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第十八話:忍び寄る「絶望の根」と理事長の直感

模擬戦を明日に控えた魔法学園の放課後。 夕日に染まる校舎は、嵐の前の静けさと、新入生たちの放つ心地よい緊張感に包まれていた。だが、その平穏な空気の中に混じる「わずかな腐敗の臭い」を、学園の主が逃すはずもなかった。


「……ふむ。明日の祭りを前に、随分と不吉な風が吹いておるのじゃ」


のじゃロリ理事長こと、アマリリスは、愛用の扇子を片手に校内の見回りへと繰り出した。本来であれば教職員の仕事だが、彼女の「数百年物の勘」が、ただならぬ胸騒ぎを訴えていたのだ。


・・地底に潜む「災厄」・・


理事長が校庭の隅、古びた魔導観測塔の近くで足を止めた。 彼女が扇子を地面に軽く叩きつけると、視界が物理的な景色を透過し、地脈レイラインの流れを映し出す「真眼」へと切り替わる。


「……なんじゃ、これは!?」


絶句する理事長の目に飛び込んできたのは、王都の美しい土壌を内側から食い破る、どす黒い血管のような「根」の群れであった。


それは、魔王が放った禁忌の苗木、『寄生魔樹パラサイト・ユグドラシル』。 実際に植えられた場所は王都の外縁、学園からは遠く離れた場所のはずだった。しかし、この植物系災厄級モンスターは、地脈の魔力を吸い上げ、異常な成長速度で学園の、そして王都の地下全域にまでその触手を伸ばしていたのである。


・・根絶不能の「理」・・


アマリリスの表情からいつもの余裕が消え、冷徹な教育者の顔が覗く。


「寄生魔樹……。古の記録にのみ残る、地脈の寄生虫か。これは厄介極まりないのう。火で焼けば地脈ごと焼き尽くし、刃で斬れば千切れた先から新たな芽を出す。文字通り、この土地の『命』と心中する構えじゃわい」


植物系の災厄は、その生命力と再生能力ゆえに、完全な根絶がもっとも困難な部類に属する。特にこのユグドラシルは、王都の地脈を人質に取っているようなものだ。無理に引き抜けば地脈が暴走し、王都そのものが大地震か魔力暴走によって崩壊しかねない。


「魔王め、模擬戦のどさくさに紛れて、王都の心臓を止める気かえ……」


・・交錯する「二つの異常」・・


理事長がその根を封印すべく、アイリス古来の秘術を編み上げようとしたその時。 地底から伝わる微かな「音」に気づいた。


「……ん? 寄生魔樹の根が、何かに弾かれておる……?」


驚くべきことに、学園の地下の一部——特に「女子寮」と「第四演習場」の直下において、魔樹の根はそれ以上先に進めず、まるで透明な壁に阻まれたように苦しげにのたうっていた。


そこは、リリー(リリアーヌ)が「魔改造」を施したエリアである。 一万五千年前の神域の理で上書きされた土地は、魔王の放った汚染すらも「不純物」として拒絶していたのだ。


「ほっほ……。わしが頭を悩ませておる横で、あの小娘リリーは無意識に防御陣地を築いておったか」


理事長は、少しだけ肩の力を抜いて不敵に微笑んだ。 魔王の悪意は、確かに王都を蝕み始めている。だが、その足元には、魔王すら予測できない「一万五千年の想定外」がどっしりと腰を据えている。


「明日の模擬戦。……どうやら、生徒たちの実力を測るだけの場では済みそうにないのう」


理事長は、明日への対策を練るべく、影に潜む「風紀委員長」を呼び出すために指を鳴らした。


・・散りゆく徒花と、魂の継承・・


夕闇が学園を包み込む頃、理事長室には張り詰めた緊張感が漂っていた。 のじゃロリ理事長ことアマリリスは、影から現れた一人の生徒——風紀委員長ゼクスを見据えていた。


「ゼクスよ。明日の模擬戦、警戒レベルを最大限に引き上げるのじゃ。……事態は、単なる生徒同士の諍いでは済まぬ。王都の地底に『寄生魔樹パラサイト・ユグドラシル』が根を張っておる」


ゼクスは目を見開いた。彼にとってアマリリスは、単なる学園の主ではない。身寄りのなかった自分を拾い、その身に「正義」と「秘術」を叩き込んでくれた唯一無二の師であった。


「師匠……。そのような災厄が、この学園を?」


「案ずるな。わしが地脈を制御しつつ、徐々に力を削いでいく。お主は地上の守りを固めるのじゃ。よいな、決して一人で深追いするでないぞ」


それが、師としての最後の言葉になることを、彼女は予感していたのかもしれない。


・・暴走する正義・・


だが、ゼクスの正義感はあまりに純粋で、そして危うかった。 「師匠の手を煩わせるわけにはいかない。私があの根を断てば、師匠が傷つくことはないはずだ」


深夜、ゼクスは独断で演習場の地下深くへと潜った。 彼は、アマリリスから伝授された秘術——自らの命力と引き換えに絶大な一撃を放つ「破邪の咆哮」を展開した。


「おおおおおおおッ!!」


渾身の一撃が、蠢く黒い根を穿つ。だが、それは獅子の鼻先を撫でたに過ぎなかった。 災厄級モンスターとしての本能を刺激された魔樹は、怒りに狂い、何万本もの鋭利な根を一斉にゼクスへと向けた。


「な……ッ!?」


盾にしていた魔力障壁が紙屑のように引き裂かれる。ゼクスの命を刈り取らんと、死の根が縦横無尽に襲い掛かったその時——。


「馬鹿者がッ! あれほど深追いするなと言うたではないか!!」


閃光と共にアマリリスが割って入った。 彼女は瞬時に数百の防御障壁を展開し、ゼクスを抱え上げる。しかし、魔樹の攻撃は一人の魔導師が捌き切れる限界を超えていた。


・・師の決断、弟子の慟哭・・


アマリリスは、背後から迫る「真の死の棘」に気づいていた。 だが、それを回避すれば、腕の中のゼクスが貫かれる。彼女に迷いはなかった。


——ドシュッ。


鈍い音が地下空間に響く。 魔樹の最古の根が、アマリリスの小さな胸部を深々と貫いていた。


「……師……匠……?」 ゼクスの震える声。アマリリスの口端から、鮮血が溢れる。


「……何を、泣いておる。……風紀委員長が、だらしがないぞえ」


アマリリスは力なく微笑み、最期の魔力を振り絞って魔樹を一時的に退かせた。 もはや、彼女の命の灯火は消えかけていた。致命傷——再生魔法すら受け付けぬ、魔樹の毒が全身を巡っている。


「師匠! 嫌だ、死なないでくれ! 私のせいで……私の不徳のせいでッ!!」


ゼクスが泣き叫び、彼女の小さな体を抱きしめる。アマリリスはその震える頬を、血に染まった手で優しく包み込んだ。


「自分を責めるな……。お主の正義、わしは嫌いではなかった。……よいか、ゼクス。これが、わしの最後の授業じゃ」


アマリリスは瞳を閉じ、自らの全魔力、全知識、そして数百年の年月をかけて積み上げた魂の真髄を、光の奔流へと変えた。


「……妾の全てを、お主に託す。……この国を、生徒たちを、守るのじゃぞ」


「あああああああッ!!」


光がゼクスの体に吸い込まれていく。 アマリリスの体は次第に透明になり、温かな光の粒となって霧散していく。 最期の瞬間、彼女の顔には苦痛などなかった。ただ、愛弟子が立派な男に成長することを確信した、穏やかで美しい「母」のような微笑みが浮かんでいた。


アレスガイアの「のじゃロリ」理事長、アマリリス。 その数百年におよぶ生涯は、一人の弟子の腕の中で、切なくも輝かしい伝説となって幕を閉じた。


夜の学園に、ゼクスの魂を裂くような慟哭だけが、いつまでも響き渡っていた。

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