第十三話:迫りくる愛の狂瀾、あるいは「逃亡者たちの午後」
神界でリリーが凄絶な試練とハゲ女神への逆襲を繰り広げている頃。 因果の巻き戻しによって「滅びの運命」から救い出されたルシウスたちは、ある意味で魔神軍よりも恐ろしい「愛の包囲網」の中にいた。
・・レムリア王国:十二歳の決断・・
王宮の庭園、美しいバラに囲まれた一角で、エルナ王女はルシウスの逃げ場を塞いでいた。
「ルシウス様、私の想い……受け取っていただけないかしら?」
「王女様、お気持ちは嬉しいです。でも僕、まだ未成年なので……」
困り果てたルシウスは、最後の防衛線として年齢を盾にした。しかし、エルナ王女は妖艶な微笑みを浮かべ、禁断の一手を指す。
「ルシウス様は何歳なので?」
「……十二歳ですが」
「十二歳なら、レムリアでは結婚できますわ」
「えっ!?」
ルシウスは絶句した。もちろん、これは王女の「純愛ゆえの嘘」が混じっている。レムリアでも成人年齢はもっと上だが、王族に限っては十二歳での婚約・婚姻が法的に可能だった。もっとも、成人までは「清い関係」を守るのが絶対条件なのだが、動揺するルシウスにそんな注釈は聞こえない。
「僕、急用を思い出しましたっ!! 失礼します!!」
「あ、お待ちになってルシウス様! 逃がしませんわよ!」
聖剣の勇者は、魔神相手でも見せないような神速のフットワークで、王女の追撃を振り切るべく走り出した。
・・扶桑:間接的愛の論理・・
一方、異国の地・扶桑。玄の屋敷では、町娘姿のバルトが常軌を逸した「愛の三段論法」を展開していた。
「玄様、よく考えてくださいまし。貴方はドスコイ様が愛したお方。ならば、私と玄様が結ばれれば、それは実質的に私とドスコイ様が結ばれたも同然……いわば『愛の推移律』ですわッ!」
「ええい、離れぬかッ! 屁理屈を申すな! わしの身も心もドスコイ(男)のもの……と言いたいところだが、そもそもわしには家人がおるのだ!」
玄はドスコイとはすでに分かれている(自分から別れを切り出した)にも拘らず、身も心もドスコイのものとか意味不明なことを口走っている。よほど、動転しているのだろう。
玄は必死にバルトの抱きつきを回避する。しかし、そんな二人の様子を、暗い廊下の隅から見つめる、この屋敷の真の主がいた。
玄の正妻、**お菊**である。 彼女は扶桑の伝統的な黒髪を美しく結い、透き通るような肌を持つ美人だが、嫉妬に狂うと般若のような形相になることで知られていた。
「あの尻軽異国娘……。玄様をそのデカメロンのような厚かましい脂肪(胸)で惑わすとは……呪ってやるわ……」
その夜から、バルトの部屋の窓の外で、不気味な声が響き始めた。
「お皿がいちまーい……お皿がにまーい……」
お菊は、かつて浮気者の夫を懲らしめたという伝説の「番町皿屋敷」の怨霊を真似て、嫌がらせを開始したのである。
「百枚数え終わった時に、貴女のフリルを全て雑巾に変えてあげますわ……!!」
「あら、素敵なBGMですわね。ドスコイ様を想う私の心には、お皿の割れる音さえ拍手のようですわッ!」
バルトの執念がお菊の呪いを上回り、扶桑の夜は別の意味で地獄と化していた。
・・アレスガイア:平和な日常の裏側・・
そんな中、アレスガイアの公爵家では、ミリィとモミジが「……なんだか、ものすごく長い夢を見ていた気がするわね」と首を傾げていた。
リリーが調整した因果によって、彼女たちの記憶からは魔神の恐怖が綺麗に剪定されている。しかし、魂の深い部分に刻まれた「強くなければ守れない」という本能が、彼女たちを無意識にさらなる修行へと駆り立てていた。
「モミジ、明日はドラゴンの巣を三つほど潰しに行きましょうか」
「分かったべ、ミリィ。……なんだか、もっと強くならねばなんねえ気がするんだ。……理由は分がんねえけど、オラの斧がもっと血を吸いたがってる気がするべさ」
最強の姉が神界で奮闘しているとは知らず、地上でもまた、規格外の者たちが新たな「愛と暴力の日常」を紡ぎ始めていた。
・・「ボルト家の十人、大海原へ挑む」・・
バルトお嬢様の執念が残した凄まじい「愛の轍(なぎ倒された魔獣や破壊された地形)」から東へと進路を決め、ボルト伯爵家の捜索隊はついにエルフの魔の森を突破した。
目の前に広がったのは、どこまでも続く蒼き大海原。太平洋にも匹敵するこの海を渡らねば、お嬢様が目指したであろう「扶桑」へは辿り着けない。しかし、そこには港町もなければ、大型の船もない。ただ、無人の桟橋に、一隻のやや大きめの手漕ぎボートが揺れているだけだった。
・・捜索部隊の選抜と決意・・
「……これに乗るしかあるまい」
重厚な鎧を潮風に鳴らし、捜索騎士団の団長は決断を下した。
【主要メンバー紹介】
騎士団長:ゴルドフ
容姿: 40代半ば。岩のような筋肉と、手入れの行き届いた立派な口髭が特徴。
立場: 伯爵からの信頼が最も厚い忠義の士。「お嬢様を無事連れ戻すまでは、この髭を剃らぬ!」と誓っている。
メイド長:マルタ
容姿: 30代。常に背筋が凍るほどピンと伸びており、眼鏡の奥の瞳は鋭い。
立場: バルトが赤子の頃から世話をしている。お嬢様(ご令息?)の無茶には慣れているが、今回の件には内心「帰ったら再教育ですわ」と燃えている。
ゴルドフ団長は、精鋭の騎士7名を選抜。そこにマルタメイド長と、身軽でサバイバル能力に長けた若手メイドのルランを加えた、計10名がボートに乗り込むことになった。
・・「交渉」と「徴用」の境界線・・
「いいですか、ルラン。私たちは盗人ではありません。これは正当な『徴用』であり、交渉の結果ですわ」
マルタは、桟橋に残る居残り組のメイドたちに、ズッシリと重い革袋を託した。
「この中には金子が入っています。ボートの相場の3倍はありますわ。持ち主が現れたら、丁寧にお詫びしてこれを渡しなさい。もし足りないと言われたら、ボルト伯爵家の名において、後ほど必ず満額支払うと約束するのです。……たとえ相手が魔神であろうと、領収書は切らせますわよ」
「……マルタさん、目が笑ってないです……」
ルランは震えながらも、最低限の食料(干し肉とビスケット)と樽に入った真水をボートに積み込んだ。
いざ、手漕ぎで太平洋越えへ
「野郎ども、漕げーーーッ! 相手は海だ、気合を入れろ!」
ゴルドフの号令と共に、10人の戦士を乗せたボートが波間に漕ぎ出した。騎士たちの鋼のような上腕二頭筋が、櫂を握りしめ、大海原を力強く掻く。
「……マルタ、お嬢様は本当にこの先にいらっしゃるのか?」
「……愛の波動を感じますわ。あのお方が『記録』すべき獲物を見つけた時に放つ、特有の熱気が、東の風に乗って漂ってきていますもの」
エルフの森を壊滅寸前に追い込んだ?騎士団の武力と、マルタの異常な嗅覚。 彼らは方位磁針も海図も持たず、ただ「お嬢様の残り香」だけを頼りに、魔獣の潜む大海原へと突き進む。
その頃、扶桑ではお菊の「皿数え」が九十枚を超え、不穏な霊気が屋敷を包み込んでいた。
「お皿が、九十一枚……九十二枚……。ボートで来る方々にも、一枚ずつ差し上げましょうか……?」
アレスガイアの騎士団が扶桑に上陸した時、そこにはさらなる混沌が待ち受けていることを、まだ誰も知らない。




