【N】 新人歓迎
団長の一声で、酒場の中に強い一体感が生まれた。
騎士団の若い人達も、そうでないオジサンや女の人達も、全員だ。
副団長の奢りで、というのに何かしらの含みがある気がするけど、基本的にこういうのが好きな、面倒見の良い人なんだろう。
必要以上に鋭い目つきも、機嫌が良い内は男前だ。
「飲んでる? ジェイドも、君の歓迎会――とか言ってたし、遠慮する必要ないと思うよ」
すぐ隣で、声がした。
ステラさんはすっかり他の客に絡みまくってたし、何となく従業員ポジションを捨て切れないで遠巻きに眺めていたら、やって来たのは副団長のフェイトだ。ちゃっかり、カウンターの中まで入って来てるし。
人の好さそうな笑顔だった。
「でも、支払いは副団長さんですよね?」
「うっ…! それを言われると辛いけど……でも、君一人分くらいなら!」
俺が指摘すると、あたかもそこを刺されたように、胸を抑えてよろめく。……良いリアクションだ。
最終的には、冷や汗のようなものを垂らしながらも、グッと親指を立てて意を決する副団長。
彼に誘われ、ジェイド団長のおわすテーブルへとお邪魔する事になった。
先刻から見ていたけど、その席には代わる代わる、絶える事なく人が集まっていた。
彼らの表情はどれもにこやかで、楽しげで、偶に上座の彼が人の悪い笑みを見せたりすると、途端に狼狽えたりして。
この国の騎士団長という人物が、部下や民の心にどれだけ大きな影響力を及ぼし、そして慕われているという事を、そこから読み取る事が出来るようだった。
「団長さん、ご馳走になりまーす」
テーブルへ来て早速、件の赤ワインをいただく。
ステラさんも絶賛していたが、確かに良い香りだ。
「ジェイドでいい。ここじゃただの客だ。……あと、ご馳走してくれるのはコイツな」
「わ、わかってるよーもー! うう、何度も言われる度に、その事実が重く圧し掛かるよ…」
二人の微笑ましい(?)やり取りを肴に、一口含む。と、瞬く間に口の中へと濃厚な味が広がった。
これは……かなりパワーのある感じだね。なるほど、ステラさんも団長さんも、こういうのが好みなのか。
というか、なんかフェイトさんが不憫になって来た。
そもそも何故、彼は本日の酒代を負担するという話になっているのか?
どうも会話の節々から、ここに来る前に何かあったらしい事は窺えるんだけど――
「フェイトさん、何かやらかしたんですか?」
考えても埒が明かないので、直接尋ねる事にした。
「あぁ……ちょっとな、いたいけな新人どもの心を弄んだというか」
するとジェイドが意外にもあっさり、ただし何故か苦虫を噛み潰したような微妙な顔で、教えてくれて。
とはいっても、何か漠然としてよくわからないんだけど、その説明ではどうやらフェイトの方に非があるらしいように聞こえる。
心を弄ぶ――といって思いつくものといえば、まずは男女関係だよね。新人の女の子に手を出しちゃったとか、そんな感じか。それは確かにいけない。
「うわあ……見かけによらずやり手なんですねえー」
ただ、お世辞にもキチンと手入れされているとは言い難い彼の容姿を見たら、とてもそんな事をするような人には見えなくって。
……もしかしたら、もっと別の理由なのかもしれないと思わなくもなかったけど、とりあえず一番に思い浮かんだ仮説が面白そうだったので、このままいく事にした。
「君も、顔に似合わず結構抉って来るね……」
と、ちょっぴり恨みがましい視線を向けられたような気がしたけど、気にしない。
「そ、そういえば、ノア君は、ここに住み込みなんだよね?」
一旦話を中断して、ワインを味わっていると、急にフェイトが話を振って来た。何が何でも、話題(というか標的)を変更させたいのか、声も裏返り気味でかなり無理やりな感じだったけど。
ただ、質問は予想できた範囲内のもので、
「はい、住む場所も探してたんで丁度良かったですー」
なんて、無難に答えると、
「という事は、あのステラさんと同じ屋根の下……! 前のヒューゴ君は草食系で人畜無害な好青年だったけど、君はどうなのかなそこんトコっ?」
リアクションまで予想通りだった。
……ま、そうだよね。ステラさん、中身のアレさはともかく外見は間違いなく美人だし、プロポーションも抜群。
これは男として、意識せざるを得ない。が――
「はあ。……昨日の今日で、まだ何もないですよ。というか、逆に喰われそうなんでちょっと……ねえ」
如何せん中身がアレすぎる。
それはきっと、ここへ足を運び彼女という人となりを知った誰もがそう思う事だろう。俺も、早くも一日目で充分すぎるほどに理解した事だし。
「そうだよねー。いや、良かった! ジェイドの恋敵登場かと思って、僕ちょっとひやひやしてたんだ!」
勿論フェイトも例に漏れず、同意の相槌を打つ。の、だが。
何だか今、聞き捨てならない事を言われた気がする。
ジェイド――つまり騎士団長閣下の恋敵とか何とか。
つまり、そういう事だ。今、俺と同じテーブルで、豪快でありながらも品位を損なわない程度の洗練された所作をもってワインを嗜んでおられる、ジェイド騎士団長は、どうやらステラに気があるらしい――
流石、一国の騎士団をあずかる程の人間ともなれば、器の大きさも凡人とは桁違いだ。
――と、いうのは、彼の良きパートナーである、副団長閣下のちょっと(?)お茶目な冗談なのだろうけど。
ただし、そのちょっとした悪戯の代償は計り知れない。
「……おいフェイト。この店で一番高い酒頼んでいいか」
「ノーアー? 今なんか言ったかしらあ。この王都でも指折りの淑女とまで言われたステラさんに、もう一度聞かせてくれなあい?」
店内の温度が一瞬にして下がった。
何だこれ、何て氷魔法だ。
えっ? ていうか、俺も巻き添え? ステラさん、貴女さっきまで別のテーブルに居ませんでしたか!?