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第八話:筋肉教皇と、聖域のポージング

王都アレスガイア。その中央にそびえ立つ大聖堂は、白亜の石造りで神々しさに満ちていた。……はずだった。


「……ん。……嫌な予感。……魔素が、暑苦しい」


隣でミリィが顔を顰める。私も同感だ。聖域特有の清浄な空気の中に、なぜかプロテインの香りと熱気が混じっている気がする。


案内された奥の聖堂。そこで待っていたのは、この国の信仰の頂点——教皇だった。 だが、その御姿を見た瞬間、私の脳内にはあの「ハゲ女神おっさん」との悪夢のような邂逅がフラッシュバックした。


「よくぞ参られました、ヴァランタン公爵夫人、そしてリリアーヌ嬢。……勇者ルシウス殿をお預かりいたします」


身長二メートルはあろうかという巨躯。はち切れんばかりの筋肉を包むのは、清らかな純白の聖女ドレス。バッチリと施されたメイクは女神アフロヘーアを忠実に再現しているが……その声は、重厚で渋い、低音の「おっさんボイス」だった。


「……あの、教皇様。その格好は……」


「これこそが女神様が望まれる聖なる正装。……驚かせてしまい申し訳ない。だが、勇者を勇者たらしめるには、この《聖譚曲》が必要不可欠なのです。人々には今、希望が必要なのです……」


恰好を指摘しただけであったが教皇は儀式の正当性も説いてきた。0歳児をわざわざ連れてくる必要はあったのか、これは絶対に問い詰めなければならないと思っていた公爵家一同であったが教皇の言に押し黙るしかなくなった。何よりも教皇の態度だ。物腰は極めて低く、申し訳なさそうに語る教皇。その誠実な態度と「中二病な儀式」のギャップに、私は何も言い返せなくなる。 ふと見上げると、そこには女神アフロヘーアの神像があった。 ……が、あの日見た「そのまま」の御姿で、なぜか満面の笑みで**ダブルバイセップス(両腕の力こぶを強調するポーズ)**をキメていた。


(……この国、もうダメかもしれない)


儀式自体は、ルシウスを祭壇に捧げ、聖歌を歌うという意外にも真っ当なものだった。 だが、本当の地獄は儀式が終わった後の「お披露目の儀」で待っていた。


大聖堂の巨大なテラス。そこに、産まれたばかりのルシウスを抱えた教皇が姿を現す。 詰めかけた万単位の民衆が、次代の勇者の誕生を祝って地響きのような歓声を上げた。


「民よ! 見るが良い! これぞ闇を払う希望の光、勇者ルシウスである!」


教皇が叫ぶ。……と、同時に。


「ハッ……! フンヌゥッッ!!」


教皇はルシウスを片手で高く掲げたまま、もう片方の腕でサイドチェストをキメた。 聖女ドレスの袖が、盛り上がった二頭筋に耐えきれず悲鳴を上げている。


「なっ……!?」


絶句する私を余所に、教皇のポージングは止まらない。 モスト・マスキュラー、ラットスプレッド……。次々に繰り出される肉体美の誇示。


民衆も最初は戸惑っていたが、教皇のあまりの熱量に、いつしか歓声の内容が変質していった。


「切れてるよーーーッ! 教皇様、切れてるよーーーッ!!」 「肩に冷蔵庫乗っけてんのかよォォォ!!」 「勇者様を支えるその大腿四頭筋、国宝級だぜぇぇぇ!!」


「……ん。……狂気。……集団、ヒステリー」


テラスの陰で、ミリィが死んだような目でその光景を見つめている。 母エレナに至っては、あまりの衝撃に現実逃避を始めたのか、無表情で遠くの空を見つめていた。


ルシウスはといえば、教皇の激しいポージングによる振動が心地よいのか、高い高いをされているような感覚でキャッキャと喜んでいる。


(……あ、ルシウス。そんなやつに懐いちゃダメだ。お前の姉ちゃん、決めたよ。……絶対、お前をこんな『筋肉の聖域』には渡さない……!)


王都の民を熱狂の渦(ボディビル大会)に巻き込みながら、ルシウスの勇者としての第一歩は、あまりにもシュールに刻まれることとなった。

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