第十五話:五月の審判、あるいは「格差」の再定義
「薪割り大会」の熱狂が冷めやらぬ中、学園の話題は来月五月初旬に開催される**「新入生クラス対抗模擬戦」**へと移っていった。
この大会には、上級生は出場しない。彼らはすでに数々の行事を通じて「学園内の階級」を身をもって知っているからだ。この模擬戦の真の狙いは、まだ自分の立ち位置を正確に把握していない新一年生たちに、AクラスからDクラスまでの「埋めきれない実力差」を残酷なまでに突きつけることにある。
・・孤立無援の「個」の戦い・・
「……ん。……今回、ミリィ、出られない。……不満」 「あだしもだべ。リリーが一人でいじめられないか心配で、夜も眠れないべ」
ミリィとモミジが、不服そうにリリーの背後で腕を組む。今回の模擬戦における最大のルールは**「護衛・家人の介入一切禁止」**。これまでリリーを支えてきた最強の二人は、観客席で見守る以外に手出しはできない。
「いいのよ、二人とも。たまには自分の手足を動かさないと、一万五千年の勘が鈍ってしまうわ」
リリーは教科書を閉じ、ふっと微笑んだ。しかし、その微笑みの意味を周囲の生徒たちは読み違えていた。
・・Aクラスの「油断」と「傲慢」・・
「おい、聞いたか? 今度の模擬戦、あの生意気なリリアーヌは一人で出るらしいぞ」
廊下の角で、Aクラスの「コネ入学組」の男子生徒たちが、下卑た笑い声を上げていた。 「護衛がいなけりゃ、ただの小娘だ。魔法の詠唱だって、僕たちの最新魔導具には敵わない。模擬戦のどさくさに紛れて、あの高飛車な鼻をへし折って、僕たちの前で泣かせてやろうぜ」
彼らにとって、Dクラスは「敗北するのが義務」である存在だ。一方、Aクラスの中でも「真面目に実力を磨いている層」は、リリーの放つ底知れないプレッシャーに、本能的な恐怖を感じ始めていた。
だが、この「傲慢」な集団の後ろで、さらに深淵なる悪意……否、**「病的な執念」**を燃やす影があった。
「……ハァ、ハァ……チャンスだ、ガスト。女神のお仕置きで噴水の底へ沈められ、死の淵を彷徨った僕たちだが……。あの地獄の苦しみさえ、この好機を掴むための試練に過ぎなかったのだ!」
ガリ王子のエドワードが、白目を剥きながらガリガリの指を動かす。 「左様ですな殿下! 模擬戦という名の『合法的な乱戦』……! 護衛のミリィたんもモミジたんも手出しできないこの状況! 混乱に乗じてリリアーヌたんに肉薄し、あの神聖なる『絶壁』をこの手でもみしだく……! これこそが、我ら生き残りし変態に課せられた聖戦!!」
女神アフロヘーアによる「筋肉教育」でハイブリッド化した彼らの肉体は、恐怖を興奮へと変換する禁断の回路を形成していた。彼らは改心など微塵もしていない。むしろ、弾圧されればされるほど、その欲望は地下茎のように深く、どす黒く学園の土壌へ根を張っていた。
・・Dクラスの結束:リリーを守る「盾」・・
一方、Dクラス内でも、リリーを慕う一年生の女子たちが集まっていた。 「リリーちゃん、私たちは分かってるわ。あなたが今まで護衛に頼りきりだった(と思われている)のを、Aクラスが狙ってくるってことくらい!」 「私たちDクラスが、リリーちゃんの盾になるわ。たとえ魔力が尽きても、あなたを一人で戦わせたりしない!」
お風呂の魔改造以来、リリーを「守るべき神聖な妹」として崇めるようになったクラスメイトたちは、一致団結してリリーを守り抜く作戦を立て始めていた。
「(……みんな、ありがとう。でも、私を『守るべき弱者』だと思い込んで特訓に励む姿は、少しだけ良心が痛むわね……)」
リリーは、彼女たちの熱意に感謝しつつも、心の中では別のことを考えていた。 格差を自覚させるための模擬戦。 ならば、「自分たちが底辺だと思い込んでいる側」が「頂点」を一方的に蹂躙したとき、学園の序列はどうなるのか。
「……リリー。……悪い顔、してる」 ミリィの指摘に、リリーはパチンとウィンクをして答えた。
「あら、ただの『復習』よ。一万五千年前の戦場では、数は質の暴力の前には無意味だって、誰かが言っていた気がするしね」
五月の連休明け。 新入生たちの夢とプライド、そして一部の変態の野望が粉々に砕け散る「審判の日」が、刻一刻と近づいていた。殲滅魔導)」の調整を始めていた。




