第五話:居座る愛、あるいは「マシュマロの脅威」
通常、召喚魔法で呼び出された存在は、術者の魔力が切れるか、一定時間が経過すれば自動的に元の世界へと送還されるのがこの世界の理である。
しかし、夜が明けても、訓練室には教皇の足にしがみつくリリアナと、朝稽古の四股を踏む**ドスコイ(♀)**の姿があった。
「……おかしい。パスが……パスが太すぎて、次元の復元力が負けているというのか!?」 レムリアの魔導士たちが頭を抱える中、王女エルナは決断を下した。 「……消えないものは仕方ありませんわ。このお二人もパーティーメンバー……いえ、書類上は教皇様の『契約獣』として登録いたします。異論はありませんわね?」
「契約獣扱いですって!? お姉様の所有物……ふふ、悪くない響きですわね」 「マッスル様の所有権(ペット枠)なら、私が横綱として君臨して差し上げますわ!」
こうして、勇者一行は二名の「愛の重すぎる増援」を正式に加えることとなった。
・・地獄のぶつかり稽古:マシュマロの罠・・
「……はぁッ! どすこいッ!!」
訓練室の一角で、ドスコイ(♀)の鋭い声が響く。彼女は騎士団の中に、一人だけ「ガッシリとした、筋の良い体躯」を持つ騎士を見つけ出していた。名をボリス。レムリア騎士団の中でも真面目一筋で知られる、質実剛健な若手である。
「そこの貴方! 私の稽古台になりなさいな。女子の体だと思って侮っては困りますわよ?」
「……っ!? は、はい! いざ、尋常に!」
ボリスは剣を置き、素手で構えた。だが、彼には致命的な弱点があった。 彼は人生の全てを剣に捧げた結果、女子の肌に触れたことがないどころか、まともに会話したのも数年ぶりという、純度百パーセントの**「童貞騎士」**であったのだ。
「さあ、腰を落として! 正面から受け止めなさいなッ!」
ドスコイが、かつての横綱の如き鋭い踏み込みで突進する。 次の瞬間、ボリスの視界は「白くて柔らかい何か」で埋め尽くされた。
ムニッ。
「……あ、あ、あああ……っ!!?」
正面から衝突したボリスの腕と胸に、ドスコイの驚異的な「マシュマロボディ」が密着する。女性特有の甘い香りと、暴力的なまでの柔らかさ。ボリスの脳内では、アレスガイアの物理法則すら無視した情報の奔流が駆け巡り、全身の毛穴から蒸気が噴き出した。
「どうしましたの? 腰が浮いていますわよ! もっと密着して、私の『氣』を感じるのですわッ!」
「む、無理です……ッ! 無理ですドスコイ殿! 私の『騎士の誓い』が、別の意味で限界突破しそうですッ!!」
白目をむき、鼻血を噴き出しながら後退するボリス。それを見ていたレムリア騎士たちは「ボリスが……あの鉄壁のボリスが、女子の脂肪(筋肉)に敗北した……!」と戦慄し、一斉に後退りした。
・・ルシウスの静かな決意・・
そんなカオスな訓練風景を横目に、ルシウスはガウェイン騎士団長と剣を交えていた。 リリアナが横で「お姉様の邪魔をする不届き者は私が……」と魔族の魔力を解放しようとするのを、ルシウスは片手で制する。
「……ドスコイさん。あれ、たぶん稽古じゃなくて『拷問』になってますよ」
「いいのです、ルシウス様。愛とは時に痛み(と柔らかさ)を伴うもの。……さあボリス、もう一番ですわッ!」
ドスコイの底なしの包容力が、レムリア騎士団の精神をじわじわと破壊していく。 一方その頃、神界のダンジョン「第百層」を突破したリリーは、自身の指先が「概念の糸」を紡ぎ始めていることに気づき、冷たく微笑んでいた。
「……よし。この次元の歪みを利用したら、いつかルシウスの元へ『お仕置き』の遠隔操作を送れるようになるわね。王女様……覚悟しなさいね?」
姉の愛は、百億年の時間をショートカットできるのか。
・・レムリア場所の胎動、あるいは「マシュマロの福音」・・
ドスコイ(♀)とボリスの凄絶な稽古は、いつしか「騎士団名物」として定着していた。
連日、鼻血を噴き出しながらもドスコイの驚異的な「マシュマロボディ」に挑み続けるボリスの姿は、最初こそ同情の目で見られていたが、次第に騎士たちの間に奇妙な敬意を呼び起こし始めたのである。
「……見ろ。ボリスのあの、魂が抜けたような、しかし充足感に満ちた表情を」 「女子の体とは、これほどまでに漢を狂わせ、そして強くするものなのか……」
そんな騎士団の様子を、魔法訓練の準備のために早めに訪れていた宮廷魔導士の一人が、食い入るように見つめていた。彼の名はバッカス。魔法の実力は確かだが、美食を愛するあまり、レムリアのスマートな魔法士たちの中では浮き気味の「恰幅の良い御仁」であった。
・・輝ける「重厚な肉体」の発見・・
バッカスにとって、己の太った体は「俊敏さを欠く弱点」でしかなかった。しかし、目の前の土俵(仮)で、自分以上に肉のついたドスコイが、その重みを「武器」として騎士を圧倒する姿は、彼の価値観を根底から覆した。
「……眩しい。あのお方は、肉がついていることを欠点とするどころか、それこそが『美』であり『力』であると体現していらっしゃる……!」
バッカスは杖を放り出し、ドスコイの元へ駆け寄った。 「ドスコイ殿! 拙僧……いや、私にもその『SU・MO・U』なる神秘の武術をご教授願いたい! この肉体を、ただの脂肪ではなく、漢の輝きへと変えたいのです!」
「あら、良い気迫ですわね! 貴方のその太腿、良い四股が踏めそうですわッ!」
ドスコイは、バッカスの入門を快諾。これをきっかけに、騎士団のみならず魔法師団の「恰幅の良い面々」が次々と土俵へ集まり始めた。
・・レムリア巡業の夜明け・・
「はっけよい、のこった!!」
訓練室の隅では、いつしか「レムリア場所」と称される稽古が行われるようになり、ドスコイを「女将さん」と慕う新弟子たちが急増。彼らは本来の魔法や剣の訓練が終わった後、互いにまわし(代用の布)を締め、汗を流して肉体をぶつけ合う悦びに目覚めていった。
「いいですわよ! 粘り強く、もっとマシュマロのように包み込むのですわッ!」
ドスコイの熱血指導により、レムリア王国の戦闘スタイルは、洗練された騎士道から「重厚な突っ張り」と「物理的な抱擁」へとじわじわと侵食され始める。後に王国中で「レムリア場所巡業」のアナウンスが流れ、魔神軍の偵察隊が「……レムリアの騎士たちが、裸同然で四股を踏んでいる……呪いか!?」と恐怖に戦慄することになるのは、また別のお話である。
・・一方、次元の狭間では・・
第千層を突破し、自身の存在を「因果律の特異点」へと昇華させつつあるリリーは、異世界から漏れ聞こえる「ドスコイコール」に眉をひそめていた。
「……あっちの世界、どんどんアレスガイア化(汚染)が進んでるわね。……まあいいわ。ドスコイが土俵を作っている間に、私はこの階層の『時間』そのものを食べて、さらに加速させてもらうわよ」
リリーは「虚無のスープ」を啜るように次元のエネルギーを吸収し、神へと至る階段を一段飛ばしで駆け上がる。
「待ってなさいルシウス。あんたの姉さんは、もうすぐ『運命』そのものを剪定できるようになるから」




