番詐欺のおかげで本物の番に見つけてもらえました
この世界には人間だけでなく獣人や魚人、花人など様々な種族が暮らしている。
通常はそれぞれの種族で伴侶を見出し家庭を作るが、ごく稀に種族を超えて一目で恋に落ちることがあるという。
それは魂の番と呼ばれ、とても尊い存在と考えられている。
ーー
「外見でも内面でもない、魂を愛するってどういう感覚なのかしら?」
「感覚的なものだから説明は難しいが…
例えばリアはいちごも、いちごタルトもいちごミルクもアイスも好きだろ?外見や風味が変わっても根本は変わらないんだ」
カフェでいちごタルトを食べながらそんな質問をした私に、分かるような分からないような答えを返したのは、婚約式を間近に控えた私の『自称』魂の番だった。
ー
数ヶ月前、父の誕生日プレゼントの買い物に出た私は、珍しい品物を探すためについ普段は行かない裏通りに迷い込んでしまった。
そこでまあ定番のよろしくない方々に囲まれた私を助けてくれたのが獣人のアースだった。
彼は不良たちを蹴散らした後、私を一目見るなり目を見開いて息を呑み、跪いて言ったのだ。
「どうか俺と結婚してほしい。マイ・ディア
ー俺の運命」
ーー
こう見えて私はここ王都でそこそこ大きな商家の一人娘だ。そのため、突然現れた「自称」魂の番に周囲は最初は財産狙いではないかと懐疑的だった。
けれどアースは元々冒険者として十分に身を立てていたし、何より私の家業を知る前にプロポーズしてくれたのだ。
連日我が家に花束やプレゼントを持って通い、冒険者とは思えないほど礼儀正しく、
ーー私を何よりも大切に扱ってくれる彼に家族や使用人たち、そして私も次第に絆されていった。
唯一の懸念は「自称」の通り、私自身が彼を魂の番だと認識できなかったことだが、そういった事例が過去になかったわけではない。
とりわけ人間は他の種族に比べて自然から離れて暮らしているため、魂の番を認識しにくくなっていると言われているのだ。
たとえ番と認識できなくても彼となら優しく穏やかな家庭を築いていけると思っていた。
なのに、それなのに!!
ーーー
「それにしてもお前はうまいことやったよな、身なりの良いお嬢様に当たりをつけたらまんまと騙して玉の輿じゃねえか!!」
「騙すとは人聞きが悪いな。俺はリアに自分が魂の番なんて言ったことはないぞ。運命って言葉を勝手に勘違いしたのはあいつらだ。」
「確信犯のくせに何言ってんだ!お嬢様がいちごタルトになってもいちごジュースになっても美味しく頂いてやるんだろ?!」
「ハッ。タルトやジュースならともかく、くっっせえ腐ったいちごになんて手ぇ出したくもねぇ。会うたびに甘ったるい香水がぷんぷんして吐き気がするぜ」
ガハガハ下品な笑い声が家の外まで響いている。
アースが我が家に冒険者のライセンスを忘れていたため、これがないと明日の仕事にも支障があるかもと急いで届けにきたら、これだ。
以前助けてもらった時と言い、なんてベタなんだろう。
その後も聞くに耐えないような会話が続くので、私はライセンスを握りしめたまま無言で踵を返した。
アースとの出会い以来、外出に護衛も兼ねて付いてきてくれる使用人はなんと声をかければ良いのか、という戸惑った顔をしているが家に帰れば両親に報告がいくだろう。
私は悲しみと怒りで揺れ動きながらも今後どうするべきかを考えた。
ーーーー
「汝、かのものを魂の番として生涯愛し抜くことを誓いますか」
婚約式の場で、神官さまが述べた言葉に私の隣に立つアースがヒュッと息を呑んだのが分かった。
それもそうだろう、通常の婚約式では魂の番なんて誓わない。あえて魂の番を誓うためには、神殿に多額の寄付が必要になるからだ。その代わりここで魂の番を誓えば、その真否に関わらず2人は魂の番として神殿に認められる。
所謂、結婚後に何やかんやで外野に口を出されるのを防ぐための防波堤になるのだ。とは言え本当に高額なので、ただでさえ少ない異種族婚のなかでも通常は貴族や王族などやんごとない人たちしか利用しない制度だ。
あの夜、当然の如く婚約式の取り止めをしようとする両親を説得してこの婚約式を進めてもらった。
両親は騙されていると分かって魂の番の宣誓をしようとする私を理解できないようだったが、自分でも不思議なことに私はアースが私を騙したことよりも、ギリギリ言い逃れが出来そうなところで保身を掛けていたことが許せなかった。
結婚後に何かしらの不都合ー例えばどちらかが本物の番と出会ったり、我が家が没落したりしたらーが生じた場合にはこちらの勘違いとして逃げるつもりなんだろう。
あんなに思わせぶりな言葉で、態度で騙しておいてこちらが勘違いしたのが悪いなんて、そんな勝手は許さない。
だから番の宣誓をするのだ。
この場で宣誓をしたら今後何があっても彼が私ー魂の番ーを捨てることは神殿がその名誉にかけて許さないだろう。
もちろんその場合は逆もまた然りなのは覚悟の上だ。毒を喰らわば皿まで食べてやろう。
彼がどういうつもりか知らないが、結婚後は我が家に婿入りして商会を経営していく予定だったのだから立場は圧倒的に私の方が上だ。どうとでもできるだろう。
一方でこの場で宣誓ができなかったら私たちの馴れ初めを知っている周囲は、彼が番を偽っていたと想像がつくだろう。ここでも私の勘違いだったと言い訳するかもしれないが、周りがどう思うかは別問題だ。
結婚後にやられるよりも私の傷は格段に小さく済む。
「ーー誓えないのですか?」
なかなか宣誓に答えないアースに神官さまは訝しげに問うた。婚約式に参加している人々がヒソヒソと話す声も背後から聞こえてくる。
「ち、ちかい…」
口をハクハクと動かしながら何かを言おうとするアースの方を無表情に見上げると、彼も私を見下ろそうとしていたようで目が合った。
その途端、彼は我に帰ったようにバッと私の肩を掴み叫んだ。
「リ、リア!俺が何か不安にさせてしまったのか?!大丈夫、君のことは必ず俺が守り通すから!君は俺の運命だ!!」
ーーあぁ、彼は私を魂の番として嘘を貫き通す覚悟も、嘘を認める潔さもなかった。
「ならば、誓ってください。私にはあなたを番と認識する力がありません。けれどあなたが私を番と誓って下さるなら、あなたを信じ一生を捧げましょう。」
「そ、それはー」
「それが出来ないなら、残念ながら私はあなたの運命じゃないのでしょう」
神官が、両親が、他の参加者たちがアースに厳しい目を向けているなか
「ならぱ俺が誓おう」
虚空から声が響いた。
私も含めて皆が辺りを見渡し声の出所を探していると、会場の頭上から空間を切り裂くようにひとりの男性が姿を現した。
「し、神族…」
肌も髪も目も全身真っ白なその姿は、神族ー神殿が崇拝する神ーの特徴である。
「久方ぶりに魂の番の宣誓が行われているようなので見物していたら、まさか我が番を見つけることになろうとは」
「なっ…?!まさかリアが?!」
「リアと言うのだな。運が良かったなそこな男、我が番に魂の宣告をしていたらそなたの血をもって宣告を破棄することになっていたぞ」
「ひっ…」
目力だけでヤッちゃえそうなオーラを出す神族にアースは完全に及び腰だ。
会場は突然現れた神族とまさかの番宣言に誰もがどうリアクションして良いのか分からず固唾を飲んで見守っている。
そんな中、神族の彼だけはマイペースに続ける。
「リア、我が魂の番よ。いかなる時もそなたを守り愛し抜くと誓う。我が命をそなたに捧ごう、どうか我が手を取ってくれまいか」
人生で男性に跪かれたのは2度目だ。
そして、1度目ーアースーには感じなかった魂が揺さぶられるような感覚を確かに感じる気がするのは、彼が本当に私の魂の番だからなのか、それとも単に予想外の展開に動揺しているだけなのか
「いかに神族とはいえ、魂の番の宣言をしてしまったら取り消せませんよ?」
「当たり前だ。取り消す気もない。我が名はジークヴァルト、そなたにはジークと呼んで欲しい」
「ジーク様…
ジーク様は私が美味しいいちごジュースやいちごタルトじゃなくて腐ったいちごになっても愛してくれますか?」
私がそう問うと、ジーク様に気圧されて隅で物置のようになっていたアークは目を見開いてこちらを見た。どうやら酒の場で自分が言ったことは覚えていたらしい。
「ふむ、人族の例えはよく分からぬが。我はそなたを甘い菓子だから好んでいるわけではない。もしそなたが腐ったいちごだと言うなら我はそれを愛するだけだ。さぁリア、答えは?」
答えを問いながら逃す気など更々なさそうな目をしているくせに。
「私、騙されたばかりで傷心ですの。まだジーク様のことも神族のこともよく分かりませんし…ジーク様が私の傷を癒してくださったらその時は私も魂の番を誓いましょう」
「ふふ、我を待たせるとは。良いだろう。
さて、では手始めにそなたを傷つけたというあの男はどうしてやろうか?そなたが望めば何とでもできるぞ」
空気と化していたアースはその一言に真っ青になった。
「あのクズはこれから自滅しますから放っておいても良いですわ、時間の無駄です」
「なっ…!神族の番だからって調子に乗るなよ!」
「あなたが自滅するのに私の番は関係ありませんわ。
私を騙そうとしたことはこの場にいる全て方が証人です。
神殿が今後あなたに加護を与えることも、我が家を含む王都の商会があなたに良くすることも今後ないでしょう。
あぁ、神族に睨まれてるという理由でお友達もいなくなるかもしれませんから私の番も少しは関係あるかもしれませんね。味方の全くいない状態で、自滅しない自信がおありなら頑張って下さいませ。」
アースが目論んだ通り、魂の番とはっきり騙したことはないのでギリギリ罪には問えないだろうがこの状態では詰んだも同然だ。直に王都にはいられなくなるだろう。
事実を突きつけられてようやく現実が見えてきたのだろう、へたへたと座り込んだ男に同情する者はこの場にいない。
「なるほど、我が番は意外と容赦が無いようだ。
それなら我からは我とリアの約束の証人となるこの場にいる者たちに祝福を与えよう」
アースとその関係者を除く人たちの頭上にキラキラと光が降り注ぐ。神族の祝福がどのようなものかは分からないが、きっと何か良いことがあるのだろう。
外堀固めてくるとはジーク様はさてはねちっこいタイプだな。そんな失礼なことを考えているのが通じたのか、彼は妖しく笑った。
「さぁリア、我に骨の髄まで癒される覚悟はできているなーー?」




