episode.2
「おい、聞いたか!!」
ぼーっと考え事をしながら窓の外を眺めていた優真は、どことなく弾んだ健司の声に教室を見渡した。
何時の間にかホームルームは終了し、教師も居なくなっている。何時もならそのまま一限が始まるはずだが、何故か皆仲の良いグループで集まって、興奮気味に話している。
「悪い、全く聞いてなかった。」
「おまえな、はぁ・・・こんな一大ニュースを聞き逃すとは。」
健司は両手を広げて肩を竦め、わざとらしく落胆したジェスチャーをした。
「一大ニュース?」
「ああ、今日転校生が来るんだとよ!しかも聞いて驚くなよ、なんと・・・」
「・・・女子か。」
「っ・・そうだ。」
最後の決めセリフを言われてしまった健司は不満げな顔をしながら広げた両手を下げた。
「おまえのそのハイテンションぷりを見れば容易に想像がつくよ。」
「それでも言わないのが優しさってもんじゃねーのか?」
拗ねたように健司が言う。
「そんな優しさは一欠片も持ち合わせてないな。」
優真は健司の言葉をばっさりと切り捨てた。そんな容赦ない優真に、健司はガクッと項垂れる。
「優真・・・一つ聞いていいか?」
「なんだ?」
「友情って・・なんですか?」
「茶番だ。」
即答で出てきた身も蓋もない優真の言葉に、健司は引き攣った笑い浮かべた。
「ってもうそんなことはどうでもいい!とりあえず転校生が来るんだよ。」
「なるほど。で、いつ来るん・・」
優真がそう言った瞬間、教室の扉が開き、担任の教師の後ろに続き、一人の女子生徒が入ってきた。それまでざわめき立っていた教室が、一瞬にして静寂に包まれた。
「ほら、おまえら早く席に戻れ!」
教師のその言葉に、固まっていた生徒全員が慌てて席についた。
(これは、また・・・)
他のクラスメートほどのリアクションはとらなかったが、優真も内心驚いていた。
それほど高くない身長だが、短めのスカートから覗く白い足はスラっとして長い。ウェーブのかかった艶やかな黒髪は肩から背中へ伸びている。転校生は、意思の強そうな大きな目が印象的な美少女だった。
「当たりだな。」
後ろを振り向いた健司が、小さな声で嬉しそうに呟いた。
「川島杏奈です。」
教師に促されて女子生徒がした自己紹介は、たった一言だった。
(ん・・・?)
その瞬間、気のせいか一瞬優真の背筋に寒気が走った。
女子生徒の余りにも簡潔な自己紹介に教室内がざわめき、教師が慌てふためく中、優真がふと前を見るとその女子生徒が優真を睨んだ気がした。
しかし転校生はすぐに何事もなかったかのように一礼すると、空いている席へと向かった。
何時もとは違うどこかぎこちない雰囲気の中、授業が開始された。
ーーー
休み時間になると、転校生の杏奈はクラスメートに囲まれて質問攻めにあっていた。
「美少女の転校生なんざ、漫画みたいなことあるんだな。」
そんな人集りを遠巻きに見ながら、席に座ったままの健司が言った。
「そうだな。それにしてもこんな時期に転校生なんて珍しいな。もうあと何週間で夏休みだろ。普通は学期始まりで来るんじゃないのか?」
「お父さんの仕事の都合だって。突然だったから、しょうがなかったみたいだよ。」
優真の質問に対する答えは、後ろから返ってきた。振り返ると、クラスメートの水澤ひとみが立っていた。
「何でそんなこと知ってんだ?」
健司がひとみに尋ねた。
「昨日、磯崎せんせの手伝いをしてる時に、転校生のこと聞いたの。」
ひとみのその言葉に、健司はあからさまに嫌そうな顔をした。
磯崎とは優真たちのクラスの担任で、科学を担当している教師である。髪をぼさっと伸ばし、黒縁の眼鏡をかけた、所謂オタクの風貌をしていたが、最近髪を切り、コンタクトにしたためか、ガラリと雰囲気が変わった。
もともと、面白い先生だったので、見た目もよくなったことから、最近では女子生徒からの人気が急上昇だ。
しかし女子を贔屓する癖があり、男子生徒からの評価は低い。健司もその一人だ。
「おまえよくあいつの手伝いとか出来るな。どーせ科学資料室で資料整理でも手伝わされたんだろ?そのうちあのオタクに襲われるぜ。」
「あはは、磯崎せんせはオタクじゃないし、そんなことしないよ。」
健司の言葉は磯崎に対する嫌悪感が丸出しだったが、ひとみは意に介さず笑い飛ばした。
「そうだよねぇ、水無月くん。」
「そこでおれに同意を求められても困るが。」
唐突に話を振られたが、磯崎に対して特に何の感情も持っていない(興味がない)優真は戸惑い気味に答えた後、今だに質問攻めにあっている転校生の杏奈に何となく視線を向けた。
ちなみにひとみは、健司以外では唯一といっていい、優真に対して臆せず話しかけるクラスメートだ。優真が特に何をした訳ではないが、他のクラスメートは萎縮してあまり会話をしようとしないし、優真もそれでいいと思っていた。
クリクリとした目に肩までで切り揃えられた黒い髪のひとみは、身長が170cm後半の優真や健司と並ぶと肩までしかない。そんな小さも相待って、一見すると小学生と見間違うようなあどけなさを残す。
また、いつも笑顔で無邪気にはしゃいぐひとみは誰に対しても優しく、クラスのマスコット的な存在となっていた。
「水無月くんも、川島さんみたいな子がタイプ?」
クラスメートに囲まれる杏奈に視線を向けていた優真に、ひとみが小首をかしげながら尋ねた。
「いや、そういう訳じゃない。まぁ綺麗だとは思うが。」
「おっ?優真にもとうとう春が来たか!?」
その言葉に、すぐに健司がくいついてきた。普段女の子に対しても冷たく、浮いた話が全くない優真のその発言は意外だったのだ。
「一般論だ。なんでもかんでも、そう結びつけるな。この年中発情バカが。」
「・・・。」
「あはははっ!やっぱり水無月くんのツッコミは絶妙だね!」
厳しい言葉に泣きそうな顔で睨む健司と、よくわからないところでツボに入り大爆笑しているひとみを横目に、優真は再び杏奈のほうを見た。
先程の自己紹介の時とは打って変わった柔らかな微笑みを浮かべている杏奈は、クラスメートたちと談笑していた。
先程感じた悪寒が引っかかっていたが、楽しそうに話す杏奈からはそのような雰囲気は全く感じられない。
(気のせいか・・・)
優真はそう結論づけると、気を抜くように小さく息をはいた。