episode.5
「水無月優真、あなたを・・・連続殺人事件の犯人として逮捕します。」
杏奈の言葉に、優真は困惑した表情を浮かべた。
「・・・ちょっと待て、何か勘違いをしてないか?」
「しらばっくれても無駄よ。その殺気に、私の氷時雨を防いだ能力。それが何よりの証拠。どうやって氷時雨を防いだかはわからないけど、あなたは刃物を発現させるタイプの能力者ね。」
先程背後を取られたときに背中に突きつけられたものが、恐らく今回の事件の凶器となった刃物だろう。
隙を見て脱出し、間合いをとって振り向いたときには既に持って居なかったところをみると、自在に出したり消したりすることができるタイプに違いない。
「はぁ・・・」
杏奈の言葉に、優真が大きなため息をついた。それとともに、さっきまで杏奈に向けられていた凍りつくような殺気が、一瞬にして消え去った。
「まさかとんだ勘違いとはな。」
「勘違い?あなたの能力は刃物じゃないの?」
杏奈は突然なくなった殺気と優真の言葉が理解できなかった。
ーーー
優真は杏奈に向けていた警戒を解いた。”人を殺めた”というキーワードに反応してしまったが、どうやらお互いの勘違いらしい。
「一回落ち着いて話をさせてくれ。」
優真の勘違いは解けたが、杏奈は依然として優真のことを、最近起きている連続殺人事件の犯人と思い込んでいるようだ。
まずはその誤解を解かなければならない。
「まず初めに、おれはあんたが言う様な”能力者”じゃない。」
その言葉に、杏奈は一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに警戒した視線を優真に向けた。
「そんな言葉に騙されないわ。能力者じゃないなら、一体どうやって私の氷時雨を防いだの?」
「人より反射神経はいいんでね。それに運動神経にも自信がある。ただ避けただけだ。」
優真は肩をすくめて言った。
「ふざけないで。」
「ふざけているつもりはないんだがな。じゃあ逆に聞くが、何故おれが犯人だと思う?何か証拠があるのか?」
このままでは埒があかないと思った優真は、杏奈に質問をしてみた。
「私達の捜査で、今回の事件も犯人が何らかの能力者であることが判明したわ。能力者が操る力にはある特殊な波動があるのよ。犯行現場から、その名残りが感じられたわ。」
そう答える杏奈の左手は硬く握られ、殺気のような波動を放っている。優真がおかしな素振りを見せたときに瞬時に対応できるよう、能力を発動する準備をしているのだろう。
この殺気に似た波動が、杏奈が話す、能力に存在する波動なのだろうと、優真は考えた。
「なるほど、それで?」
「能力者を見つけるときはこの波動を頼りにする。能力者同士なら、お互いにその波動を感じることができるのよ。そして潜入捜査としてこの街に派遣され、転校初日に自己紹介をしたときに、ふと思い立って微弱な能力の波動を放ってみたわ。そのときに反応したのが・・・」
「おれだった、ということか。」
杏奈が転校してきたときを思い出す。確かに杏奈からは小さな違和感を感じ、そしてそのときに杏奈と目があった。
まさかそんなことで間違えられているとは、と優真は苦笑した。
「それで貴方を怪しいと思って、毎日監視したわ。そして、それ以来事件も発生していない。」
「なるほど。」
杏奈の話を一通り聞き終えると、優真は核心をつく問いを投げかけた。
「じゃあ一つ聞くが・・・いまおれから、その能力者の波動ってやつは感じるのか?」
ーーー
優真の言葉につられて、杏奈は波動を探ってみる。
すると、さっきまでは戦闘に夢中になっていたため気付かなかったが、優真から能力の波動が感じられない。
能力の波動は、基本的には能力が発動したときに放たれる。しかし、微弱な波動は隠しきれないものであり、この位の至近距離なら集中をすれば探知することができるはずだ。
しかし、優真からは全く波動を感じない。
「あなた・・本当に・・?」
「言っただろ?能力者じゃないって。」
優真は当然、といった顔をしている。
「でも・・でも、じゃあなんで私の能力を見ても驚かないの?普通の人はこの異常な力に驚くはずだわ!!」
予想外の展開に杏奈は混乱していた。杏奈の能力を見ても全く動じず、すぐに対応していた。こういった能力を知らない一般人ではそうはいかない。
納得のいかない杏奈の声は、自然と大きくなってしまう。
「・・昔馴染みが、あんたと同じような、能力者だったからな。」
一瞬優真の表情が淋しそうに陰った。しかしそれは一瞬のことで、すぐに何でも無かったように言葉を続けた。
「それに今回の殺人事件だって毎日発生してたわけじゃない。あんたがおれを監視しだしてから事件が起きていないのだって、偶然じゃないのか?」
そう言われると、優真の言葉が至極正論のように聞こえてくる。確かに優真が犯人である確証は何一つなく、転校初日の優真の反応と、自分のカンのみが頼りである。
「・・・」
反論する言葉が見つからず、杏奈は黙ってしまった。とうとう言い負かされてしまった杏奈は、悔しげに優真を睨みつける。
「これでわかっただろ?全部あんたのはやとちりだよ。」
優真は苦笑しながら、制服のズボンについた土を払う。その様子を見ながら、まだ納得がいかない杏奈は、再び優真に質問した。
「でも、あなたは一体何者なの?私の尾行にもすぐに気付いていたし、今日だって私の能力にも引かずに戦っていたし!」
氷時雨に全くひるまずに向かってきて、挙句杏奈の背後をとった。その力は只者ではない。能力者でないというなら、尚のことである。
杏奈の質問に、優真は少し考える素振りをしてから答えた。
「昔、鍛えられたんでね。 」
苦々しい笑みを浮かべながらそういた優真は
さらに続けた。
「それだけだよ。何者かと聞かれれば・・・ただの高校生だ。あんたのクラスメートのな。」
そういって悪戯っ子のような笑顔を浮かべた優真の顔は、沈みかけの夕陽に照らされとても綺麗で、杏奈は一瞬見とれてしまった。