第三十六話:玉座の化生、あるいは「聖剣と刀の共鳴」
シオンの放った『断罪の雷』によって、皇帝の寝所の扉が紙細工のように弾け飛んだ。 立ち込める煙の向こう、豪華絢爛な玉座に座していたのは、老境の皇帝――ではなく、その肉体を内側から突き破って現れた、異形の「何か」であった。
「……クク、ク。一万五千年の残滓、そして東方の迷い人か。揃いも揃って、我が宴を台無しにしてくれる」
皇帝であった肉体は、今や巨大な蜘蛛のような脚が背中から生え、顔の半分が紫色の鱗に覆われている。魔王軍の幹部を遥かに凌駕する魔圧。ルシウスの聖剣が、危機を察して激しく共鳴する。
・・勇者二人の共同戦線・・
「ルシウス殿! 左右から挟撃するでござるよ。その剣、拙者の『氣』と合わせられるか!」 「やってみる! 聖女様、援護を!」
ルシウスが右から、シオンが左から、目にも留まらぬ速さで踏み込む。 だが、魔族化した皇帝の反応は速かった。背中の脚から鋼鉄を断つ糸を射出し、二人の進路を塞ぐ。
「無駄ですわッ! その不潔な糸、わたくしの『女子力(物理)』で焼き切ってあげますわ!」
教皇がパープルの下着を翻し、空中で超高速回転を始めた。 「聖女奥義――『ピンク・サイクロン・シュレッダー』!!」 筋肉の摩擦と聖なる魔力が生む熱気が、アラクネの糸を瞬時に蒸発させる。道が開けた。
一方、その光景を王都の自室で「監視用のクマちゃん」を通して眺めていたリリーは、少しだけ目を細めた。 「……なるほどね。あの蜘蛛、ただの魔族じゃないわ。邪神の欠片が、少しだけ混ざっているみたい」
隣でモミジが、リリーのために淹れたお茶を差し出しながら尋ねる。 「リリー、手出ししなくていいべか? 邪神の欠片っつったら、ルシウスたちにはちと荷が重いんでねえか?」
リリーは優雅にカップを傾け、不敵に微笑んだ。 「大丈夫よ。あの子には、私がかけた『お守り』があるもの。それに、あっちの侍もいい筋をしてるわ。……どうしても危なくなったら、私がこの部屋から指先一つで、あの城ごと『剪定』してあげるから」
リリーの瞳には、かつて世界を壊しかねない加護を授かり、一万五千年の修行を耐え抜いた者だけが持つ、絶対的な静寂が宿っていた。
・・ドスコイ、戦線復帰・・
その頃、会場でヤケ食いをしていたドスコイ(♀)に、変化が起きていた。 「……うぅ。食べ過ぎましたわ……でも、何かしら。この腹の底から湧き上がる熱い……熱い『四股』の衝動はッ!」
膨れ上がった腹が、急激に筋肉へと変換されていく。魔王軍親衛隊が切りかかった瞬間、ドスコイは地響きを立てて足を踏み鳴らした。
「ドスコイ流・肉体変異――『満腹横綱』!!」
脂肪が全て「氣」のエネルギーへと昇華され、ドスコイ(♀)は文字通りの人間砲弾となって、皇帝の部屋の壁を外側から突き破って乱入したのである。
・・三位一体、あるいは「邪神の核」への猛攻・・
アラクネ・エンペラーと化した皇帝は、玉座から立ち上がると同時に、部屋全体を覆い尽くすほどの黒い糸を吐き出した。その一本一本が、触れたものを即座に腐食させる呪いの糸である。
「終わりだ。この糸は、神の加護すらも喰らい尽くす絶望の繭となる!」
「絶望? 笑わせないでくださいまし! 女子力に不可能なことはありませんわッ!」
教皇が高速筋肉振動による熱波で糸の結界を抉り、一時的な道を切り開いた。その刹那、三つの影が同時に動く。
・・三つの魂、一つの殺機・・
まず動いたのは、満腹状態から筋肉へとエネルギーを変換した**ドスコイ(♀)**であった。 「はっけよい、のこったぁぁぁーーーッ!!」 地響きを立てた突進は、もはや物理法則を無視していた。アラクネの巨大な前脚を、正面からの「ぶちかまし」で力業でこじ開け、皇帝の体勢を大きく崩させる。
「今でござる! ルシウス殿!」
次に跳んだのは、扶桑の侍シオン。 彼はドスコイが作った隙間へ、風のように滑り込んだ。 「扶桑剣理、奥義――『刹那・旋風斬』!!」 鋭い斬撃が皇帝の腹部を横一文字に切り裂き、その衝撃で皇帝の背中――八本の蜘蛛脚の根元に隠されていた、不気味に脈打つ紫色の石、**「邪神の核」**が露わになった。
「いけぇッ! ルシウスッ!!」
ボルダーとカイトの叫びが背中を押す。 最後に舞ったのは、勇者ルシウス。 彼はシオンが斬り開いた空隙を抜け、教皇の熱気と聖なる魔力(破魔)を一点に集約させた聖剣を振り上げた。
「これが、みんなの想いの力だ……ッ!!」
聖遺物から溢れ出した眩いばかりの破邪の光が、聖剣を黄金の巨刃へと変える。ルシウスは空中を蹴り、無防備になった皇帝の背後へと回り込んだ。
決着の一撃
「「「おおおおおぉぉぉぉぉッ!!!」」」
ドスコイの「喉輪」による固定、シオンの「氣」による防御膜の破壊、そしてルシウスの「聖剣」による浄化の一撃。 三人の攻撃が、邪神の核という一点に、寸分の狂いもなく同時に着弾した。
「ギ、ギギ……ア、アアアァァァッ!!」
紫色の核が耐えきれず粉砕され、皇帝の肉体から邪悪な気が霧散していく。魔族化した化け物は、断末魔と共に玉座の下へと崩れ落ち、帝都城を揺らしていた禍々しい気配は、嘘のように消え去った。
・・賢者の安堵・・
王都の自室。千里眼で「勝利」の光景を見届けたリリーは、ゆっくりと背もたれに体を預けた。
「……ふぅ。やればできるじゃない。お守りの発動(私の直接介入)まで行かなくて良かったわ」
「リリー、あんたが最後にこっそり魔力で『核の結界』を少しだけ弱めてやったのは内緒だべか?」 モミジがニヤリと笑いながら、おかわりのお茶を注ぐ。
「……あら、そんなことしたかしら? 私はただ、弟の勇姿を眺めていただけよ」
リリーは悪戯っぽく微笑み、再びティーカップを手に取った。 帝都の夜は明ける。変態聖女と侍、そして執念の女体化力士による、世界で最も奇妙な「魔王斬首作戦」は、ここに完全な成功を収めたのであった。




