表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/112

第二十六話:極寒の抱擁、あるいは「聖女の開眼」

王都地下、未踏破大迷宮――。 階層を下るごとに、空気は刃物のような鋭さを増し、吐く息は瞬時に凍りつく。氷の迷宮を進む勇者パーティーを、かつてない絶望的な寒さが襲っていた。


「く……ッ、おのれ魔樹め……! 植物の分際で、これほどまでの冷気を用意するとは……不届き千万ですわ……ッ!」


聖女マッスル一世は、ガチガチと全身を震わせていた。薄手の聖女ドレス一枚という装いは、もはや自殺行為に近い。しかし、彼女はそこで終わる男(女)ではなかった。


「……はぁっ! 止まっていては、死ぬのを待つだけ! ならば……女子力(魔力)と筋肉を、同時に極限まで高めれば良いのですわ!!」


教皇は両拳を握りしめ、全身の筋肉に力を込めた。 すると、どうだろうか。彼女の鍛え上げられた広背筋、大腿四頭筋、そして大胸筋が、まるで高回転のモーターのように超高速で振動を始めたのだ。


「『ミカエル・シェイク・ヒーター』ッ!!」


摩擦熱と魔力の共振により、教皇の周囲の空気が陽炎のように揺らぎ、氷点下の空間に熱気が立ち昇る。 「ふぅ……。温かい……。これぞ、内なる太陽ですわ……!」


・・勇者の限界と聖女の慈愛・・


一方、その隣では勇者ルシウスが限界を迎えていた。 聖遺物ショーツ一枚で雪原を駆ける九歳の少年に、筋肉振動による発熱などという高等技術ができるはずもない。


「せ、聖女様……。ぼ、僕……もう、感覚が……」 紫色の唇を震わせ、今にも雪の上に倒れ伏しそうなルシウス。


教皇はハッとした。 (……そうですわ。わたくしは今、聖女としてこの場にいる。迷える子羊を、未来ある勇者を導くことこそが、真の女子力ではないでしょうか……!?)


「ルシウス殿! 私の胸に飛び込みなさい!」


教皇は、ラプンツェル級のウィッグをマントのように広げ、震えるルシウスをその逞しい腕の中に力強く抱き寄せた。


「な……!? 聖女様……?」 「安心なさい。私のこの『高速筋肉振動』の熱を、そのまま貴方に分け与えてあげますわ!」


ルシウスの小さな体が、教皇の厚い胸板(女子力ポイント)に密着する。 確かに、教皇は女装した大男である。ルシウスに男性を愛する趣味など微塵もなかった。しかし、この極限状態において、自分を守り、温めてくれるその腕は、まさしく伝説に語られる慈愛の女神そのものに感じられたのだ。


(……温かい。なんだろう、この……不思議な安心感は。……これが、聖女様の『愛』……?)


ルシウスの心の中で、何かが音を立てて崩れ、そして新たな扉がゆっくりと開きかけていた。


・・女神の満足・・


その光景を、天界から「神の眼」で覗き見ていたハゲ女神アフロヘーアは、満足げに鼻を鳴らした。


「んふっ……。ようやくマッスルちゃんも、力任せじゃない『聖女らしさ』に気づいたみたいねん。愛は全人類を救うのよ。それがたとえ、筋肉の振動を通じた熱伝導だったとしてもねん!」


・・第百階層の深淵・・


愛と熱気で寒さを克服した一行は、ついに伝説の境界線である「第百階層」に辿り着いた。 かつてここに至った冒険者は数えるほどしかおらず、ここから先の情報については、王国の公的な記録にも一切存在しない。


魔樹の気配は、さらにその奥――地の底の底から、粘りつくような殺意と共に立ち昇っている。


「……ここから先は、未知の領域。何が起きてもおかしくありませんわ」


教皇が表情を引き締め、抱きしめていたルシウスを静かに降ろした。 第百階層への階段を下りた先。そこには、これまでの「自然な迷宮」とは一線を画す、禍々しい人工的な石造りの回廊が広がっていた。


そして、その回廊のボスに関する情報は、彼らの常識を遥かに超えるものであった。


・・巨神の足音と、百階層の死闘・・


第百階層の巨大な石扉が開いた先。そこは、これまでの通路とは比較にならないほど広大な、天を仰ぐような大空洞であった。


勇者パーティーが踏み込んだその場所で、最初に彼らを迎えたのは、壁でも柱でもなく、**「一本の太い肉柱」**だった。


「……何ですの、この巨大な……柱?」


教皇が視線を上に向けようとした、その時である。 空洞全体を震わせるような轟音が響き、周囲の空気が凄まじい圧力で押しつぶされた。一行が「柱」だと思っていたのは、ただの右脚に過ぎなかったのだ。


・・神話の再来:サイクロプス・・


視線を極限まで上げてようやく見えたその全貌。それは神話に語られる一つ目巨人、サイクロプスであった。数十メートルに達するその巨躯は、存在そのものが天災。 先制攻撃は、あまりに無慈悲であった。一行が呆然と脚を見つめていたその瞬間には、もう一方の左脚が、彼らの頭上数メートルまで迫っていたのだ。


「全員、散れッ!!」


ボルダーが叫ぶと同時に、パーティーは四方に飛び散った。直後、大地が爆辞し、衝撃波だけで周囲の石畳が礫となって飛ぶ。


・・熟練の連携:元ミリィパーティーの真髄・・


「ルシウス殿は下がっていなさい! ここは我ら『天駆ける双星アストラル・バイナリ』が道を切り開く!」「天駆ける双星アストラル・バイナリ」はミリィと三人で立ち上げたパーティーだ。現在は二人で活動しており、双星の名の通りとなっている。


かつて最強の幼女と共に戦い抜いたボルダーとカイトが、熟練の動きを見せる。


ボルダーは巨大な盾を構え、サイクロプスの踏み付けから生じる破片や衝撃を真っ向から受け止めた。 「おおおおおッ! 盾の一撃シールドバッシュ!!」 衝撃を逆利用し、巨人の足首を強打してバランスを崩させる。


その隙を見逃さず、スカウトのカイトが目にも留まらぬ速さで巨人の足元を駆け抜けた。 「でかけりゃ良いってもんじゃねえぞ!」 カイトは巨人の歩幅と重心移動を瞬時に計算。持てる限りの魔導罠(ワイヤーネットと爆辞石)を足首周辺に設置した。巨人が再び脚を上げようとした瞬間、ワイヤーが皮膚に食い込み、連動した爆辞石が炸裂。巨神の巨躯が、わずかに傾いた。


・・聖女と勇者、断罪の一撃・・


好機チャンスですわ、ルシウス殿!!」


教皇が高速筋肉振動を発動し、蒸気を上げながら高く跳躍した。ラプンツェル級のウィッグを巨人の腕に絡ませて支点にし、さらに上空へ。


「筋肉(女子力)の輝き……とくと見なさい! 『ギガンティック・ネイル・ハンマー』!!」


教皇の拳がサイクロプスの唯一の眼球付近を強打し、視界を奪う。 「ぐ……あああああッ!!」 巨人が悶絶し、膝をついた。その首元が、ルシウスの目線の高さまで降りてくる。


「今だ、ルシウス!」ボルダーの声が飛ぶ。


ルシウスは聖遺物ショーツから溢れ出す破邪の魔力を聖剣に宿した。極寒の地で教皇に抱きしめられ、心身ともに「熱く」なっていた少年の力が爆発する。


「……これで、終わりだッ!!」


閃光。 聖剣の一振りが、サイクロプスの太い首を深々と断ち切った。山の如き巨躯が地響きと共に崩れ落ち、第百階層のボスは沈黙した。


・・さらなる深淵へ・・


勝利の余韻に浸る暇はなかった。 巨人の死骸の向こう側、さらに地下へと続く巨大な大穴。そこには、魔樹が逃げ込んだ際に残した、腐敗した粘液がこびりついていた。


「……まだ、下がありますわね。どこまで逃げるつもりかしら、あの雑草は」


教皇は乱れたウィッグを整え、ショッキングピンクの下着を翻して穴の先を睨んだ。 魔樹の本体は、この世界の「底」を目指している。 勇者パーティーは、息を切らすルシウスを再び教皇が抱き抱え(今度はルシウスも赤くなりながら受け入れた)、さらなる未踏の階層へと足を踏み入れるのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ