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第十九話:不滅の微笑、あるいは「魂の残響」

アマリリスが息を引き取った、あの日。 ゼクスの世界は一度、真っ暗な闇に塗りつぶされた。しかし、朝の光が学園を照らしたとき、彼は赤く腫らした目を擦り、毅然と立ち上がった。


「悲しみに暮れて任された仕事を放り出すなど……師匠に顔向けできん。私は、風紀委員長なのだから」


師からの最後の指令——模擬戦の警戒任務。それを完遂することこそが、亡き師への唯一の手向けになると信じ、ゼクスは重い足取りで理事長室の前を通りかかった。


その時、扉が内側から勢いよく開いた。


「……む? ゼクスではないか。そんな真っ赤な目をして、さては昨夜、わしに隠れて夜通し筋トレでもしておったのかえ?」


「………………は?」


ゼクスの思考が停止した。そこに立っていたのは、間違いなく昨晩、自分の腕の中で光となって消えたはずの、のじゃロリ理事長・アマリリスその人であった。


・・魔法陣の秘儀:精神体の覚醒・・


実際、アマリリス本人は死んでいる。 しかし、慎重かつ遊び心に溢れた彼女は、己の死という不測の事態に備え、理事長室の床に「絶対不可侵」の魔法陣を刻んでいた。本人の生命反応が消失した翌朝、その魔法陣から生前の人格、口調、記憶を完全にコピーした「精神体」が起き上がる仕組みになっていたのだ。


実力こそオリジナルに劣るものの、並の宮廷魔導士を遥かに凌駕する力を持ち、何より彼女は死の直前まで「記憶の更新」をマメに行っていた。ゆえに、寄生魔樹の脅威も、自らが死ぬ間際の記憶すらも、この精神体は保持していたのである。


「し、師匠……! 生きて……生きておられたのですかッ!!」


ゼクスはなりふり構わず、幼き師(の精神体)に抱きついた。精神体ゆえにその体は少しだけ冷たく、実体感が希薄だったが、絶望の淵にいたゼクスにとって、それは紛れもない「奇跡」だった。


アマリリスの精神体は、縋り付く弟子の頭を優しく撫でながら、ふっと寂しげに目を細めた。 (……おバカさんじゃの。わしはもう、この世にはおらぬというのに) 自分がいずれ夜には魔法陣へ消え、翌朝には今日の記憶を失って「再生」される仮初の存在であることを、彼女は告げなかった。


・・聖断:国王への謁見・・


だが、再会を喜んでいる時間はなかった。アマリリスの精神体には、消える前に果たさねばならぬ「死者としての義務」があった。


「ゼクスよ、泣くのは後じゃ。わしは今から国王陛下へ緊急の謁見を申し込む。……王都を蝕む『魔樹』の真実を伝えねばならぬ」


精神体となったアマリリスは、すぐさま王宮へと向かった。 国王は、突然の理事長来訪に驚きつつも、彼女から放たれる「生気のない魔力」を感じ取り、全てを察した。


「……そうか。アマリリス、其方は……」


「ほっほ。左様、今のわしはただの残響に過ぎぬ。驚かせてすまぬの、陛下」


謁見の間で、アマリリスは淡々と報告した。自らが魔樹の攻撃を受けて命を落としたこと。現在、学園の地下に災厄が根を張っていること。そして、今日行われる模擬戦が、魔王側の「起爆剤」になる可能性があることを。


国王は、長年の友であり国の重鎮であった彼女の死に、深く、深く拳を握りしめて悲しんだ。だが、王としての責務が彼を突き動かす。


「……信じがたいが、其方の言葉だ。直ちに騎士団の一部を秘密裏に動かし、王都の地脈を封鎖させる。模擬戦は……中止すべきか?」


「いえ、陛下。中止すれば魔王側に察知され、魔樹を強制暴走させる口実を与えかねぬ。模擬戦は予定通り行うのじゃ。……幸い、学園にはわしが目をつけた『面白い駒』がいくつも転がっておるからの」


アマリリスは、遠く学園のDクラス女子寮——そこで優雅に朝の紅茶を啜っているであろうリリーたちの姿を思い浮かべ、不敵に笑った。


死してなお、王国の未来を盤上で操る「不滅の理事長」。 悲しみに暮れる国王と、希望を取り戻した(と思い込んでいる)ゼクス。 それぞれの想いが交錯する中、ついに「クラス対抗模擬戦」の幕が上がろうとしていた。


・・模擬戦開会式:違和感の正体・・


そして迎えた、クラス対抗模擬戦当日。 晴れ渡る空の下、全校生徒が集う演習場の壇上に、理事長アマリリスが立った。


「皆の者、精一杯励むが良いぞ。この模擬戦こそ、己の限界を知る絶好の機会じゃ」


いつものように「のじゃ」と笑う彼女に、生徒たちは拍手喝采を送る。ゼクスもまた、壇上の師の姿を誇らしげに見守っていた。 しかし、ただ一人。観客席の片隅で、リリー(リリアーヌ)だけが、その壇上から漂う「異常」に即座に気づき、眉を深くひそめた。


(……あれは何? 精神体……? なぜ、そんな手の込んだことを?)


一万五千年の研鑽を積んだリリーの目は欺けない。目の前にいるのは、精巧に構築された「魂の残滓」だ。実体はあっても、そこには生きる者が持つ特有の「熱」がない。


(休むなら休めばいい。必ずしも理事長が挨拶する必要はないわ。となれば……まさか、何かが起こり、理事長は『死んだ』の?)


リリーの背中に、嫌な汗が流れた。 あの理事長だ。リリー、ミリィ、モミジの三人がかりで挑んだとしても、勝利の確信が持てないほどの実力者。この時代において、間違いなく「最強」の一角に座していたあの御仁を、一体誰が、何者が葬り去ることができたというのか。


(……魔王? それとも、あの地底に蠢く『寄生魔樹』の仕業?)

リリアーヌは気付いていた。学園の地下に潜む災厄級の脅威を。


それがもし、理事長級の魔導師を食い殺すほどの災厄なのだとしたら。 リリーは横に並ぶミリィとモミジに視線で合図を送った。二人もまた、主のただならぬ殺気に気づき、表情を引き締める。


「……リリー。……嫌な、気配。……地下、蠢いてる」 「あだしも感じるべ。……これは、ただの学園行事じゃ済みそうにないべな」


華やかなファンファーレが鳴り響く中、リリーは模擬戦の勝利よりも、これから起こるであろう未曾有の災厄に備え、自らの魔力を静かに、かつ深く練り始めるのであった。

挿絵(By みてみん)

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