【J】王都巡回
フェザーリオ王国は一部の者には理想郷と呼ばれている。そう呼んだのは避難してきた他国の民だったか。
年若いが穏やかで優しい王と、王以上に正義感の塊の王妃が統治するフェザーリオ国。2人の子は双子で性質も好ましい。成長が楽しみだ。王族が安定して健やかだと国に反映されるということなんだろう。まぁ、傍に仕える者としては色々あるがこの国を護る任に就いていることは密かに俺の誇りだ。
来る者拒まず、去る者追わず。そして、外敵は許さず。国の方針はと聞かれればそんなところだ。それを護るためにはどんな事態にも対応できなくてはならない。そしてそれには優秀な人材を育てることも必須なのだが……。
「……踏み込みが甘い。」
「はい!」
「お前は踏み込み過ぎだ。死にたいのか?」
「!」
「…………任務に戻れ。」
新人の部下の怯えに内心でため息をつき剣を退いて城内に足を向けた。背中越しに敬礼を感じながら足早に廊下を歩く。任務の時間を縫うようにして新人に戦闘指導をするのも日課なのだが10人中7人が怯えて動きが悪いという能率の悪さ、それを増長させている原因は……
「眉間に皺が寄っていると余計に怖がられるよ、ジェイド。」
のんびりとした楽しそうな声音が唐突に横に並んだ。海藻のようにうねった白い髪を大雑把に括ったメガネの青年。彼の名はフェイト・グローリー・シェイラ。人畜無害に見えるがとんでもない。今だって全く気配がなく並んできた。
「新人半数くらい残るといいよねー。今回の子達って冗談通じない子多そうだしなー。」
「冗談?」
「団長に睨まれて即死した敵がいるよって眼力の強さを熱弁したんだけど。」
「やっぱり、てめぇか!毎回毎回、副団長自ら人を減らしてどうするんだ!」
「んー、でも見込みがないのが増えても仕方ないでしょ?この国を護るための最前線であり同時に最後の砦である騎士団には。……ね、騎士団長ジェイド?」
悪ふざけなようで至極真面目で冷静な彼なりの人事試験。言っていることも真っ当だから余計に性質が悪い。その意図は納得できるにせよ自分が毎回引き合いに出されるのが気に入らないわけで。
「ふん、今夜酒奢れ。上司命令だ。」
「はーい、我らが敬愛する団長殿。……じゃ、巡回にもお供します。」
酒を飲むのは好きだ。明るい顔で生き生きと働く民を見るのも。城下に下りれば顔見知りも声をかけてくる。こうして交流するたびに自国ながら良い国だと思う。
「お、団長達!良い酒が入ったぞ。御用達の店に運んでおいた。」
「おぅ、それはうれしいが……また言い寄ったんじゃねぇだろうな。」
「ははっ、あの姐さんが誰に靡くって?」
「確かに。何、ジェイド、狙ってるの?」
「馬鹿か!逆だ、ステラが何かすると面倒事が増える気がするからな。」
下手に発言を抑えるとこの副団長に何を吹聴されるかわからない。そう思って理由を口にしたのだが、
「つまり、酒商いのおじさんの心配かー。ジェイド優しい!」
「! てめぇは当分黙ってろ!!」
裏拳で頭をど突き叫べば、「副団長も懲りないねぇ」と苦笑され、フェイトもへにゃりと微笑う。これも平和だからこそなのだが異常に疲れるのは何故なんだろう。少し遠い気分になってため息をつけば慰めるように声をかけられた。
「まぁまぁ団長。夜目一杯飲んで自分を労わってくれな。あー、そういえば新しい人がいたよ。」
「あ?従業員か?」
「今までいたバーテンダーが結婚するだかで辞めてただろう?姐さんが彷徨える子羊を拾ったのよ、って言ってた。ちょっとしか見なかったけど綺麗な顔した兄さんだったよ。」
「……へぇ。」
フェイトと一瞬目を合わせた。馴染みの店『ジュエル・フィッシュ』のステラ自らが“拾った”ね……。欠員を埋めるという意味では何らおかしいことはないのだが、それが少し気になった。杞憂で済めばいいが警戒はし過ぎて悪いということはない。分け隔てなく迎え入れているということは、不穏因子も容易く入る。尤も、無防備に見えて対策は張り巡らせている。
「順路延ばす?」
「ああ。たくさん動いた後の方が酒はうまいからな。」
「うわ、団長が僕の給料で豪遊する気だ!?」
「ふん、自業自得だ。」
常と同じようで少しだけ違う巡回。周囲を変化に気付かせず、日常を一切壊さずに未然に対応すること。それが俺達フェザーリオ騎士団の使命――。