第二十七話:深淵の静寂と、双星の絆
サイクロプスを討伐し、第百一階層を越えた先。 そこは、これまでの喧騒が嘘のように静まり返った、一面の「蒼」の世界であった。壁も床も透明度の高い氷晶で覆われ、勇者たちの足音が不気味なほどに響き渡る。
「……さすがに、骨が折れますわね。ルシウス殿、大丈夫ですか?」
教皇(聖女)が自身の筋肉の振動を微調整しながら、抱きかかえた少年に問いかける。
「はい……。ボルダーさん、カイトさん。さっきはありがとうございました」
ルシウスの言葉に、前衛を行く二人がニカッと笑った。
「気にするなべ、ルシウス。これでも昔は、**『天駆ける双星』**なんて名で、この王都でも鳴らした身だ。巨大なバケモノの足元で踊るのは、慣れっこよ」
「へへっ。ミリィが抜けた後、二人で死線を越えてきた経験は伊達じゃねえからな。……あの魔樹、どんだけ深く潜ったか知らねえが、双星の追跡からは逃げ切れねえぜ」
二人が語るかつてのパーティー名。それは、ミリィという「天才(天災?)」がいなくなった後、残された二人が文字通り死に物狂いで、お互いの背中だけを信じて築き上げた栄光の証であった。
・・魔樹の変異・・
その時、ダンジョンの空気が一変した。 「除草剤」によって弱体化したはずの魔樹の気配が、より禍々しく、より「知的」なものへと変質していく。
「……ん? 聖女様、見てください! 壁の氷の中に、何かが……!」
ルシウスが指差した先。氷の壁の中に閉じ込められていたのは、過去にこのダンジョンで命を落とした冒険者たちの遺体……。そして、その遺体に魔樹の根が神経のように食い込み、不気味に脈打っていた。
魔樹はただ逃げたのではない。 この「冒険者の墓場」に眠る遺体や残留思念を取り込み、勇者パーティーを迎え撃つための「人形」を作り出そうとしていたのだ。
・・王都の混乱と、野心あふれる枢機卿・・
一方その頃、地上では魔樹の脅威が去り、負傷者の救護と植物系モンスターの残党狩りが急ピッチで進められていた。この非常時において、不在の教皇に代わり救護の指揮を執っていたのは、アンソニー枢機卿であった。
アンソニーにとって、近頃の状況は実に苦々しいものであった。 あのボディビル大会での優勝以降、自分こそが教会の実権を握り、「アンソニーの時代」が到来すると確信していたのだ。しかし、蓋を開けてみれば教皇マッスル一世が「聖女」として公式に認定され、世間の注目を独占。結局、彼は元の「二番手」の日常に押し戻されてしまっていた。
(……フン。教皇め、ダンジョンに潜って不在とは、天が私に与えた絶好の機会。今こそ、この大聖堂を『真に女神が求める姿』に染め上げてくれるわ!)
アンソニーの野心が、この惨状を背景に最悪の形で発露した。 彼は救護指揮の全権を盾に、大聖堂の全スタッフ――掃除担当の見習い神官から、白髪の厳格な大司祭に至るまで――に対して、**「女神が求める正装の徹底」**を義務付けたのである。
・・フリフリの救護戦線・・
「良いか! 女神アフロヘーア様が求めておられるのは、慈愛! そして、その慈愛を包む可愛らしさである! ボディビル大会で私が見せた、あの輝きを思い出すのだッ!」
アンソニーの厳命により、大聖堂は一瞬にしてカオスな空間へと変貌した。 運び込まれる負傷者たちを介抱するのは、普段の質素な法衣ではなく、アンソニー直伝の**「可愛い系フリフリフリル付きドレス」**を纏った、筋肉質で髭面の神官たちであった。
「……枢機卿、このピンクのレースは、止血の邪魔になるのでは……」 「黙れ! 精神の癒やしこそが最大の治療! もっとフリルを立てろ! 笑顔で『萌え萌えキュン』と唱えながら包帯を巻くのだッ!」
傷ついた騎士や民衆は、死の淵から生還した矢先に、フリフリの服を着た大男たちに囲まれ、「萌え」の呪文を浴びせられるという、二重の意味での衝撃を受けることとなった。
「……あ。……あっち、もっとひどい。……地獄」 学園の瓦礫撤去をしていたミリィが、遠く大聖堂から放たれる「ピンク色に染まった歪な熱気」を察知し、珍しく嫌悪感を露わにした。
「……アンソニー枢機卿。あの方、やっぱり懲りていなかったのね」 リリーは遠い目をしながら、ダンジョンの深部で戦う教皇(聖女)に、少しだけ同情の念を覚えるのであった。




