第二十九話:理不尽なる中止と、極東の針路
王都を揺るがした魔樹の騒乱は、勇者パーティーの「変態的な凱旋」をもって幕を閉じた。 街には平穏が戻り始めたが、魔法学園には別の意味で重苦しい空気が流れていた。
・・模擬戦の中止:歪んだ理由・・
例年、新入生たちが熱狂する「クラス対抗模擬戦」は、今年度については異例の中止が決定された。 延期ではなく中止。その理由は、学園上層部の極めて偏った選民思想にあった。
もともとこの模擬戦の裏目的は、エリートのAクラスが下位クラスを蹂躙し、Dクラスをはじめとする生徒たちに「身の程」という現実を突きつける教育的(?)儀式であった。しかし、蓋を開けてみればDクラスがBクラスを圧倒。Aクラスのクズどもは変態行為の末に自滅。 「下位クラスに絶望を与える」という目的が完全に崩壊した以上、上層部にとってこの行事は継続する価値のない「汚点」でしかなかったのである。
この決定に、精神体のアマリリスは関与していない。復旧作業に追われる彼女の目を盗み、選民志向の強い学園長以下の保守派教師たちが、保身のために独断で下した裁定であった。
「……ふん。勝てないから止めるなんて、まるで子供の喧嘩だべな」 モミジが鼻で笑い、リリーもまた呆れたように肩をすくめた。 「いいじゃない。おかげで復興作業に専念できるわ。早く校舎を直さないと、お茶会も開けないもの」
リリーとミリィの規格外な魔法により、崩壊した学園と街の復興は、誰もが目を疑うほどの速度で進んでいった。
・・扶桑の軍勢、西へ・・
その頃、大陸から遠く離れた海上で、鋼鉄の装甲船が波を切り裂いていた。 極東の国「扶桑」から出発した侍シオン、法術師玄、くノ一楓の三人からなる勇者パーティーは、いよいよアレスガイア大陸の影を視界に捉えていた。
「シオン殿、大陸が見えてござる。……が、どこの港を差すべきか悩ましいところでござるな」 楓が海図を広げ、眉を寄せた。
当初の目的である帝国は大陸の北にある。しかし、巫女の予見によれば帝国の枢軸はすでに魔族の手に落ちているという。 「帝国の港へ堂々と入港しても、歓迎の宴の代わりに魔族の牙が待っているかもしれんでござる」
現在の帝国は、皇帝や貴族こそ魔族に入れ替わっているが、辺境の港町の民まではまだ汚染されていない。しかし、その内情を知らない扶桑の一行は、北の航路を危険と判断した。
「左様でござるな。ならば、このまま最短距離で上陸するか……それとも南へ迂回するか」 シオンが顎に手を当てて思案する。
直接上陸して大陸を横断するとなれば、そこには「魔境」と称される大森林や峻険な山脈が立ち塞がる。さらに、排他的なエルフの森や血気盛んな獣人の国など、天然の障害以上に「面倒な隣人」も多い。
「ガッハッハ! ならば南を回るべし! 帝国の南側へ直接乗り込むのも北へ行くのとリスクは変わらん。ならば、アレスガイアの西にある港町を目指すのが定石というものよ」 玄が太い腕を組み、豪快に指針を示した。
「……承知した。アレスガイアの西、まずはそこを目指すでござる。そこで大陸の情勢を拾い、北の魔王を討つ好機を伺うとしよう」
扶桑の勇者たちは、舵を大きく南へと切った。 彼らが目指す港町、それは王都アレスガイアからもほど近い、西方の要所。 「一万五千年前の賢者」と「極東の侍」が邂逅する日は、刻一刻と近づいていた。
・・怒濤の海路、そして「西の玄関口」への上陸・・
王都の復興がリリーたちの魔法で驚異的な速度で進む一方で、大陸を目指す扶桑の装甲船は、かつてない危難に直面していた。
南へ進路を取った一行の前に、まず立ちはだかったのは深海の主、クラーケンであった。島ほどもある巨躯が海面を割り、無数の触手が鋼鉄の船体を締め上げる。
「……拙者の間合いでござる。……扶桑剣理、一ノ型『波紋断ち』!!」
シオンの抜刀一閃、巨大な触手が次々と断ち切られる。楓は忍術で水面に立ち、爆辞符で本体を牽制。玄は法術で鎌鼬を呼び、クラーケンの巨体を切り刻む。見事な連携で深海の魔獣を撃破したが、試練は終わらなかった。
・・海神の試練と「氣力」の限界・・
クラーケンを仕留めた安堵も束の間、激しい雷鳴と共に、海そのものが意思を持ったかのように隆起した。そこに現れたのは、この海域を統べる古き神の化身、ポセイドンであった。
「……神の加護を捨てた叛逆者どもめ。ここを通したくば、我が三叉槍の錆となれ」
連戦による疲労は深く、扶桑の戦士たちが魔法に代わり源とする力――**「氣力」**も底を突きかけていた。 氣力とは、肉体と魂、そして自然界の呼吸を同期させることで生み出される扶桑独自のエネルギーだ。魔法のように無から有を生むのではなく、自己の生命力を練り上げるがゆえに、消耗は激しい。
「……背に腹は代えられぬ。……禁忌を、解くでござる!」
玄が巨大な数珠を地面に叩きつけ、血を吐くような咆哮を上げた。 「法術奥義――『百鬼夜行』ッ!!」
・・狂乱の鬼と神殺し・・
船上の空間が歪み、黄泉の国への門が開く。そこから溢れ出したのは、千とも万とも知れぬ、筋骨隆々の角を持つ地獄の鬼たちであった。
「「グオォォォッ!!」」
鬼たちはポセイドンに向かって雪崩れ込み、神の三叉槍すらも数の暴力でへし折った。神の化身も、地獄の業火を纏った鬼たちの無差別な暴力には抗えず、ついに海へと沈んだ。
しかし、真の地獄はここからであった。 ポセイドンが消えても、召喚時間が過ぎるまで鬼たちは帰らない。最短でも十分間。鬼たちは今度は、召喚者であるシオンたちにその血走った眼を向けたのである。
「……玄殿! これ、どうにかできぬのでござるか!?」 「無理だ! 一度呼んだら、時間は止まらん! 逃げるしかないわい!!」
シオンたちは、地獄の鬼を「倒す」ことは不可能だと悟っていた。彼らは世界の「懲罰」そのもの。ゆえに、シオンは即座に決断した。
「……一体ずつ、海に叩き落とすでござるッ!!」
狭い甲板の上で、シオンたちは鬼の金棒を紙一重でかわし、その勢いを利用して背負い投げ、あるいは忍術の幻覚で海へと誘導した。 「……あと一分!……あと三十秒でござる!」 最後の鬼をシオンが鞘尻で海へ突き落とした瞬間、甲板に刻まれた法陣が光を失い、鬼たちは虚空へと消えていった。
・・西方の港町:ベネツィーア上陸・・
それから数日。数々の荒波を越え、一行はようやくアレスガイア大陸西端の港町、**「ベネツィーア」**に辿り着いた。
そこは、水路が網の目のように張り巡らされた、石造りの美しい街であった。扶桑の木造建築とは異なる重厚な異国情緒、行き交う人々が纏う色鮮やかな法衣や鎧、そして何より、あちこちの広場に立てられた「聖女マッスル」の肖像画(なぜかピンク色)。
「……ふむ。これが西の文化でござるか。いささか……いや、かなり派手でござるな」 シオンがちょんまげを整え、街並みを興味深げに見渡す。
「シオン殿、あそこの看板を見るでござる! 『SU・MO・U大会、絶賛開催中!』と書いてあるでござるよ!」 楓が指差す先、そこには何やら「可愛らしいフリル」を付けた力士のような男たちが、お尻を振りながら相撲を取っている絵が描かれていた。
「……おのれ、神聖なる相撲を愚弄しおって・・・やはり本物の指導が必要なようじゃな」 玄がふんどしを締め直し、拳を鳴らす。
扶桑の勇者パーティー、ついに上陸。 彼らの武が、アレスガイアの混沌とした「美意識」に新たな嵐を巻き起こそうとしていた。




