episode.7
優真は、最近起きている惨殺事件の犯人が、星稜北高校の生徒であるというところまで捜査が及んでいるのではと推測していた。
優真の余りにも断定的な言葉に、杏奈は驚きを隠せないでいた。
「何故、そう思うの?」
「そんなに難しい話じゃない。一つ目は、あんたが派遣されたのがこの高校だったからだ。」
優真は貯水タンクにかかる梯子に腰を掛けた。杏奈は先程までと変わらず、もう一個の貯水タンクにもたれかかっている。
「高校が情報の集まる場所だから、という話があったな。それも一つの理由だろうが、単純に多くの情報を集めるなら、ここよりも生徒数が多い星稜南高校にいくはずだ。」
「それは、たまたまかもしれないじゃない。」
たまに吹き抜ける風に靡く髪を、鬱陶しそうに払いながら、杏奈が否定した。
「たまたまかもしれない。でも、あんたが言ったようにGRANTという組織が政府直属の、おれみたいな一般人に知られたくないような国家機密の組織なら、たまたまで動く可能性はひくい。おれが推測した通り、能力者対策の組織なら尚更だ。」
「・・・・。」
今度は反論する言葉がないのか、杏奈は黙ったままである。
「二つ目の理由は、あんたが教室で能力の波動ってやつを放ったことだ。あんたはふと気が向いてやってみた、と言っていたが、これも一つ目の理由と同様に、こんな重要なことをたまたまやるとは思えない。 そしてそれに反応したおれを、あんたが犯人と”決めつけて”いたこと、これが三つ目の理由。」
優真は一度、言葉を切った。昼休みに終わりに近づき生徒たちが教室に戻り始めたのか、
校庭から聞こえてくる声が次第になくなってきた。
杏奈が何も言ってこないのを確認すると、優真は再び話始めた。
「更に言うならば、今だにあんたがおれのことを犯人だと思っているのも大きな理由だ・・・いや、正確に言うと”あんたら”かな。」
優真の言葉に、杏奈は今までで一番の驚いた表情を見せた。
「なぁ、そこのあんた。」
優真は足元を見つめたまま、腰掛けている貯水タンクの上に声をかけた。
「参ったね。そこまで気づかれてるとは。」
優真の頭上から若い男の声がした。そして貯水タンクの上から、人影が現れた。
シルバーのスーツをキチッと着こなした男だ。年齢は30代前半だろうか。一見すると、一流企業に勤めるサラリーマンのようだ。
しかし男がまとう雰囲気はただのサラリーマンのそれではなく、底しれない何かを感じさせる。
男は軽い身のこなしで、タンクの上から飛び降りてきた。
「ちょっと!これは私の任務のはずよ!なんであなたがここにいるのよ!」
突如現れた男に杏奈が抗議した。
「誰かさんが一般人にやられそうになってるから、フォローしに来たんだよ。」
「やられそうって、やられてないわよ!!」
「しかし本当に君は何者なんだか、興味が尽きないね。」
杏奈に対して答えず、男は優真を見定める様に見た。
「ただの高校生だが・・それは褒め言葉だと捉えておくよ。」
「それで構わない。しかし、あまり無闇に首を突っ込むのは感心しないね。」
「首を突っ込ませたのは、あんたらのほうだと思うが?」
棘のある言葉の応酬に参加できない杏奈は、ハラハラしながら二人のやりとりを見ていた。
スーツの男は、優真の目を見据えた。それに対して優真は目を逸らさず、真っ向から向き合う。
数秒の沈黙の後、男は静かに口を開いた。
「まぁ、こちらから巻き込んだというのは確かに一理ある。」
その言葉は杏奈はバツの悪そうな顔をしてそっぽを向いた。
そんな杏奈の様子に男は苦笑いしながら言葉を続ける。
「しかし、君が言葉の通りだだの高校生というならば、これ以上は関わらないことを進めるよ。私はそのことに釘をさしに来ただけだ。」
男はそう言うと、屋上の出口へと向かって歩いていく。
「おい!」
優真は男の背中へ声をかけた。
「一つだけ答えろ。」
その言葉に、男は背を向けたまま歩みを止めた。
「”能力者”とは一体なんなんだ?この街でいま、何が起きてる!?」
男は扉の前で立ち止まり、少し考えるそぶりを見せた。
「質問が二つになっているが・・そうだな。二つの質問も答えとしては一つだ。」
屋上の扉のドアノブに手をかえて振り返った男が言った。
「”わからない”だ。」
ガチャっという音と共に、男は扉の向こうへと姿を消した。
授業が始まり誰もいなくなった屋上は沈黙が支配し、ただ校庭から体育の授業の声が聞こえてくるだけだった。