第七話:騎士の誓いと、神見習いの無関心
・・伯爵家騎士団:執念の東方見聞録・・
アレスガイア東方の魔境。バルトが消滅した光の裂け目を前に、捜索隊長とメイドたちは絶望の淵に立たされていた。しかし、騎士団長の瞳に宿る忠誠の火は消えていなかった。
「……諦めるな。報告など、お嬢様を連れ戻してからで良い。我らが諦めたら、お嬢様の命……いや、愛の物語(暴走)が終わってしまう!」
彼らは冷静に状況を分析し始めた。これまでバルトが残してきた痕跡――なぎ倒された魔獣、筋肉の重要性を説かれた跡、そして「東」という方角。
「つながったぞ! お嬢様は、ドスコイ殿が憧れた本場の相撲の聖地――**『扶桑』**を目指しておられたのだ!!」
「流石は隊長ですわ! そうとなれば、私たちも止まっていられません!」
騎士団とメイドたちは、お嬢様が「愛のワープ」というチートを使ったとも知らず、自力で険しき東の海を超える決意を固めた。彼らの遭難、もとい遠征は、ここからが本当の地獄(あるいは筋肉の目覚め)の始まりであった。
・・神の試練:一万層の先、理を喰らうもの・・
一方、試練の最中にあったリリーは、一万層という人類未到の領域を突破していた。
彼女は、因果の糸を通じてバルトが扶桑に落ち、騎士団が迷走し、ルシウスが王女に迫られている光景を、テレビ画面を眺めるかのように冷めた目で観測していた。
「……無意味ね」
リリーは独り言ちた。 『神々の試練』は、クリアした瞬間に挑む直前の時間へと収束する。神格を得て現実に戻れば、今見ているドタバタ劇は「なかったこと」に書き換えられるか、リリーの意志一つで修正可能となる。
「今の私の実力では、レムリアとのパスを固定することも、ルシウスを無理やり引き戻すこともできない。……中途半端に干渉して試練を投げ出せば、神格を失い、結局ルシウスを救う『絶対的な力』を手にできないまま終わるわ」
リリーは冷徹な「理」の化身へと近づいていた。 もはや下界の騒動を気にする時間は無駄。彼女は意識を閉じ、さらに深く、暗く、重い下層へと身を投じた。
・・十万層:旧神の墓場・・
そこは、これまでの真空や重力といった物理的な試練が児戯に思えるほどの、**「概念の墓場」**であった。
リリーの前に立ち塞がったのは、神話に語られる主神たちですら恐れ、封印したとされる**『終焉の喰刻獣』**。 それは宇宙が誕生する以前の「無」を司る怪物であり、触れるだけで対象の存在した歴史そのものを消し去る、存在の天敵。
「……生物の域を超えたと思ったら、次は歴史の削除担当が相手? ……いいわ。百三十八億年の質量を、一撃で叩き込んであげる」
リリーはもはや杖を使わず、自らの指先から放たれる「純粋な因果律」を剣として形成した。
神格を得るための真の闘争。 リリーが自分自身の「一万五千年の過去」すらも力に変えて戦う中、異世界レムリアでは、ルシウスが教皇から「ルシウス殿! レムリア場所の開会式で、聖剣による弓取り式をお願いしたいのですわッ!」と、これまた別の意味で絶望的な要求を突きつけられていた。
・・扶桑の手配書、あるいは「消えた下手人と執念の令嬢」・・
岡っ引きたちの包囲網を、令嬢らしからぬ身のこなしで掻い潜っていたバルト。路地裏に身を潜めた彼女の目に、掲示板に貼られた一枚の**「お尋ね者」の人相書き**が飛び込んできた。
「……ッ!? この凛々しき眉、岩のごとき顎のライン……間違いありませんわ。男に戻られた時のドスコイ様ですわッ!!」
バルトは震える手でその紙を見つめた。手配書には、扶桑の平和な町並みを破壊し、数々の町民を跳ね飛ばした凶悪な下手人として、その人相が事細かに描かれていた。
・・事件の真相:衆道の決裂と暴走・・
ドスコイがいったい何をやらかしたのか。それは、一年の期限付きで男に戻っていた頃の、悲しき愛の暴走であった。
期限が迫ったある日、玄はドスコイに「……お主、もうすぐ女に戻るな。わしらの『衆道の嗜み』はあくまで漢同士の契り。期限が切れると共に、この縁もここまでよ」と冷徹に告げたのである。
「納得できませんわ! いえ、納得できんッ!! まだ一晩あるではないですかッ!!」
ドスコイは必死に「物言い」をつけたが、玄は「こりゃたまらん、これ以上は命に関わるわい!」と脱兎のごとく逃げ出した。これを猛追したのがドスコイである。男の筋力で「待てぇーーい!!」と叫びながら爆走した結果、道中の町民や屋台を次々と跳ね飛ばし、奉行所から指名手配されるほどの大騒動に発展したのだ。
しかし、翌朝。 ドスコイの体は無情にも(あるいは幸いにも)女へと戻った。 巨漢の漢は消え、そこにはしなやかな女子が一人立っているのみ。下手人の行方は完全に途絶え、扶桑の奉行所は「消えた下手人」の謎に頭を抱え、事件は永遠の迷宮入りとなったのである。
玄は、女に戻ったドスコイが捕まることはないと確信していたが、一度は肌を合わせ、共に四股を踏んだ仲。「もはや追わぬのであれば、タレコミもしないのが武士の情けよ」と、沈黙を守ることに決めたのであった。
・・バルトの収穫・・
「ああ……なんという凛々しさ。この手配書、もはや芸術作品ですわ。雨風に晒される屋外の掲示板に貼っておくなど、扶桑の民は正気ではありませんわね」
バルトは周囲を警戒しながら、そっと、しかし力強くその手配書を剥がした。彼女にとって、これは犯罪者の記録ではなく、**「愛する人の限定モデル(漢Ver.)」**の超貴重なブロマイドに他ならない。
「これさえあれば、いつか再会した時に、全角度からの検証材料になりますわ……。待っていてくださいまし、ドスコイ様! 貴方が女に戻って逃げているのなら、私が必ず見つけ出して、その背中を流して差し上げますわッ!」
手配書を胸に抱き、バルトの瞳に新たな「記録者」としての炎が宿る。 彼女の逃亡劇は、いつしか「愛の巡礼」へと昇華されようとしていた。




