第三話:毒の水、あるいは巨大すぎる老婆の罠
サウザの死と呼応するように、地下帝国の象徴であった蒸気ピラミッドが激しい火柱を上げた。蓄積されていた蒸気圧が限界を超え、巨大な岩盤が次々と崩落していく。
「リリー、足元が危ない。……ん、一気に駆け抜ける」 「オラ、動けねえドワーフたちを担ぐべ! みんな、しっかり掴まってるだべさ!」
リリーが涙を拭いながら魔法で瓦礫を弾き、モミジが気を失ったドワーフたちを左右の脇に四人ずつ抱え上げ、一行は崩壊する「聖帝の夢」から決死の脱出を果たした。
・・荒野の再会:不自然な老婆・・
崩落現場から数キロ、喉を焼くような砂埃に包まれた街道まで逃げ延びたところで、一行の行く手を遮る影があった。
そこに立っていたのは、身長が優に二メートルを超え、肩幅がゴルドフ団長よりも広い、あまりにも馬鹿でかい老婆であった。
「あらあら、お嬢ちゃんたち。あの恐ろしい崩落の中、こんなところまで大変じゃったろう。……喉が渇いておらんかね? 婆が水を飲ませてあげよう」
老婆の背後には、不自然にポツンと佇む古びた酒場のような建物があった。リリーはまだサウザの死の余韻で目が腫れていたため、疑うよりも先に喉の渇きを覚えた。
「……いただくわ。死ぬかと思ったもの」
一行は老婆に促されるまま、埃っぽい店内のカウンターへと座った。老婆は大きな体を揺らしながら、お盆に乗せたコップを人数分運んでくる。
「さぁ、冷たい水だよ。遠慮せずに召し上がれ……ヒヒヒ」
バットとリンが手を伸ばそうとした、その時。ケンの鋭い眼光が老婆の手元を射抜いた。
・・ケンの看破:お前のような婆がいるか・・
「……待て」
ケンの低い声が酒場に響く。リリーは「何よ、喉乾いてるんだけど」と不満げにケンを見たが、彼は微塵も動じず、老婆の顔をじっと見据えたまま言い放った。
「婆、お前が飲んでみろ」
「……おや、何を言うんじゃ。これは旅人への親切心……」
「お前のような婆がいるか。……その腕の筋肉、その身のこなし。お前はド・ゲス・ワルナ公に雇われた暗殺者……**『拳王侵攻隊』のデカい婆(偽装名:デビル・マザー)**だな」
老婆の顔が、怒りと嘲笑で醜く歪んだ。
「……ヒヒヒ、バレちゃあ仕方ねぇなぁ! ひゃっはーーー! 水に毒を入れるまでもなく、その細い首をへし折ってやるぜぇぇ!!」
老婆が「婆」という設定をかなぐり捨て、お盆をフリスビーのようにリリーへ投げつけながら、丸太のような太い腕を振り上げた。
「……ん。リリー、下がって。……この化け物、私がデリートする」
「いいえ、ミリィ。……私にやらせなさい。……聖帝様の感動を汚した罪、万死に値するわよッ!!」
リリーの瞳に、神格を捨てたはずの「怒りの神火」が再び宿った。
・・決壊の街、あるいは水鳥の鎮魂歌・・
「ひゃっはーーー! 上から失礼するぜぇ!!」
老婆が正体を現すと同時に、酒場の天井板が弾け飛び、鎖やナイフを手にした奇襲部隊が次々とリリーたちの頭上へ降り注いだ。
しかし、ケンは座ったまま眉一つ動かさない。彼は足元にあった尖ったハンガーラックを、無造作に真下へ置いた。
「ぐええええーーーっ!!?」
真っ逆さまに落ちてきた部隊員たちが、そのままラックの突起に串刺しとなり、人間ハンガーと化す。それが戦いの合図だった。
「……ん。汚いから、まとめて掃除する」
ミリィが杖を一振りし、重力波で老婆と奇襲部隊を店ごと粉砕。リリーたちは砂埃を払いながら、再び荒野へと歩みを進めた。
・・水の街の悲劇:封じられた水鳥・・
しばらく進むと、一行は異様な光景に遭遇した。 そこには、ド・ゲス・ワルナ公の差し金によってダムが破壊され、濁流に呑み込まれたかつての美しい街があった。
水位が膝まである広場の中央で、二人の男が対峙していた。一人は、あまりにも優雅な、しかし鋭利な殺気を放つ白銀の髪の男。もう一人は、全身を黒いトゲ付きの鎧で固めた巨漢の拳法家である。
「……ふふ、お前の奥義はその華麗な足のさばきにある! その下半身を水に封じられた今、貴様は羽をもがれた水鳥よ!」
「……くっ。わが南斗……いや、**『レムリア水鳥拳』**の舞、汚泥に塗れて見せようとはな……」
白銀の男、零は、激流の中で必死にバランスを保とうとしていた。彼の一撃は空間を切り裂く鋭さを持つが、足場の悪い水の中では、その流麗な跳躍も踏み込みも封じられていたのである。
「死ねぃ、レイ! この街と共に、貴様の華麗なる伝説も濁流に沈むがいい!!」
鎧の巨漢が、水の抵抗を無視した剛拳を振り上げる。
「……ちょっと、またテンプレみたいな展開ね。あの白銀の人、放っておいたらバラバラにされちゃうわよ」
リリーが呆れたように言うと、ケンは静かに水の街へと足を踏み入れた。
「……南斗の友が、泥を啜っている。……放ってはおけん」
ケンの闘気が水面を激しく波打たせる。 レムリアの荒野に、再び宿命の星が激突しようとしていた。
・・紅の結晶と、水鳥の逆襲・・
戦友の窮地に、ケンの足が水面を叩き、闘気が膨れ上がる。しかし、それを制したのはレイの鋭い叫びだった。
「ケン……待ってくれ、ここは俺が……! 俺は戦うことでしか、お前に借りを返せない男だ。貴様の手を借りては、わが星が泣く!」
レイの決死の覚悟に、ケンは静かに拳を下げた。それを見た黒い鎧の巨漢――紅鶴拳の使い手、ユダが下卑た笑い声を上げる。
「ふん、せっかくのチャンスを不意にするとはな! ならば望み通り、その汚泥に塗れた身体をバラバラに刻んでやろう! レムリア紅鶴拳奥義・結晶死!!」
U・Dの指先が紅く染まり、大気を真空の刃が切り裂く。 「切れろ切れろ切れろ切れろおおーーーーー!!」 四方八方から放たれる紅の斬撃。足場を濁流に奪われたレイには、もはや回避する術はないかに見えた。
・・水鳥の真骨頂:泥中の舞・・
だが、絶体絶命の瞬間。レイは絶望するどころか、不敵な笑みを浮かべた。
「……ユダ。お前は美しさに拘るあまり、一つ忘れている。水鳥が最も美しく舞うのは、空ではなく……水辺だということをな!」
その時、レイは濁流の水面に力強く両手を付いた。
「なにッ!? 両手を突いてどうする、逆立ちでもするつもりか!」
「……見せてやろう。これぞ、わが究極の奥義ッ!!」
レイは水面の反動と、濁流のエネルギーを自らの腕に集中させた。手から放たれた衝撃波が水面を爆発させ、その反動でレイの身体が矢のように空へと跳ね上がった。
・・因果を超えた「美」の結末・・
「……南斗……いや、『レムリア水鳥拳』奥義・飛翔白麗ッ!!」
泥水を切り裂き、銀色の光となって空を舞うレイ。その姿は、あまりにも美しく、あまりにも鋭かった。ユダの紅い斬撃がレイの残像を空しく切り裂き、次の瞬間、レイの指先がユダの肩パッドと肉体を一文字に両断した。
「……あ、あ……あがぁぁ……美……美しい……」
ユダは自らの紅い血飛沫を浴びながら、膝から崩れ落ちた。
「……ふん。相変わらず演出が派手ね、あの人たち」
リリーは冷めた口調で言いつつも、内心では(これよ、これ! この様式美!)と田中太郎の魂を震わせていた。ミリィは「……ん。あの銀髪の男、指の力が強い。……参考にする」と、何故か暗殺技術として学習している。
「ケン……待たせたな。これでようやく、お前と同じ道を歩める」
「……レイ。その舞、見事だった」
男たちが熱い友情を交わす中、リリーは新たな問題に気づく。 「ちょっと感動してる場合じゃないわ。レイの妹さんが攫われてるのよね? その監獄『カサンドラ』ってとこ、どこにあるのよ」
物語はついに、悪徳貴族ド・ゲス・ワルナ公の本拠地へと動き出す。




