第二話:レムリアの洗礼と、乙女の特訓開始
模擬戦の熱気が冷めやらぬ訓練室。勝利こそ手にしたものの、ルシウスたちの表情は晴れなかった。ボルダーとカイトは身代わりの代償でひどく消耗し、教皇に至っては「出し切った(物理的に)」虚脱感に包まれている。
レムリアの大臣たちは、露骨に不満を口にした。 「……伝承では召喚されてくるのは最強の勇者と聞いていたが、我が国の精鋭四人とほぼ互角とは。これでは魔神の足元にも及ばぬのではないか?」 「召喚の儀式に費やした魔力と予算が泣くというもの……」
冷ややかな視線が突き刺さる中、王女エルナは凛とした声でそれを遮った。
「いいえ。彼らは理の異なる世界から来たばかり。まだこの世界の魔力の流れに馴染んでいないだけですわ。それに、先ほどの一撃……ルシウス様のあの輝きは、本物に違いありません」
エルナはルシウスに歩み寄り、優しく微笑んだ。 「皆様、本日は歓迎の宴を用意しております。まずは異世界の美味を堪能し、心身を休めてください。そして明日からは……我が国の騎士団と魔導師団による、この世界の戦闘技術の『ご教授』を開始いたします。魔神は強大です。万全の力をつけてから旅立ちましょう」
・・歓迎の宴と、忍び寄る「筋肉の予感」・・
その夜、王城の広間では豪華な晩餐会が開かれた。 見たこともない極彩色の果実や、魔獣の肉を贅沢に使った料理が並ぶ。ルシウスたちは三年前の帝都での宴を思い出しながら、しばしの休息を楽しんだ。
だが、教皇だけは違った。 「……ここのお肉、高タンパクで素晴らしい弾力ですわね。でも、レムリアの皆様……皆様、少々『女子力』が足りなくていらっしゃらない?」
教皇は、給仕に奔走する細身の騎士たちを見つめ、オーシャンブルーの下着(本来であれば毎日変えたいが、突然の召喚で替えを持ってきていない)をピクリと震わせた。 「明日の訓練……わたくしからも、皆様にアレスガイアの『真理』を教えて差し上げなければなりませんわね。おーっほっほっほ!!」
その高笑いを聞いたボルダーは、エールのジョッキを置いた。 「なあ、カイト。俺、明日の訓練が怖くて眠れねえよ……」 「ああ、同感だ。レムリアの騎士たちが、明日、別の意味で絶望しなきゃいいんだが……」
・・翌朝:訓練開始・・
翌朝、訓練室にはレムリア騎士団の精鋭五十名が集結していた。彼らは昨日の模擬戦の内容を「まぐれ」だと思っており、今日こそは異世界の勇者たちを叩き直してやろうと息巻いている。
「指導を担当する騎士団長、ガウェインだ。まずはこの世界の魔力運用法……『魔力呼吸』から学んでもらう。これ無しでは、魔神の障壁は突破できん!」
ガウェインが厳格に宣言した時、一人のメイド服(※アリシアの戴冠式で味を占めた予備)を着込んだ巨大な影が前に出た。
「あら、団長様。呼吸も大事ですが、まずは『土台』……つまり、大臀筋と広背筋の対話から始めるべきではありませんこと?」
教皇マッスル一世の介入により、レムリア王国の戦闘訓練は、誰も予想しなかった方向へと捩じ曲がっていく。
一方、ルシウスはガウェインの指導を真剣に受けつつも、聖剣に宿る「アフロヘーアの加護」が、この世界の魔力に反応して少しずつ**「変質」**していることに気づいていた。
「……姉さんなら、こういう時どうするかな。……たぶん、世界ごと作り変えちゃうんだろうけど」
遠きアレスガイアで「次元ドリル」を回しているであろう姉を思い、ルシウスは異世界の剣を構えた。
・・次元を繋ぐ「絆」、あるいは「愛のストーカー召喚」・・
騎士団による肉体訓練の熱気が冷めやらぬ中、次に訓練室へ現れたのは、豪奢な杖を携えた宮廷魔導士の一団であった。
「次は我ら魔導師団の番です。異世界の勇者一行よ、この世界の深淵なる理……『真なる魔法』をお見せしましょう」
彼らが杖を振るうと、見たこともない多重構造の幾何学的な魔法陣が展開された。放たれた極大火球や真空の刃は、確かに鋭く、洗練されている。だが、一万五千年の修行を積んだ姉やその親友、そしてアマリリスを知るルシウスたちにとっては、既視感のある光景に過ぎなかった。
「……なるほど。術式の構成は面白いですが、威力や現象としてはアレスガイアの魔法と大差ないですね」 ルシウスが率直な感想を漏らすと、魔導士たちの眉間がピクリと跳ねた。
「ほう、これしきの魔法は当然と仰るか。ならば……これはどうかな!」
魔導士長が地面を叩くと、一段と複雑な魔法陣が輝き、その中から猛々しい双頭の狼が現れた。
「これは『契約召喚魔法』。一度屈服させた魔物や、契約を交わした精霊との間に魔力のパスを引き、次元を超えて呼び出す高等魔術です。アレスガイアには、このような絆の魔法はありますかな?」
「召喚魔法……! それは興味深いですわね!」 教皇がオーシャンブルーの下着を震わせて身を乗り出した。アレスガイアではリリーやミリィのような規格外の魔導士しか扱わない秘術。冒険者であるボルダーやカイトも、「そんな便利なものがあるのか」と驚きの表情を見せる。
「教えてくださいまし! わたくし、そういう『熱い繋がり』は大好物ですの!」
・・地獄のレクチャーと、予期せぬ「成功」・・
レムリアの魔導士たちは、内心で冷笑しながら教皇に教え始めた。彼らは、教皇が成功するはずがないと確信していたからだ。なぜなら、召喚魔法は術者に心底服従しているか、魂レベルで契約した存在しか呼び出せない。異世界から来たばかりの男に、この世界の魔物や精霊が従うはずがないのだ。
「いいですか、意識を集中させ、貴方に絶対的な忠誠を誓う存在の『魂の波長』を掴み取るのです」
・・愛の超次元召喚、あるいは「忠誠の化身」・・
「……絶対的な忠誠……愛……女子力……」 教皇が青い下着から蒸気を上げるほどの集中を見せると、足元にレムリア魔導士たちが展開したものより数倍巨大な、ピンクとブルーの禍々しくも神々しい魔法陣が爆発的に輝いた。
「出でよ! わたくしの愛すべき信徒たち!!」
ドォォォォンッ!!
立ち込める魔力の煙の中から姿を現したのは、教皇への狂信的な「パス」を持つ二人の女性であった。
・・召喚された二人・・
一人は、教皇のハグによって魔族の矜持を捨て、乙女の心に目覚めた元・魔族諜報部隊リーダー・リリアナ。 「……はぁっ! 聖女(お姉様)のハグの感触が、今、時空を超えて私を導きましたわッ!」
もう一人は、女の姿に戻ったことで玄と破局(?)し、マッスルを追いかけ続けているドスコイ(♀)。 「待ちなさいリリアナ! マッスル様を独り占めにはさせませんわ! 相撲の縁は切れても、私の執念は不滅ですのよ!」
「「……ここはどこ!?」」 突然、見知らぬ豪華な訓練室に放り出され、驚愕するリリアナとドスコイ。
・・魔法士たちの戦慄・・
「なっ……ななな、何をした!? 異世界の、しかも次元の壁を超えて『人間』を召喚したというのか!?」 腰を抜かすレムリアの魔法士たち。本来、この魔法は生き物同士を繋ぐ「パス」があれば距離を問わないが、まさか異世界から、しかも「服従」という言葉では足りないほどの執念を持った者たちが呼び出されるとは想定外であった。
ルシウスは、教皇に抱きつくリリアナと、それをもぎ取ろうとするドスコイを見て、深いため息をついた。 「……教皇様。……相変わらず、変なものばかり呼ぶ。……パスが太すぎる」
教皇による「愛のストーカー召喚」の成功。 それは、アレスガイア随一の変態的魅力が、次元の壁すらも無意味にすることを証明してしまった瞬間だった。
レムリア王国の魔法士たちは、自分たちが教えた魔法がこれほどまでにカオスな結果を招くとは夢にも思わず、震える手で記録を取るしかなかった。
一方、アレスガイアでは。 ルシウスたちが消えた大聖堂で、アンソニー枢機卿が「……あら? 今、リリアナとドスコイの気配まで消えましたわね。……ふふふ、定員が減って、ピンクの密度が上がりますわ!」と不敵に微笑んでいた。




