第十七話:招集の鐘と、公爵家の再上陸
アレスガイア大聖堂では、着々と「聖女(物理)」の育成計画が進んでいた。 女神アフロヘーアの示した女子力ポイントを稼ぐため、教皇マッスル一世は聖務の間を縫って「ぬいぐるみを潰さない力加減の練習」や「金髪ウィッグを地毛に馴染ませる秘儀」に没頭していた。
「……やはり女性は、身支度に時間がかかるものですな」
聖務室で、ボルダーとカイトが遠い目をしながら呟く。 魔王討伐の猶予は一年。一見短いが、帝都へ潜入し魔王の首だけを狙う「斬首作戦」であれば、準備さえ整えば数週間での決着も不可能ではない。だが、その「準備」において最も不確定な要素——すなわち、勇者の家族への根回しが必要であった。
・・王命と「勅命」・・
教皇は国王に対し、女神の神託を包み隠さず報告した。 「魔王討伐の聖女……か。よかろう、教皇よ。其方のその……並々ならぬ気合(女装)に免じて、国を挙げた極秘作戦として認めよう」
国王の全面協力のもと、勇者ルシウスに対し正式な「魔王討伐」の勅命が下されることとなった。 しかし、ここで問題となるのが勇者本人の立場である。ルシウスはヴァランタン公爵家の跡取り息子。帝国との大規模な戦争が一段落した今、父ラグナ公爵は領地経営のため、母と共に公爵領へと戻っていた。
「公爵家への説明……これが一番の難所かもしれんな」 教皇は、金髪のロングヘアをなびかせながら(まだ試作段階だが)、公爵家への召喚状にサインを入れた。
・・公爵家、三度王都へ・・
「……セバスチャン。領地の方は頼んだぞ」 「御意に。公爵閣下、並びにお坊ちゃまのご武運を」
数日後。 公爵領の邸宅を、かつての激戦を生き抜いた執事セバスチャンに一任し、ヴァランタン公爵家の一行が再び王都の土を踏んだ。
「お父様、また王都なのですか? 僕は魔法学園に入学した姉様に会えるなら嬉しいですけれど……」 ルシウスはまだ、自分に下る「勅命」の重さを知らずにいた。
「ルシウス、これはただの観光ではない。国王陛下、そして教皇猊下直々の呼び出しだ。……おそらく、お前の『破邪』の力を、今一度必要としているのだろう」 父ラグナは、厳しい表情で愛息の肩を叩く。その傍らでは、母もまた祈るように胸元に手を当てていた。
公爵家一行が王都に到着したという報せは、魔法学園で「模擬戦の特訓」に励んでいた(お姉様方に着せ替えられていた)リリーの元にも届く。
「……あら。お父様たちがまたいらしたの? 嫌な予感がするわね」 リリーは、一万年物の勘で「魔王討伐」の気配を察知し、眉をひそめた。
「……ん。……ルシウス。……過保護な、家族。……また、騒がしくなる」 ミリィが無表情に予言する中、アレスガイア王都は「女装聖女」「最強幼女」「誠実な戦士」そして「公爵家」という、混ぜるな危険な役者たちが一堂に会する舞台と化そうとしていた。
・・深淵の密談と、帝国の蠢き・・
王都がヴァランタン公爵家の再来に沸き、教皇が金髪ロングのウィッグを整えていたその頃。 アレスガイア王国の宿敵、帝国の深奥では、王国側の動きをあざ笑うかのような「闇」が渦を巻いていた。
帝都の重厚な宮廷。その最深部にある謁見の間は、窓一つない閉鎖空間でありながら、凍てつくような冷気と禍々しい魔力に満たされている。 玉座に座るのは、現帝国皇帝——その正体、魔王。
「……邪神が滅ぼされたか。勇者の『破邪』の力、予想を上回る速さであったな」
魔王が低く、地を這うような声で呟く。 その周囲には、帝国の重鎮を自称する貴族たちが並んでいた。だが、彼らの瞳に宿る光は人間のものではない。かつての貴族を喰らい、その地位と肉体を乗っ取った**「高位魔族」**たちであった。
・・魔王の次なる「手」・・
「陛下、勇者が『破邪』を完成させたとはいえ、所詮は若造。真に恐るべきは、その背後にいる教会のマッスル……いえ、教皇と、行方不明の賢者共でしょう」
一人の魔族貴族が、不敵な笑みを浮かべて進み出る。
「邪神召喚は、あくまで王国を疲弊させるための『撒き餌』に過ぎませぬ。本命は……すでに王都の土に、深く、静かに埋め込んでございます」
「ほう……。例の『寄生魔樹』か」
魔王の言葉に、魔族たちが一斉に低い笑い声を上げた。 寄生魔樹——それは、地脈を介して王都の魔力を吸い尽くし、最終的にはアレスガイアそのものを枯死させる「絶望の苗木」である。
「王国側は今、勇者の再訓練や教皇の『奇妙な儀式(女装美容)』に目を奪われておる。その隙に、根を広げる。……魔王討伐などという夢を見ている間に、彼らの足元からすべてを腐らせてやろう」
・・帝国に潜む「毒」・・
「……それで良い。勇者が動く前に、王都を死の都に変えるのだ。……それから、魔法学園に現れたという『異常な魔力』を持つ生徒……リリアーヌだったか。あの小娘も、念のため監視を強めておけ。邪神を倒した一撃に、何やら不穏な『異世界の理』を感じたのでな」
「御意に……。模擬戦のどさくさに紛れ、暗殺者を送り込みましょうか?」
「ふん……。好きにせよ。盤上の駒は、多いに越したことはない」
魔王は、黒い霧のような溜息をついた。 彼らはまだ知らない。自分たちが「異常」だと警戒しているリリアーヌが、一万五千年の修行を経て、すでに「魔王討伐」どころか「帝都の更地化」すら検討可能なバケモノに変貌していることを。
王都にはヴァランタン公爵家が集結し、帝国からは暗殺者の影が忍び寄る。 運命の五月、模擬戦。 そこは、少年少女の成長を確かめる場ではなく、王国と帝国の、そして「聖女(物理)」と「魔王」の、狂った前哨戦の舞台となろうとしていた。




