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第八話:運命の再会、あるいは「手配書という名の結婚写真」

深夜の扶桑。逃亡を続けるバルトの周囲には、提灯の明かりが星の数ほどひしめき合っていた。 アレスガイア大陸に最も近い「西奉行所」だけでは手に負えず、ついに南北中央、全ての奉行所から岡っ引きが総動員されたのだ。


「御用だ! 御用だ!」


挟み撃ちにされたバルト。左手には冷たい水路、右手には重厚な武家屋敷の塀。逃げ場を失い、冷や汗がフリルを濡らしたその時、屋敷の勝手門が音もなく開いた。


「お主は……」


暗がりから顔を覗かせたのは、数々の修羅場を共にした法術師、玄であった。 玄は通りの提灯を一瞥すると、即座に状況を察した。


「こっちへ。……一度は契りを交わした漢の連れだ。匿ってやるのも武士の情けというものよ」


バルトは吸い込まれるように門を潜った。ドスコイが惚れ込んだ男、玄。その情の深さに、バルトは「この恩は、全角度からの記録おがみで返しますわ!」と心に誓うのであった。


・・翌朝:町娘バルトの誕生・・


翌朝、玄の屋敷でバルトは劇的な変身を遂げていた。 西洋の派手なドレスを脱ぎ捨て、扶桑の伝統的な**「町娘の着物」**に身を包み、髪も江戸風の日本髪に結い上げたのである。


「……あら? 意外と似合っておりますわね、私。これで岡っ引きたちの目も欺けますわッ!」


異国の娘であることは隠しようもないが、昨夜までの「空飛ぶ金髪不審令嬢」の影は薄まり、どこか品のある「はんなりとした娘」へと擬態に成功した。


バルトは居ても立ってもいられず、昨日の掲示板へと向かった。自分がどのように手配されているのか、そして――。


・・愛の隣合わせ:二つの手配書・・


掲示板に辿り着いたバルトは、その場で呼吸を忘れた。


まず目に飛び込んできたのは、最新の**「バルトの手配書」**。昨日の西方の衣装が驚くほど正確に描写されており、岡っ引きたちのスケッチ能力の高さが窺える。


しかし、バルトが真に絶叫(内心で)したのは、その隣であった。


「……っ!! ああ、なんということでしょう!!」


昨日、バルトが愛おしさのあまり剥がし去ったはずの**「ドスコイの手配書」**が、予備のものによって見事に貼り直されていたのだ。しかも、あろうことかバルトの手配書と、ドスコイの手配書が、ぴったりと横に並んで掲示されていた。


「……見なさい、ドスコイ様。私たちが、扶桑の国の公認で隣り合っていますわ! これはもはや指名手配ではありません……**奉行所公認の『結婚写真』**ですわーーーッ!!」


バルトは鼻血が出そうなほどの興奮に震えた。 罪状(破壊行為と不法入国)さえ無視すれば、それは愛の結晶。バルトは再び両方の手配書を剥ぎ取りたい衝動に駆られたが、それでは「新居(掲示板)」を汚すことになると判断し、ただひたすらにその光景を脳内の「永久保存フォルダ」へと記録し続けた。


・・その頃、十万層の底では・・


『終焉の喰刻獣』を因果の刃でバラバラに解体したリリーは、返り血(魔力の残滓)を拭いながら、不意に背筋に走る戦慄を感じた。


「……なにか、とてつもなく『不吉で濃厚な愛』の波動を感じたわ。……バルト、あんた、もう一万五千年前の私の正気度を超えてない?」


リリーは呆れつつも、そのバルトの「狂気的な愛」の波動が、ついに異世界レムリアとの安定したパスを一時的に作り出していることに気づいた。


「いいわ、この狂気を利用させてもらうわよ。……ルシウス、レムリア、そして扶桑。全部繋げてやるわッ!!」


神へと至る過程で、リリーが放った一撃が、世界の境界線を震わせた。


・・神候補生の慢心と、開かれた地獄の門・・


リリーが紡いだ「因果のパス」は、本来なら愛する弟へ繋がる救いの糸となるはずだった。しかし、神格を得る途上にある彼女の力は、未だ「全能」には程遠い。


その僅かな綻びを、異世界の絶対悪――**『魔神』**は見逃さなかった。


リリーが特定の個人(ミリィ、モミジ、バルト等)を識別して用意した「次元の裂け目」は、魔神の圧倒的な質量によって強引にこじ開けられ、逆流した。神々の試練を終えていない現在のリリーは、神の末席を伺う候補生に過ぎない。対して魔神は、既に一つの宇宙を滅ぼし尽くそうとしている完成された絶望。


リリーの干渉は、結果として「アレスガイア」という新たな餌場を、飢えた魔神に教える最悪の悪手となったのである。


・・アレスガイアの陥落:絶望の伝播・・


レムリア王国が「最後の人類生存国家」であったのは、単に魔神領から遠かったからではない。他が全て食い尽くされた結果に過ぎないのだ。


その滅びの軍勢が、リリーの開けた穴を通ってアレスガイアへと溢れ出した。


「……何よ、このおぞましい気配は……っ!!」 王都で「ピンクのフリル革命」を推し進めていたアンソニー枢機卿の手から、愛用の手鏡が滑り落ちた。空が赤黒く染まり、次元の裂け目から異形の魔神兵が次々と這い出してくる。


ミリィは即座に『究極消滅アルティメット・デリート』を放ち、モミジは空間ごと斧で断ち割った。アマリリスも学園の防衛結界を最大展開する。しかし、相手は現時点のリリーですら手玉に取る存在。


アレスガイアが誇る規格外の面々ですら、その物量と「世界を腐らせる法」の前に、防戦一方へと追い込まれていく。


・・女神の叱咤と、リリーの静寂・・


「……ちょ、ちょっとぉぉぉ!! 何してくれてんのよ、このクソ賢者ぁぁ!!」


神界でモニターを見ていたアフロヘーアが、泡を吹いて絶叫した。 「余計な真似してアレスガイアを滅ぼす気!? いいから今は試練に集中しなさいよ! 貴女が完全な神にならない限り、その魔神を押し戻すことなんて不可能なのよッ!!」


次元の深層、十万層の底で、リリーは自身の犯した「過ち」の重さに歯を食いしばっていた。 ルシウスを想う「人間」としての情が、計算を狂わせた。


(……分かってるわよ。……分かってるわよ、クソハゲ女神)


リリーの瞳から、最後の一滴の「迷い」が消えた。 今の自分にできるのは、泣き喚くことでも、中途半端な魔法で被害を広げることでもない。一秒でも早く、この地獄のような試練を終わらせ、本物の神として降臨することだけ。


「……ミリィ、モミジ、……耐えて。私が戻るまで、その世界を死守しなさい。……次に私が目を開ける時、魔神の概念ごと、この宇宙から剪定してあげるわ」


リリーは外界への観測を完全に断絶した。 心臓の鼓動を止め、感情を凍土に沈め、ただ「理」を構築する機械と化した彼女は、さらなる深淵――神々の本質が眠る「百万層」へと加速を開始した。


・・一方、扶桑の屋敷では・・


「……玄様。なんだか、空の様子が不気味ですわね。ドスコイ様の怒りの四股のような、禍々しい響きがいたしますわ」


玄の屋敷に匿われていたバルトは、窓から見える異様な「裂け目」を見上げていた。 玄もまた、数珠を握り締め、冷や汗を流している。


「……不吉よ。衆道の神も恐れをなすほどの、大いなる災厄がこの国を、いや世界を飲み込もうとしておる。……バルト殿、もはや岡っ引きどころではない。刀を取れ。扶桑の夜明けは、血の色に染まるぞ」


異世界、アレスガイア、そして扶桑。 三つの世界が、一人の賢者の「愛ゆえの失策」によって、かつてない終焉の危機に直結してしまった。

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