械じかけの悪魔  作者: キョウカ
CHAPTER BOOT - 出会い編 -
12/52

第十話 - ラウンズの審判

 俺は驚愕の失敗作と呼ばれたNタイプの生体兵器だ。ものすごく弱いし、これでもかなり努力してやっと生き残っている。だから、少なくとも普通の生体兵器には勝てるようになっていた。


 俺は検査に合格したものの、実戦ではあまり役に立てなかったので、すぐに暗殺や潜入ばかりの任務をするようにした。


 検査に落ちるのだけは絶対に嫌だった。

 検査落ちするのは「問題個体クランカー」になる事を意味するからだ。

 そうなったら、問題個体クランカーたちは最前線でそのまま実戦投入される。俺達はそれを「廃棄処分」と裏で表現してるわけだ。


 俺のようなプロトタイプは得られる報酬は膨大だが、検査基準もかなり厳しい。

 だからNタイプのような失敗作に当たると、最悪だ。

 施設内ではうまい飯を買う金がいくらあろうが、戦場じゃクソみたいなスペックのせいで命取りになるかもしれない。


 まぁ、一応Nタイプは現役のSタイプシリーズよりは強力だ。

 ただとにかくシステムの扱いが難しくて、大体の使用者は処理が追いついていけないためまともに戦えないことが多い。まったく、開発チームの糞食らえだ。


 俺は死に物狂いで強くなろうとした。

 結果は結構な好成績で、Nタイプ唯一の成功個体として俺は軍で働けた。

 それでも俺に当てられる仕事は背後から人を一突きしたり、遠距離からの狙撃、もしくはステルスミッションによる敵本拠地の壊滅……などと正面勝負は極力避けられたものだった。


 たぶん、正面勝負をするような本物の”戦争”をするにはまだ早いとでも判断されたのだろうか? 俺は新型としては弱いかもしれないが、一個の戦力としてはかなりの力を有していると自負しているんだけどなぁ。


「あっ、いてぇ……」


 目も醒めてきたので身体を少し動かそうとすると、痛みが走った。

 意識がまだ朦朧とするため、さっきからしょうもない事を考えてしまう。

 今の俺はもうブレシア帝国の捕虜、いわば連合国の裏切り者だってのにな。

 ちょっと、うめき声を漏らす。


 余計なことを考えずに、横を見る。

 そこにはアイリスが真剣そうに教科書を読んでいる姿が見えた。

 腰を素朴な椅子に置き、小さく結ばれた口は少し疲れているように見えた。


「あら、起きてたの?」


「とっくにな。ただ身体が重くて動かせなかっただけだ」


 アイリスは俺の呟きに気付いたようで、目を擦ると俺の額に手を乗せてきた。

 彼女の手はひんやりとしていて、少し気持ちがいい。


「うん、熱も下がったわね。毒は抜けたみたい」


 アイリスが少し微笑んで、コクリと頷く。

 だがここで一つ、不満を彼女に問てみる。


「ていうかさ! お前『私のカードになるなら、各方面の圧力からあなたを守ってあげるわ☆』って言ったくせに俺が襲撃されるのボケっと見てたよね!?」


「何言ってるの? シエラのことは自業自得でしょ? 本気を出さないから、こうなるのよ」


 アイリスがツンと少し怒った口調で返してくる。

 あれ? っていうことは、別に見捨てられていたわけではなかったのか?

 彼女の反応をずっと見てると、アイリスはこっちをチラッと見てから口を開く。


「正直に言って? もしもシステム解放をして、あなたが本気を出したら――シエラはどうなの?」


 俺の答えを待つアイリス。

 彼女の瞳にはわずかながらも「恐怖」が混ざっている。

 母親を生体兵器に殺されたんだ。きっとトラウマでもあるんだろうな。

 少し、複雑な気持ちでもあるが。


「そりゃ、シエラは死ぬ」


「……やっぱりね」


 アイリスは肩の力を抜くと、また教科書に目を戻す。

 シエラの戦いは中々なものだったが、結局はアイリスやライルほどの力はなかった。

 あれは生体兵器の動きを全く理解していない様子だ。


 たぶん、俺がシステム解放でもしたら彼女は瞬殺だ。

 さすがに学園内で殺人でも起こせば、俺の命も危ないだろう。

 だからシエラには最低限の力で戦うしかなかった。


 まさか毒塗りナイフを隠し持っていたとは思わなかったが……。


「この際、私たちの関係をハッキリとさせるわ」


「たしかに、なんか曖昧だったな。地下牢で交わした条件」


 アイリスはしばらく考えるような素振りを見せると、すぐに俺と目を合わせる。

 彼女は指を立てると言葉を伝え始める。


「一つ、あなたは私を主人とし、私を守る義務がある。

 一つ、私はあなたの主人として、あなたを守る義務がある。

 一つ、あなたは帝国にも連合にも服従しない。あなたは私のみに仕える護衛である。

 一つ、私は例え皇族の命令であっても、あなたに危害を与えない」


 結構と詳細まで規定された契約に俺は「了解」とだけ伝える。

 彼女は非常に満足そうに頷くと、話を続ける。


「あなたを殺そうとする人間は私が排除する。私を殺そうとする人間はあなたが排除する。学園内の人間は殺さない程度にシメていいけど、外部の人間は生け捕りにしてね。私が大元を探るから。あなたが私のために問題を起こしても私が責任を取るから、そこは安心しなさい。でも私には事前に言ってくれると嬉しいんだけど」


「お、おう」


 可愛い顔して物騒なことを次々に言うもんだから、思わず声を小さくしてしまう。

 こういう娘は絶対に嫁さんにしたくないよなぁ……。

 夫婦喧嘩したら裏社会のオジサンを呼んできそうだな。

 アイリスと結婚するには、きっと相当なメンタルとパワーがある人間じゃなければ無理だ。


「ん、よろしくね」


「あ、はい」


 アイリスの差し出す手を恐る恐るを握ろうとした時。

 突然、部屋の窓という窓がカタカタと震え出し俺もアイリスも顔の色を変えて警戒する。そして、ピタリと震えが止まったかと思うと――


「ラウンズ・グループにより派遣された警備学生だ!」


 バァアアンッ!と盛大にドアが蹴破られると、何十人もの生徒が俺たちを包囲する。

 全員の腕章には「ラウンズ所属」と記され、彼らがラウンズと契約した生徒だということが分かった。身なりと顔つき……恐らく、彼らは平民出身の生徒たちだろう。


「大事な商談してる時に邪魔されたら困るんだが……」


 俺が両手を頭の後ろに回すと同時に、何人もの生徒が俺に覆いかぶさり手錠で拘束をする。乱暴に殴られ、革靴で頭を踏みつけられる。

 隣のアイリスも同様に床に押し付けられ、うめいている。

 彼女は生徒たちに両腕を無理やり曲げられると手錠をされ、魔導石のケースを取り外された。


 そして次々と叫ばれる「確保ぉおおおおお!」との刑事ドラマ的な決めゼリフ。


「レイン・サイフラを暴走・制御不能とみなし、アイリス・ベルヴァルトを監督責任不足として拘束するッ!」


 アイリスと目が合う。

 彼女は実に面倒くさそうな表情をしていて、こうして警備学生に拘束されるのは一度や二度ではないのが直ちに分かった。



---



「ついに本性を表したな。この悪魔がっ!」


 制服をきっちりと着込んだ、まさに模範生にも見える少年が俺の顔に蹴りを見舞う。

 俺は床に転がり、鼻血も出るが誰も気にしない。


「そんな事はどうでもいい事だよ。それよりも、彼への処遇に変更を入れざる得ないね」


 一人の蒼髪少女が円卓の前に座ると、足を組みながら俺を睨む。


 医務室で目が覚めたら、いきなりここへの連行だ。

 豪華に装飾された部屋。部屋の中央の天井からは色とりどりの光を放つシャンデリア。大きな円卓と膨大な書物が陳列された本棚。

 アイレック・シルドもここにいる事から、ラウンズ・グループの部屋であると容易に予想できた。


 うめき声を上げながら、上半身を持ち上げる。

 動く度に連中は警戒を強める。

 体中に拘束器具やら、装置やらがまとわりついていた。


「円卓の騎士――ラウンズなのに。席が五つしかないのか」


 かすれる声が俺の喉から響く。


 円卓に用意された椅子の数と連中の数から考えると、ラウンズのメンバー数は五人。

 しかし、円卓の騎士に関する話に従えば席は十三人分用意されるべきだ。


 壁際にも十人くらいの生徒が立っている。恐らく、警備を任された生徒だろう。

 すると、ラウンズには傘下組織でもあるのだろうか? なにせビローシス連合国とは教育システムが違うため、確信は持てない。


 だが、どうやら、こちらの生徒会は力のある生徒にしか参加できないように見えた。


「まぁ、本来はそうなんだけどね。結構前に制度が変わったんだよ」


 誰も答えずに俺を睨んでるのを見て、アイレックが苦笑いしながら答える。

 しかし、今度はアイレックが睨まれることになっていたが……。


 部屋の生徒会メンバーらしき人間を見ていく。

 彼らの腕章にはラウンズを示すドラゴンのエンブレムが縫われている。


 そんな風にキョロキョロしてると、蒼髪少女の警戒した睨みと目が合う。

 彼女は少し迷ったように目を泳がせたが、すぐにハッキリとした発声で口を開く。

 


「…………機械じかけの悪魔」



 ポツリと蒼髪少女から呟かれた。

 その言葉を堺に完全な沈黙が室内に流れた。


「初めて生体兵器が連合国によって戦場に投入され、その人を殺す様を見た魔法陣営の兵士たちはショックでこう繰り返し言い続けたそうだよ。『機械じかけの悪魔 が笑っていた』とね」


 蒼髪の少女は足を円卓から降ろすと、俺の目の前に立つ。

 腕を組み、顔の半分は影で包まれている。ただその影から光っている二つの瞳は俺を直視していた。そして、開かれる彼女の口。


「ボクには君を信用できな――」


「――え? ボクっ娘!?」


「へっ?」


 まじか、初めてボクっ娘に会ったぞ!

 小説や漫画でよく見るボクっ娘だがまさか本当に会えるとは……。


 さっきまでの緊張が一気に弾け飛び、蒼髪は混乱しているように見えた。


「あのね! ボクは真面目な――」


「ほら! マジで『ボク』を使ったな! 聞いたかシールリング?」


 この感動をシールリングにも共有しようと思い話しかける。

 すぐにシールリングは反応を示し、言葉を返した。


《YES――貴重な資料です。録音しました》


「なんでボクの声を録音するの!?」


《再度、録音しました》


「やめて!」


《解析中…》


「あぁぁ……」


 蒼髪は両手で自分の肩を抱くとそのままザザーッと後退する。

 ラウンズ諸君は「oh…」とこちらを見ていたが、アイレックのみが尊敬の眼差しを俺に向けていた。


「まぁ、本当に士官を目指すんだったら――」


 そう言って俺は立ち上がると、全身に力を入れる。

 部屋中の照明が火花を上げてチカチカしはじめた。ショート音と共ににラジオや壁の監視魔法陣が破裂する。


 上手く動力と反発力を組み合わせてから一気に筋力をクロックアップさせて引く。

 バチンッ! と大きな音がすると全ての高速器具が玩具のようにバラバラと破壊された。


「――もっと高級な拘束器具使えよ?」


 ちょっと面白がって笑ってみせる。

 予想通り、室内は悲鳴で包まれた。主に一般の警備生徒たちがパニックを起こして剣を抜いている。

 だが、ラウンズのメンバーは落ち着いて中腰で構えている。さすがだ。

 アイレックなんて座ったまま、イケメンスマイルでニヤリとこちら見ていた。


「あー、拘束器具がおじゃんですよ……。ヘイリーさんリーダーでしょ? どうします?」


 オレンジ色の絵の具に髪の毛を浸らせたのかと思えるほど鮮やかな髪の少女が俺の壊した拘束器具を拾い上げていた。

 どうやら、蒼髪はラウンズ・リーダーであり、ヘイリーと言うようだ。


「おじゃんも何も、ベル。彼は確実に反抗的な態度をとっていた。ボク……じゃなくてワタシは絶対に彼を信用出来ない」


 このオレンジ髪の少女はベル、だそうだ。

 彼女は俺を信用する気はないそうだが、無理もないだろう。俺だったら信用するどころか、疑うな。

 ていうかヘイリーさん「ボク」を「ワタシ」に言い直すなよ。


「ま、信用出来ないのも分かるけど。俺には裏切るメリットなんてないんだぜ?」


「…………」


「そもそも俺は既に連合軍を裏切った状態だ。これで連合軍に戻っても殺されるだろ、絶対に」


「……そうかもしれないけど」


「ヘイリーさん。あんたはただ、納得出来ないだけだろ?」


 俺がそう言うとヘイリーはすぐに顔を上げて、俺と目を合わせる。

 そしてすぐに目をそらした。図星のようだな。


「心奥では生体兵器なんか拷問を受けて死ねばいいと思っている。でも、俺をいとも簡単に手放したくない。違うか?」


「別に……」


 ヘイリーは数歩後退りすると、円卓に身体を預ける。

 片手で頭を抑えて、歯を食いしばっていた。


「…………生体兵器のくせに」


 彼女は疲れたように肩の力を抜くと、俺と視線を絡ませる。

 そして、小さく口を開いた。


「もういいよ。ボクは君を信用――」


「――!?」


 言いかけた所で部屋のドアが突然爆音を上げて吹き飛び、本棚に直撃した。

 さすがのラウンズ諸君も目を見開いて唖然としいる。

 ヘイリーは服装が乱れ、髪の毛がボサボサになっていた。


「――信用も何も、彼は私の護衛ですよ。ラウンズの皆さま」


 砂ぼこりで入り口付近は何も見えないが、そこに二つの光る赤い目があるのだけはハッキリとしていた。

 赤く輝きを放つアメジストの瞳。アブレイム・フラワー保持者ホルダー。アイリス・ベルヴァルトだ。


「ふふふ……アイリス! ボクにちゃんと扉の弁償してよね!」


 ヘイリーは拳を握り締めると声を張り上げる。

 しかし、俺の近くに歩み寄ったアイリスは双剣を持ったまま澄まし顔で答えた。


「もちろん。アイレック? よろしくね?」


 アイリスがニッコリと天使のような笑顔をアイレックに振りまく。

 するとアイレックは背筋を伸ばして爽やかな顔でで答えた。


「もちろんだよ」


 またもやニヤリと笑うと、その場で小切手を書き上げて円卓に叩きつける。

 あ……わかった。アイレック、お前ってプレイボーイだろ?


 そしてアイリスは小悪魔なテクニックを駆使している。将来、凄い旦那さんでも掴まえそうだな。


「もういいよ! 二人を連れ出して!」


 ヘイリーはムカムカしながらラウンズ諸君に向かって声を上げた。

 しかし、男性メンバーの反応はイマイチである。ていうか確実にアイリスから目を逸らしていた。


「君たち、やる気あるの!?」


 ヘイリーが信じられないという叫び声を上げてから、頭を左右に振る。

 なんか可愛いような……可哀想のような……。


「えーと、なんかゴメンなさいね。うちのリーダーってメンタル弱いんです」


 たしかベルとか言ったオレンジの髪の少女は申し訳なさそうに話しかけてくる。

 しかし、急に彼女の視線が鋭く賢いものに切り替わる。


「そこでですね……アイリスさん……。ベルヴァルト家に学園ラウンズのスポンサーになって頂きた――」


「――だから君はどうしてそんなにお金が好きなの!?」


 ヘイリーがベルに飛びかかると、不満そうに声を振りまく。

 ていうか、さっきから声を張り上げっぱなしだな。とても生徒トップのラウンズとは思えない……。


「忙しそうなので、これで失礼しますね」


 アイリスは敬礼すると、俺を引き連れて悲鳴が飛び交うラウンズの部屋から離れた。これがラウンズ・グループの実態である。


「アイリス、お前は解放が早かったな」


「えぇ! そうね! あの上層部の無能のおかげでね!」


 アイリスは不機嫌そうだ。

 そして部屋を出たと同時に次はアイリスが俺の両手を縛り、乱暴に引きずっていく。


 急な事態に俺は混乱するが、その理由もすぐに分かることになった。

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