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第二十四話:聖女の空中舞踏と、信仰の混迷

戦況は凄惨を極めていた。王都のあちこちで爆炎と砂塵が舞い、王都騎士団や宮廷魔導士の中には、民を庇って命を落とす者も出始めていた。しかし、絶望が街を覆い尽くそうとしたその時、風向きが変わる。


リリーの放った銀色の「除草剤」が、地脈を通じて魔樹の深部へと浸透し始めたのだ。


「……ギ、ギギッ……!?」


巨木の震えが止まらない。薬が神経系を侵し、魔樹の反応速度は目に見えて鈍化していった。だが、魔樹もさるもの。薬の回っていない枝を自ら切り離し、次々と新たな植物モンスターとして戦場に投下する。人類側にとって、時間は稼げても、勝利は依然として霧の向こうであった。


・・聖女、空を舞う・・


その混沌の中心で、もはや伝説と化そうとしている人影があった。聖女マッスル一世である。


「おーっほっほっほ! この程度の枝ぶり、私の女子力の前では剪定せんていの対象に過ぎませんわ!」


教皇はラプンツェルの如き金髪ロンゲを、自らの意思を持つ鞭のように操り、魔樹の枝々に絡ませた。それを支点に、巨躯をブランコのようにしならせて上空へと躍り出る。


地上だけでなく、空中をも縦横無尽に駆け回るその姿。民衆は、ただ呆然と空を見上げた。


「あ、あれが……教皇様……? なんて……なんて鮮やかな……」 「いや、それより……あんなに高く舞い上がったら、ドレスの中が……!」


聖女ドレスが風に煽られ、翻る。そのたび、戦場の灰色の空に鮮烈なショッキングピンクの閃光が走る。それは希望の光か、あるいは精神への暴力か。民衆は言葉を失い、ただただ拝むように空を見つめるしかなかった。


・・学園の守護者と「盾突く変態」・・


一方、学園ではゼクスが覚醒していた。 継承されたアマリリスの魔力をオーラへと変え、生徒たちを包み込む巨大な結界を展開。迫りくる魔樹の触手に対し、空間そのものを削り取るような「消滅攻撃」を放ち、鉄壁の防衛線を築いていた。


本来、寄生魔樹は「不倒の災厄」である。たとえアマリリス本人であっても、王都全域に広がる敵を根こそぎ消滅させるのは不可能だった。しかし、ゼクスは今、愛する学園という限定された範囲においてのみ、師の域に近い「絶対的な破壊」を体現していた。


だが、その守護の剣を阻む、想定外の障害が現れた。


「待てェーッ! 貴様、女神様の使者に何をするッ!!」


立ち塞がったのは、魔樹にひれ伏し、歓喜に震える**デブ(ガスト)とガリ(エドワード)**であった。


「ゼクス委員長! あなたには慈悲の心がないのですか!? この魔樹こそ、空から『下着姿の美女』を我らの元へ運んでくださる、女神アフロヘーア様の慈愛の化身なのだぞッ!!」


「そうだ! 先ほどバルト様とドスコイ様の秘園が見えたのは、この魔樹が風を起こしたからだ! 魔樹は我々の味方、いや、我々の救世主だぁーッ!!」


彼らは完全に魔樹を「女神の代理人」と信じ込んでいた。ゼクスの放つ消滅魔術の前に、あえて肉壁となって立ち塞がる変態二人。


「どけ、貴様ら……! 今、正気に戻らねば、まとめて消し飛ばすぞ!!」


ゼクスの額に怒りの血管が浮き上がる。しかし、変態たちの妄信は、死への恐怖すらも「美しき乙女への転生」という妄想で塗り潰していた。


学園の地下で魔樹の根が再び脈打つ。 ゼクス、そしてリリーたちの戦いは、魔物の暴力だけでなく、人間の「歪みきった信念」という名の泥沼に引きずり込まれようとしていた。


・・英雄の帰還と、砕け散った妄執・・


学園の演習場は、正義と混沌、そして狂信が入り混じるカオスと化していた。


ゼクスは、自らの眼前に立ち塞がるデブ(ガスト)とガリ(エドワード)を前に、苦渋の決断を迫られていた。アマリリスから継承した消滅魔法を叩き込めば、二人など塵一つ残さず消し飛ばせる。しかし、相手は王国の王子と、有力公爵家の令息だ。ここで彼らを始末すれば、たとえ災厄を退けたとしても、後の政治的混乱は避けられない。


「どけ……! 貴様ら、今のうちにどかねば本当に……!」


ゼクスの魔力が指先でジリジリと爆ぜ、限界に達しようとしたその時。


「——お、おおおぉぉおぉぉッ!!」


天高くから、雲を切り裂くような絶叫が降り注いできた。


・・英雄、あるいは「裸の騎士」・・


それは、魔樹の触手をかいくぐり、単身で「核」への突撃を試みた騎士学園の若き獅子、アレントであった。 彼は道中、数多の植物型モンスターを斬り伏せ、その身を挺してクラスメイトを守るという、まさに「英雄」と呼ぶに相応しい活躍を繰り広げていた。


しかし、その代償は大きかった。 勇猛に戦い抜いたアレントの学園指定騎士鎧は、魔樹が撒き散らす強力な溶解液によってボロボロに腐食していたのだ。特に背面、腰から下にかけての防御は壊滅。空から猛スピードで落下してくる彼の姿は、凛々しく剣を構えつつも、ケツが完全無防備な丸出し状態という、あまりにも悲劇的なものであった。


・・絶望の「贈り物」・・


「……はっ! 来た! 来ましたぞ殿下!」 ガストが、空から迫る影を見て歓喜に震える。 「あのシルエット、あの放物線……今度こそ、女神様が我らに『至高の乙女』を投げ落としてくださる合図ですぞぉ!」


「おお、麗しの女神よ! 拙僧エドワード、甘んじてその乙女を受け止めようぞ!!」


二人は希望に満ちた表情で両腕を広げ、天を仰いだ。 そして、その直後。


――ドッガァァァァァァァン!!


「ぶふぉぉぉっ!?」 「ぐはぁっ!?」


凄まじい衝撃音と共に、アレントの「英雄のケツ」が、ガストとエドワードの顔面にジャストミートした。


沈黙が流れる。 土煙が晴れた先で、二人の変態が見たもの。それは、自分たちが夢にまで見た瑞々しい乙女の肌ではなく、戦いの中で傷つき、泥と汗にまみれた、むさ苦しい野郎のケツであった。


「……野郎……」 ガストが、鼻血を流しながら力なく呟く。 「……男の……ケツだ……。女神様が……野郎のケツを……よこすはずがない……」


エドワードもまた、衝撃で歪んだ顔のまま絶望に染まった。 「……これは……魔だ。この樹は……女神の使いなどではない……。乙女の代わりに、男の尻を降らせるなど……悪魔の所業以外の……何物でもない……っ!」


ようやく、本当にようやく、二人は魔樹が「女神の代理人」ではないことを理解し、目を覚ました。 しかし、その悟りを得た彼らを見る、リリーやミリィ、そしてDクラスのお姉様方の目は、魔樹を見るよりも冷たく、凍てつくような蔑みに満ちていた。


「……ん。……手遅れ。……死ねばいい」 ミリィの極寒の呟きが、アレントの剥き出しのケツよりも寒々と戦場に響き渡った。

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