第九話 - 襲撃
「おい見ろよ。まじで生体兵器だったらしいぜ」
「しかもベルヴァルト家の使用人になったんだろ? ありえない話だな」
「さっさと異端審問会にでも引き渡しとけばいいのに」
気持ちいい、とはさすがに言えない朝を俺は迎えていた。
昨日まではピカピカだった制服も今ではズタボロ。そして、破れた服から覗くのは引き裂かれた皮膚。
かなり痛いが、一応は治癒細胞も機能しているわけだし致命傷になることはないだろう。
「なぁ、シールリング。俺はもう朝から何回襲われた……?」
《十二回の戦闘行為を記録して……ただいまので十三回目です、ユーザー》
チョッカイ感覚なのか、生徒がいきなり飛ばしてきた攻撃魔法を避ける。
魔法の威力はそこそこだが、直撃したら骨折ぐらいはしそうな気がする。
しかし、その生徒の示す反応とは「ちっ」と舌打ちする事だ。かなりモラルが低いと思う。
目を覚ませば、問題ごとが波のように襲いかかっていた。
小屋の窓が全て割られているのはもちろん。外壁は剥がされ、綺麗にしたばっかりの汚れもまたスプレーか何かで落書きされている。
それも、下手な煽り文句を落書きしているもんだから精神的になんかクル。
それにしても、昨日は散々だったな……。
まだ痛む頭を片手で抑えながら、ライルとの戦闘を思い返す。
あの疾風のような速度と密度の高い攻撃。まさに剣豪のようだった。
まぁ、俺がイルーナ・セイリアの恨みを買ったのが原因だ。
セイリア家はブレシア帝国でも有数の武器商人から成長した一流貴族。
あいつらを敵に回したらアイリスの出世コースはともかく、俺の出世コースまでも潰れかねない……。
元々、アイリスとは仲が悪かったようだがどうにかして仲良くさせないと今後は出世も難しいだろう……。
で、それも問題だが。今はさらなる問題に直面している。
しばらく歩いて、教室の前まで辿りつけたのは良かった。
しかし、どうやって入ればいいのかわからないのだ。
「ヘ~イ! キミたち! ノイズ・シリーズの参上だYO! 仲良くしようZE?」
という展開も予想したが、全校生徒からの総攻撃を受けそうなので遠慮しておこう。
教室内でアイリスと合流らしいが……。どうすればいい。なんか、緊張する。
鷲の紋章がぶら下げられた教室を前に、一人の怪しい人影に数えられよう――俺、レイン・サイフラはうろうろしていた。
三十秒毎に服装を整える、その姿はまさに「変質者」そのものだろう。
「でさぁ―――」
「そうなんですか? 私は―――」
廊下の遠くから話し声が聞こえてくる。
ふぅう~。仕方が無い、入る! 入るぞ! 俺は入る!
ドアを押す。
ガチャガチャさせるが、全く動かない。
あれ? 壊れてる?
あれ? おかしいな……。
「なに……してるのよ?」
背後で声が聞こえる。
アイリスだ。目を細めて、俺の行動に注目していた。
「それ、引き戸よ……」
アイリスは腕を組むと、呆れ声で指摘する。
俺としたことが……。
俺は、全身が熱くなるのを感じながらドアを右に引く。
教室中の生徒の視線がイタイ。ついに帝国臣民は精神攻撃まで習得したのか……。
「ど、どうぞ」
ぎこちなく、貴族風の敬礼――右拳を胸の上に置き、頭を少し下げる。昨日、自習した貴族風の敬礼だ。
もちろん、俺の本心はレディーファーストで動いているわけではない。ただ、アイリスの背中に隠れて教室に入りたいだけだ。
そんな、俺の心を読みきったかのようにアイリスはため息をつく。カバンを肩にかけ直すと、教室にずかずか入っていた。
恐らく、こいつは読心術を習得している……。それとも俺の考えが分かりやす過ぎるのだろうか?
ともかく、密着するようにアイリスの後ろを歩く。
そうさ。これは、護衛としての職務だ。別に生徒の視線が怖いわけではない。隠れているわけでもない。
言い訳を自分に言い聞かせながら、アイリスの隣に座る。
「おい。本当に犬ころみたいに懐いてたぞ」
「所詮は生体兵器だよ。馬と同じ要領さ」
「あんな奴、拷問にでも掛けられればいいのにな」
ボソボソと聞こえてくる。アイリスは無表情で教科書を取り出し、ペンを握る。
一限目の授業は「近接戦闘術」である。射撃(遠距離攻撃)魔法を使わず、魔法で身体強化を行なった状態で科学陣営の兵士あるいは生体兵器と格闘するための技術を指導する。
まぁ、科学陣営は銃火器を装備してるから勝てないだろ(笑)と、突っ込みたかったが袋叩きにされそうなので止めておく。
それにしても、授業内容からして俺が使われそうなものだ。
そして、教官の説明を聞き流してると。
「それでは、アイリス・ベルヴァルト。君の護衛の使用許可を頂きたいのだが」
魔法陣営では絶滅危惧種であり、希少種である筋肉マッチョの教官がアイリスに声を向ける。そのしなやかな筋肉は並みの鍛え方では不可能だ。
しかし、アイリスというと目も合わせずに「はい」と答えた。
いいのかよ。すごく嫌なんだけど。
アイリスに促されて立ち上がる。
教室の構造は会議室のようで、長いデスクと椅子が上に行くほど、階段のように高くなっていくやつだ。
生徒も弧を描くように丸く配置されており、真ん中の教壇を中心にしている。
とにかく、凛とした表情を維持しつつ教官の前に立つ。
「レイン・サイフラです」
貴族風の敬礼をすると教官は満足そうに、
「私はロイベルだ!」
彼も拳を胸に当てるが、それと同時に胸の筋肉がプリッと引き締まらせていた。
とりあえず、彼とだけは喧嘩したくない。絶対にだ。
「これより、生徒たちの相手をしてもらう。この結界の中で頼むぞ」
「いやあの……。俺たち生体兵器は魔術師を駆逐するための存在ですよ? そんな俺に魔法も使わずに戦うって……。正直、逃げたほうが賢明です」
「まぁ、大人の事情だ。茶番に付き合ってくれ」
一応は忠告しておく。しかし、彼は少しだけ苦笑いするだけだった。
教官が手を叩くと、結界に魔力が供給され始めた。結界の広さも結構なものだ。
結界が展開を始めると、ロイベル教官も教壇や教科書などの物を端に移動させる。
それを終えると傲慢な筋肉がむき出しの腕を俺の首に回すと、
「この結界内では攻撃の拡散を封じるものがあるが、あまり生徒を大怪我させないでくれ。複雑な怪我は治癒できないしな」
ロイベル教官が俺にだけ聞こえるように注意する。
たしかに、何か問題が起きたら教官の社会的な命が危なさそうだな。
俺は黙って頷くと、生徒たちに目を向ける。
「では、誰が一番だ!」
教官の「一番」という声に反応し、ほとんどの手が勢い良く挙がった。
---
面倒くさいので結論を言う。
めっちゃ弱い。少しひねる感覚の力で生徒は吹き飛ぶ。
それに、ほとんどの生徒は追い詰められると攻撃魔術を使う。ルール違反だろ、格闘術を使えよ。
すでに、三分の二の生徒は負かした。
残りの立候補生徒もぶるぶる震えて教科書を読んでるふりをしている。
あの女子生徒なんか、逆さまの教科書を読んでいた。そこまで、怖がられると少しリアクションに困るものだ。
俺が溜息を付いていると、一人の少女が結界内に入って来る。
「……シエラ・ルーニスです。よろしくお願いします」
ジャボの宝石の色はレッド。一年生ということは、アイリスの後輩に当たるな。
銀髪を青いシュシュで二つにまとめている。まぁ、ツインテールという髪型だ。
手には実戦用の杖をもち、防護素材のマントで全身を包んでいた。
ん? 杖? マント?
――っ!
一筋のレーザーが俺の頬を掠めていく。結界が破られ、そのまま壁を破壊する。
まさか、と思い彼女の瞳を見た。瞳が黄金色に変色している。
腰には例のケース。アイリスやライルと同じ「化け物級魔術師」だ。
しかし、彼女は何かがまた違う。膨大な魔力を感じないし、検出もされない。
だが、彼女の放ったレーザーには莫大な魔力が圧縮されている。
銃火器で例えると、スナイパーにでも当たるのだろうか。
しかし、連射もできるようで、色々と厄介そうに見える。
「おい! シエラ・ルーニス! 実戦魔術を使うな!」
教官が飛び込もうとするが、他の生徒たちが押さえつける。全員、俺に叩きのめされた生徒だ。
アイリスに目を向けるが、あくびをしていた。
泣けてくる。
「おまえら! 遊びじゃないんだぞ! アレは国家レベルで重要なんだぞ!」
「アレ」扱いされたのは、少し気が滅入るが、法律上もノイズ・シリーズは実質的に「物」だ。仕方がないだろう。
しかし、誰だ? このシエラって少女は?
目を刃のように鋭くして杖を向けてくる。殺気が半端ない。
ケースから発せられる色は「金色」。
なるほど、それで瞳も金色に輝いているのか。
アブレイム・ゴールドの効力は「魔力圧縮」。高圧鍋のように魔力を凝縮した後に、優れた射的能力でそれを俺に当てる魂胆だな。
まさにスナイパーだ。
「私の事、覚えてますか?」
ルーニス家。もちろん知っている。
しかし、彼女の顔には全く見覚えがなかった。しばらく「んーとね。えーとね」みたいに疑問符を丸出しの顔で彼女を見ていると、シエラの歯ぎしりする音が聞こえる。
「……当たり前ですよね? ありえませんよね? 何千人も殺して、私のことを覚えてる、なんて」
俺の予想が正しければ彼女は「復讐」をしたがっている。だが、それの確証が見つかるまでは下手に答えられない。
無言で黙っていると、シエラは悔しそうに声を押し出す。
「それなら、言い方を変えます。『スマトルア要塞』を覚えてますか?」
――確信する。
ルーニス家。ビローシス連合国との国境線近くに存在した、軍事要塞施設を管理していた一族だ。
その内の一つが、スマトルア要塞。攻略価値は中の上ぐらいだが、俺が単独で壊滅させた事から結構有名な要塞である。
そもそも、あの要塞の兵士たちは堕落していた。いつも、敵味方問わずに周辺の村に押し寄せては強奪も誘拐も暴行もする。連合軍でさえ「うわぁ……人間じゃねぇ……」と周辺住民に同情するほどの堕落要塞だ。
その事実をブレシア帝国の一般臣民は知らないようだが。
攻略当日は、ルーニス家が長男のドグルス・ルーニスを派遣していた。
彼が頭脳明晰なのに間違えないが、指導力がない。
そして、堕落兵士たちは逃げることばかりを考えていた。
俺はただ数人の兵士を晒し上げただけで、監察兵と脱走兵の殺し合いが始まった。
あとは体制が崩れた要塞の爆発装置を起動するだけの簡単なお仕事だったな。
「あぁ。覚えてる」
「じゃあ! ドグルス兄さまは?」
シエラが目尻に涙を溜めて声を張り上げる。握られた両手の拳はブルブルと震え、頬は真っ赤に染めている。
瞳からは確かな殺気を発し、真っ直ぐと俺に向けられていた。
彼女の質問に、ゆっくりと答える。
「死に様まで覚えているな」
「それなら覚悟して下さい。N-102――レイン・サイフラ!」
急にシエラの魔導石が高速回転をケースの中で始め、火花を散り始める。
その魔力は直接、彼女の杖に集中される。
あ、やばいなこれ。
「――くそっ!」
耳の鼓膜を破る勢いの爆発音とともにレーザーが彼女の杖の先端から射出され、俺の首筋の肉をもぎ取っていった。
太い血管を破られたようで、大量の血流が吹き出し意識が朦朧とする。
「シールリング……! 治癒機能を全て首に回せ」
《YES》
首からは教室中に雲でも出来るのではないのかという程の熱気と蒸気が吹き出され、フル稼働で治癒が開始していた。流れ出ていた大量の血が少しずつ引いていく。
それを見たシエラは「ちっ」と舌打ちをすると、タタタと俺のすぐ近くまで走り寄った。同時にシールリングがいくつもの攻撃予測ラインを叩き出し、全身の筋肉の微調整を行う。
だがそれよりも早く、シエラはその小さな身体をまるで滑らすように俺の目の前まで移動させる。鼻と鼻が当たるか当たらないかの距離。
そして彼女は腕を大きく引くと――
「ご覚悟をお願いします」
一気にシエラの拳が俺の腹に食い込んだ。
まるでロケットのように段階的に加速した拳は内蔵を破裂させる勢いで食い込み、視界の網膜ディスプレイに激しい砂嵐が映し出させた。
「――ぐっ!」
血の塊が俺の口から吐出され、シエラの顔を汚した。
それでも彼女は歯を食いしばり、金色の瞳で俺を見定めたままで拳を食い込ませ続けている。
……待てよ。
ゴールドの効力は魔力圧縮。
今のパンチはただの加速と硬化の効力しかか現れていない。
シエラとともに宙に浮かぶ中、彼女の魔導石が急に高速回転を再開したのが目に入る。そして頭のなかで一気に到達する最も最悪な結論。全神経は瞬時に対処へと動く。
「腹部から放電34%!! シールリング!」
《YES――衝撃に気を付けて下さい》
シエラの拳が食い込んだ腹部から無理やり放電をする。
この放電行為はあまり奨励されないアクションであり、場合によっては自身の強化装置が故障する。
できれば手の平から安全に放電したいが、今の状況ではこの危険な方法に掛けるしかない。
「うあ゛!」
一気に電流がシエラに放電され、衝撃と痛みに思わず自分も叫び声を上げる。
脳や電子機器にダメージが行ったようで、様々なエラーが視界に表示されていく。
しかしシエラも「くっ」と声を漏らすと、弾け飛ぶように地面にたたきつけられた。
そして少し遅れて。
――パァァアン!
空中で不安定な魔力の塊と俺の流した電流が絡み合って、爆発を起こす。
その威力はまるで小型爆弾でも爆発したかのようだ。
シエラはとっさに防衛魔法陣を展開し、身を守る。
俺もすぐに手の平を前に押し出し、放電による干渉を利用したシールドを編み出した。
「……よく分かりましたね」
「お前……俺をグチャグチャにでもする気か?」
先ほど、シエラは「加速」により拳を俺に食い込ませた。
そして「硬化」により威力を増させ、俺の腹に切り傷を付けた。
最後に彼女がやろうとしたのは圧縮魔力の「流し込み」だ。
そんなのされたら、自分の身体はバラバラに破裂だ。
かなりやばい攻撃だな……。
あまりの強さに自分は剣を抜くことすら出来なかった。
間違いなくこのシエラは「強敵」だ。
アイリスの方に目を向ける。
彼女は同情した目を――シエラに送っていた。
おいぃいい! 裏切り者が! 一応は契約をした者同士だろ!
なに、向こう側に同情してんだよ!
よく考えたら、アイリスは復讐が目的。そして、シエラも俺に復讐が目的。
とんでもなく、気が合いそうな二人だ。なるほど。
「なぁ、シエラさん。兄の復讐をしたいなら、その杖は俺に向けるもんじゃないな」
「……なんで?」
ゆっくりと剣を抜き、シエラに話しかける。
彼女は口を少しだけ緩めて、俺の言葉の続きを待っていた。
「お前の兄を殺したのは――帝国兵士だよ」
俺の発言を聞くなり、シエラは驚きで足を少し震わせてから数歩さがる。
周りの生徒も騒然とし始めていた。アイリスの顔は見たくもないので、どんなリアクションをしてるかは分からない。
しばらくの静止を後にして、シエラが片足をグッと引く。
瞳孔を一瞬にして開く彼女の姿が目に入った。なんか、吹っ切れたみたいだ。
「もう……お願いだからもう倒れて下さいっ! お願いだからッ!」
シエラは涙目になると、ろくに圧縮もされていない魔力弾を乱射する。
……こいつ。どうやら、心の奥ではとっくにこの事を知っていたようだな。
でもそれを否定して、俺への恨みで今日まで生きてきたか。
「マジでふざけんなよ!」
すぐさま、シールリングが彼女の攻撃予測ラインを叩き出す。
俺はそのレーザの中を駆け抜けながら近づくと、彼女の手首を捻ってから蹴りを顎に突き上げる。
「うっ!」
シエラは一瞬だけ目をつむり、よろめく。
これで彼女も落ち着くかと思ったが……
「――このっ!」
シエラがそう叫ぶと腰からナイフを何本も同時に抜き、俺にめがけて投げる。
ナイフは直ちに加速され弾丸のごとく、俺の腹に突き刺さった。
体勢を整えようとするが、すぐにシエラの白い太ももが視界に現れ、重心がよろめいた。シエラは体ごと俺に飛びかかったようだ。
シエラの細い身体を蹴り上げ、気絶させようとするが――
彼女も足を蹴り上げ、俺の腕を捻り上げる。格闘術も上等なようだ。
しかし、所詮は学生。
ちゃんとした訓練をした俺に勝てるわけもない。
……ちなみに、ライルとアイリスに負けたのはノーカウントだ。あれは事故に含まれる。
隙をも与えずに、シエラの頭を地面に叩きつけ――腹に刺さったシエラのナイフを一本だけ彼女の肩にお返しする。
「あ、うぅ……!」
うねり出すような悲鳴をシエラが上げると、荒い息遣いのまま反撃をしなくなった。
少しやり過ぎたかもしれない……。
いや待て、どうしてナイフが肩に刺さっただけでシエラは戦闘不能になったんだ?
《ユーザー、体内で毒素物質が検出されました。直ちに処置をしてください》
急に身体が重くなり、シエラの横にうつ伏せの体勢で倒れる。
シエラの荒い息遣いが耳元で聞こえていた。
「おまえ……やりやがったな……」
「…………うぅ」
あのナイフは毒塗りだった。
シエラは苦しみでうーうーと唸っていた。
自分も視界がぼやけ始め、網膜ディスプレイに「警告」が映し出されるのをぼんやりと見ることしか出来なかった。
指の一本も動けずに、治癒細胞はダメージに反応して蒸気を発していた。
しかし、治癒細胞では毒の浄化は不可能。すなわち、ノイズ・システムが暴走中ということだ。
今更ながらアイリスの声が聞こえる。
彼女の綺麗なエメラルドグリーンの瞳を最後に、俺は意識を手放した。