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第三十七話:虚無の魔王、あるいは「絶望の更地」

皇帝の絶命と共に、帝都城を包んでいた魔気が一瞬だけ霧散した。しかし、静寂が訪れる間もなく、城内全ての鏡や装飾品、さらには夜空にまで巨大な魔力映像が投影された。


「……ククク、余興は終わりだ。人の子が神の真似事をして遊ぶ姿、実に滑稽であったぞ」


冷酷な声が帝都中に響き渡る。そこに映し出されたのは、玉座の皇帝すらも捨て駒に過ぎないと断ずる、真の魔王・アザトースの姿であった。魔王の視線は映像越しに、王都で見守っていたリリーを正確に射抜く。


「……見つけたぞ、貴様さえ消せば、この世界は真に我が苗床となる」


リリーは王都の自室で、ティーカップを置いた。その瞳には、弟を傷つけ、世界を蹂躙しようとする存在への、底冷えするような怒りが宿っていた。


「……言ってくれるじゃない、雑草の親玉が。わざわざ自分から首を差し出しに来るなんて、手間が省けて助かるわ」


リリーは魔法で映像を逆ハックし、魔王を真っ向から挑発した。その瞬間、空間が悲鳴を上げて割れ、帝都城の真上に漆黒の雷が落ちる。


・・真・魔王の降臨と、更地の帝都・・


降臨したのは、神話に語られる「虚無の権現」。不定形の闇から無数の触手と眼球が覗く、概念そのものと化した化け物であった。


「……っ、お姉ちゃん!? モミジ! ミリィ!!」


転移魔法で瞬間移動したリリーたちは、更地と化した帝国城の跡地に降り立った。かつての豪華絢爛な城は、魔王が放つ重圧だけで粉砕され、今や広大な空き地と化している。


「リリー、こいつ、オラの斧が透けて通るべ! 手応えが全くねえ!」 「……ん。……斬れない。……無。……不快」


ミリィとモミジの苛烈な連撃すら、概念体となった魔王には届かない。魔王が腕をひと振りするたび、城の瓦礫がメテオのように帝都の街へ飛来し、逃げ惑う貴族や民衆を無慈悲に押し潰していく。


会場から命からがら逃げ出したバルト(♀)とドスコイ(♀)も、吹き飛ばされた衝撃で瓦礫の隙間に突き刺さり、気絶していた。ふんどしドレスの赤いケツだけが、瓦礫の山から虚しく突き出ている。


・・賢者の決断:即席の封印・・


ルシウスやシオンたち勇者パーティーも合流し、総力戦を仕掛けるが、魔王の「虚無」を突破することはできない。物理も魔法も、この存在の前では意味をなさなかった。


「……仕方ないわね。この世界に馴染んでいない『虚無』を、根こそぎ次元の狭間に押し込めるしかないわ」


リリーが宙に浮き、銀色の魔力を極限まで練り上げる。 「みんな、聞いて! この魔王は今のままだと滅ぼせない。私が今から**『即席の封印魔法』**を創造するわ。創造が終わるまであと三分……三分だけ、あの化け物の足止めをして!」


それは、一万五千年分の英知をもってしても、その場でことわりを組み上げねばならない禁忌の術式。


「三分だべな!? 任せろ! 根性で弾き返してやるべ!」 「拙者の刀、折れるまで振る所存でござる!」 「教皇の筋肉、神話の化身すらも抱きしめてみせますわッ!」


モミジ、シオン、そしてエメラルドグリーンの下着を震わせた教皇が、リリーの背後を守るべく、死を覚悟した「時間稼ぎ」へと突入した。


・・封印の残光、あるいは「一時の帰還と交錯する愛」・・


「……あと、一分! 持ちこたえて!」 リリーの銀色の魔力が帝都の更地を埋め尽くし、複雑な幾何学模様を描き出していく。


「女子力の神髄、とくと味わいなさいな! 『母なる筋肉の抱擁マザー・マッスル・ハグ』!!」 教皇が、実体を持たぬはずの魔王の概念体へと飛び込んだ。エメラルドグリーンの下着が弾けんばかりのパンプアップにより、物理を超越した「愛(圧力)」で虚無の魔王を強引に固定する。


「今でござる! 扶桑剣理・不動の型――『氣魂八卦陣きこんはっけじん』!!」 シオンが刀を地面に突き立てると、教皇が抑え込んだわずかな空間に、黄金の「氣」の結界が展開された。一万五千年前の賢者の魔法を完成させるための、命懸けの「檻」である。


・・封印と代償:ドスコイ、帰還・・


「……完成よ! 創造魔法――『永劫なる虚無への追放エターナル・イジェクト』!!」


リリーが指先を振り下ろすと、帝都全体が銀白色の光に包まれた。真・魔王アザトースは、次元の狭間へと吸い込まれ、その存在をこの世界から消し去られた。


しかし、その凄まじい魔力の余波が収まった時、異変が起きた。 気絶から復帰し、最後の瞬間、玄を守るべく魔王の触手をその身に受けていたドスコイ(♀)の体に、リリーの魔力が逆流したのだ。


「……あ、熱い……っ! 何ですの、この体……内側から力が溢れて……っ!」


光が収まったそこには、ふんどしドレスを引き裂き、一万五千年の叡智の結晶でもあった呪縛を力業で跳ね返した「男」の姿があった。 筋骨隆々、岩のような肩幅。かつて学園の土俵で鳴らした、あの雄々しきドスコイの肉体である。


「……ド、ドスコイ様!?」 傍らで見ていたバルト(♀)は、絶望、あるいは法悦の表情を浮かべた。愛する人が男に戻った! 今すぐその鍛え上げられた肉体を全角度から録画したい。四股を踏むその震動を肌で感じたい!だが、自分はまだ女のままであった。


・・期限付きの「男」と、新たな恋路・・


リリーは着地し、肩で息をしながらその光景を眺めた。 「……悪いわね。咄嗟の封印だったから、私の魔力が残っていた貴方に影響が出ちゃったみたい。でも、永遠じゃないわ。その姿、持ってあと一年くらいかしら」


「……一年……。一年だけ、私は元の姿に戻れたのですか」 ドスコイは、逞しい己の腕を見つめた。 彼は生粋の衆道の嗜みを持つ男。バルト(♀)との絆は深いが、今のバルトは「女」だ。そして、ドスコイの心には、ある確かな決意が芽生えていた。


「玄様……。私は、貴方様という『本物』に触れ、心が決まりました」


ドスコイは、隣で呆然としていた玄を見上げた。共通の趣味、相撲。あのクマとの取り組みを経て、ドスコイの中にあった敬愛は、確かな「恋心」へと変わっていた。


「玄様。私は、貴方様と添い遂げたい。この一年という限られた時間、貴方様と共に土俵を歩ませてはいただけませんか!」


玄もまた、ドスコイの勇壮な男の姿に驚きつつも、不思議と嫌悪感はなかった。むしろ、あの名勝負を見せた戦友が、これほどまでに徳の高い肉体の持ち主であったことに、武人としての血が騒いだ。


「……ドスコイ。お主、これほどの器を隠しておったか。……相分かった。衆道の嗜み、わしも否定はせぬ。お主の熱き思い、この玄、正面から受け止めてみようではないか」


瓦礫の山の中で、男に戻ったドスコイと、それを受け入れる玄。 その傍らで、「一年しかないなんて……! 早く、早く四股を録画させてくださいましぃぃ!」と叫びながら、女の姿で崩れ落ちるバルト。


更地となった帝都に、ようやく奇妙で情熱的な朝が訪れようとしていた。

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