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神社と浴衣と絡めた手

作者: 碧尉翼

 最後の帰省は半年前のお正月。東京で父親と暮らしている私は、地元のお祭りに備えて福島の実家に帰ってきた。

 まだよちよち歩きのころから慣れ親しんでるこのお祭りのためなら、学校の講習も喜んでばっくれてやる。例年通りなら友達を誘って屋台を練り歩くところだが、今年は少し事情が違った。

 こう、ね、やったことないメイクして。

 キスされるかなぁなんて甘い妄想垂れ流しながらグロスなんか塗っちゃって。

 着慣れない浴衣を頑張って着付けてもらって。



「ねぇ。わたし、可愛いかな?」

「なになに? デートにでも行くのー?」

「ばっ……ばか! そんなんじゃってかなんで知ってるの!」

「あんなに惚気られてりゃバカでも気づくっつーの。はいはい可愛いから可愛いから。頑張って彼氏落としてこいよ」



 丁寧にお端折り調節してくれる友達にからかわれて背中叩かれて、気恥ずかしくなりつつも下駄をカコカコ鳴らしながらいそいそ小走りで祭り会場へ。



 財布とスマホ、ハンカチティッシュ、それと、あと、なんだっけ。物と気持ちを詰め込んだ巾着をぎゅっと握りしめて辺りを見回す。

 祭りは大いに盛り上がり、人がわらわら行ったり来たり。暗い夜にパッと屋台の電灯が眩しい。ぼんやり照らされた人の顔はみな同じに見えた。人ごみをすりぬけて待ち合わせ場所に急ぐと、彼はすでにそこにいた 甚平を着こみ、祭り会場手前で配られていた業者のロゴ入りうちわでパタパタと顔を仰いでいる



「祭りの日に衣装とか、浮かれてるみたいで好かん」



 まだ付き合う前のハロウィン、そう言って仮装を断っていた彼が、お祭りの日にこんな“浮かれた格好”をして来てくれるなんて。おととい電話口でぼそっと呟いた「甚平着てる人って、日本男児って感じがしてかっこいいなぁ」を意識してくれたのかと思うと、勝ち誇った気分になる。




 私のことを見つけた彼がうちわをひらひらと振ってくる。

 そんな何気ない仕草さえかっこよく見えて、約半年ぶりの早く彼に会いたくて裾を持ち上げ駆け寄った



「甚平、着てくれたんだ! かっこいい!」



 そうかな? と彼は照れくさそうにはにかんだ。

 私は人の笑顔が好きだ。笑顔を見るとほっとする。怒ってないんだ、自分のこと認めてくれてるんだと安心するのだ。

 安心ついでにむくりと湧きあがったいたずら心が、彼を困らせてみたいと私をそそのかした。軽く腕を持ち上げ、くるりとその場で回ってみせる。



「どう?“浮かれた格好”で来てみたけど、似合う?」



 言葉の意味をはかりかね、彼は一瞬だけ固まったが、すぐに気まずそうに下を向いた。

 「あー」だか「うーん」だか聞き取れない唸りを発し、首に手を当てあたりに視線を散らし、たまにこちらを見てはすぐ逸らし。はぁ、と一息ついて意を決したように言った



「可愛いから許す」



 二人とも俯いて固まってしまった。顔を真っ赤に染め上げて。



「……っほら、食うんだろ、行くぞ」



沈黙に先に音を上げた彼がぷいっと向きを変え歩き出す。

その腕を捕まえてさぁ、夏祭りの始まりだ。

『じゃんけんで買ったらもう1本』 太っ腹な屋台で彼も私も見事に勝ってお得にウキウキほおばったチョコバナナ。

『東京のは小さいくせにおいしくないんだよ』 そう減らず口を叩きながらはんぶんこしたかき氷。

『はい、あーん』と口元に寄越されたので食べようとしたらお約束のようにひょいっと取り上げられたたこ焼き。

 正直、話していた時間よりも食べていた時間のほうが多かったかもしれない。



 祭りも終盤に入り、最後のイベント花火大会まであと5分。

 人ごみにまぎれて見るのもよかったが、「いい場所がある」という彼に連れられやってきた山の中。登山コースをそれて苔むす階段を上り下り。やがて見えてくる開けた場所にポツンと古びた神社があった。えんがわのほこりをはたき並んで座る。

 山の中の神社、それも夏の暗い夜といったら心霊スポットにしかなりえないような場所なのだが、この神社周辺は木が開けており空が見え、祭りの赤ちょうちんや月明かりがほのかに届く。心霊スポットというよりは、神聖スポットと形容したほうがしっくりくるな。



 こんな場所があったなんて知らなかった。そう感想を述べる前に、最初の花火が打ちあがった。

 轟音を挙げて真夏の夜空に咲き誇る大輪の花。花束のように咲き乱れ、噴水のように打ちあがる。大玉小玉スターマイン。確か1発3万円。人件費などを含めるときっともっとそれ以上。何百万もかかった芸術がタダで見れるなんて、私はなんてついているのだろう。


 それも、大好きな人の隣で。



「ふへーキレイだねぇー」

「だな」

「あ、今変わり種あがった。なんだあれ、スイカ?」

「今度はなんだ……ピカチ●ウか?」

「うっそだぁーピ●チュウの口は赤い点いっこで表せるもんじゃないよ」



 次々上がる花火の感想を言いながら、私は自然と、縁側に手を付く彼のそれに自分の手を重ねていた。

 すると彼は手をひっくり返し、指を絡めて包み込むように握り返してくれた。

 渾身の力を込めて握り返してあげると、彼も同じ力でぎゅっとしてくれる。すぐ反応が返ってくるのが嬉しくて、大きくて温かい手が心地よくて、まるで心まで包み込まれているみたいで。手を握る、たったそれだけの行為なのに、とてつもない愛を感じた。

 あ、私、愛されてるな。

 そう実感できるたびに、嬉しくて嬉しくてとてつもなく嬉しくて、



「……おい」



いつの間にか涙が出ていた。



「どうした、大丈夫か? どこか痛いか鼻緒でも擦れたか? さっきむちゃな道歩かせちゃったから……」

「ううん大丈夫。ただちょっと嬉しすぎただけ」

「ほんとか?」

「ほんとだよ」

「ならいいけど……。いきなり泣くなよ、不安になるだろ。お前転校するときも大泣きしてたろ。オレあれがずっと忘れられなくて。お前が泣くと転校思い出して不安になるんだよ。またお前がどっか行っちゃうんじゃないかって」

「……じゃ、もっと泣こうかな」

「バカ」



 彼のハンカチに涙をぬぐってもらいながら、私も転校のことを思い出していた。

 あれはちょうど2年前、中3の夏。家庭の事情で東京に引っ越すことになり、みんなが準備してくれたお別れ会で盛大に泣いてしまったのだ。

 湿っぽいのはどうも苦手で、最後くらい笑顔でお別れしたくて、「一言どうぞ」と言われ泣かないぞ泣かないぞと笑顔でみんなの前に出たのだが、口を開いた瞬間、声より先に涙がこぼれた。胸がツキッと痛むような、そんな思い出。



「幸せすぎて怖いって、このこと言うんだね」

「怖い?」

「怖いよ。もしこの幸せがなくなったらって思うと、すごく怖い。心の支えがなくなって、どうしようもなくなりそう」



 我ながら重い気持ちだとは重々承知している。重たいうえに依存しているのだ。寄りかかっているのだ。いつ捨てられても、きっとおかしくない。

 けれどそれを、彼は支えてくれる。



「……なくなんなぇよ。お前は何回も転校繰り返して、別れはいつも唐突にやってくるって、前話してくれたよな。前触れもなく、準備もさせてくれなくだっけか。だから別れを辛くさせたくないから、踏み込んだ関係にはなりたくないって」



 そうなのだ。私は過去、小学校も中学校も何校も渡り歩いた。

 せっかく構築した友との思い出があっけなく捨てられ、全く新しいなんの基盤もない友人関係に放り込まれる。頑張ってそこから新しい関係を作り出すことはできるが、それもその場にいた友人らにとっては「途中から入ってきた」関係。自分のいない間にすでに作り上げられた関係と思い出は一切共有することができないのだ。自分の知らない過去の思い出に花を咲かせる友人たちをただ見ることしかできない辛さは、経験しないと分からない。

 どうしようもないハンデを抱える中でやっと作り上げた関係も、引っ越しによりまたあっけなく壊された。



 そんな日々を繰り返されるうちに、嫌になってきたのだ。

 どうせ別れるのだから、わざわざその別れをもっと辛くさせる必要はないだろうと。

 だから、踏み込んだ関係はもう、終わり。



 いつだか、そんな話を彼にしたことがある。けれどまさか覚えているとは思わなかった。

 ゆっくり、考えて考えてやっと見つけたつたない日本語で、彼は言葉を続ける。



「踏み込んだ関係が嫌なくせに、オレと付き合ってくれてるのは、オレを信用してくれてるんだろ。オレのこと、大事に思ってくれてるんだろ。オレはお前の気持ちを誰よりも知ってるつもりだし、誰よりも守りたいって思ってる。お前を傷つけることだけは、絶対にしない。だから」



 視線を感じて見上げると、彼がまっすぐこちらを見ていた。黒目が一心に注がれる。花火の色とりどりな光が彼の顔を照らし、それが作り出す陰影にぞくっとした。彼は、いつのまに少年から男になったんだろうか。2年前は感じなかった色気に、包容力に、そして愛に、腹の奥から熱いものがこみあげてくる。



「だから、安心してほしい。オレはずっと、そばにいるから」



 きゅっと重ねた手に力をこめられて、こらえきれずにこみあげた熱を目からあふれさせた。

 泣いちゃだめだ。泣いたら不安にさせるだけだから。そう自分をいさめようとしても涙は止まらない。頬を伝い、ぽたりぽたりと顎から滴っては浴衣に染みを作る。

 ふいに抱き寄せられて、すっぽり身体を包まれた。繋いだ手はそのままに、空いた腕を背中に回される。

 大きくて温かくてとっても安心して、我慢していた声を上げて泣いた。彼の肩にしがみつき、胸に顔をうずめる。私が落ち着くまでずっと、彼は黙って背中をさすってくれた。





「落ち着いたか?」

「うん」



 どのくらいの時間、泣いていただろうか。まぶたがやけに腫れぼったい。動く気力がなくてそのままもたれかかっていると、やがて呼吸も整ってきた。

 背中をさする手は止まったが、彼は腕を解こうとはしなかった。私もまた離れようとはしなかった。自分の涙で甚平が湿ってしまっている。あとで洗濯してあげよう。



「…………」

「うん?」

「あと1年半」

「何がだ?」

「待ってて。私、頭よくなって東北大入るから。そしたら、いつでも会えるよ」

「いや、無理すんな。オレが頑張って東京に会いに行くから」

「ううん行かせて。帰らせて。東京はもうイヤ。あんな緑がなくて物価が高くて空気おいしくないとこもうイヤだ。帰りたい。帰る」

「なんでお前東京行ったんだよ……」

「東京来たい?」

「いや。……分かった」







 待ってるよ。




 いつになく優しい声で、でもはっきりと彼は宣言した。




 だから、早く帰っておいで。




 自然と笑みがこぼれた。今日一番、ううん、今年一番の笑みが。

 待ってくれる人がいる。大好きな場所で、大好きな人が。たったそれだけで、東京の光化学スモッグや排気ガス、確実に酸素より二酸化炭素のほうが多い汚れた空気にも耐えられる気がする。

 変わらぬ想いと輝かしい未来を信じて、同じタイミングで互いの手を握り返した。

自分が田舎から上京して23区内に住んでいるのですが、定期的に田舎の緑を欲して発作が起きます。

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