クリスマスの日に・・・
12月24日
町にはイルミネーションの光が灯り、しんしんと降り積もる雪を美しく映し出している。
街道を歩く人々の顔は笑顔で満ち溢れている。
クリスマスイブの夜。その中を中沢理枝は一人会社での残業を終え自分の家に向かっていた。
せっかくのクリスマスイブなのになんで私一人なんだろ。この日くらいは和也と一緒にいれたらいいのに・・・
通り過ぎる人を見ながら自然とそんな事を思ってしまう。理枝には2年半近く付き合っている相内和也という彼氏がいる。
1年前から少し障害を抱えてしまったが、それ以外は何も変わりないごく普通の人。去年から理枝の勤めている会社で大きな問題を抱えてしまいそれに追われている日々が続いている。それがなければ和也と会うつもりだったができなくなってしまった。だから今年はどんなに忙しくても会うつもりでいるし明日会う約束もしている。実際仕事も順調に進んできているので問題はない。
明日、和也に会える!
そう思うと自然と嬉しくなってきた。だが、今日は特別寒い。理枝は着ているコートをのボタンを閉め、家へと急いだ。
部屋の鍵を開け、自室に入った。町に近いからだろう部屋はいくらか明るかった。部屋の電気を点け、明るくなるのを感じながら荷物を置き椅子に腰掛ける。
今日は一段と体が重く感じられた。
今日も疲れてる・・・・・仕事を急いで終わらせてるからかな。
ふとそんな事を思う。一応今月までに仕上げなければならない仕事があるが
期限までには余裕で間に合う。しかし、ここは明日の事を考えて仕事を終わらせる事にした。机にパソコンを置き、起動させる。起動が完了するまで時間がある。その間、冷えた体を暖めようと思いシャワーを浴びに行くことにした。
―起動を終えたパソコンの画面にメール受信のサインが表示された。
シャワーを浴び、着替えをして机に戻ってきた。パソコンの画面を見てみるとメール受信のサインが表示されたままだった。仕事の前にメールを確認しようと開いてみた。和也からのメールだった。
『お久しぶりです。気がついたらメールを下さい』
5分前か・・・・・
久しぶりに届いた和也からのメール。だけど少し障害を抱えている和也・・・・今日は大丈夫だろうと
『お久しぶりです。そちらは何も変わりないですか?』
返信が終わり一息つく。随分久しぶりな彼からのメール。どの位振りだろう。着替えのついでに淹れたコーヒーを飲みながら思う。彼と出会ったのはいつだろう。たしか、雨の降っていた土曜日だったか。
『メールを受信しました。』
彼からの返信。メールを開くと・・・
『はい、特に変わりはないですよ。ところで・・・・・
『名前はなんでしたっけ?』
やっぱり、こうなるんだな・・・・
久しぶりのメール。でもこうなることはわかっていた気がする。いつもメールをしていてはじめに聞かれるのは私の名前だったから。そんなとき私はただぶっきらぼうに、
『馬鹿』
と返す。どうしようもない思いをメールに込めて・・・
彼からのメールはいつもそうだった。いつも私の事を忘れてしまう。連絡を取り合い何日か経って連絡をとればまた『あなたはだれでしたっけ?』と言われてしまう。
飲みかけのコーヒーを一気に飲み干し私はベットに倒れ込んだ・・・・・・
彼は昔、ちょっとした不注意により交通事故を起こしてしまった。大きな事故だった。幸いにも意識は取り戻したものの、記憶喪失という障害を持ってしまった。最初の頃、彼は事故の前の記憶はもちろん彼女という立場である私の存在をも忘れてしまっていた。事故から何ヶ月かたった今、いくらか回復していって、何日か前の記憶は思い出せるようになっていた。・・・まだふとしたことで忘れることもあるが。
『メールを受信しました。』
ベットに倒れ込んでいた私は、メール受信に気が付き体を起こした。
気づかない内に泣いていたのだろうか私の目は重たく感じられた。
きっと私の目・・・・・・赤いんだろうな。
そう思いながらメールを開く。心なしか私の心も重く感じる。
『思い出しました。また忘れてしまいましたね。すいません・・』
私の心はどうしようもない思いでいっぱいだった。また涙が出てきた。
そう思うと、なんとなくやるせない・・・・
『そういえば、『デートの約束をしていましたよね。3日後でよかったですか?』
ただ、無気力に、はい。と返した。私は本当に馬鹿な女だなと思う。カレンダーに目を向けると彼と約束していたデートの日にちは12月25日になっていた。
3日後じゃないよ。明日だよ・・・・
仕方なくカレンダーに記された予定を書き直した。そして彼からのメールが来なくなったのを確認し、仕事に取り掛かった。しかし、1時間経っても進む気配がない。というよりも、彼とのメールのやり取りに疲れていた。頭は彼の事だけを考えていた。どうしようもない思いで私はベットに倒れこみ枕に顔を沈めた。
私・・悲しいんだな・・・。どうしてこんな事ばかり。
私はまた泣いていた。どうしようもないこの気持ちを全て洗い流すように。
12月27日
あれから3日が経った。本来の日付とは違うが和也とデートの日がきた。この日の私は早くに起きていつも以上に格好を整えてみた。久しぶりの和也との再開に舞い上がってしまっていた私は、
和也私の事わかってくれるかな。本当は和也に忘れられていないだろうか。
という気持ちがあった。私は怖かったのだ、和也に忘れられてしまった時の自分自身に・・・とにかくも私は和也に逢うという気持ちだけを思う事にした。身仕度を終え、私は部屋のドアを開けた。
今日の空は雲一つなく透き通るくらいに青かった。
今日はいい天気だね。
こんな晴れ晴れとした空の下でデートできる嬉しさに心踊らせながら待ち合わせ場所に向かった。しかし消し忘れた部屋のテレビの天気予報では雨が降ると告げていた。 彼との待ち合わせ場所は駅前の公園だった。予定より早く着いた私はそばのベンチに腰掛けることにした。クリスマスを過ぎたからか、通る人のほとんどがスーツを着たサラリーマンで休日という感じがしなかった。それでも子供を連れた女性などがみられた。 こんなにもゆっくりした休みは久しぶりだな。そんな事をふと思っていた。
――プルルル・・・
携帯電話が鳴り、バックから取り出した。和也からのメールだった。私はメールをみた。
『今向かい側にいますよ。もう少しで傍に行けます。』
メールをみて辺りを見渡す。和也はどこにいるのだろうと…しかし和也がどこにいるのかわからなかった。ふと、ベンチから立ち上がる。その時―――ドン、という音が聞こえた。私だけに聞こえたのではなく、周りにいる人のほどんどが聞こえていただろう。
なんだろう――……
私は心の中でもしかしたら……という不安を抱いていた。
「キャーー!!誰か、誰か!!!人が………」
そんな声が突然響いた。辺りが段々騒がしくなっていく。私は声の聞こえた方に走りだした。気付かない内に雨が降ってきていた。雨で服が次第に濡れていくのを気にする余裕がなかった。私の心の不安は次第に確信に変わっていった。
声の聞こえたところはすでに人が集まっていた。
交差点に横たわった車と同じくぐったりとした男性が一人。私は人込みを掻き分けて倒れてる男性のところに向かった。
次第に体が見えてくる。顔の形がはっきりしてくる。
………和也!!
和也はすでに息をしていなかった。道路に流れた血は雨でさらに赤く染めていっていた。和也の体を起こし顔を覗き込んだ。不思議なくらい穏やかな顔。人は死ぬとこんなに穏やかな表情になれるのかとすら思ってしまうほどに。しかしそれとは逆に体は冷めきっていた。
まるで氷の塊を持っているかのように冷たかった。
どうして……どうしてなの?和也――――
周りの人なんて関係ない、私は泣いた。
おかしなくらい大きな声をだして。周りの人はただ、私をみているだけだった。
和也。デートするんでしょ?ねぇ…和也ああぁぁ!!!
無常にもこんな運命を引き起こした神様叫ぶように、ただただ雨を降らす空に向かって私は叫んでいた。
数日後、警察の人や現場にいた人の話でわかった事だが事故の原因は和也の信号の不注意によるものだった。赤信号なのにもかかわらず歩道を渡ろうとしていたらしい。 この事実を警察の方から直接伝えられた。そして、
「彼の持ち物です。」
といって渡された彼からの携帯電話。私に渡すべきだろうという警察側の意向だった。携帯電話を受け取った私はしばらく彼の電話に触れなかった。
彼の携帯を触ったときにはすでに何ヵ月か経っていた。
携帯を開き、メールを見る。それだけでも彼との思い出がよみがえってきて次第に涙が込み上げる。
彼との思い出ってすごくたくさんあって、深いものなんだな……
泣きながらそう思う私がそこにいた。
6月15日
時計のアラームで目を覚ましベットから起き上がる。カーテンの間から日の光が差し込んでくる。そのカーテンを開けてぐーっと背伸びをした。
あれから何日か私は和也から来ることのないメールを待っていたりした。昔の和也とのやりとりをみたりもした。二人で過ごした時間を取り戻すかのように。でもそれは和也がもうこの世にはいないという事実を私の心に突き刺すだけでしかなかった。
もし……もしも、和也と今会えるなら私は何をしてたのかな。今、私の思ってることは和也に伝わっているのだろうか―――
思いたくもない願いを思ってみたりする。
でも信じよう。いつか………この思いが伝わることを。きっと、届くよね?
私は着替えを済ませて、部屋をでた。ふと空を見上げてみる。空はあの日とは違うどこまでも透き通る青だった。
いつか、この思いが叶いますように。
一つの願いを空に願い、私は仕事に向かった。
初めての投稿です。実はけっこう書いてる内に暗い話になっていきました・・・
実際思っていた話とは違いますが・・・ぜひ、
読んでください。批評とか・・・ほしいです。